第299話 妖精王の記憶
フランスの目の前で、妖精王はじっと考えているようだった。
しばらくして妖精王が、しずかに言った。
「ロビン、ここへ」
しばらくすると、春風のようなすこしの温かさをふくんだ風がふき、ロビンが姿をあらわした。
「妖精王様のお呼びに、ロビン参上!」
「ロビン!」
ロビンが、フランスの声に顔を向けて言った。
「フランスじゃないか。また妖精王様のこと元気づけに来たのか? 夢の中にまで?」
「まあ、ちょっとね」
妖精王が、ロビンに向かって説明なしに言う。
「ロビン、この者たちを、わたしの内側につれてゆけ」
「へえ、こりゃ、なんだってまた」
首をかしげるロビンに、フランスは言った。
「運命の魔法が封印している妖精王様の記憶を確認したいのよ。赤い竜がなぜ人間の国を襲ったのか知るために」
「ふうん」
ロビンは、ちょっと考えるようにしてから、妖精王のほうをうかがうようにして言った。
「妖精王様……、いいんですか?」
「ああ」
ロビンは、ひとつうなずいて納得したのか、フランスに向かって元気よく言った。
「そいじゃ、いきますか。全員、しっかりとつかまりな!」
全員がロビンの身体のどこかしらにつかまる。
すると、あたりの景色が水で流されてあらわれるように消えてゆく。妖精王の姿もそうして消えた。
陽炎のようにゆらゆらとあたりがゆれる。
もはや景色らしい景色はそこにはなく、ただ様々の色がおどるようにある。ゆらぎの強いくもったガラスごしに、景色を見ているような感じだった。
今回はひどい眩暈で倒れるということはないようだった。
もう夢の中にいたのだし、肉体から意識を切り離すみたいなことがないからだろうか。
目の前の景色は、どんどんと色を変えてゆく。
ロビンがぶつぶつ言った。
「うーん、どこのへんまでもぐるかなあ。妖精王様って長生きだからなあ」
「ロビンは夢もあやつれるし、記憶にも入れるのね」
「内側に入るのは、夢みたいに簡単じゃない。誰でも誰かの内側に入れるわけじゃないんだ」
「そうなんだ」
「加護を受けている者は、その加護を与えている者の内側に入りやすい。加護を与えるほど、大事に思って心を許している存在だからな」
大事に思って心を許している存在。
アミアンにとってそういう存在であれることが、フランスの心をあたためた。
「だから、アミアンの内側に入れたのは、わたしとダラム卿なのね。アミアンから加護を与えられていたから」
「そうさ」
「加護って、意識して与えるものなの?」
「意識して与えることもできれば、無意識で与えることもある」
「そうなのね……」
それじゃあ、アミアンの加護は、無意識のものかしら。
フランスは、ふと気になって聞いた。
「え、じゃあ、今回は?」
ロビンが、得意そうに胸をはって言う。
「善良なるロビン様は、妖精王様の加護をいただく特別な存在だからな! ぼくがいれば、妖精王様の心の内側に、フランスたちを案内できるってわけだ」
「ロビンって、すごいのね」
「そうだろ!」
しばらく、あたりの景色が揺れ続ける。
「よし、だいぶ深くまでもぐったぞ。ここいらで見てみるか」
ロビンがそう言うと、あたりの景色が流れるのを止めて、段々とはっきりとしはじめた。ぼんやりとしていたものに焦点が合うように、あたりが見え始める。
そこは美しい森だった。
フランスは、あたりを見渡して言った。
「前にアミアンの記憶を見たときは、水面に映し出されたみたいな景色だったけれど、これは完全にわたしたちも景色の一部ね」
ロビンがとなりで言う。
「ぼくは、なんでも派手な見せものが得意だからな。でも、これは記憶の景色の中だ。ここにいる連中からはぼくらの姿は見えないし、ぼくらの何も、ここにあるものに影響できない」
あたりは、明るくて、まだ若々しく幼い森のように見える。
木々は若く、空はひらけていた。そこかしこに花が咲き乱れ、甘い香りがただよっている。
近くには美しい泉があった。
清い泉だ。
空の光をうけて、水面を輝かせている。
「綺麗な場所ね」
花が咲き乱れる草っぱらの上に、ひとりの男が寝転がっていた。
ほとんど裸に近い姿をしている。
妖精王だわ。
妖精王の姿は、さっき見たのとほとんど変わりがないのに、なぜかすごく若いと感じられた。
昼寝でもしているのか、無防備な姿で転がっている。
「オーベロン!」
女性の声がして、走って来る姿があった。
こちらも最低限の布面積ね。
美しく若い女性だった。
溌溂とした雰囲気がある。
妖精王がその声に反応して、勢いよく起き上がり、笑顔で答えた。
「タイターニア!」
妖精王様の名前はオーベロン、妻の名前はタイターニアというのね。
タイターニアは笑顔で楽しそうに走り寄ってきて、座り込んでいるオーベロンに飛びつくみたいにした。
ふたりは、笑いながら草っぱらに転がる。
ふたりは楽しそうに、くすくす笑いながら、転がったままキスした。
ついばむようなキスが、すぐに濃厚なキスにかわる。
わ!
わあああああ!
大人のやつ!
フランスは手を口元にやって、ちょっと身を引きつつ、しっかり見た。
オーベロンが、タイターニアの上におおいかぶさるようにする。彼の手がタイターニアの胸にふれた。
フランスは思わず言った。
「ロビン、これ大丈夫?」
「ロビン様もまずい気がしてきたが、焦ってどうすればいいかよく分かんなくなってきた!」
フランスも焦って言った。
「ええ⁉ はやいとこ、別の記憶に行かないと‼」
「どうしよう! どうしよう! 別のとこ! ちょっと待ってよ! 多分これ相当良い記憶なんだよ、なかなか抜けられないぞ! うわーん!」
ロビンがその場でじたばたする。
ちょっと! 『うわーん!』はこっちの台詞よ!
そうこうしている間に、オーベロンとタイターニアの様子がそうとう怪しくなる。
イギリスとヴラドは、ふたりの姿に背をむけて立っていた。
ウリムとトンミムは、なんだかのほほんと、ふたりの妖精の様子を、花でもながめるみたいにしてながめている。
フランスは、どうしていいかわからず、イギリスの身体にかくれながら、ちょっとだけ盗み見した。
なにあの動き!
見たことない!
うわーん!
フランスは混乱してイギリスを見上げた。
目が合う。
気まずいいい。
気まずすぎるううう。
つい、ヴラドを見る。
目が合う。
もう誰と目が合っても気まずいいい。
いやああああ。
人生最大の全方位気まずい!
なんだか、いけない感じの声まで聞こえるし‼
うわああああ。
フランスはイギリスの胸に顔をくっつけて、目をぎゅっと閉じた。
イギリスが、両手でフランスの耳をがっちりふさぐようにした。
うわーん!
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おまけ 他意はない豆知識
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【オーベロン】
中世およびルネサンス期の文学・伝承上の妖精王。よく知られているのは、イングランドの劇作家ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『夏の夜の夢』(16世紀)に出てくる、妖精の女王タイターニアの王配であるオーベロンですが、オーベロンの名が文学に登場し始めるのは13世紀前半からです。
【タイターニア】
ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『夏の夜の夢』に登場する妖精の女王。伝統的な民話では、妖精の女王に対して名前はつけられていませんでしたが、シェイクスピアの影響で、後世のフィクションでは妖精の女王である登場人物に「ティターニア/タイテーニア/タイターニア」がよく用いられます。




