第301話 妖精王を癒した人間
フランスは、目の前を流れてゆく、オーベロンの記憶を見送りながら言った。
「タイターニアは身ごもっていたけれど、オーベロンのもとには帰って来ずに、イギリスの国を襲いに行って、そのまま運命の魔法を使ったのね。子供は産まれたのかしら」
イギリスが首をかしげながら言う。
「わたしの国を赤い竜が襲ったときには、子供を連れていたりはしなかった。あらわれたのは、赤い竜だけだ」
「それじゃあ、タイターニアがなぜ公国を襲ったのかは、謎のままね……。ここまで分かったのに……」
ここまで来て、手詰まりになってしまった。
身ごもっていたタイターニアが、なぜ公国を襲ったのか、オーベロンの記憶から、これ以上のことは読み取れない。
フランスが、考えていると、ロビンが声をかけてきた。
「なあ」
「どうしたの、ロビン」
「これから先で見ることは、見なかったことにしてくれないか?」
いつもの、やけに自信にあふれた様子とはうってかわって、しおらしい感じで言うロビンに、フランスは顔を向けて言った。
「この先? タイターニアに関する記憶以外を見るつもりなの?」
「おねがいだ。何も見なかったし、聞かなかったことにしてくれよ」
フランスは、ロビンの不思議に美しい森の光を集めたような緑の目をじっと見た。彼の目は、真剣に見えた。いたずらをしようという様子には見えない。
何か、事情があるのかしら。
フランスは少し戸惑ったが、うなずいて答えた。
「わかったわ。わたしたちは、何も見なかったし、聞かなかったことにする。イギリスとヴラドも、いいでしょ?」
イギリスとヴラドが、気にしていなさそうな感じで答える。
「ああ」
「いいぞ」
「ウリムとトンミムもいい?」
ウリムとトンミムが明るく「いいよー」と答えた。
ロビンが記憶をあやつる。
景色が流れていく。
たまに映し出される景色は、徐々に様子を変えていった。
季節が何度もめぐる。
何度も、何度も。
数えきれないほど長い時間がすぎてゆく。
タイターニアが人間に殺されたという騒動から、かなりの時間が経ったように見えた。
しばらくすると、景色の中に、あるひとりの人物があらわれるようになった。
ひとりの娘だ。
最初の出会いは、扉の前だった。
オーベロンが閉じて回っている不思議な扉の前だ。扉を閉めようとするオーベロンと、そこにあらわれた娘の姿が見える。人間の娘のように見えた。
娘はオーベロンを見て、おどろいたような表情をしたあと、にっこりと微笑んだ。
次は、オーベロンが人の村と森の境界を歩いているときに、木の実をとろうとしてか、木からおりられなくなった様子の娘を、オーベロンが見つけたようだった。
また同じ娘だった。
娘が笑顔で、木の上からオーベロンに手を振る。
次は、雪深い日に、山道を苦労して歩く娘をオーベロンが助けた。
先の二回は偶然のように見えた。
雪山でのことは、偶然か、それともオーベロンが見守っていたのかは、分からなかった。
その後に映し出されるどの景色でも、娘は、あいかわらず、くったくない笑顔をオーベロンに向けている。
そして、次々と、オーベロンと人の娘が一緒に過ごす日々が流れていった。
あっという間に、娘は立派な女に成長し、その女の手に子どもがいる姿が見える。となりには、オーベロンの姿があった。
人間のように見える女の腕に抱かれているのは、あきらかに人間とは異なる姿の子どもだった。
緑色の、森の光を集めたような瞳が、うつくしい子ども。
その子どもの下半身は、山羊のような獣の姿だった。
フランスは、となりにいるロビンをそっと見た。
ロビンは、真剣な表情で、その記憶の景色を見つめている。
流れてゆく景色のなかで、半身山羊の子供はゆっくりと成長し、女はあっという間に老いていった。
そうして、子どもが、まだ子どもの領域をでない姿で、ひどく泣いている姿が映し出される。
その前には、横たわる女の姿があった。
女は老いて、もう動かないようだった。
オーベロンが子供を抱きしめてなぐさめている。
子供が泣きつかれて眠ってしまうと、オーベロンがひとりでしずかに泣いている姿があった。
フランスは、思わず、その姿をイギリスに重ねてしまった。
あっという間に老いて動かなくなるフランスと、そのまま残されるイギリス。
ふたりの先にあるものだわ。
あれが、イギリスが受ける苦しみなのね。
そうして、また景色は流れてゆく。
しばらくすると、子供は成長して、オーベロンの側からはなれてゆく。
そして、オーベロンは、ひとり、女の墓の前で、何度も何度も泣いていた。
オーベロン……。
タイターニアの記憶を失ったあとに、人の娘を愛したのね……。
ロビンはたしか二百歳くらいと言っていたっけ。オーベロンと娘が出会ったのは、タイターニアが運命の魔法を使ってから百年もあとのことだろうか。
その後、映し出される記憶の大半が、ひとりで過ごしているオーベロンの様子だった。
たったひとり、森を守るようにして生きている。
ときおり、ロビンの姿が見えたが、それだけだった。
そして、どれだけ時がたっても、オーベロンは、何度も女の墓の前にゆき、ひとりで泣いている。その背中は、ただただ寂しい背中だった。
なんて情深いのかしら。
長く生きる情深い者にとって、運命の魔法が愛する者の記憶を奪うことは、本当に優しい事なのかもしれないと、フランスは思い知らされた。
ロビンがぽつりと言った。
「帰ろう」
ロビンは、もしや半妖精なのかもしれない。
あの娘が妖精ではなく、人間の娘なら。
だから、半妖精をつかまえてひどい扱いをしていると、フランスに怒りに来たのだろうか。
見なかったことにして欲しいと言われたから、これはそうっと記憶にしまっておこう。
フランスは、そっとロビンの背にふれて言った。
「ロビン、なにか、あなたのためにできることがある?」
ロビンは、ちょっと困ったような顔をして、すこししてから答えた。
「手をにぎってくれないか」
「うん」
フランスは、ロビンの手をぎゅっとにぎった。
ロビンが、ぎゅっと握り返してくる。
ロビンが、悪いことをして叱られた子どもみたいに、肩をさげて言った。
「ほとんど母様の記憶がないんだ。まだ小さかったからさ。ほんのちょっと住んでた家の記憶が、あるくらいで。だから……、勝手に記憶をのぞいちまったんだ……」
「うん、大丈夫だよ、ロビン」
「母様……、ぼくのこと好きだったかな」
「うん。あなたのお母様も、お父様も、あなたのことが大好きよ」
「そっかな」
フランスが笑顔でうなずくと、ロビンもちょっと笑顔になった。
***********************************
おまけ 他意はない豆知識
***********************************
【ロビン・グッドフェロー】
小冊子『ロビン・グッドフェロー:悪ふざけと陽気ないたずら』(1628年)では、ロビン・グッドフェローは、妖精王オーベロンと田舎娘との間に生まれた妖精と人間の合いの子、半妖精として描かれています。




