四十四話
遺跡があるのは国境近く。断崖絶壁に囲まれた岩山だった。幸い、魔物の影はない。空中からも、地面に降りて探してみてもそれらしい建造物はない。古代の魔道士が研究施設に使っていた場所は、大抵洞穴もしくは岩に穴を開けて魔法で内部を拡張して作られる。だから、入り口がどこかにあるかもしれない。それを、こんなだだっ広い岩山で見つけるなんて、何日かかっても不可能なんだ。普通は。
「ご主人様、ひとまず休息なさいませんか?」
入り口を探すための準備をしようとした矢先にルウが提案してきた。どうやらお弁当を持ってきたらしい。用意がいいのか、手軽なシートと水筒まで。もしかして、ピクニックかお出かけと勘違いされてないだろうか。
腹が減っては戦ができぬ。先人はそう言い残していることだし、一旦休憩することになった。食べやすいことに配慮したためだろうか、シンプルなサンドイッチがメインで様々な具材が挟まれている。
天気がよく、場所がこんなでなければまさしくお出かけ日和であったであろう気候。本当に遺跡調査でなければ純粋に楽しめたかもしれない。早速ルウがすすめてきた分厚いチキンのを食べたんだが、味が苦く、お世辞にも美味しくはない。胡椒どころの味じゃない。一体なんの調味料が使われているのか不思議なほどで、自然と顔に力が入ってしまった。
「いかがされましたか?」
「いや、ちょっと味がな」
「あ、申し訳ございません。少し失敗してしまいました」
「珍しいな、ルウが失敗って」
告白後も、ルウは家事とか味つけは失敗していなかったから珍しい。これだけじゃなく、他のサンドイッチやおかずもそうだった。生焼けだったり卵の殻入りだったり、成功しているものがない。
「その、遠くに出掛けるのが初めてだったので、少し集中していなかったのかもしれません」
「そんなもんか」
しゅん、と落ち込んでいるが、別に食べられないというレベルではない。それに、この子の仕草から落ち込んでいるってのが伝わってきたし、責めるつもりはない。それにしても、ワクワクしていたのか? だとしたら、子供子供みたいにそわそわしながら調理しているルウを想像してつい笑ってしまった。ふふ・・・・・・いとおしい。
「けど、ルウって後ろめたいとき、そうする癖があるよな」
「・・・・・・・・・え?」
指でさして、示した。自分でもなんのことかわかっていないルウは、示された方向を目で追って、そして動かなくなった。両手を開いて、掌をゆっくり擦り合わせている、自分の癖を初めて知って驚いているからだろう。
「私は、今までこのようなことをしていたんでしょうか?」
「たまにな」
「・・・・・・・・・そうですか」
ルウは自分の尻尾を前に出して、ぎゅっと胸で強く抱いている。陽気なほどぽかぽか暖かいのに、震えているみたいだ。表情も強ばっている。尋常じゃない。まるで怯えている。
「どうした? 変だぞ」
「いえお気になさらず。自分でも気付かなかった癖をご主人様が知っていたという事実がおそろしく気持ち悪いだけですので」
「なんかごめんなあ!?」
そんなに駄目だった? そんなにおかしいことだった? 俺のこと嫌い? いや受け入れるよ? 受け入れるけど・・・・・・!
ひとしきり食べながら落ち込んで、昼食休憩を終えた。そして本格的な調査を開始する。小指ほどの『紫炎』を百個ほど作り、眼球に形にする。左目の視覚と繋げ、そうやって擬似的に作り出した多くの視覚、『眼』で探るが、見つからない。となればなんらかの結界が張られていて、隠している。
直接魔法で結界自体を破壊しようにも、相手は大魔道士。きっと簡単にはいかない。ワクワクするぜ。
意気込んで捜索していたら、拍子抜けするほどあっさりとルウが見つけてくれた。なんの変哲も罠もない。がっかりしながら破壊すると、近くの岩がおもむろに崩れ、わかりやすく人が通れる穴が出現した。
入ろうとするルウを掴んで、とめる。不審げに首を傾げるルウは一旦放置して、拾った小枝を穴のほうへ投げ入れた。見えない壁に阻まれたように穴の一歩手前で見えない壁に遮られるようにぴたっと空中でとまる。そのままゆっくりと黒焦げになって塵とも灰ともしれないほど無残に分解して、風に吹かれて消えていく。
「やっぱり囮、フェイクか」
きっと、気が緩んだ発見者をああやって排除する罠だったんだろう。本命の魔法陣は、別にあるに違いない。
「なにゆえにわかったのですか?」
「俺だったらこんな簡単に魔法陣を発見されたりしない。もっと工夫して隠す」
今まで調査してきた普通の古代の遺跡、もしくは魔道士だったらこれで終わりだろう。しかし、相手は伝説的な大魔道士だ。二重三重の罠があっても不思議じゃない。ここまでおかしいところはなかった。さてどうするか。
「おい、どうかしたのか?」
思案していたけど、頻りに肩を摩っているルウが気になった。
「いえ、少し寒くて」
? 確かに場所のせいか、太陽の光は充分届いてはいない。俺が魔法を使った反動で体温が上がっているせいかもしれないが、それでもまだ気温は暖かいほうのはず。けど、現に寒そうな仕草をしているし、それに吐く息も白くなっている。
何かが引っかかった俺は、ある閃きが走る。二人で周囲を歩き回って、ある確認をする。そして、地図に印を付けて確信した。
まったくある地点から地点まで温度に大きな差がある。日の当たり具合があるにも関わらず、決して広くはない。魔方陣を隠していることと気温が関係しているのかもしれない。
「だとすれば・・・・・・水と風の複合か・・・・・・?」
すぐに行動に移した。大きめの魔法陣を描いて、魔力を注ぎ込む。パキ、と破壊音がした。
「ご主人様、あれを」
先程出現した穴の入り口手前に、魔法陣が空中に出現していた。間違いない、あれが本命だ。更に魔力を注ぎ込んで別の魔法を操作する。尋常ではなく疲労していく。それに加えて体が熱くなってきてる。
しかし、確実に成果はでている。パキ、バキと魔法陣に破壊痕ができて、形を失っていく。とどめとばかりに一気に大量の魔力を流し込んだ。
ばきいぃぃぃぃん!!
成功したことは、魔法陣がガラスのように弾け飛んだことでわかった。ルウが小石を投げ入れて、安全を確認、サムズアップをして知らせてくれた。尻餅をついたまま手足を投げだすほど疲弊してしまった俺は、ぎこちない笑顔で返すしかできなかった。
汗が滴となって流れ、喉がひりひりする。炎系統の魔法陣で、くわえて注ぎ続ける魔力が多すぎて、目に入った汗を拭うことも水分補給もできなかったし、なにより同時に二つの魔法を操作・維持しなきゃいけなかった。
「お疲れ様でございます」
ルウが盛んに汗を拭いたり、手を扇いで風を送ったり水筒を持って直接飲ましてくれる。気遣いが嬉しくて、それだけで疲労が消えてしまう。
「けれど、なにがどうなったのでしょうか?」
「ルウのおかげで、気温が関係しているんじゃないかって推測をたてたんだ。それが当たった。きっと風と水魔法を組み合わせた氷系統の二重属性魔法の結界だ」
「はぁ・・・・・・?」
「氷の系統結界魔法だったから、周囲が影響を受けて冷気を帯びていた。だから炎魔法の魔法陣で地面と周囲に影響を与えて結界と魔法陣を炙りだした。利用してそれから結界に侵入して――」
「なるほどつまり魔法の専門分野的なお話ですねありがとうございます」
できるだけ噛み砕いて説明するが、途中で早口で即座にお礼を述べて終わらせられた。ここからが本題なのに。
「まぁとにかくルウがいてくれたおかげで、助かった」
「専門用語が多すぎて意味不明ですけど、これで遺跡に入れますね」
「これからが本番だからな」
こんなことは序の口。きっと内部に入ればこんなことが笑えるほどの罠や仕掛けがある。それこそなにかの判断ミスがそのまま死に直結するレベルの。
「いいか、ルウ。内部に入ったら俺の指示に絶対従ってくれ。なにがあっても、疑問を抱くようなことでもだ」
重々しく、肯定してくれた。それから少し経って侵入していく。まだ充分休んだとはいえない。魔力を大きく消耗していることもあって正直疲れている。けど、時間はない。
内部は暗く、一寸先すら闇に包まれている。『炎獣』を先に進ませる。おかげで今進んでいる場所が巨大な螺旋階段になっているのも判明、それも周囲の岩壁に沿うようになっているから、階段の中心部から底が見えないほどの暗闇がどこまでも続いている。
途中、幾重もの罠があったが、『炎獣』を先に歩かせて罠を発動・解除して進んだので無事だった。『炎獣』のおかげで、今までの遺跡調査と違ってずいぶんと楽になった。俺自身が危険に陥ることがない。それでも、長すぎる迷路として作られた通路と魔力を消費し続けるのにはまいったが。
そして、階段を降りきって少し広い空間に出た。『炎塊』を上方へ投げ飛ばして光源とする。それで辺りの地形が判明した。 とてつもなく広く、そこら中に爪で抉られた痕と巨大な歯形。血糊が固まって黒く変色して、不気味さを増している。そして所々に棺がある。中身はなんの種族か想像できるレベルでの、生々しいミイラが安置されている。魔族と亜人の研究をしていたと推測できるが、残念ながら二人で探しても資料や機材はなかった。
「ひとまず、ここで休憩しよう」
歩きすぎて、足が棒のようだし、魔力を使いすぎた。焚火をおこして、魔法を解除する。一気に暗くなってしまったが、焚火の明かりで充分足りる。用意していた干し肉を炙り、木の棒で火を確認し、二人きりの気まずさをごまかす。
「ご主人様は、このようなところに何度も来ているのですよね?」
不意に、沈黙が破られて少し動揺してしまった。まさかルウから話しかけてくるとは。
「そうだけどどうかしたのか?」
「いえ、入り口での魔法や罠も、すぐに解除できていましたしこのような不気味な場所でも落ち着いているので」
「大魔道士の研究施設なら生易しいくらいだ」
「・・・・・・生易しい? これが?」
「前に行った場所なんて、部屋に入った途端猛毒蜘蛛の大群に襲われたし、足で踏んだら作動する魔法陣が通路にぎっしりとあって進めないくらい。狭まってくる壁に圧し潰されそうになったし、とにかく死にかけないほうがおかしいレベルの遺跡しかなかったからな」
「・・・・・・・・・」
「あ、でも見えない矢が飛んできたときはびっくりしたよな。あれって矢自体を魔法で隠しているのかな? それとも魔法で創られたのかな? どっちにしろ千年前の魔法が今も発動できるなんて、すごいよなっ」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも冷気を放つ岩が転がってくるときもすごかったよな。俺が炎系統の魔法使えたからよかったけど、大魔道士って風と水二つ使えるのかな? でもそれだとあのとき段差がいきなりなくなる土系統の魔法の説明が――」
「・・・・・・・・・成程恐怖や感覚が麻痺されているのですね」
え? なんで呆れたかんじになってんの?
そこから、さっきまでの罠について考えを述べ続けた。ルウは薄い反応だけど、話ができて楽しくて、そして語りたいことを終えて、なんとなく無言になってしまった。遺跡調査のことで忘れかけていたが、二人は気まずいままだったことを思いだす。けど、それをなんとか紛らわせるある物を実は持ってきていた。
「それは、魔導具ですよね?」
ルウが指摘したのは、完成した魔導具、精密な義肢だ。それと魔導書も。
「商人のとこの、ハーピィの奴隷、彼女にこいつを使ってもらって実験に付き合ってもらっただろ?」
ルウはあれ以降も、ハーピィの子と親しくしているらしい。なので、ルウを通じて魔導具を何度か使って性能を確かめさせてもらった。実際に使えなければ、試験で落ちてしまうから、二人の友情につけこむみたいで罪悪感はあったけど。
結果は成功。なんの問題もなくハーピィ子の意志通りに動いたらしい。自分の腕だけど、腕じゃないみたいだ。羽根じゃなくて腕なのが嬉しいと、そう言っていたらしい。そのときのハーピィ子の意見や使い心地、良い点悪い点をルウはすべて教えてくれた。商人がそこに居合わせて買い取らせてくれと頼んできて大変だった。
「改善点は、すべて反映させたのではないですか?」
「そうだが、少しでも良い状態に仕上げて万全の状態で試験に臨みたいんだ」
半分は本当。けど、こうやって気まずくなったら自分の世界に逃げられるようにという理由も半分。
「私にはあまり必要無い荷物は持ってこないように、と命じておきながらご自身はそんなものを持ってきていたのですね」
あ、まずい。好感度下がった?
「まぁご主人様にしてみたら、勿論必要なものなのでしょうが」
「それもあるけど、魔導書の仕上げもまだだし」
? と疑問符を浮かべるルウにわかりやすく、魔導書を取りだして火の近くへ。意識を集中して、想起する。そして、イメージする。この魔導書を作っていたときの記憶、どんな気持ちで作り始めたか。楽しかったこと、
辛かったこと、苦しかったこと。魔導書にこめられた願い。思い出、記憶。それらをイメージしながら、魔力
をこめる。
魔導書の表紙に、淡い光が走っていく。光が形をなして、文字となる。俺が意図していない単語ができあがり、組み合わさって、そして名前となる。少しばかりの汗を拭って、表紙を見る。どうやら成功に満足して、くるりと反転させてルウに見せてやる。
「これが、魔導書の仕上げ、『名付け』だ。作成者の願いやイメージ、記憶、願望。魔導書に関するすべてを込めて、できあがる。どんな名前となるのか、それは作成者にも決められない。逆に名前を浮かび上がらせられ、『名付け』ができなければ完成したとはいえない」
これで、魔導書は唯一無二、他に二つとない特別なものになった。魔力を帯びていても魔導具とも魔法とも違うものというわけじゃなく、世界で一つしかない、俺だけの魔導書。非常に感慨深い。
「それでは、これで本当に魔導書を完成させられたのですね。おめでとうございます」
ルウに言われて、改めてこみあげてくるものがある。まだ夢が叶ったわけではない。それでも、自分が長年作り上げてきたものができた。夢に近付けたというだけでなく、ある種の達成感がある。
自然と作り始めたときや苦しかったときのことを思い出してしまう。特に、一番大変だったときのことを。懐かしく、遠い過去みたいに錯覚してしまう数々の思い出が蘇る。
「戦争中も、魔導書を持って行っていればよかったな」
「・・・・・・・・・・・・なにゆえですか?」
気が狂いそうだった。自分が死ぬかもしれない環境。他者を殺してでも生きなければいけない。殺人が合法化されて、死がありふれたこととしてそこいらに転がっている。血と死体で塗れた戦場。さっきまで隣にいて、話していた仲間が次々と死んで、明日は自分かもしれないという恐怖が常にあった。実際に死ぬかもしれなかったときもあったし、人を殺した罪悪感と絶対に死にたくないという相反からの葛藤もあった。
「だから、魔導書があったら少しは現実逃避ができてたかなって」
「・・・・・・・・・ご主人様から、戦争のお話は聞いたことがございませんでした」
楽しいことじゃなかったから、自然と避けていた。
「お聞かせください。人を殺していたときは、どうでしたか? どのような感情を抱かれていましたか?」
あまりそのときのことは語りたくない。
「楽しかったですか? 喜んでいましたか? 面白かったですか? それとも辛かったですか? 悲しかったですか?」
執拗に聞いてくるルウが、四つん這いで近付いてくる。それこそキスができてしまうくらいの距離で。逃げようとしても、壁際まで追い詰められてしまう。吐息が顔に当たって、ドギマギする。
「是非とも、お聞きしたいのです」
答えなければ、終わらないんだろうな。
「そ、そうだな。戦っているときは、なにも考えていなかった。相手の魔法とか攻撃からどうやって身を守るか。どうやって死なないか、ただそれだけで必死に動いていた。そのうち考えるより体が勝手に動くようになって、楽になった。ただ、戦闘が終わって食事してるときとか寝てるときとか、いきなり罪悪感に襲われた。寝るときも夢なんて見ていられなかった。熟睡したらいざというとき動けないから。一言で表すなら、こわかった。なにもしないでいると、罪悪感が襲ってきた。殺した兵士達の顔とか、家族はいたのかとか。そうすると寝られなくなった。戦うのに躊躇するようになった。けど、やっぱり死にたくないって恐怖心が勝って、戦った。それで休むときまた殺した奴のこと考えて。それの繰り返しでいつの間にか悩まなくなった」
「さようですか」
満足したのか、ルウは離れていく。ほっとしたような少し残念なような。
「それでは、もしご主人様が殺した相手の家族が、ご主人様を恨まれていたとしたら、復讐を企てていたとしたら、どうなさいますか?」
返答に詰まる。今までそんなこと考えたこともなかった。けど、あり得ないことじゃない。戦争だから、と割り切れない人や遺族もいるはず。だから、もしそうなったら――
「それは・・・・・・・・・・・・・・・わからないな。実際にそうなってみないことには仕方ないこととして受け入れるか、抗うか、どっちかだろうけど」
「・・・・・・・・・真摯にお答えいただき、ありがとうございます」
「まぁ、俺はどうなってもいいけど、ルウも復讐の対象になったら、全力で抗うだろうな」
え。小さく呟いたルウが勢いよく顔をあげる。自然と出てしまった自分の言った言葉の意味を、重さを、今更考えてみて、恥ずかしくなる。ルウは顔を背けて、耳と尻尾をうにうにぐにゃぐにゃと激しく波たたせながら動かして、引っ張ったり抓ったり、とにかく普通じゃない。正直かわいい。
「へ、変なことを聞いてしまい申し訳ございません」
「い、いや。俺のほうこそ」
無言。気まずい。顔が燃えているかのように熱い。
「ちょっと周りになにかないか調べてまいります」
ギーコギーコ。油をさしていない機械みたいな擬音がふさわしい重く鈍くぎこちない動きで、離れていってしまう。
「あまり遠くへいくなよ。なにか危ないものでもあるかもしれないし」
注意を促した直後。ルウが立っている箇所でいきなり光が明滅を開始した。不可思議な色に、ある一定の規則性を持っている形。おそらく侵入者を感知した、罠用の魔法。徐々にシルエットが巨大になり、床全体を覆ってしまう。不安からルウの元へ行き、守るために抱きしめながら周囲を警戒する。
何かが床をすり抜けて出現。朧げな影に覆われている、あやふやなシルエット。やがてそのシルエットが天井まで届くほどになると、影が取り払われた。
見たことのない生き物。全身は赤と肌色が混じっていて、竜の鱗に似た硬そうな体皮。その所々亀裂があって、気持ち悪い筋肉が露出している。下半身は馬に似ていて長くそして細い。足は短く小さく、でっぷりと太く大きい蛞蝓を想起する。鞭のようにしなやかで毛に覆われた尻尾が二本、腹から首にかけては枝のように細く、真ん中に目玉がたくさんある。更にはそこから八本おそらく腕が伸びている。長く関節が三つあり、曲がりくねった鋭利な骨でできた鉤爪がそれぞれ四つ。
頭は前後に長い。牛と馬と魚と鳥が不自然に混じりあった奇妙な形に見た目。口が不自然なほど大きく牙が外側に向かって飛びでている。二つに枝分かれした舌が不気味にうねうねと蠢いている。
どんな魔物、生き物にも当て嵌まらない、名状しがたい生き物。あらゆる分類もできず、カテゴリーにも入れられれない、しかし生物としか表せられない。
「合成獣か!?」
あらゆる生物や魔物を人工的に組み合わせ、繋ぎ合わせることで誕生する人工生物。現在でもあらゆる国や魔道士が研究し、誕生させようと目論んでいるとされる実験体。こいつは大魔道士が作り上げた合成生物。それも、現代のものとは一線を画している。
現代の合成獣は、複数の生物の身体そのものを繋ぎ合わせて作られている。しかし、こいつからはそんなありふれた繋ぎ合わせは感じられない。まるで産まれたときからこんな状態だというある種の規則性、自然さが随所にある。
「大魔道士は魂を形あるものとして定義していた・・・・・・魂を蘇生させて、死者を生者に戻すこともできた・・・・・・だとしたら、いやしかし・・・・・・」
「ご主人様?」
のろのろと遅い動きで迫ってくる合成獣を前にしても、知的好奇心が抑えられない。思考がぐるぐると回り、こいつがどうやって誕生したか仮説を組み立ててしまう。
「こいつは産まれる前の状態、人工的な魂から作りだされた合成獣なのか!?」
研究所で知り得た大魔道士に関する研究資料を読んでいたからか、そんな仮説が浮かびあがってしまった。もしそうだとしたら、とんでもないことだ。現代でも魂を形あるものとして作りだすことはできていない。しかし、大魔道士は遙か昔からそんな化け物じみたことが可能だったってことじゃないか。
「凄い、凄いぞルウ! これは大発見だ!」
「なにが凄くて大発見なのかよりも、それより今はお逃げになられたほうがよろしいのでは?」
興奮しながらルウの肩をばんばんと叩く。鉤爪が、俺達に振り下ろされる。『紫炎』で二人を守る壁を型取り、防御する。しかし、いともたやすくその壁を貫通し、突き破る。ルウが俺を抱えて横に飛んだ。
「凄い、俺の魔法で傷一つついていないじゃないか!」
八本の腕が出鱈目な攻撃をしてくる。『紫炎』の剣、槍、ハルバート、矢を投げつけて攻撃をし、そして防げない腕は直撃する間近、わずかながら『紫炎』を壁の形に変えてそのまま逸らす。
巨体に似合わない軽快さで、上空へと跳躍。そのまま踏み潰そうとしてくる。流石にまずいから魔導具に跨がって空を飛ぶ。
なんとか躱しながらあらゆる攻撃を与える。しかし、合成獣にはかすり傷すら付けられなかった。地上に残されたルウは、跳び回りながら移動。壁を、合成獣の身体を利用して駈け昇るなんて信じられないことをしながら体術で攻撃を加えているが効果はないらしい。そのまま滑らせるように魔導具をルウの横まで走らせながら抱きかかえて回収する。
「凄い、なんとか生け捕りにできないか? 全てを調べたいな」
「このようなときにまで研究心を滾らせるのは結構ですが、まずはどうやって生き残るか、倒すか。それが一番ではないでしょうか!」
珍しく、声を大にしてルウが叫んだ。そのとおりだが、相手がどんなものか知らなければ戦うどころか生き残ることすらできない。現に俺の魔法は効いていない。それも、かなり威力を強めにしたものでさえもだ。
攻撃を躱しながら、観察する。対処法を考えるというよりも、すべてを調べたい。大魔道士が誕生させた、この芸術品を。
合成獣が、咆哮する。鼓膜が破れてしまうかと思うほどの衝撃、痛み。声そのものが強い攻撃性を持っていて、それだけで魔導具が吹き飛ばされ、制御を失ってしまう。
魔導具を立て直そうと四苦八苦しているとき、俺の腰に回されているルウの手の力が緩み、感触がなくなった。振り向いたときにはルウはふらっと横に倒れ、そのまま落下していく。ウェアウルフであるルウは、聴力に優れている。先程の攻撃性を伴った咆哮で、耳に大きなダメージを受けたんだろう。
このまま地面に落下すれば、命はない。背筋がぞっとしたまま一目散でルウへと魔導具を走らせる。途中でルウは合成獣に捕まってしまった。そのまま口に近付けていき、同時に気持ちの悪い口が開かれていく。
「おい嘘だろ!?」
口腔内に所狭しにぎっちりと詰め込まれている歯が、一つ一つ生きているかのように動いている。それがルウを傷つけ、切り刻み、そして飲み込むなんていう最悪のイメージを振り払うため、『紫炎』であらんかぎりの攻撃をする。しかし、剣でも奴の腕は斬り落とせず、槍でも矢でも貫けない。残りの腕や尻尾のせいで、迂闊に近付けない。
飲み込まれる。食べられてしまう。もう冷静でいられず、叫びながら出鱈目に火力を最大まで上げた巨大な攻撃を連発する。そのうちの一発が、口腔に直撃する。さっきまでの悠然さが嘘のように合成獣が苦しみ悶えた。その余波だけで地面が軋む。
ルウの拘束が解けて落下。なんとか地面に直撃ずる間近で抱きしめる。そのままあらゆる力を振り絞って急停止と魔導具の向きを無力尽くで変えて軌道修正を試みる。
最悪の事態は避けられたが、のたうつ合成獣の動きまで予測できなかった。下半身に当てられたせいで、魔導具は再び制御を失って錐もみ回転、壁にぶち当たる前にルウを抱えて脱出。
「体内は、外側ほど防御性がないのか?」
無残に踏み潰されて破壊された魔導具を尻目に、ルウを肩で抱えたまま、未だ苦しんでいるらしい合成獣を見上げながら分析する。だとすれば、なんとかできるかもしれない。
ようやくダメージから回復したらしい合成獣が、再び攻撃してくる。ルウを抱えたまま逃げるのは辛いが、そのままなんとか戦い方を考える。冷静になれば分析や観察なんてしている場合じゃなかった。俺一人だったら最悪死んでしまってもいいが今回はルウがいる。ルウを死なせたくはない。そのことをまずは優先するべきだった。
後悔はあとからいくらでもできる。惜しいけど、まずはこいつを倒してしまおう。そして、俺は新しい魔法を発動する。『紫炎』が流れ込む魔力に比例して、巨大化していく。もう片方で『炎獣』を何体か発動して、囮にする。片手で支えられなくなるほど、巨大化した『紫炎』を両手で上に向ける。太陽と見間違えるほど巨大化した魔法が、予定通り手から離れて上昇していく。
『炎獣』をすべて潰されてしまった。俺に向かってくるが、その前に別方向から魔法で攻撃された合成獣はたらを踏んだ。先程発動した巨大な魔法が、炎の矢を雨のごとく放出する。両腕を振って矢を防ぐが、体表には消えていない矢が何本も刺さっている。諦めたのか、今度は俺達に目標を切り替えた。振り下ろされる豪腕を、避けることもしなかった。
「ご主人様!」
上空にある魔法『天啓』から炎の筋が三本伸びる。俺に合成獣の腕が届く前に、その筋は分厚さを増して、連続する壁になって攻撃を防いだ。のみならず、先に破壊された二つの壁が瞬時に形を変えて巨大な鞭となって合成獣を縛る。
あらかじめ目標を定めて、攻撃と防御を自動でしてくれるこの魔法、『天啓』は学生時代に俺が創った魔法をアレンジして完成させられた。効果はデメリットも会わせて想定通り。離れているルウにも、同様の効果がある。けど、長期戦は不利なので早めに動く。
合成獣が『天啓』の拘束を引きちぎり、攻撃と防御に気を取られている間に『炎球』を発動しまくる。その『炎球』に俺の左目と視覚を共有する『眼』を組み合わせる。それを操作しながら、合成獣の隙を窺いながら周りの様子を観察する。
口を開けた途端、『天啓』が放った何重もの筋が上下の口を縛って開いた状態で固定。すぐに破壊されたが充分だった。その間に『炎球』を口の中に侵入させ、そのまま体内で暴れさせる。最後には『発火』で内部のそこら中を爆発させる。
悲鳴を上げながら苦しみもがいて、合成獣は暴れ回る。流石に攻撃を少しやめて移動と回避に専念する。ルウを抱えて、『天啓』が間に合わないときは足の裏に『発火』を発動させて、大きく跳躍する。
落ちた先に、合成獣が大きく口を開けて待ち構えていた。すぐに対応もできず、咄嗟にルウを力一杯抱きしめる。『天啓』から伸びた筋は俺とルウを包み込んだ。そのまま二人は合成獣の口の中、そして体内へと入り込んでしまった。俺達二人を包んでいる炎の膜は、火柱を上げ、棘のように至るところが伸び、体内を攻撃していく。
少し脆くなっている箇所、そこを『発火』で攻撃する。爆発して、穴が空いて体表を吹き飛ばしている。穴から亀裂ができ、それは数と大きさを増していく。それに伴ってボロボロと身体が欠けていって、脱出する。腕と尻尾が半分以上取れて落下していく。頭も右半分を失っている。
尋常ではない苦痛を浴びているのであろう、合成獣がこの世のものではない音を放ちながらのたうち、もがいている。その余波で壁や天井にぶち当たって部屋全体が崩壊していく。
最後のとどめとばかりに、『天啓』そのものが合成獣に向かっていった。攻撃を浴びてボロボロだった身体が、飲み込まれていく。最初合成獣は受け止めるかのように耐えていたが、穴という穴から『天啓』の余波が入り込み、内側からボロボロと崩れていく。まるで肉食獣に食い破られている草食獣だ。
凄まじい爆発音と閃光、そして、痛いほどの紫色が部屋を支配した。ようやく瞼を開けられたときには、合成獣の残骸に警戒していたが、どうやら倒したらしい。片膝と手をついて、疲労を和らげる。
「ご主人様、あれを」
よたよたと危なげな足取りできたルウが、指さしたほうを見ると、扉があった。さっきまではなかったはずなのに。きっと、合成獣を倒したら出現する仕組み。しかし、『天啓』は一度発動すると消滅するまで魔力を消費していくから負担が大きい。それに、まだ攻撃と防御の詰めが甘かった。ルウを守り切れなかった場面が何度もあった。改良が必要かもしれない。
「これで、一安心でございますね」
「ああ。けどまだ油断はできない・・・・・・どうする? ルウだけども、今から引き返すか?」
正直、ルウを守り切れるか自信がない。
「ご主人様は進まれるのですか?」
「まだ途中だからな。それにこの先にはこいつ以上のなにかがあるかもしれないだろ? それを想像すると――」
「すると?」
「わくわくしないか?」
「は?」
だってそうだろう? この合成獣だけでも大発見なんだ。それなのに、この先にはどんな魔法があるのか。どんな大魔道士の作ったものがあるのか。楽しくて仕方がない。
「・・・・・・ご主人様は根っからの研究者体質でいらっしゃるのですね。魔道士もなるほど。志すのも自然な流れだったのでしょう」
どうしてだろう。褒められているのに、ルウからはだめだこいつ、という空気が。
「ご主人様が進まれるのでしたら、私もご一緒いたします。奴隷として当然です」
「・・・・・・わかった。とりあえず、こいつの身体の一部を切り取ってからだな」
もう死んでしまったが、それでも重要な研究資料には違いない。持って帰って調べれば少しはなにかわかる。二人で手分けして、身体のパーツ毎に小さく切り分けていく。俺は順調に進められたが、ルウは少し遅い。ダメージが残っているのだろうか、と心配したけど、どうも違う。気落ちしているというかどことなく暗い。尻尾の動きと耳の状態で、なんとなくそれだけはわかった。
「大丈夫か? やっぱりどこか痛むのか? それともなにか異常か?」
「いえ、なにも。ただご主人様のお役にたつどころか足を引っ張ってしまったことと、それと・・・・・・・・・・・・・・・いえやはりなんでもございません」
そんなことはない、側にいてくれるだけで元気になれるし頑張れるんだ。そう答えたかったけど、フラれているという事実を思い出し、ただ黙って作業を手伝うことしかできなかった。




