七話
好きな子が用意してくれたというだけで、固い干し肉も、パンに似た塩の含まれた硬い小麦粉の塊もごちそう気分でいただける。終戦時、大量に余ったということで軍から報奨金とともに渡された兵糧だが、これならルウは今後食事の支度に困ることはないし、買い物に行かなくても、しばらくは保つだろう。準備をして出掛けようとしたとき、ルウが外まで出て来た。
「どうかしたか?」
「いえ、お見送りしようと」
ああ・・・・・・いとおしい。じ~ん、とルウの優しさが身にしみる。
「まぁお洗濯しにいくついでですが」
・・・・・・ついでだろうと嬉しいことに変わりはない。
「しかし、ご主人様、なにゆえ箒を持っていらっしゃるのでしょうか」
「ああ、これで飛んでいくからだ」
「・・・・・・・・・・・・?」
頭いかれてんのかこいつ? って反応で不審がってる。
「こいつは立派な魔導具、それも俺の手作りだ」
とはいっても大分昔に作ったからガタがきてる。戦場でも使っていたから相当だ。手入れをしてはいるものの性能はかなり落ちている。そろそろ作り直すか本格的な整備をしなければいけないだろう。
「道理で。しかし、ご自身で作られた魔導具を使用して、罪に問われないのでしょうか?」
以前話した魔道士のことを覚えていてくれたのか。なんだかんだ頭の片隅程度には残してくれて嬉しくなる。
「禁じられているのは個人で作成した魔導具を売ることで、使用は禁止されていないんだ」
「そうなのですか。それでも、なにゆえに箒の形なのですか?」
「その方が掃除に使えて一石二鳥だからだ」
「・・・・・・そうですか」
こいつ、やっぱりどうかしてやがる、って反応された。
おかしいか? 一つの物で二つの用途に使えてお得だろう?
っと、そんな話をしていたら遅刻してしまう。
箒にまたがり、魔力を込める。ふわりと浮かんでぐんぐん空に上がっていく。これがこの魔導具の力。使用者を乗せて空を飛べる。
「帰りは夕暮れくらいになるから」
「はい。いってらっしゃいませ」
いってらっしゃいませ・・・・・・。
いってらしゃいませ。いってらっしゃい。
ルウの激励が、エールが、応援が、いつまでも耳の奥に残って脳を快感で揺さぶる。その度に胸の内側から幸福感がふつふつと湧上がってくる。
「いってきますっっっっ!!!!!」
気分は最高潮となって、ハイテンションで発進させた。いつもより速いスピードでぐんぐん進み、同じように通勤途中であるじゅうたん、カーペットとか使い魔に乗っている魔法士、竜車を追い越していく。
いつもはそんなことはしないのに、曲芸の一団がやるような軽快な操り方で箒を動かしてしまう。大きく蛇のように畝って曲がって、空中で連続回転と後転を繰り返す。ぐんぐん上空に上がっていき、そのまま急降下を繰り返す。
「はぁぁ~・・・・・・。幸せだぁ~」
こんなに幸せでいいのだろうか。いってらっしゃいませ、行ってきます。単純な遣り取りなのに、それくらいのことで心が温かく、晴れやかだ。なんでもできそうな万能感もある。
いや、待てよ? 行ってらっしゃい、行ってきます。これは本来夫婦がする遣り取りだ。なら、それをしている俺たちは、もはや夫婦と言い換えても問題ないのでは? もしくは夫婦以上奴隷未満という関係性が一番ふさわしいのでは?
夫婦、夫婦かぁ・・・・・・。以前職場の上司が話していたことがある。仕事も、家族が、妻がいる、妻のためだから耐えられると。確か泊まり込みで徹夜が五日連続のときだったか。
あのときは狂ったのかと聞き流していたけど、今なら理解できる。今の俺と同じ万能感と幸福感があったから耐えられたのだと。大切な存在がいるから、なんだってできるんだと。
しかし、夫婦かぁ。まぁ確かに一つ屋根の下で暮らしているし、まさしくそうだ。そうでしかない。夫婦になってから始まる恋愛や関係というのも王族や貴族にはあると、知り合いから聞いたことがある。
なら夫婦から始まって、最初にするべきことは肉体関係からなんてのは論外として、手をつなぐことか? それとも腕を組むことか? やはり愛称それとも交換日記か?
気分はもう最高潮。全てを振り切ってしまっている。錐揉み回転しながら、箒を猛スピードで走らせる。風も、ぶつかりそうになる竜者や他の魔法士も、危険運転をしている自分へ浴びせられる周りからの罵詈雑言なんかどうでもいい。とにかく、魔法研究所に到着するまでの間、俺は夢心地だった。




