第300話 赤い竜が消えた理由
フランスはなんだかげっそりした気持ちで、立っていた。
となりで、ロビンもなんだかげっそりした感じで立っている。
ロビンが弱弱しい声で言った。
「これ、あぶないな……」
フランスも弱弱しく返した。
「なんとか、抜けられて良かったわ……」
「なんか、一気に疲れた……」
「わたしもよ……」
オーベロンとタイターニアが、仲良くしすぎている記憶を抜けて、ロビンが別の記憶にうつるたびに、なぜか仲が良すぎる場面に出くわした。
ロビンとフランスがもう何度「うわーん!」と言ったかわからない頃、ようやっとそのうわーんな記憶群を抜けることができた。
フランスは大きくため息をついて言った。
「なんで、そういう場面にばっかり出くわすのよ」
「多分、妖精王様にとって、強く心に残る良い思い出なんだよ。記憶ってのは、すべてまるっと完璧に残っているわけじゃない。印象に残ったものとか、感覚的に強く刻まれるようなものとか、繰り返されたこととか、まあその記憶が残る理由は色々だけど、強烈な思い出ほどはっきりと強く残るんだ」
「そっか……」
オーベロンにとっては、若いころにタイターニアと愛し合っていた陰りのない時代の美しい記憶なのかもしれない。
とんでもなく強烈な恋人たちの場面ばかりだったが、どの場面にも、歓びが満ちているように思えた。
そのあと、ロビンは、もう感覚に慣れてきたのか、妖精王の記憶をうまく操って、どんどんと記憶を先に進めていった。
オーベロンとタイターニアが、愛し慈しみ合う様子がずいぶん見えたあと、オーベロンがこれまでで一番喜んでいる場面が見えた。
最初にオーベロンとタイターニアの姿を見たときと、同じ場所だ。美しい泉のほとり。森の様子は、最初に見た場面よりも成長している。
ふたりの近くにある印象的に美しい泉が、水面をきらきらと輝かせていた。水底の青い石が、つるりとまるで宝石のようにも見える。
オーベロンがタイターニアを抱きしめて、何か嬉しそうにしている。
そして、タイターニアは嬉しそうに、自分の腹をなでた。
「子どもができたのね」
フランスがそう言うと、ロビンが驚いたように言った。
「子どもがいたなんて、知らなかった」
「え、そうなの?」
「うん」
記憶が進んでいくごとに、タイターニアの腹が大きくなる。
すると、タイターニアはオーベロンにキスをして、ひとりで赤い竜の姿に変わり、その場から飛び去った。
彼女は飛び去る前に、オーベロンに向かってこう言った。
「あなたは森とそこに生きる者を守って。この子が帰ってこられるように」
そのあとのどの場面でも、オーベロンの側にタイターニアの姿はない。
フランスはその記憶を見ながら、ロビンに向かって言った。
「タイターニアは、どこに行ったのかしら」
「竜はみごもると長い時間をひとりで隠れてすごすんだ。どこで何をしているのかは謎だ。それは子を宿した竜にしか分からない。夫である竜にも分からないんだ」
「まあ、そうなのね。じゃあ、子どもが生まれないとタイターニアは帰ってこないってこと?」
「そうだ」
その後の記憶を見続ける。
タイターニアが去った後、オーベロンが悲し気な顔でため息をつき、景色をながめている姿が見えた。
彼の視線の先にあるのは、人が暮らす村だった。
彼の目の前で、人が暮らす小さな村はどんどん大きくなり町になる。オーベロンが立っていた森はどんどん小さくなっていった。人は森を切り開き、家々を建て、城を建て、時には戦争をしている様子も見えた。
オーベロンが、妖精たちを深い森へとみちびき、不思議な扉に鍵をかけている姿が見えた。
その扉は、森の中に浮かび上がる水晶でできた扉のように見えた。
半透明で、すこしむこうが透けて見える扉は、実体のない煙のようにも見える。
オーベロンがその扉に鍵をかけると、森はしんとして、遠くに見えていた人の町は見えなくなった。
まるで人間の国と、妖精の国を切り離しているように見えた。
そうして長い時間を、オーベロンは扉に鍵をかけたり、森に種をまいたりして過ごしていた。
当たりの景色が、どんどん、フランスも見た妖精の国の森の姿に近くなる。
森は育ち、樹齢を重ねた木々が自由にうでをのばし、妖精たちの姿だけが見える場所になってゆく。
「妖精王様!」
「妖精王様!」
オーベロンのもとに多くの妖精たちがあわててかけつけている場面が見えた。
悲痛な面持ちでいる者、焦ったような顔でいる者、怒りの表情でいる者。
たくさんの妖精たちが、オーベロンに言う。
「タイターニア様が、人間に殺された!」
オーベロンはひどく困惑した顔で言った。
「タイターニア? なぜ、その名を聞くと、胸がしめつけられるんだろうか」
……。
もう、この時点で記憶を失っているんだわ。
これはきっと、イギリスが赤い竜を打ち倒した直後の記憶ね。
オーベロンは、運命の魔法の影響でか、タイターニアのことを思い出せないようだった。
「あなたの妻、妖精の国の女王の名です」
妖精たちにそう言われても、オーベロンは思い出せない。
ひとりの妖精が、くやしそうな顔で言う。
「あなたと同じ、たぐいまれなる力を持つ竜でしたのに。ひとりの人間の男に打たれたのです……」
オーベロンは、考えるようにしたあと、悲しい顔をして言う。
「わたしの愛するものの名がタイターニアで、彼女がわたしと同じ力をもつ竜ならば……、彼女は人間の男に打たれたのではない。彼女は運命の魔法を使ったんだ。わたしから、彼女の記憶を奪い去ったことが証だ」
「ですが、人間の男が、そうさせたことは間違いありません」
「……」
オーベロンの表情に怒りは見えなかった。
ひどくつらく、悲しい表情が、そこにあった。




