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魔導士志望者と奴隷ウルフ  作者: マサタカ
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八話

 研究所での仕事も、終業後の帰り道も、いつもと違っていた。一人きりだったら軽くゆううつになっていただろう。明日もまた仕事か、と。また毎日代わり映えしない風景を見続けるのかと。けど、今は違う。家にルウがいる。ルウに会える。実に九時間二十九分ぶりに。それだけで元気があふれてくる。


 けど無理がたたったのか。箒がいきなり推力と浮力を失い少しずつ地上へと落下していってしまう。降りて箒軽く調べてみたが、いくつか亀裂が入っているし、ボロボロ。煙を発してもいる。


使い続けてもう何年になるか、そろそろ寿命ということだろう。少し材料を足して修復することは可能だが、一時しのぎでしかない。これを機会に、新しく創りなおすか。


 路地を歩きながら、そのために必要な材料、そして構築すべき魔法を頭の中で列挙していく。部屋の扉の前に立ったとき、息と身だしなみを整える。軽く髪の毛も直して発声練習し、扉を開けるとき、手が少し震えた。


「ただいま、ルウ。帰ったぞ」


 意気揚々と扉を開けて、帰宅を告げた。お帰りなさいませ。そんな言葉だけを想像していた。


 全裸のルウが出迎えてくれるなんて露ほども期待していなかった。


 ルウは俺が来たのが予想外だったらしい。硬直してしまっている。二人ともその場で一歩も動かないまま見つめ合っていた。少し視線をずらした。そのせいで俺はルウの産まれたままの姿を、まじまじと瞳に焼きつけてしまった。


「お帰りなさいませご主人様」


 ・・・・・・はっ! いかんいかん。われを失っていた。ルウは尻尾を腰に絡みつけるようにして股間部、大事な所を、右手で上半身を、左手で腹を隠して頭を下げている。


「申し訳ありません。お帰りになる時刻とは知らず、無作法をいたしました」


「あ、ああ。うん」


「部屋の掃除をなんとか終えられたのですが、体が汗と汚れまみれになってしまいまして」


 ルウの足元には水桶と、そして手拭いが置いてあるのが証拠なのだろう。正直、なんと受け答えして良いか困った。女性の、それも好きな子の裸を見られたのだから嬉しいことは嬉しいのだが、恥ずかしさと驚きとかが混じっていてどう反応しているか自分でもよくわからない。


「しかし、ご主人様がお望みならば、どうぞお気の召すままにご覧ください」


 顔が、真っ赤だ。りんごのように。きっと我慢しているんだろう。無表情ではあるものの瞳は羞恥のせいで潤んでいる。耳も元気を失ったみたいにぺたんと伏せられてしまっている。


「せいっっっっ!!!」


「っ!?」


 自分の顔を、何度も殴り続けた。


「ご主人様一体何を?」


「とめてくれるな。これは俺自身への戒めだ」


 好きな子が嫌な気持ちになっている。しかも自分のせいで。なのに俺は喜んでいた。とんでもない下衆野郎じゃないか。まだだ。何発か殴っても満足できない。こんなもんじゃない。ルウの痛みは、苦しみはこんなもんじゃない。どうすればいいか。


「ルウ、俺を殴ってくれ」


 名案が浮かんだので早速頼んでみた。


「・・・・・・なにゆえですか?」


「嫁入り前の女性の裸を見てしまったんだ。寧ろ用字むしろそんなの軽いくらいじゃないか」


「・・・・・・それはご命令でしょうか?」


「違う。頼んでいるんだ」


「・・・・・・とりあえず服を着てもよろしいでしょうか?」


 慌てて後ろを振り向く。ずっと恥ずかしい格好をさせて、自分のことだけ要求するなんて、最低だ俺は。衣擦れの音がしなくなって、改めて向き合った。


「さぁ、存分に殴りまくってくれ。もしくは蹴ってくれ」


ルウはためいきをすると、額に手を当てながら黙り込んでしまった。沈痛な面持ちだし、一体どうしたんだろう。


「ご主人様は、私とご自身に対する立場や関係というものを正しく理解しておられますか?」


 ? いきなりなんだろう。それより殴らないのか?


「なにゆえにそこで不思議そうになされるのですか・・・・・・。もういいです。私は別に気にしていませんので」


「だが、それでは俺が――」


「いいのです」


「それじゃあなにかわびさせてくれ」


 ルウが今度は頭を抱えた。小さくうなってもいる。


「これでは私が馬鹿みたいじゃないですか・・・・・・」「でも、これは利用できるのでは・・・・・・?」「いっそのこと・・・・・・」とかなんとか言ってるけど、よく聞き取れない


「うん、それがいいですね。その方が悟られないし、馬鹿使用注意使用に注意なご主人様で助かった」


「ルウ?」


「コホン! それでは、今後の食事について私の要望に応え続けてくださるということで、よろしいでしょうか」


 食事? そんなことか?


「差し出がましいようですが、察するにここにある食べ物で過ごされるおつもりなのですよね?」


 もちろんそのつもりだ。兵糧は便利だし、腐る心配がない。それに食べるのが簡単だ。もしなくなったとしても、ずっと買い続けて食べ続けようかと考えていたくらい。そう告げると、ルウは顔をしかめた。


「あれじゃ不満か?」


「・・・・・・・・・・・・多分に」


いいけど、そんなことでいいのか? 全部簡単なことばかりじゃないか。けど、そうとなったら話は早い。仕事道具を工房に置いて、二人で部屋を出た。さっきまで夕暮れどきだったというのに、既に真っ暗になっている。 


人の数もまばらで、通り過ぎる家々からは明るい光とともにそれぞれのだんらんが漏れている。


「なんか・・・・・・いいな」


「? なにがでしょうか」


「いや、家庭みたいなものが」


 以前までだったら気にならなかったものだ。けど、俺もいつかルウとあんな幸せそうな家庭を築けるのではないか、という淡い願望が、そのありふれた幸せを大切なものにしている。


「いつか俺もこんな家庭を持ちたいって憧れるな」


 できれば君と・・・・・・なんて恥ずかしくて言えないが。


「そうでしょうか」


「耳をすませてみな。そうすればルウもそうなるはずだ」


 「あんた少しは働きなさいよ!」「うるせぇてめぇがなんとかしやがれ!」「あなたもうお酒はやめたほうが・・・・・・」「これしか生き甲斐用字生きがいがねぇんだバーロウ!」「ママお腹空いたー!」「あ~もううるさい! 勝手に食ってな」


「本当に憧れるのですか?」


「あれらは反面教師に」


 なんともいえない微妙なかんじになっていたら、目的地に着いた。前に案内したときにきた、料理屋。夜は酒場としても機能しているから、客は半分が酔っ払いでもう半分が俺たちのように食事しに来た人たちと二分されている。


普段から魔道士になるための研究に費やすため、大した食生活ではなかった。それでも給料日とか少し余裕ができたとき、それから知り合いに誘われたとき、ここに良く来ていた。顔見知りの店員と久しぶりに会話をして、すぐにテーブルに案内された。ルウの説明とあいさつをすると、引きつった笑顔をされた。


 ルウは手書きのメニューをじっくり読み込んでいて顔を上げない。悩んでいるルウの横顔もいいな。


 水を飲みながら、店内をぐるりと観察する。見知った顔がいくつかあって、皆前までと同じように過ごしている。エルフ、ドワーフ、リザードマン。種族に違いなく溶け込んでいる風景。


ふと、店員が俺たちの方を指さしてひそひそ話をしている。なんだろう。ルウがかわいいってことか? 


「ご主人様、よろしいでしょうか」


「注文が決まったのか?」


「はい。この羊肉を焼いたものを」


 ふむ。値段も手頃で丁度用字ちょうど良い。しかし、それだけで足りるのだろうか。


「それとパンと、スープとサラダと」


 良かった。まだ続きがあった。


「それとこのムール貝の酒蒸しとパエリアと魚の辛煮付け助詞不足の可能性ありと極太ソーセージの燻製、ベーコンの炙り焼きと丸かじりハムと」


 お腹がすごい減っていたんだろうか?


「それとこのアイスクリームとプディングとプリンも最後に」


 まだあった・・・・・・・・・・・・。どうする? 


 金額的に払えるけど、給料日まで相当厳しくなりそう。


「ですが奴隷である私はそれらを想像しながら飲むお水だけで結構です。それほど注文しては、ご主人様に負担を――」


「すいませーん! これとこれとこれとあとこれとそれお願いします! マッハで!」


 最後がいじらしすぎるものだったので即決で注文した。最悪、俺が給料日まで水で過ごせばいいだけだ。もしくは家にある余ってる兵糧で。


「ありがとうございます。やはりご主人様はチョロいですね。失礼しました。お優しくて器が大きいのですね」


「んんんんんんんっっっ!!」


 褒められて嬉しさと愛おしさで叫びそうになったが、唇をかんだことで防げた。


 会話をしながらだと、あっという間に料理達がやって来た。テーブルが埋まってしまっているのは圧巻だった。しかし、ルウはそれらをそわそわしながら見下ろしている。食べ出して良いのを今か今かと待っている犬みたいで、いとおしみがすぎる。


「いただきます」


ルウは手を合わせて、礼儀正しく料理を食べ始める。意外と大食いで食べるのが好きらしい。尻尾がぶんぶんぶんぶん! とそれを表現している。特に肉が大好きだから、尻尾がすんごいことになっている。もぐもぐもぐっと勢いよく食べ進める。それを眺めるだけで、胸がいっぱいだ。


だが、眉間に少ししわが寄ったことがきっかけで、徐々にペースが下がっていく。


「どうした?」


「いえ、あの、このお肉は、帝都では一般的な羊のものなのでしょうか? 私の村で食べていたお肉と、少し食感といいますか、味が違ったので驚いてしまって」


 地域によって食べ物がそれほど変わるものなのだろうか? ルウに断って一切れもらったが、変わらない気がする。


「こんなものだろう。俺が住んでた場所での肉も料理も、味以外は同じだったし」


「そうですか。いえ、いいのですはい。美味しいです。とっても」


 ルウはお肉以外の物も食べる。しかし、反応はやはり変わらない。


「ご主人様も一緒に食べませんか?」


「え? だが、これは全部ルウが食べたかったんじゃ?」


「いいのです。ご主人様もまだ何も注文なさっていませんし。一緒に食べましょう。少しはしゃいでしまっていました」


 なにか引っかかるが、ルウが良いなら遠慮無く。


「うまいな。魚も貝も。ここの料理は、やはり落ち着く」


「ええ。そうですね」


「ハムとソーセージ、それとベーコンは、店主オリジナルのハーブとか味付けの手作りだそうだぞ」


「成程。だからこれほどなのですね」


「ルウも美味しいか?」


「ええ。もちろん。頬が落ちてしまいそうです」


しかし、ルウの感想とは反比例するように、声は少しも嬉しそうじゃない。スプーンやフォークも動かしていない。故郷の味と違いすぎるから、困惑しているだけなんだろう。


「もし、仮に、私がここのお料理が好きじゃない、美味しくないと告げたら、どうなさるのですか?」


「店主に苦情入れてすごい怒る。最悪店燃やす」


 決まっているじゃないか。


「仮に、の話ですがそこまでなさりますか・・・・・・。違いますのでご安心を。というよりも、ご主人様、いかがなさいましたか?」


「ん?」


「いえ、私の方を見てニヤニヤしていらっしゃったもので。気持ちが悪い・・・・・・吐き気を催す・・・・・・生理的嫌悪感が」


「もう良いからフォローしなくていい! 更に悪化していっているじゃないか!」


 ただルウと一緒にいられる幸せをかみしめていただけだ! 俺はそんな表情をしていたのかと内心へこんだけど。


「そうですか。それでは、ご主人様もどうぞ」


 ルウは俺も甘い物が食べたくて、それで羨ましがっていると勘違いしたらしい。プリンをすくって、たスプーンを俺の前に差し出してきた。自然な流れすぎて、口を開けて受け入れてしまいかけた。直前になってあることに思い至って顔を引いた。


「ご主人様?」


「待て、待ってくれ・・・・・・」


 すぐに現実を受け入れられないで混乱してしまう。だって、こんなのは・・・・・・。


「あ~んじゃないか・・・・・・!」


 あの恋人や夫婦だけがやることを許された、愛し合っている男女ができる神聖な行為。


これを自らしてくる意味を、ルウは理解しているのだろうか?


「嫌なのですか?」


「そんなことあるわけないだろうっっっ」


 ついテーブルを両手で叩用字たたいて強い音が出てしまったが、店内の騒がしさにき消されてしまっている。


 だって、ルウからあーんをしてもらえる。それがいやなやつなんて存在していいわけがない。もしいたら殺してやる。そんなことを女の子の方からしてくるだなんて、そんなの告白と一緒ではないか! 


「ご主人様?」


 だってそうだろう?! 恋人同士、夫婦のみが許された神聖な儀式。それをルウの方からしてくるだなんて、それはつまり俺と恋人同士がやることをやってもいい、というかやりたいという意思表示に他ならない、つまり遠回しな告白と同義だ。


「聞こえていらっしゃらないのですか?」


 ルウの気持ちは嬉しい。俺だってすぐにでもそんな関係になりたいと常日頃から願っている。それでも、俺達俺たちはまだ出会って間もない。お互いのことをまだそれほど知らない。


「先程から何をブツブツとおっしゃっているのですか?」


 交際を始めてから知っていくという方法も悪くないのでは? なにより、ルウが望んでいる。ならば、俺の答えは一つしかないだろう。


「あ、あ~ん」


「どうなさったのですかご主人様。そのような間抜け面をして」


 ルウは既にプリンを完食してしまっていたので、俺は床に盛大にずっこけた。


「なんでだ・・・・・・?」


「ご主人様が悩んでいた様子でしたので、いらないのだと。しかしやはり私は何か間違っていたのでしょうか。プリンを食べたかったのでしょうか?」


「いや、そんなことはない・・・・・・」


「ではなぜそのような燃え尽きたお顔をなさっているのですか」


「優柔不断な己が招いた不幸な結果を享受しようとしているだけだ。・・・・・・いや、なんでもない・・・・・・・・・・・・・・・・・・美味しかったか?」


「? はい」


「なら、いいさ」


好きな子の幸せなら、俺も幸せだから。残念、惜しかったなんて、これっぽっちもない。

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