四十五話
合成獣の部屋を後にして、扉の先を進むことにした。真っ暗闇で、なにも見えない。とりあえず、魔法を発動させた、ただしくは魔法を発動させたつもりで進もうとしたが――
「どうかされましたか?」
特別なことじゃない。『炎獣』を発動させようとした。魔力がなくなったわけではない。なのに、魔法が発動しない。何度も試してみるが、火球だけじゃない。どんな魔法も、使えなくなっている。どういうことだ?
「なにかの罠か? 結界か? それでな魔法の発動を阻害されている?」
ブツブツと呟いて、あらゆる予測をたてる。なんらかの原因があるとするなら、すぐになんとかしなければ。こんな状態でさっきみたいな奴に襲われたらまともに戦えない。
「ご主人様、私にお任せくださいませんか?」
「なにか打開策があるのか?」
暗すぎてどこにいるかわからないが、ルウがいる方向へ話しかける。
「私を誰だと思っているのですか? ウェアウルフのルウでございます。あまりみくびらないでいただきたいです。不愉快です」
・・・・・・・・・なんでそこまで怒る必要がある?
「とにかく、付いてきてくださいませ」
いきなり柔らかいなにかに、手を掴まれそのまま引っ張られてしまう。ルウの手だ、と気付いたときにはなにか固いものが顔面に直撃した。
「これは、壁か?」
「そうです。その壁に手を付いて、私に委ねてください」
言われたとおり空いている片手で壁をまさぐりながら進んでいく。見えないからおっかなびっくりでだが、ルウはまるで見えているようにすいすい進んでいく。
「もしかして、ウェアウルフだから暗闇でも周りが把握できるのか?」
「そのとおりでございます。ですから申し上げたでしょう? お任せくださいと。ここは迷路のように大きく厚い壁で取り囲まれて、道が複数ありますが」
「なら――」
「それも、ご安心ください。こういった迷路は、壁に張りついていけば必ず出口に辿りつくことができる、と
物語で読んだことがございます」
心外だ、とばかりに鼻を鳴らしたルウは、自信満々らしい。けど、確かにルウに従えば突破できるかもしれない。普通の遺跡ならばだけど。
「それでも、ゆっくり進むんだぞ。どんな罠があるかわからないんだから」
「大丈夫です。同じ轍は踏みません。見くびらないでください。馬鹿にしていますか?」
「だからなんでそこまで怒る?!」
それから、ルウはしっかりとした足どりで進んでいく。少しも澱むことも迷うこともなく。手を繋いだままだから、内心ドキドキしてしまってそれどころじゃない。
好きな子と、手を繋いでいる。それは、複雑ではあってもある意味幸せなことだった。ずっとここでこうしていられればいい、と願ってしまうくらいに。
「あら?」
それからずっと歩き続けていたが、あるときルウが驚いた。
「どうした?」
「いえ、おかしいのです。最初の、ここに入ったときの扉の前に戻ってきてしまいました」
それは奇妙だ。俺達二人とも壁に手を張りつかせて進んでいた。だとしたら、元の場所に戻るはずがない。必ず別の場所に行くはずだ。
「間違った道だったのですね。今度は別の道を進みます。今度こそ大丈夫です」
先程よりも強めに引っ張られ転びそうになった。早足にもなっているから壁に体をぶつけてしまう。けど、また同じく戻ってきてしまったらしい。
「今度こそ。今度は大丈夫です」
焦っているからか、それとも三度目で慣れたのだろうか。走っているくらいの速さになってしまって付いていくのがやっとだ。しかし、それでも駄目だった。
「なるほど。視覚だけでは駄目なのですね。今度は匂いと風を頼りに道を選びましょう。これも昔物語で読んだとき描かれていた知識ですので今度こそ大丈夫です」
「おいルウ、少しゆっくり――」
「少し黙っていてください。集中できません」
意固地になってしまったらしい。鼻息荒く、手は繋いだままだけど、もう俺のことなんて気にかけることなくどんどん進んでしまう。そのせいで身体と顔が壁とか当たりまくって痛い。最終的には転んでも起き上がる間すらおいてくれなくて引き摺られてしまってる。地面も壁も相当固い材質なんだろう。けど、この材質、なんだか懐かしい。
「なにゆえですか? どうして辿りつけないのですか? もうこうなったら素手で通路や壁を破壊して」
「ストップ。そこまでだ」
焦りすぎて短絡的になっているルウを、なんとかとめる。きっとそんなことをしても無駄、ルウの手が傷つくだけだ。壁を軽く叩いてみたが、音の反響具合や肌触りから、特殊な素材でできている。魔石とか。
部屋全体に迷わせる結界が張られている。魔法も使えず、視覚を奪うために暗くし、迷わす結界なんて。それも、遺跡に入る前にあったものよりも複雑で難しい。魔法陣があってもそれは探せないために隠されているに違いない。もしルウのような視覚が発達している種族が侵入した場合、すぐに発見されるから。どうしたものか。
「大魔道士というのはきっと性格が悪い方だったんですね」
「どうしてだ?」
「最初から壁なんて紛らわしいもの作らずとも結界だけでよいではありませんか」
違和感がした。こんな魔法が使えるなら、壁はいらない。惑わすため? 囮のフェイクにするためなんのため?
もしかしたらこの壁がなくてはいけない理由があるんじゃないか?
「もしかしたら――」
「どうかなさいましたか――ってご主人様、いつの間にそのようなお怪我を負われたのですか? なにか罠か攻撃でもされたのですか? なにをされているのですかこのようなときに。しっかりなさってください」
いやお前のせいだぞ? という指摘はやめた。それどころじゃない。
「ルウ。もしかしたら、ここを突破できるかもしれない」
「ですから、魔法陣を見つけるのでは?」
「違う。もう既に魔法陣はある」
「? どこにあるのでしょうか?」
「ここだ」
「?」
「そうだな。ルウ、ちょっと前の部屋に戻ろうか」
二人で前の部屋に戻って、羊皮紙を渡した。
「ここに、さっきの迷路みたいな部屋の道や壁を、できるだけ思い出してすべて描いてほしいんだ」
なんのために? と羽根ペンと羊皮紙を受け取りながら首を傾けている。可愛い。けどそれどころじゃない。
「試してみたいことがある。頼む」
言われたとおり、ルウはゆっくり記憶を反芻しながらゆっくり羽根ペンを走らせている。途中までできあがったところで、確信した。
「書いてみましたが、まだ足りないところがあるかもしれません」
「上出来だ。これで突破できるぞ」
「ええ? なにがなにやらさっぱりです。どういうことか説明してくださいますか?」
さっぱりというルウに、描いた地図のようなものと俺の魔導書の中身を比べられるように並べる。
「? この図形と部屋の形・・・・・・似ているような――」
図形というのは魔法陣。ルウの描いた地図は、似ているではなく、魔法陣そのもの。壁や通路が魔法的効果を持つようにある規則性を持って設置されている。フェイクにするためだったら、魔石で壁を作る必要はない。魔力を帯びた素材を置く必要があったんだ。
「つまり、あの部屋自体が巨大な魔法陣ってことだ」
普通の魔法陣であるなら、一部を欠落させるか壊すかで機能しなくなる。けど、魔法が使えず素手でも壊せない。となれば同じ魔法陣を描いてそれに魔力を流してしまう。そうなれば相殺されて無効化できるかもしれない。
「とすれば細部まで完璧に再現しなければならないな。だとすればここは――」
なんとか魔法陣を再現するため、あらゆる想像を膨らませる。過去の資料、別の魔道士の研究、ここで手に入れた情報、そして作りかけの魔法陣からなんとか読みとれる規則性。それらを元に何度も魔法陣を描き直す。
そして、できあがった魔法陣を片っ端から迷路に移動して、地面に書き写して試していく。けど、駄目だ。やはりどこか違うからか、なにも内部に変化はない。
「じゃあこれか? しかし、そうだとすれば――ってどうした?」
集中していたからか、ルウがこちらを見つめているのに気付かなかった。
「いえ、ご主人様はやはりすごいと実感いたしました。過去の、大魔道士とされる御方の魔法陣をすぐにわかって、それを破ろうとされているのですから」
「別に、俺なんてすごくない。何度も言っているだろう」
「私などいなくても、突破できたのではないでしょうか」
手が、とまってしまった。
「私など、ただのあしでまといでございます。ご主人様のお助けにもなれず、奴隷失格でございます。いっそのこと、私など付いてこなければよかったと後悔しております。現に今もなんのお手伝いすらできていませんもの」
「そんなことはない」
好きな子が、自分自身を否定してしまうことほど辛く悲しいことはない。例えフラれた立場であっても。
「ルウが言ってくれたことが、ヒントになった。だからこうやって突破できるかもしれない。ルウがいなかったらきっと魔法陣の正体すら気付かないで死ぬまで永遠に彷徨っていたさ」
「そのようなこと、おおげさです」
それでも、ルウを元気づけることはできない。しゅんとしたかんじで垂れている耳と萎んでしまったような尻尾が、それを表している。
なんとか元気づけたい。フラれてしまったけど、それくらいのことは許されるだろう。けど、どうやって。悩みだしそうになったとき、二人の腹から空腹を告げる音が鳴った。それで、閃いた。
「それに、ルウがいなかったら誰が食事の準備をしてくれるんだ?」
「え?」
「俺は魔法陣を再現するのに忙しくて、とてもじゃないがそこまで手が回らない。だから、そんな忙しくて集中したい俺に、誰が食事を用意してくれるんだ?」
はっとしたルウが少ししてから鞄に向かう。荷物から材料を出して調理にとりかかった。ふりふりと軽快に振られている尻尾と跳ねている耳。少しは元気付けられただろうか。
安心すると同時に不思議と滾ってきた。立ちこめる湯気と、そして漂う美味しそうな匂いに浮かれることなく、意識を羊皮紙に集中させる。




