四十三話
それから三日後の朝。一歩外に出れば雲一つない快晴で気分が朗らかになる。先に部屋を出たはずのルウがいなかったため、きょろきょろと辺りを探すことに。周辺にはいない。
まさか、誰かに攫われたのか? あり得る。ルウはそんじょそこらにいないくらい可愛いから。だとすれば遺跡調査なんてしている暇はない。すぐに犯人を捕まえて報いを受けさせなければ。
「申し訳ありませんご主人様」
誘拐犯をどうやって見つけるか方法を考えていた矢先、ルウが現れた。走って来たのだろうか、息が乱れていて少し疲れている。
「どこへ行っていたんだ?」
「少し所用がございまして」
「なんの用なんだ?」
遺跡調査に出掛けるって直前なんだから、よっぽど大切なことなんじゃないだろうか。
「やめてくださいセクハラですか訴えますよ」
「なんでそうなる!?」
「女の子が消えた理由を聞くなんて、デリカシーの欠片もない無神経な人か、あえてわざと知らないフリをして羞恥に染まった私を楽しみたい変態でしかありえないではありませんか」
「いやいやいや! 普通気になるだろ! それとも朝から人に言ったら恥ずかしいことをしてたのか!?」
「・・・・・・・・・最低ですね」
「だからなんでそうなるんだああああああ! あ――わかったもういい! この話はもうおしまい! 」
「・・・・・・本当に聞かれないのと、それはそれで乙女心を踏みにじられたかんじがして不愉快です」
「どうしろってんだああ!」
朝からツッコんで疲れたけど、魔導具に跨がって、待つ。ルウはおずおずと躊躇いがちに、ゆっくりと後ろに腰をかけた。
「・・・・・・なかなか座り心地がへんですね。違和感が・・・・・・。それに安定していません」
「慣れるさ。二人乗りだと危ないから、もっとくっついたほうがいい。なんだったらローブも掴んでくれ」
「かしこまりました」
むにゅっ。
ルウの柔らかい身体、主に二つの膨らみが背中に当たる。
「上昇するから、少し揺れる。しっかりとな」
「はい」
ぎゅううううっ。更に強くしっかりと密着する。尻尾を俺の腰に巻きつけるくらいの念の入れようだ。よほど不安なんだろう。少し震えているし。潰れている感触とか匂いとか。色々ヤバいけど。
「それと、風とか衣服とかの音で、慣れるまでうるさいだろうから高度が安定するまで耳はしっっっかりと塞いでいたほうがいい。鼓膜が破れるかもしれない」
「そうなのですね、わかりました」
ゆっくりと上昇させる。足が地面から離れた拍子に、「きゃっ」と小さい悲鳴とともに強い力で俺にしがみついてくる。ルウがしっかりと耳を折りたたんで塞いでいるのを目で見て、息を大きく吸い込む。
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!」
ルウが!! こんなに近くにいいいい!! 心臓がああああああああああああ!! やばい!! やっぱり好きだああああああああ!! ルウのことがやっぱり好きだああああああああああ!!
できるだけゆっくりと上昇して、感触と幸せを味わいつつ、喉が枯れてしまうまで叫んだ。そうしないと耐えられる自信がなかった。
「ゲッホゲフォ・・・・・・・・・ルウ・・・・・・もう大丈夫だ。耳は大丈夫か?」
「しっっっっかりふさいでいたので。空を飛ぶというのはそれほど負担がかかることなのですか? 声がお辛そうですが」
「心配ない、気圧差にやられた。それよりなにか聞こえなかったか?」
「いえなにも」
ならばよし。強く掴まれていた手が、少し緩んだのは十秒くらい経ってからだろうか。そして、「ひゃっ」「うわぁ・・・・・・」とかわいく呟いたきり、なにも発しない。目を開けて驚いて、そして感動しているんだろう。だって、俺もこの景色を初めて見たときはそうだったから。
「あれは、帝都なのですか? あんな広かったのに、あんな豆粒ほど小さくなるなんて・・・・・・」
自分が暮らしている場所を、空から眺めたときの衝撃。周りには見渡す限りの青い空と雲、そして地面から仰いでいた太陽の果てしない大きさ。目線を下げればどこまでも続く地平線。自分が暮らしている帝都を眼下におさめられる万能間。風景が一変している。今まで見ていた物、自分ですらちっぽけな存在になってしまうほどに。
「あ、きゃ、わわ」
強い風が吹いたことでバランスを崩したらしいルウが、わたわた慌てながらしがみついてきた。またつい叫んでしまいそうになったが、胸を叩いてなんとか和らげて防げた。
「すごいです、ご主人様はいつもこのような景色を堪能できるのですね」
いつもとは違って、興奮してるみたいで、どこなく弾んでいる声が微笑ましい。やはり少し寒いんだろう。身体が震えている。魔法で熱を操作して、上昇気流を周囲に発生させる。身体を温めるだけじゃなくて、風を避けられる。俺は慣れているが、初めてのルウには少し酷だろう。上空での風は、とてつもなく強い。それに、こうすれば魔導具の操作もしやすい。
「じゃあ、進ませるぞ」
ずっとこうして二人で空を飛んでいたいが、そうもしていられない。一応、これから仕事に行かなければならないのだ。
「ずっと・・・・・・ずっとこうしていられればいいのに。ずっとご主人様と二人で、ここで見ていられればいいのに」
心臓が、痛いくらい鼓動する。どっどっどっどっ、といつまで経ってもやまない。自然と熱くなる体温と顔。ルウに聞こえていないか、伝わっていないか。
それとは別に、泣きだしたくなるほどの悲しみも襲ってくる。だって、きっとルウに深い意図はないんだから。期待してはいけない。
「ちょっと予定より遅くなりそうだ。急ぐぞ。もう一回耳を塞いでくれ。気圧と風で鼓膜がやばいから」
「かしこまりました」
よし。今度もちゃんと塞いでくれたのを目で見て確認する。宣言通り、魔導具に魔力を多めに注いで、スピードを強める。それと同時に声をさっきより大きく吸い込んで、
「勘違いしちゃうだろおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
喉が切れて出血するくらい激しい魂の叫びが、虚空に響いて消えていった。




