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魔導士志望者と奴隷ウルフ  作者: マサタカ
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四十八話

 あ、この人私にほれてる。すぐにわかりました。


 そのせいで私を買ったということも、おそらくユーグ様にされるえっちなことも、受け入れていました。覚悟をしていたわけではありません。ただ、そのときの私にとってはうでもいいことでした。自分のことだけでなく、あらゆることに対して投げやりになっていたのです。


 元来性格が強いわけではなく、反対に薄いほうでしたが、もちろん家族と故郷を目の前で失ったときは憤りました。悲しみました。それ以上に帝国軍を憎みました。


 それから一人でさまよっている間、生きる意欲がなくなっていました。最後に奴隷にされてしまったときに、抵抗して逃げるという気力がわいてこなかったのです。疲れ果て、生きるのを諦めていました。文字通り、私はただの道具になっていたのでしょう。


 奴隷がどういうものか、うわさや物語で知っていました。人以下、動物や魔物とも違う単なる物。意志も尊厳も主張も人権も奪われた、ただの道具。主の命ずることに従い続ける。子供の頃は奴隷にされた人はかわいそうだとなんとなく思っていましたが、まさか自分が奴隷になるとは。


 だから、ご主人様に買われても、ご主人様が私のことが好きでも、特になんともありませんでした。どうでもよかったのです。


 けど、予想に反してご主人様は優しい方でした。えっちなことも無理やりしようとしないどころか、命令さえ進んでしません。正直拍子抜けでした。事前にある程度奴隷がどのような処遇を受けるか聞いていた私はなにか裏があるのでは? と疑ったくらいです。


 けれど、一緒に暮らし始めてからご主人様は私を好きな童貞で、チキンな方なんだと判明しました。だから、私はこの状況を利用させてもらうことにしたのです。本来奴隷が得られない食事や毎日のお風呂を、ご主人様は許してくれました。あまりにも単純すぎて哀れみすら覚えました。


 恋心を抱かれるのは悪くはありませんが、いかんせんご主人様の反応は・・・・・・気持ち悪いしこわかったです。

 まぁある程度は慣れましたが。


 それでも、想像していたよりも何倍もいい奴隷生活は悪くなかったのです。このまま優雅にちょっと楽しい奴隷生活をエンジョイする気分でいましたが、ご主人様が戦争に行っていたという事実を知って、変わりました。

 

 私の故郷を焼き、両親と姉弟を殺した軍に、所属していた。あのおそろしく、憎悪した軍にです。


 それだけで、私はご主人様が憎くなりました


私のすべてを奪った存在に仕え、一緒に暮らし続ける。そして、私がすべてをなくした戦争の報酬で私は買われた。屈辱でした。悔しかったです。


 ご主人様が私の家族を殺したわけではありません。頭では理解していました。けど、いつしかあのときの兵士達とご主人様は、同じ存在、憎しみの対象でしかなくなったのです。失ったはずの感情がめらめらと燃えあがり、復讐する決意をするのに時間がかかりませんでした。


 ですが、ただ殺しても意味はありません。できるだけ苦しめて死なせたかった。まず、小さなレベルで嫌がらせを始めました。服や実験をわざと駄目にする、わざと命令させようとする。ご主人様が私に命令をしたがらないから、ご主人様は苦悩する。命令以外のことはなにもしない。


 わざとご主人様の風評を下げさせる。私に恋しているご主人様にとっては十分嫌がらせでした。楽しかったです。面白かったです。ご主人様は。ざまぁみろって。まだまだ足りませんでした。もっと苦しませたい。そして、最終的には絶望を与えて殺す。


 けど、予想外の事態がおきてしまいました。きっかけは、ご主人様が工房にこもっていたときです。何日か休日の間、ずっと工房にこもって魔法を創る実験をしていました。何度かノックをしても、部屋に入って声をかけても無視をされました。それくらい集中していました。一日に何度も工房に入りましたが、おそらく一睡も食事もトイレも休憩もせず、研究一つを一日中し続けていたのです。それを何回も何日も。誰にでもできることではないでしょう、そんな人並み外れたこと。


 研究しているときのご主人様のお顔は、なにかにとりつかれていた。それくらい鬼気迫る集中力だったのです。あまり結果は芳しくないようですが、そんなことよりも自身の空腹や疲労を無視できるほどの熱意に恐怖を覚えました。


 シエナ様は、あれも一つの才能だとおっしゃっていました。好きなことをし続ける情熱を維持し続けるのは、難しいことだと。熱はいずれ冷めてしまう。現実を知って諦めてしまう。だから、ご主人様はとても強いのだと。


 どうして魔道士になろうと志したか。学生時代なにがあったか。じかに話を聞き、信じられませんでした。ご主人様も私と同じ復讐をしようとし、そして今は忘れているということに。

すぐに判明しました。魔法や魔導書作りの説明をしているとき、また研究をしてるときの主人様は、楽しそうだったのです。そんな輝く顔のご主人様と、復讐に生きている自分とを比べて、惨めになりました。


 苦悩していました。研究が進められないことに。ご主人様がこわがっていました。本来なら、そんなご主人様に喜ぶべきだったんでしょう。ですが、どうしてか私はご主人様に優しくしてしまいました。『もふもふタイム』さえ許してしまいました。不思議でした。自分で自分の感情が理解できなくなっていました。


 ご主人様の優しさが、嬉しいとかんじるようになりました。好意を示されると喜んでしまいます。食事や家事、掃除を褒められると明日も頑張ろうとはりきるようになりました。

きっとご自身が過去の偉人達の功績に触れる機会が多いからでしょうが、変に自信がないところがもやもやします。


 ご主人様が時折うなされていたのは、戦争の体験なのだと、この人も被害者なんだと、胸が痛くなります。癒やしてさしあげたくなります。苦痛でしかなかったも『ふもふタイム』にやりがいをかんじるようになりました。もっとご主人様のお役にたちたいと求めてしまうほど。


 私がすることに一喜一憂するご主人様を見るたびに役立っている、生きていると実感できます。故郷で暮らしていたときと同じくらい幸せになります。ご主人様に買われてよかった、この人ともっとずっと一緒にいたい、と望むようにもなりました。私はユーグ様の奴隷でいることに喜び、満足していたのです。


 だからこそ、苦しくなったのです。ご主人様の奴隷でいることに喜びをかんじるほど、復讐心との板挟みで。ご主人様への憎悪は消えません。誰にも明かせず苦悩する日々が続いたあるとき、エドガー様がこっそりと訪ねてきました。ユーグが持っている素材を自分に渡せ、と。他に素材を手に入れられる術がない、と。


 拒もうとしました。この方がユーグ様とどのような関係かは聞いていましたし、なによりご主人様の物を勝手に渡すなんて。けどはっと思い出しました。この人も私と同じ。復讐しようとしていることに。この人に協力すれば、私はご主人様に苦しみを与えられる。私は自分の手でご主人様を殺すことができません。けど、エドガー様なら。私がエドガー様に協力していた事実は、十分ご主人様を絶望させるでしょう。

けど、いいのか。そうしたらご主人様と一緒にいられない。ご飯を喜んでもらえない。この生活が終わってしまう。苦悩しました。そして、協力することを選びました。ご主人様の奴隷でいるから、これほど苦しくなる。だから、ご主人様が殺されれば楽になれる。最後にはそう納得させたのです。


 定期的に工房にある素材を、エドガー様に渡していました。お店に行って、ご主人様のおつかいだと嘘をついて買いにも行きました。後悔と罪悪感が日に日に強くなっていきます。毎日ご主人様にばれていないかと不安で生きた心地がしませんでした。ご主人様の顔を見ると、うまく笑えているか。


 あと何日こんな日が続くのか。もう少しの辛抱だ。私が裏切っていることを知ったら、この人はどうなるだろう。私を嫌うだろうか。想像を何度もして、それならそれでいっそのこと清々する。


 絶好の機会がやってきました。ご主人様が仕事で行く遺跡調査。決めました。ここでもう全部終わりにしようと。あえてエドガー様に事前に知らせました。エドガー様は大魔道士の研究資料を欲ほしがっていたようですから。そして、なにも知らないご主人様に、最悪のタイミングで真実をお教えしました。


 このとき私の復讐は果たされたのです。そして、やってよかったと満足できました。だって、あのときのご主人様のお顔ったら。おなかを抱えて笑いそうになりました。きっと、心底絶望を味わっている最中の人は、こんなんなんだってくらい哀れで、かわいそうで、本当に愉快でした。


 この顔が私は見たかったのです。この絶望を与えたかったのです。ざまぁみろ、と。そして唯一のつながりである『隷属の首輪』が消えた瞬間。これ以上ないくらい愉快で、楽しくて仕方がありませんでした。今までにないほどの達成感と暗い喜びが私を満たしました。


 そして今。ご主人様の元を去った私は、ほくほく気分でこれからどうやって生きるか悩みながら遺跡を出ようとしています。帝都で仕事を探しましょうか。それとも別の場所へ移住しましょうか。故郷がどうなっているか調べにいくのもいいかもしれません。けど、元奴隷に仕事なんてあるでしょうか。

 

      ―ごめん、俺はお前を好きになる資格なんて、なかったんだなー


 最悪どこか森や水辺に住んで狩りと釣りをして暮らすのも悪くありません。故郷にいたときはしょっちゅう狩りをしていましたし。魚よりもお肉ですから、やっぱり森ですね。決めました。どこか森を目指しましょう。


  ―俺は、ルウのことをわかったつもりでいた、けどなんにもわかってなかったんだなー


 さいわい、一人ですし。森ならもう誰かのお世話をすることも家事をすることもありません。


―せめて幸せになってくれ―


 ・・・・・・雨が降りそうな匂いがしますから、急がないと。雨の森は下手をすれば死にかけるほど危ないですし、寒いですから。


 そうこうしている間に雨がポツポツと。やはり一気に雨の勢いが強くなってきて、雨音がうるさくて嫌になります。足もぬかるんできて、気持ち悪い。泥だらけになってしまいます。ずぶぬれになるまえにどこか雨宿りを・・・


あれ?おかしいです。風景もわからず、音すらなにも聞こえないほど豪雨になっているのに、私の体はまったくぬれていません。不自然にも、私だけを避けるようにして雨粒が弾かれていきます。

 考え込んで、そしてピンときました。ご主人様の魔法であると。以前、私に魔法をかけてくれたことがありましたが、まさかこれのことなのでしょうか。


           ―今の、そしてこれまでのお礼だー

 

 こんなどうでもいい魔法、ご主人様がお創りになったんでしょうか。ご自分の研究そっちのけで? 馬鹿馬鹿しくて笑いすらでません。その愛しの奴隷に憎まれて裏切られることになるなんて、想像すらしていなかったんでしょう。


         ―危険なものじゃない。効果は実証済みだー


 本当に・・・・・・奴隷である私のために・・・・・・なんて無駄なことを・・・・・・私がどんな気持ちだったか・・・・・・どれだけ苦しんでいたかも知らないで・・・・・・


         ―好きだ。ルウ。お前が好きだー



「う、」


 駄目です。どれだけごまかそうとしても耐えられません。次々とご主人様との生活の記憶が蘇ります。いつさっきまであった達成感も喜びももう私にはありません。


 あるのは深い後悔と罪悪感だけです。涙がぼろぼろと際限なくあふれてきてとめられません。膝をついてあるけなくなるほど。


 ご主人様と一緒に過ごしていた時間が、ご主人様の側にいることが、どれだけかけがえのないものだったか。復讐で得られた一瞬の快楽よりも、失ったもののほうが大きかったのです。

 こんな、私のためにわざわざ魔法を一から創るなんて。魔法を創るのがどれだけ大変で難しいのか、ご主人様の側にいたからなんとなく把握できています。


 奴隷でなくなったのに、ちっとも楽にはなれていません。胸が締めつけられるほど痛くて、心が引き裂かれて死んでしまいたいくらいです。なんてことをしてしまったんだろうと自責し続けています。


 走っていました。何度かころんでしまいました。遺跡の入り口を必死で探して、来た通路を戻って。二足で走るのがじれったくて、動物みたいに四つんばいになって壁を蹴って跳躍して、走り続けます。


いつの間にか最奥部に戻っていました。ご主人様は捕まっていて、そして、おそらく魔導書によるものなのでしょう。魔法で攻撃され続けています。


私は、なにをしにきたのか。今更どうするのか。そんな資格はないと、答えは決まりませんでしたが、ご主人様の前に巨大な槍が出現したとき、体が勝手に動きました。


 死者達を蹴り飛ばしたりするより、ご主人様を渾満身の力で引っ張りました。そのまま私とご主人様の位置が変わって、おおなかに鋭い衝撃が走りました。

「ルウ?」


 信じられない、というご主人様が私の顔を、おなかを見ます。脇腹をかすめただけなのに半分以上欠けていました。そこからぴゅ、ぴゅっと血が出て、ゆっくり痛みが。


「おいルウ! しっかりしろ、ルウ!」


 よかった。どうやらご主人様はご無事みたいです。息を吸おうとすると、口から血が吹きでてきます。


「どうして、どうしてお前が俺をかばったり! どうして!」


 やっぱりご主人様はうるさいですね。あれほど耳に悪いと言っていたのに。


 ご主人様、あなたのことが嫌いでした。


 うるさいあなたが嫌いでした。私が好きなあなたが嫌いでした。私への好意や反応が気持ち悪くて嫌いでした。夢を持っているあなたが嫌いでした。私を奴隷として買ったあなたが嫌いでした。それでいて、私になにもしようとしないあなたが嫌いでした。戦争に行っていたあなたが嫌いでした。


「ご主人様・・・・・・っ!」


 よろよろとエドガー様に向かって、攻撃をします。エドガー様は私の登場に驚いたままで、まともに殴打を、蹴りを受け続けています。ようやく対応できるようになっても、魔導書を振りかざして呪文を唱えるだけで、なにもおこりません。


 痛い。苦しい。口から血がドバドバとあふれてきます。けどこんなもの、さっきの苦しみに比べたら――!


エドガー様の手から、なにか細いものが放たれました。魔法だ。それが私のおなかの傷口から入って、内部を攻撃してきます。全身くまなく水魔法がいき渡って、暴れ回ります。水の感触とあいまった不快さは、なんともいえません。


 攻撃をしようとしましたが、ぷつんと糸が切れたように動けなくなりました。拳が届く前に空振りをして、ふらふらと体幹が定まらなくて、足がよろけてそのまま倒れてしまいました。


「ルウ、おいルウ! どうして、こんな・・・・・・!」


 あ、ご主人様だ。急に視界ににゅっと現れたご主人様は今にも泣きそうです。慌てながら傷口をローブで押さえますが、きっともう私は助からないのでしょう。こんな裏切り者の私のために、悲しんでいるのでしょうか。


「大丈夫だ、きっと、きっと俺が助ける。だから――」


ご主人様、こんな裏切り者の私をそれでも好きだと言ってくれたあなたが嫌いでした。私に命令しないあなたが嫌いでした。『もふもふタイム』に夢中なあなたが嫌いでした。あなたと一緒にいて楽しいとかんじる私も嫌いでした。家族と故郷で暮らしてたときに負けない幸せな生活が嫌いでした。 


 あなたの奴隷になれてよかったって感謝するくらい。


 もう痛みが鈍くなってきています。視界も指の感覚もなくなってきて、全身が寒いです。私は最後の力を振り絞って、顔を思い切り上げて、唇をご主人様のとを、重ねました。そして、舌で無理矢理用字無理やりご主人様の口をこじ開けました。


なかなか難しいですが、さらに舌を奥へとやって、私の口から出てくる血を、無理に流しこみました。血は、魔力になるとご主人様が教えてくれたことがございます。だから、これを無理やりにでも飲んで貰用字もらって、魔力を回復してくだされば。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 もうご主人様のお顔も、お声も、なにもわかりません。ただ、眠りに落ちるときと似ています。闇の中にゆっくり沈んでいくみたいで、穏やかでした。

戦ってほしいわけではありません。勝ってほしくも魔導書を取り戻してほしくもありません。逃げてもいいから、せめて生きてほしい。それだけでした。

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