四十九話
熱が失われていく。瞳から生気と色がなくなって、瞳孔が散大している。戦場でありふれた死特有の匂い。生が抜けきって、ルウであってルウじゃないものができあがった。
「うそだろ、おいやめてくれよ」
揺さぶって声をかけ続ける。認めたくなくて、頬をたたいたり、胸がへこんでしまうくらい押してマッサージを試みる。擦って熱を取り戻したくても、冷たさは消えない。
「ルウ、おいルウおきろたのむ後生だからおきてくれ」
脳が納得してしまっている。呼吸も心臓もとまってしまっている。おなかにできた穴からはもうなにも出てきてはいない。人が失うには多すぎるほどの血で、小さい池ほどのたまりができてしまっている。それでも、信じられないくらい奇麗な死に顔だから、今にも起きるって信じてしまう。
けど、俺の必死の呼びかけも死から連れ戻そうとする行為も、逆に明確に教えてくれる。鼻水が出て来て、涙がにじんできても、ルウの体が耐えられないほどの強いくなっている臓マッサージも必死で続ける。それでも、もう残酷なほど死体だった。
やめろ、いやだ。うそだと言ってくれ。好きだった。生きてくれてさえすればよかった。幸せになってくれれば。俺に復讐をして、その後好きに生きてくれれば。俺がいないどこかで暮らして、生きなおしてくれれば。それがおこがましい願いだったのか。
違う。俺のせいだ。俺が奴隷にしたから。俺がここに連れてきたから。俺が義眼の魔法をためらったから。俺がこの子を殺した。
「なんだぁ、こいつは? 意味不明だぜ。せっかく望みを叶えてやったってのに勝手にしにやがって」
どれだけ待っても、もう戻ることはない。懐かしさすらある死が、既にルウを連れ去ってしまったという事実が、悲しいほどありありと伝えてくる。愛する人を死に追いやったという事実が、心に重くのしかかっている。
「どいつもこいつも! 気に入らねぇ! 俺の邪魔ばかりしやがってよぉ! そんな生半可な覚悟で復讐なんざくわだてるんじゃねええええ! 奴隷の分際で俺の邪魔をしやがって! 本当に不愉快な奴らばかりだなぁ! ああそうだ! なんなら俺が生き返らせてやろうか!? そんで魔導具なんかなくてもおまえに絶対服従する死者にしてやるよ! 生きていた頃なんかと同じ、いいやそれ以上の奴隷にしてやるよ! ああそうだおおまえもあの騎士も殺したあと死者にしてよみがえらせてやる! そんで死体同士好き勝手いちゃこらついてやがればいいさ! ひ~ひっひっひひいひひひ! 泣いて土下座してやれば考えないこともないぜ!? なんせ今の俺にはなんでもできるんだからなぁ!」
「ごめんな、ルウ。俺なんかのせいで・・・・・・」
硬直した瞼用字まぶたを閉じて地面にそっと寝かせた。ローブを脱いで、寝かせる。
「てめぇいい加減助詞不足の可能性ありにしやがれえええええええ! 無視してんじゃねぇぞぉぉぉぉ!」
やかましいエドガーを、殴り飛ばした。
「が、ああが!?」
さっきまでうずくまっていた俺がいきなり目の前に現れて、そして攻撃された。瞬間移動したようにしか思えないだろう。ルウの血のおかげか、魔力は大幅に回復した。炎魔法で体の熱を操作して、無理やり傷口をふさぎ、血流や筋肉を操作して痛覚を遮断する。肉体一時的に発達させる。
「エドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
それだけじゃない。足の裏に生じさせた『発火』の勢いで大きく跳んで攻撃する。肘にまた小さい『発火』で勢いと威力を増した拳が、炸裂する。骨が砕ける感触を味わうこともせず、かかとに『発火』を生じさせ、金的を繰り出す。拳を振う。計算とかなにもない蹴りを、頭突きを。爪をたて、噛みつき、耳をちぎる。
魔法と肉弾戦の併用。さっきのように思考をして、冷静な判断で攻撃しているのではない。絶望。憤怒。悲哀。それだけが俺の体を動かしていた。ただ、魔法なんかよりもこいつを直に用字じかにぶちのめしたい。それだけだった。
俺のせいでルウが死んだ。俺が選択を誤ったから。だから、もう絶対に迷わない。間違えない。確実にエドガーを殺す。俺のできるありとあらゆる手段と方法でこいつを、この手で絶対に。
後悔。自己嫌悪。八つ当たり。怒り。憎悪。全部正しくて、どれも違う。エドガーを殺したいのは、許せないのは。それ以上に俺自身が許せない。死んでもいい。こいつを殺せるなら。それだけで、頭が支配される。理知的でも分析を行った攻撃でもない。
「があああああああああああああああああああああああ!」
戦場にいたときと似ている。あのときは死にたくないという希望だけで、戦っていた。無意識にどんな魔法で、攻撃で対処をすればいいか体が身についてしまった。今もそうだ。自分が許せない。エドガーを許せない。頭にあるのはそれだけ。憎悪が魔法を発動させる。後悔が体を動かす。
「てめえええええ! 調子にのってるんじゃねぇぇぇぇぞおおおおお!」
いったん距離をとりながら、魔導書を開いて詠唱する。俺に向けて。知ったことかと走っていく。しかし、なにもおきない。混乱しているエドガーに走り抜けながら一発。エドガーが焦りながら次々と呪文を詠唱するが魔導書が光るだけ。
どうでもいい。その万能の魔導書で俺を殺せるなら殺してみろ。
「ちくしょおおお! こんなときにちくしょおおおお!」
違和感が、生じた。ここで冷静さが戻ったのは研究者としての本能かと嫌気がさす。けど、それでもエドガーの魔導書はおかしい。
エドガー自身も万能で、なんでも実現できる魔導書でなにもおきないのだから不安なんだろう。しきりにこめかみを荒くかいている。俺もそうだった。
さっきのルウの決死の行動のときも、そうだった。ルウの攻撃に対して、魔導書で対処しようとしたが、なにもおきなかった。なにか関連があるのか。
「ふっざっけんなああああ!! 」
業を煮やしたのか、得意の水魔法を使って攻撃しようとするが、それを放つ間を与えることなく、瞬間的に跳躍して距離を詰める。エドガーが近付いた俺に放つことも新たに魔法を組み上げる暇も許さずあごに向かって両方の拳を振り抜く。
死者達が、襲いかかってくる。痛覚がないからか、俺の動きがよどむことはない。例え血に塗れようとも、肉を失おうと、ルウを失ったことに比べたら造作もない。死者たちが、姿形を変える。魔導書の力か、白いひらひらとした大粒の雪になって、包み込む。
―ご主人様―
ルウの声が、耳朶を打つ。咄嗟に幻覚だと判断して『紫炎』で振り払う。雪が溶けきる前に灼熱の炎の中から走り出すが、『紫炎』が鎖になって俺の体肩に刺さり、体が鉛のように重くなる負荷がかかる。死者たちが群がってくる前に力尽くで引き抜いた。
エドガーへ向かおうとした最中、少し冷静さを取り戻してしまった。かなり焦った様子で魔導書を捲り続けているからだ。
「くそ、解読を間違えたのか! 古代言語だけではないのか!? どの呪文を使えばいい!?」
わざわざ言語を変える必要はない。そもそも大魔道士がいた時代、言語は一つしかない。解読ミスはありえない。エドガーが間違えている? 言語を? 呪文をいくつか唱えている以上、その可能性は低い。
ではなにを間違えている? なんで俺自身を魔導書で攻撃しない? ルウのときもそうだった。いやできないのか?
「そうか・・・・・・」
俺の魔法。ルウの攻撃。共通点を見いだし、正答にたどりついた。
「一体どうしてなにも発動しないのだこれはああ!?」
あの魔導書は決して万能ではない。なら、俺がやることは一つしかない。決意とは裏腹に、足が震える。身体中のあちこちに鈍い痛みと小さい裂傷ががおこっている。無茶な肉体強化の反動が今きている。足もきっと中がずたずたなんだろう。立ったままで動かせない。
「なら、仕方ないか」
エドガーを倒す。死者の攻撃で、顔半分を隠していた布が破られた。醜い壊れた顔がさらされていることにも、もう抵抗はない。まぶたを縫っている封印用の糸を人差し指で一気に抜く。死者達が、攻撃から拘束にやりかたを変えたらしい。尋常ではないであろう力で無理矢理用字無理やり抑えこまれる。
「ううううぅぅぅぅぅぅがあああああああああああああああ!!!!」
死者たちが変化した。俺の魔法では溶かすことも壊すこともできないであろう金属に変貌して体にまとわりついてきた。その金属が尋常ではない力で地面に引っ張られて、そのままくっついてしまう。
死者達が道を開けて、エドガーが現れる。ボロい靴のつまさきが頬に弱々しく当たる。
「ふん、それが、俺の奪った右目の代わりってわけか?」
魔力を帯びた宝石でできた義眼は、自然界ではありえない不可解な色を放っている。ごつごつと荒く形を整えられたそれは眼孔にはめられながらも半分以上飛び出し、鈍い光を放ち続けている。さも不気味だろう。義眼から伝えられる情報は、捕らえている風景とエドガーを複数像として浮かび上がらせていて、視界が気持ち悪くて吐き気がする。俺の腕が悪かったからか、それとも魔法の副作用か。
「気持ち悪いし、醜いな。それが、魔道士を目指した男の末路か。よかったとおもうぜ、お前用字おまえみたいに魔道士なんて目指さなくて。そんな顔で生きていたら、生き地獄だろうからな。人間の顔じゃねぇよそれ」
「今のおまえの面はどうなんだ? これよりまともなのか?」
「てめぇ今の自分の状況わかってんのかぁ!」
拘束している金属を鳥型の魔物に帰られた。そのまま宙高く助飛んでしまう。至るところにぶつかり、引きずられる。かとおもったら巨人、ゴーレムへと変貌し、そのまま握りこまれた。
「おまえ、こいつの使い方、考えてみろ!」
「結局他人頼りか」
巨人が溶岩を全身から垂れ流す。そのまま顔を形作る。悪魔か、神か。荘厳さとおそろしさを兼ね備えた怪物に。
「なんだってんだ・・・・・・いきなり暴れて勝ち誇ったようになりやがって・・・・・・なんで痛がりもしねぇんだ! なんだってんだああ!」
復讐は、これほど人を愚かにするのか。ルウもあんなに気持ちの悪い顔をしているときがあったんだろうか。
「やめろ、そんな目で見るな! 俺を見下すな哀れむな俺を馬鹿にするなああああああああああ! 殺す! 殺す殺す殺すちくしょおおお、この世界にいる奴らは皆殺しにしてやるうううう!」
「できるもんならやってみな」
「・・・・・・! ・・・・・・・・!! ぬうううううううううううあああああああああああああ!!」
もはや怪物と形容すべきゴーレムの爪が、食い込んでくる。圧し潰そうと力が加えられる。死にかけているというのに、俺はなにもしなかった。抵抗も、魔法を使うことも。準備はもう整っている。だから、もうなにもする必要はない。
ただ、視ただけだ。
「・・・・・・・・・あ?」
それだけで、怪物がとまった。エドガーからしたら意味不明だろう。また先程と同じように魔導書を使って、命令を下すがなにもおこらない。逆に怪物は意思に逆らって俺をゆっくりと下ろし、そのまま俺に対して頭を垂れ、膝を折る。
「な!?」
エドガーが死者を次々と変えていく。雷、炎、氷、風、毒、光。ありとあらゆる魔法に、生物に、魔物に、武器に、自然現象に、物に。俺はさっきと同じようにそれらをただ視た。それだけでエドガーに全部跳ね返っていく。寸でのところで、魔導書で操作して消滅させることで対処されたが恐怖しているのか、わなわなと震えだす。
「なんなんだよ・・・・・・魔導書の故障か!? お前がなにかしたってのか!」
説明する気にもなれず、襲いかかるあらゆるものを視続けながら、歩んでいく。俺に触れることも掠りもしないでただ通り過ぎたあと、従うように後ろに整列をしていく。
「くそ、それが義眼の魔法ってやつか!? よりによってあの奴隷め肝心なこと教えなかったじゃねぇか! 殺してやる!」
話したくなかったことだから、当然だ。それにこれは大したものじゃない。ただの失敗作にすぎない。俺がかつて編みだした魔法。今完成させた二冊目の魔導書、その前に破棄した、一冊目の魔導書すべてを使って記載した魔法。義眼で視た魔法の制御を奪ってしまう。
この義眼に備わってしまった、魔道士を志す者としては忌むべき魔法とも呼べない、呪い。他人が産みだし、扱う魔法を奪う。自分で新しいなにかを創造して築く魔道士からすれば、到底許せるものじゃない。だから、使いたく、知られたくもなかった。だから一冊目の魔導書は破棄したし、普段は封印している。
反動も大きい。制御を一つ奪うだけで死んだほうがましなレベルの頭痛、全身がこわれるほどの痛みが間断なくあらわれるのだ。それに、これを使い終わったあと何日もベッドで寝て過ごすほど体力・魔力を失って今の苦痛が比じゃないレベルの地獄の苦しみを味わう。
けど、俺のちんけなプライドのせいで、ルウを失ってしまった。ルウを生き返らせることもできない、くだらない魔法だ。ついには魔導書に頼るのをやめたのか、自分で魔法を使い、死者達を操るがそれも視ただけで防ぐことができた。制御を奪われた死者たちは、エドガーへと向きを変える。その死者を、エドガーはあらんかぎりの魔法に変え、それを俺は根こそぎ奪う。変換し、奪って、消して。ただの堂々巡りをいくらか繰り返すと、エドガーはついには諦めた。自分の魔法薬を使った攻撃に切り替える。
「焼け爛れろ!」
それも奪う。魔法薬は空中で固定された状態で止まり、分解して素材にまで戻した。この魔法の効果は、魔法薬にも及ぶ。
「そ、そんなもの・・・・・・どうやったら編みだせるんだ! どんな能力だってんだ! そんな、大魔道士の魔導書の力にも対抗できる魔法を!」
「過去の魔道士達に比べたら、こんなもの魔法と呼ぶのもおこがましい」
過去の偉人達は、こんな失敗を何度もし続けたんだろう。研究所で働いていたら具にそれを知ることができる。それを糧に、新しい魔法を産みだし、完成させている。けど、この魔法は完成させてはいけない。そんな失敗の過程も成功の結果も、すべて奪ってしまう。苦悩も喜びさえも。
すでに敵わないと悟ったのか、逃げようとする。それすらも、俺は視ただけで妨害する。
「がああ!?」
右肩に付けられている特製の義肢が、エドガーによるものではなく、俺の意思で制御され、逃亡を阻害している。魔導具は魔法的効果を持っているから、もしかしたらと思っていた。
義肢を外して、そのまま破壊する。しかし、ダメージを負ったのか立とうとして倒れるということを繰り返し、今では尻餅をついたまま後ずさりしかできていない。
「お、おいユーグ・・・・・・そうだ取引をしよう。この魔導書、共和国が買い取ってくれるんだ、その金を二人で分けようぜ。なんだったら共和国の研究所に推薦してやってもいいし、そのまま共和国で魔道士になれるぜ、この帝国にいるよりかは、魔道士になれる可能性が高くなる、だろ?」
勘違いをしているエドガーに、心底呆れて動きがとまる。それを都合よく解釈したらしいエドガーが、さらに矢継ぎ早に説明しようとするが。
「俺は魔道士になれればいいんじゃない。自分の実力で魔道士になりたいんだ」
切って捨てた。
「お、おまえの目標だろ! この国にこだわらなくても魔道士になれるんだぞ!」
こいつとは、やっぱり決定的に違いすぎる。それに、今はそんなことどうでもいい。金も、魔導書の研究も、魔道士になるということも、今はどうでもいい。
「頼む、ユーグ、友達だろう?」
今にも泣き出しそうなほど、懇願されても心は動かない。右手に特大の『紫炎』の球をそのまま――
「はっははははああ! 油断しやがったなぼけがああ!」
最後の最後で、俺が自分の魔法でとどめを刺すことに賭けていたのか、魔導書を開いて呪文を唱える。そのままなにか別のものに変換して対処できない俺を殺すつもりだったのか。
「無駄だぞ」
だが、なにも起きない。今もなお俺の魔法は発動状態を保ち続けている。エドガーはしきりに呪文を唱え、魔導書を開き続け対処できる呪文を探し続けている。
魔導書の制御も、奪った。その魔導書も、魔導具と似ているし、なによりあの魔導書は魔法陣そのもの。魔導具と同じだから、制御を奪える。
「あ、ああ・・・・・・」
本当に、諦めてしまったのか。茫然自失な様子で身を投げだす。
なんだってんだ・・・・・・おまえは、なんだってんだよぉぉぉ・・・・・・大魔道士の魔導書も、俺の復讐も通じない、そんな魔法を使える・・・・・・こんな、ことができるお前用字おまえは一体何者だってんだ・・・・・・」
「ただの魔道士(予定)だ」
そのまま、魔法をぶつける。悲鳴も、骨も、エドガーが生きてここにいたという痕跡を少しも残さず、紫の炎が燃え盛る。
「あばよ、かつての友」
火が消えるのを待たず、背を向けてそのまま俺はある場所へ。もう動くこともない。喋ることも、起きて食べることも。なにも。
終わった。
本当に、全てが。
この世で最愛の女の子の遺骸を、抱きしめる。




