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魔導士志望者と奴隷ウルフ  作者: マサタカ
43/53

四十二話

「ですが、無理です」

 ルウの言葉が、何度も脳内でループする。それでも、意味を理解できるまでかなりの時間を要した。

 フラれた。ルウに。

 その事実が、興奮と幸福感の熱を冷ましていく。心の仲が粉々になってゆっくり崩れていく。負の感情が限界以上まで高まってしまうと、人は反応ができなくなるのか。

「あ、ああ。そうか。そうだな。うん」

「はい。すみません」

「いや、謝らなくていいから。ルウは悪くないから.むしろいきなりごめんな俺」

「いえ」

 それから二人とも無言。圧倒的気まずさ。

「じゃあ、帰るか」

帰り道、傷だらけである俺の後ろを少し離れて静かに付いてくる。ちょっと遠い距離感がそのときは少しだけ嬉しかった。前までの距離感だったらきっと泣いていた。

 それから生活が一変した。お互いぎくしゃくとしたぎこちなさと遠慮、話をするときも目は合わせられなくなった。楽しさや嬉しさは微塵もない。

『もふもふタイム』も自然消滅した。二人で出掛けることも。フラれた直後に相手と一緒に暮らし続けるなんて地獄の苦しみだ。今までどおりになんて無理すぎる。告白しなければよかったという後悔で毎晩自分を苛む。

魔導書作成を名目にして工房にこもるようにした。食事は別々になってルウと一緒にいる時間が極端に減った。

「・・・・・・今日はちょっと遅くなるから」

 昼食を受け取りながら、それだけ告げる。ローブを着させようとする手がとまった。落ち込んでいるように垂れた耳と尻尾、そして憂いを帯びた瞳。またズキズキと痛みが走る。失恋しただけでなく、俺が告白したせいで、ルウにも負担をかけてしまっている。それがなによりもキツい。

「・・・・・・はい。行ってらっしゃいませ」

 魔導具に跨がって空へ上昇していく。安全に飛べる高さまでに至ったところで、走らせる。ルウが家に入るところを遠方から確認したことで、やっと少し楽になって研究所へ。

 研究を続けた成果として、前から作っていた義肢は完成。また魔道士になる夢に一歩近付けた。なのに、素直に喜べない。

 仕事中はなにも気にせず没頭できた。それこそ時間すら忘れて。退勤時刻になって、気が重くなる。わざと家に着くのを遅らせるため、とぼとぼとゆっくりと歩く。なんだったらわざと店に寄って時間を潰す。家に帰ったらまたルウと顔を合わせてしまうから。一緒にいるのが辛いから。

「告白しなきゃよかったかな・・・・・・」

だから、自然とシエナのところに入り浸るのも自然な流れだ。空になったグラスに、シエナは黙って新しい中身を入れてくれた。まどろっこしくて酒瓶そのものを奪って、飲み口から直飲みする。愚痴をこぼし続ける俺に、シエナは同意も否定もしない。黙ってじっと酒を飲み続けている。

エドガーのことで協力するという名目で、最初は騎士団にやってきた。森で残されていたエドガーの荷物はほとんど魔法薬の試作品で材料だった。それを分析して、シエナに報告する。研究所に依頼するより早くすむと喜んでいた。

夜遅くなってから、家に帰るそんなルーティーンができあがっている。今はシエナが労いたいということから、私室に移動して酒盛りしている。

最初は研究所でのことが話の中心だった。命じられたことを教えると、「あ~」「そうかぁ~」と苦笑いで、遺跡調査の件を伝えると「すごいね、よかったね」「ユーグの嬉しそうな顔、久しぶりに見たよ」と笑いながら相づちを打ってくれた。今はシエナの優しさが骨身にしみる。

ルウとの関係について愚痴っている今現在、シエナはなにも言ってくれない。深刻そうな顔なもんだから、おかしいとかんじてしまう。

「・・・・・・君は、馬鹿だね」

「あ?」

「だって自業自得じゃないか」

 どこが自業自得だってんだ?

「もしくは、今から『隷属の首輪』を使って無理やりほれさせてから告白すればよかったんじゃない?」

「なに言ってんだ。そんなことできるわけないだろ」

「どうして?」

「そんなことしたくない」

「まどろっこしい。いまさらなに良い人ぶろうとしてんのさ。最初から間違っていたんだから」

「・・・・・・・どういうことだ?」

「だってそうだろう? 君は好きな子を、奴隷として、物として買ったんだよ?」

「それがなんだ?」

「・・・・・・・・・一般的な恋愛や恋人関係って基本的に対等な立場でしょ。相手に行為を抱いて、告白して、合意して一緒に過ごすでしょ」

「だからそれがどうした」

「・・・・・・じゃあ君が好きな子を奴隷として買って奴隷として側に置き続けていた状況は、一般的な恋人や恋愛の定義に含まれるのかな?」

「・・・・・・それは」

「ひとめぼれしたから、なんて言い訳するなら、じゃあどうしてそのあとすぐに解放しなかったの? 普通は罪悪感と好意で、好きな子をそんな身分で側に置き続けるなんてできない。ふ・つ・う・はね」

「・・・・・・・・・」

「物であるルウちゃんの立場からすれば、逆らったり逃げたりできないでしょ。一緒に暮らしている間に、主への忠誠心を個人的な好意だって勘違いしちゃったのかもしれないけどそれとは別だよ。僕がルウちゃんでも断るね。好きになったから買って奴隷として側にいさせたっていう勝手な人のことは。人として最低だし間違ってる。むしろ奴隷としては主に逆らってでも断っただけでも相当覚悟したんじゃない? もし断ったら酷い目にあわされたり無理やり命令されるかもしれないって恐怖心もあっただろうに」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「だから、自業自得なんだよ。間違っていたっていうんだよ。すぐに解放して普通の女の子と男として接して、そこから普通の関係を築けばよかったものを。君は基本的に自分のことしか見えていない。ルウちゃんのことを見ているようで、自分本位で考えている。今までルウちゃんの気持ちをたしかめたことがあったかい? 君の側に自分から望んでいたいって口に出したかい?」

 ・・・・・・・・・・・・衝撃すぎて言葉にできない。今まで深く考えたことがなかった俺とルウは、他人からしたらそんな風に見える事実。指摘されて初めて自身の鬼畜の所業にショックを受ける。今までルウの気持ちを聞いたことはなかった。昔から奴隷を時折目撃することはあっても、ああはなりたくないとおもっていた。傍目か見てもそうなんだから、実際に奴隷になった人の心境はいかばかりであったろう。奴隷になりたくてなったやつも奴隷のままでいたいとおもうやつも普通はいない。

 自分の気持ちだけで、奴隷になったルウの心境を考えたことなんて一度もなかった。俺と一緒に住みたいとも、一緒にいたいと聞いたこともない。

 なんて最低な男だったんだ俺。断られて当然、嫌われても仕方ない。逆に逃げださないルウのほうがすごい。

「まぁ好きな子と一緒にいて幸せだったからそこまで考えられなかったんだろうけどさ。じゃあ君はどうする?」

「・・・・・・・・・どうするって」

「ルウちゃんとの今後さ」

 今後。つまりルウを奴隷として側に置き続けるか。それとも解放するか。そのどちらかということか。こんな話をする前は、ルウを解放するなんて冗談でもありえなかった。けど、今はもう・・・・・・。ルウを置き続けることなんてできない。けど、解放して誰か別の人のものになったら? 他の誰かを好きになって、恋人になったら? そんな姿を見てしまったら・・・・・・・・・死んでしまう。

 ああ、だめだ。結局俺は自分の気持ちを考えてしまってる。ルウのことを考えれば解放一択なのに。

「そうか。そういうことか」

 以前、シエナが言っていた。俺を優先するかルウを優先するか。ルウを慮って解放するか。俺のわがままで奴隷としていさせ続けるか。あのとき、すでにシエナはこうなることを予期していたのか。見通していたのか。すでに忘れていた内容だったし、意味もわからなかったけど、まさかこんなタイミングで・・・・・・。 

「悩んでいるようだね。じゃあ親友からのアドバイス。いっそのこと開き直ってしまえばいいんじゃないかな。恋愛なんだから」

「・・・・・・どういう意味だ」

 打って変わって、性格のよさがでているニコニコ笑顔のシエナに、きょとんとしてしまう。

「正解なんてさ、ないんだよ。恋愛の形に」

優しいシエナの笑顔と声音に、のまれた。そのまま続きを待つ。

「本や他のやり方なんて参考にならない。うまくいくときもいかないときもある。そりゃあそうさ。相手も立場も状況も性格も種族も、みんながみんな事情違うんだもん。ある意味それぞれのやり方で悩んで、答えを探して突き進むしかない。だから、正解なときもあるし間違っているときもある。自分のやりたいやりかたでするしかないんだよ」

 気軽にウインクをしながら、グラスを傾け、喉を鳴らして一気に飲み干した。

「だからさ。他人にどうこう言われようが思われようが見られようが関係ねぇ、しるか、俺は俺の道を行く! って開き直って好きにすればいいのさ」

「・・・・・・・・・アドバイスっていうけど結局具体的解決方法じゃないし、本人次第ってことだよな?」

「ん~。そういうことかな? ああ、お礼はいらないよ。親友だからね」

 苦笑いだけを返す。恩着せがましい口調に内心腹立たしさはあったけど、それでも少し楽になった。本当に少しだけど。俺の問題を、誰か別人が解決してくれるわけじゃない。待っていても悩んでいてもどうにもならない。だったら、自分でどうにかするしかない。

 ひとまず、遺跡調査を終わらせてからルウとの関係も決着させよう。ちょうどいい機会だ。一人になれれば、答えが出せるだろう。しかし、どうしてシエナはここまで俺に親身になってくれるんだろうか。こんな俺を親友と呼んでくれるんだろうか。

「僕はユーグと出会ったばかりの頃、悩んでいてね」

 どこか遠いものを懐かしがるような、感慨深い顔で語り始めた。俺の心を読み取ったかのようなタイミング。

「子供のころから、絵本とか物語であるような、かっこいい騎士が貴族や王様、姫を守り、を助ける。そんなものに憧れて、騎士になった。けど、現実は違った。命を落としかけた任務は今まで何度もあるけど、こわかった。死にたくないって毎回おもったし、かっこうよさなんて気にしていられなかった。それだけじゃない。上司や先輩の小間使い、ひたすらへいこらして従って嫌な仕事ばかり押しつけられる。くだらない見栄っ張りでプライドと自尊心だらけの貴族や王族のわがままに付き合わされる、ろくに休日や睡眠時間がもらえないのもざらだ。拘束時間がやたら長いくせに給与が少ない残業代も出ないしサービス残業、サービス任務にサービス護衛ばかり」

 意外とブラックだな騎士団。

「皆に言われたよ。騎士であるならその務めを果たせ、と。命令を聞いて忠義を尽くせ、と。文句を言うな、と。誇りとせよ。騎士として胸を張れることなんて、ほとんどなかった。理想と現実の違いを知って、腐りかけていたんだ。君と出会うまでは」

「けど仕事ってのは、皆どこもそんなもんじゃないか? 勝手な理想を抱いていたけど、現実は違うって」

 研究所での仕事だってそうだ。基本、デスクワークだって勝手に決めつけてしまっていたけど、力仕事だって多いしフィールドワーク、外の遺跡や昔の魔導具・魔導書を探すために出掛ける。体力を使うし命を落としかねない危険なときだってある。

「そうさ。だから、腐っていた僕がただの子供だったってことさ。まぁ、騎士団の仕事以外で・・・・・・個人的事情で大変だったっていうのもあるけどね。きっと僕みたいに腐っているやつは他にいる。そして、情熱や希望、夢を忘れて現実を生きる。君に出会わなければ、僕もそうなっていた」

 俺? なんで?

「今もだけど、ユーグの目には力があるんだ。仕事を楽しんでいるだけじゃない。誇りにしているだけではない。腐っていない。力があった。夢を持っていたからだ。夢を、今生きる理由にしている。あらゆることの原動力にしている。そして失敗も苦しみも楽しんでいた。しかもその夢が魔道士になって、あまつさえ大魔道士をこえるなんて。馬鹿だなって、僕より年上かよって。けど、同じくらいすごいと思ったよ。ユーグのおかげで、前向きになれたんだ。腐るだけじゃない。変えなきゃいけないって。夢の大切さを知ったよ。それで、今もなんとか騎士を続けていられる。感謝しているんだよ、君には」

 それが、親友になってくれた理由か。とてつもなく照れる。

「・・・・・・そりゃあどうも。じゃあそんな親友の悩みを解決するのに、なにか的確なアドバイスを一つだけ頼むよ

「ん~、そうだなぁ。魔導書作りにぶつければいいんじゃないか?」

「ぶつけたさ。けど、それも終わりだ」

「終わり? なんでさ」

「魔導書が完成した」

「へぇ。それはそれは。すごいね。おめでとう」

置いたグラスに氷を入れようとしたシエナが、手を止めてこっちを見る。しかし、この酒中々うまいな。騎士だから高い酒を手に入れられているんだろうか。

「けど、そうかぁ。やっと魔導書ができたのかぁ。感慨深いなぁ」

「まだ気が早いだろ。試験はこれからなんだから。それに、まだ『名付け』ができていない」

「学生のときから創ってたんだっけ?」

「それは一冊目のほうな。完成したのは二冊目だ」

「え?」

「前の魔導書を破棄してからだから、もう四~五年になるか」

 もうそんなに経っていたのかと数えてみて軽く驚いたし、同時に自分の才能のなさに改めて落ち込む。 

 ふと、シエナは口の端をヒクヒクと軽く痙攣させている。顔も面白いことになっていて、まるで信じられないとでも言いたげだ。

「え? 初耳なんだけど? 二冊目? 魔導書?」

 言っていなかっただろうか。まぁどうでもいいことだ。それに、一冊目を破棄したのだってみっともない理由だから。

「ありえないじゃないか」

「いや、だって一冊目はそこまでできていなかったし、それに二冊目の最初のほうは一冊目の最初のほうのをそのままそっくり移しかえて使っただけだし、ありえるだろ」

「いやいやいやいや。それにしてもさ。それにしてもさ! まだ半分以上できてなかったんでしょ!?」 

「失恋したら、それくらい没頭するし、集中しちゃうだろう?」

「いやいやいやいや、だからといってオリジナルの魔法をぽんぽんぽんぽん作るやついないでしょ。この国魔道士だらけになるよ」

「ん~。集中力が足りないんじゃないか?」

「学園の授業や試験勉強じゃないんだぞ!」

 なんでそこまで驚いているんだ? 昔の魔道士達に比べたら、遅いくらいだし。昔の魔道士なんて、生涯に何十冊魔導書を遺したか。それに比べたら俺のペースなんてむしろ遅いくらいなんだ。

「それに、今の王族お抱えの魔道士だって、一年に一冊魔導書を創っているそうじゃないか」

「・・・・・・君は志が高いのか、それとも気づいていないのか・・・・・・・」

「どういうこととだよ。けど、やっぱりまだまだだなって実感したよ。必要な分の材料を買いそろえてたはずなのに、不自然なほど足りなくなるし、買ったはずだったものがなかったり、きっと買い忘れたんだろうけどよ」

「どうでもいい! そんなこと魔導書完成に比べたら児戯だよ! というかなんでそんなにテンション低いんだ! 長年創り続けていた魔導書が完成したんだよ!? もっと喜ぼうよ!」

 素直に喜べない。だって今はルウの関係のほうが大事用字だし、遺跡調査の件もある。それに、完成させて見直しているけど、過去の魔導士たちのと比べると、自信を失ってしまう。

「僕としては、詳しくないから知らないけど、普通魔導書完成させるのって時間かかるでしょ?」

「大切なのは時間じゃなくて中身だ。どれだけ時間かけりて完成させても、中身が合格するかどうかわからない。それに、昔の大魔道士達はもっとすごいんだぞ?」

「ああ、うん。それについては耳にたこができるくらい聞いたから。というか魔法という概念もなかった、ゼロから魔法を発見して作り出していた昔の魔導士たちと比べたりしてもしょうがないであろうに・・・・・・。君のその無自覚な自己評価の低さには恐怖を覚えるね」

「? どういうことだ?」

「やったことを客観的に評価できていなくて、低すぎる自己分析とちぐはぐだってことさ。聞く人が聞いたら驚いたり反感買うタイプだよ。まぁ君がいいならいいさ。とにかく、魔道士の試験に出れるんでしょう?」

「気が早いぞ。ああそうだ。エドガーのことだけど進展はあったのか?」

 酒が入っているからか、饒舌に語ってくれた。エドガーは現在、目撃証言を集めた結果まだ国内にいる。どこかに潜伏しているから捜索中。それに加えて、森で発見された魔法薬の材料を一体どうやって入手していたかについては、なんとマットの店だったらしい。これには驚愕した。

けど、どうやらエドガー自身が買ったわけではない。店主やマットの話から、ひょっとしたら協力者がいて、エドガーを匿っているのではないか、材料を代わりに買って提供していたのではないかってのが騎士団の見解で、エドガーの協力者も調べているとのこと。

植物や動物を凶暴化させる薬は、死霊薬を完成させる副産物としてできたもので、それの効果をたしかめるために帝都で使用していた可能性が高い。

他国に逃亡する前になんとか逮捕するつもりだが、あいつはきっと、この国からは出ていかないだろう。目的は復讐。この国の特権階級たちが対象。昔の同級生の貴族達だけではない。これまでのあいつを振り返ると、既にこの国すべての特権階級が復讐の対象なのだ。他国に行っては復讐が成就できない。

魔法薬は段々と完成に近づいている。シエナが教えてくれた以前の薬と、森での死体たちに使われた薬は雲泥の差があって、研究所でも驚かれたそうだ。願わくばその調査俺も参加したかった。エドガーが語っていた、生きていた頃の記憶と人格そのものを維持したまま死体として支配する。そんな魔法薬を完成させられるのも、遠い未来じゃない。

「きりがないな」

 復讐は、どこまで続くのか。この帝国のすべての特権階級を死者にして、自分の操り人形にしてしまうつもりか。死後も屈辱を与えるつもりなのか。はたしてそれで終わるのか。

「まったく、魔法薬でそんなものを作ってしまうとはね。ユーグみたいに魔道士を志していれば大成したかもしれないのに、もったいない」

 シエナの言う通り。死霊薬なんて創れる技術と才能にがもったいないともおもうし、嫉妬してもいる。だからこそ許せない。技術と才能の無駄使いだ。

「なにかきっかけで、人って歩む道がまるっきり違うことになるんだねぇ。まぁ、なんにしろ騎士団長が上にかけあって、エドガー捜索・逮捕の増援を出してくれるそうだ。国中に網をかける捜索が早晩おこなわれる。国境にも人が送られるし、エドガーの対象は貴族、そして我が国の領土内。最悪は王族にも被害が及ぶだろう。ゆえに上もようやく危機感を抱いた。近いうちに逮捕できるさ」

それで話は終わりにしたのか、そこからただ酒を飲む時間が続いた。

「そういえばルウのことだけとよ。お前さっきも言ったけど昼は俺いないんだから夜来いよ。もしくは研究所に来るとか」

「ん~? なんのこと」

「なにって、最近昼間うちに来てるんだろ。ルウが教えてくれてるぞ」

「ん? んんんん~?」

 腕を組んで何やら不思議そうに唸るシエナ。こいつは以前から、よく家に来ていた。森での一件のあと留守のときに訪ねてきていると、ルウが教えてくれている。エドガー絡みのことかどうか知らんけど、普通本人いないってわかる時間帯に訪ね続けるか?

いきなりはっ! とシエナが青ざめた。

「あ、ああ。そうだね。いや、なに。単なる世間話というかエドガーのことを一応教えたかったというか、うん。そうだそうだねははは。仕事で忙しいからね。ついさつい。でももしかしたら今後もユーグがいないときに尋ねてしまうかもしれんなあっはっは」

 シエナは焦っている。なんで?

「ね、ねぇユーグ。君、昼間ルウちゃんが何しているかとか、聞いたことある?」

「? 掃除とか買い物とか、食事の準備とかだろう」

「そ、そうか・・・・・・そうだな・・・・・・うん。まぁ、きょ、今日はもっと飲め。な? なんだったら泊まってもいいよ?」

 きょどりながら酒を次々と注いでくれるシエナに首を捻るが、どちらにせよまだ帰るつもりはない。まだ酔っていない。素面だと、ルウのいる場所に帰る勇気がない。

「まぁ、なんだ。たとえなにがあっても刃傷沙汰は、ね? ルウちゃんもきっと事情があるんだろう。いや、別にルウちゃんを庇うわけじゃないからさ? うん。別に相手がいるから君をフったとかそんなわけじゃないし、うん」

 しかし、今夜のこいつは不自然なくらい優しいなぁ。酔っているのか、まるで悪いことをしているルウを庇っているみたいだし。飲み続けているうちに、そんなどうでもいいことは忘れてしまったが。


 三


 食器が鳴る音だけが支配する重苦しい空間にはいつまでも慣れない。答えをだすと決めたはいいものの、それでも決意とは裏腹に気まずい。したいことと実際にできることは別なんだ。少し仕事で留守にする。そんな簡単なすぐ伝えられる仕事の話であるのに、話しだすことすらできない。家に帰る時間を遅らせるということもやめられていない。

「いやぁ旦那、騎士団てのはこわい人たちですねぇ」

 だからなにも買うつもりはなく、時間つぶしで入ったマットの店での無駄話は助かる。

「ほとんどやくざですよやくざ。何日も調べられて店の帳簿とか商品とか全部調べられて、やっと解放されて営業再開できたんですから」

「話は知ってるよ。災難だったな」

「いえね? 客商売ですからお客さんの顔は覚えるようにしていますよ? けど旦那みたいな馴染みは別で初めてくる客とかそんなに来ないお客さんのことまで覚えちゃいませんて。それに、どの商品を買っていったとかまでなんて。変にうわさになって少ないお客さんがさらに減っちゃっても騎士団は責任とっちゃくれませんからねぇ。旦那とは違って商売ですから」

 それは魔道士(予定)とかルウとのことを言ってんのか?

「しかし、旦那もお忙しいんでしょうねぇ。ルウちゃんがよく話してくれますから」

「どういうことだ?」

 忙しいのは当たり前だけど、それとルウの話にどうつながる? 

「ルウちゃんがこの店に来るとき、よく言うんですよ。ご主人様はお忙しいです、変わりに自分が素材を買いに来たとか。そろそろご主人様が必要な素材を補充しておきたくて、とか」

 ・・・・・・・・・ルウが俺の変わりに来ていたのなんて初耳だ。最近は一緒にいる時間を意図的になくしているというのに、俺を気遣ってくれている・・・・・・。それも、フった相手のことを・・・・・・!」

「う、ううう・・・・・・」

「旦那、いきなり泣いてどうしたんですか!?」

 優しすぎる・・・・・・好きすぎる・・・・・・・・・。いとおしい・・・・・・。けど、それはあくまで奴隷として主への忠誠心、個人的感情からではないと、必死に自分に言い聞かせて十分。散々泣きじゃくってやっと落ち着いた。

「ルウはよく来るのか?」

「え、ええ。あと、市場に行くときとか帝都で歩いているときとかよく買い物しているときも見かけやすよ。お店の人たちに可愛がられていやした」

「そうか」

「『あんな変人で大変だねぇ』『負けちゃいけないよ』って励まされていやした」

「・・・・・・・・・そうか」

 どうやら俺のうわさはとんでもなく広がっているらしい。

「あ、そうだ。『隷属の首輪』を無効化できる人について知ってるかって聞かれたこともありやした」

 ぴくり、と反応してしまう。ルウがそれを尋ねた意図はもうなんとなくわかっている。けど・・・・・・。

「ああ。以前知り合いとその話になったからだろうな。マットは知ってるのか?」

「ええ、商売人ですから。情報っていうのも武器になりやすからね。金や交換条件で無効化してくれる業者がいるとか帝都のどっかにいるとか」

「具体的な方法とか場所とかも?」

「そこまではさすがに。けど、そんな危ないもんに手を出そうとは思っちゃいやせん。健全でまっとうな商売を基本にしているんで。それに、下手に関わったら逮捕されちまいまさぁ。逃亡奴隷は投獄か処刑。それに協力したやつもすべからくってね。まぁ、そうじゃないと皆奴隷は逃げだしちまうし、だからこそそんな抜け道みたいなこと商売にしている輩も現れるんですけどね」

 ルウが逃亡しようとしている。俺のところからいなくなる。前はこわかった。なにがなんでも阻止したかった。けど、シエナと話したからか、今は落ち着いていられる。マットとなんでもないこととして話題にできる。それでも、なにかの勘違いであってほしい。そんな願いは消えなかった。

家に帰って尋ねることもしなかった。結局、遺跡調査の件を話せたのはその日の夜。浴場から戻ってくる道でだった。変な覚悟ができたからか。それとも別の理由か。

「そうですか」

 やはり、反応は淡泊すぎるものだった。けど、内心は安心しているだろう。ひょっとしたら喜んでいるかもしれない。なにしろ望まない相手なんだから。それが、わかるようになっても、今は自嘲していられる。

「すぐ帰れないだろうな。なにしろあの大魔道士の遺跡だから」

 ぴく、と耳が大きく跳ねた。

「あの、大魔道士なのですか? そこには、やはり魔法士や魔道士には重要ななにかが眠っているのでしょうか」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。過去の遺跡っていうのはそんなもんだ」

 ぴく。ぴくぴくぴく。質問を返す度に耳が連動しているかのように動く。興味を持ったんだろうか? ルウのこんな反応珍しいな。

「では、準備をしなければなりませんね。私はそのような旅をしたことはないのですが、なにが必要でしょうか」

「大した物はいらないさ。まぁ、俺は慣れているから」

「では、私はご主人様の指示をもらって準備いたします」

 それから家に戻ってから、ルウに必要な物を教えた。途中から手伝ったからあっという間に荷造りは終わった。あとは食料だが、前日に買っておけばいいだろう。忘れた物がないか確かめているとき、不思議なことに荷物が何故か二人分あった。

「おいルウ、どうして一人分余計にあるんだ?」

「どうしてって、二人分必要でしょう」

 予備としてという意味なら、いらない。最悪の状況になれば荷物は少なくして、身軽でいられたほうがいいからだ。心配性なのか。

「心配のしすぎだって」

「心配というよりも、初めてですから。ご主人様は慣れていても」

 ん?

「最悪ご主人様のをお借りするというのは奴隷として心苦しいですし」

 んんん???

「なぁ、もしかして、一緒に付いてくるつもりか?」

「もしかしなくても最初からそのつもりです。奴隷ですから」

「えええええええええええ!?」

 うるさい、という無言の抗議。不愉快そうな視線と耳を畳んでいるルウに、慌てて口を押さえる。けどすぐに自分を取り戻す。いやいやいやいや、無理だ。駄目だ。折角ルウと離れて色々考えられる機会なのにルウがいたら意味ないだろ。第一どんな危険があるかわからない。守りきれないかもしれない。

「私はいらないということですか?」

「いやそうじゃなくて」

「足は引っ張りませんしご迷惑もおかけしません。もしもの場合、捨ててしまわれても――――」

「できるわけないだろそんなこと!」

 つい叫んでしまった。はっ、となったけどもう遅い。ルウも俯いてしまい、それからなんとなく気まずくなって、双方とも無言。第一なんでよりによってついてこようとするんだろう? 逃げだそうとしているのに。まさか遺跡調査しているときに俺を闇討ちするつもりなのか? その後逃げだすつもりなのか?

「ならば、命令してください。ここにいろと。付いてくるな、待っていろと命じてください」

 けど、そんな考えを導きだした自分を恥じた。本当にルウが遺跡調査で闇討ちを企てているのなら、こんなこと言いだすわけがない。なにより、ずるいだろそれ・・・・・・。そんなことできるわけないじゃないか。フラれたとはいっても、自分の最低さを知っても、ルウに命令はしないって決意を破るつもりはさらさらない。

「どうして、そこまで付いてこようとするんだ?」

「・・・・・・・・・私はご主人様の、ユーグ様の奴隷ですから。それでは理由になりませんか? ご主人様のお役にたちたい、お助けしたいと願うことは許されないのですか?」

 本音だったら、少しは嬉しかっただろう。けど、できない。奴隷だから、忠誠心でそう言っているから。

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