三十七話
「それで、それ以降彼からの接触は?」
シエナと二人で、酒を飲み交わしながら話している。商人邸での一件後、事情を説明するためにシエナの部屋に行った。あまり話したくはない話題だと察してくれて、酒を用意してくれた。そのおかげもあってか、ぽつりぽつりとだけど話せた。
「まぁなんにしろ、ありがとう。助かったよ」
「別に礼には及ばない」
「しかしそうか。君の話を聞いてみるに・・・・・・エドガーが犯人だとしても捕まえるのは難しいかもしれないな」
裕福な家の者。特権階級。そういう者達をエドガーは対象に選んでいる節がある。この帝都にはそんなのごまんといる。次誰をターゲットに選ぶのか推測できない。
「死体の破片、騎士団が回収したんだよな?」
「そうだけど、今回は君に頼めないよ。研究所に依頼をする」
「どうしてだ?」
「調べたくてうずうずしてるって顔に書いてあるから」
「・・・・・・まぁ興味半分、もう一つは責任だ」
学生時代の知り合い。復讐を語り合った。とめられなかった。そんな後悔がある。商人が被害にあったのをじかに目撃してしまえば、エドガーの復讐を他人事として許容できない。できることなら俺自身の手で捕まえたい。
「・・・・・・犯人かもしれない魔法士の知り合いだった君はエドガーにとって有利な証言をするんじゃないかっていう棋士としての非常な判断さ」
納得できず、食い下がる。けどシエナもなかなか許してくれない。
「君は自分の研究とルウちゃんのことで悩んでいなよ。仕事の話はこれでおしまいだ。それでどう?」
シエナはもう話題を戻すつもりはないらしい。不承不承として、酒を一気に飲み干す。足りなくて、何度も呷り続ける。酔い始めたからか、自然と語ってしまった。最近の研究とルウのことについて。
「そうか。よかった、うんうん」
嬉しそうに、酒を気持ちよさそうに飲んでいくシエナに、ずっこけそうになった。
「いやどこがよかっただ」
「悪夢も見なくなってスランプも抜けたんでしょ? それにあの子がユーグのことを嫌いぬいているわけじゃないってことをしれた。最近のルウちゃんの変な態度や言動は特有の日だったから。良いこと尽くめじゃないか」
「それはそうだ。だが、肝心な点。当初の目的がまだ不鮮明だろうが」
「奴隷から解放されようとたくらんでいるかもしれないということだね。ふん」
ジョッキを呷り、中身を一気に飲み干す。ぷはぁ、という感嘆と呼吸が合わさった仕草が豪快でこちらも酔ってしまいそうだ。
「本当にそうだとしたら、俺はどうすればいいかな?」
「知るか。そうなったとき悩みなよ」
摘みの炒った豆とソーセージを貪りながら吐き捨てる。こいつから聞いてきたくせに、妙に突き放しているとかんじるのは気のせいじゃないだろう。
「けど」
「けどもくそもあるか。以前言っただろ? 彼女を優先するかユーグを優先するか」
「それが、なんだってんだよ。関係ないだろ」
「そのときがきたんじゃないかって話さ」
どういうことだ、と身を乗り出すが追加の酒を探しに行ったせいでやや中断する。
「君の愛しの女の子が、自分の意志で君の元を離れようとする。そのとき、あの子の意志を尊重し見送るか。反対になにがなんでも手放さないという自分の意志を優先するか。つまりはそういうことさ」
探し当てた酒をシエナから受け取りかけて、つい手が止まった。もしかして、シエナはこうなることを予想していたのか? ルウか俺かどちらを優先するというのは、そういう意味があったのか?
あのときは重く考えていなかった。しかし、その選択がどれほど俺にとって残酷で辛いことか。イメージするだけで苦しい。ルウがいなくなる。嫌だ。ルウを無理やり側にいさせる。それも嫌だ。どちらも選べない。
「現状維持っていうのは、無理なんだろうか」
「なに甘いことぬかしてんのさ。そんな曖昧にしておくから後々悩むことになっているんだよ。けどまぁ一つすっきりさせる解決手段がある」
「なんだそれは。教えてくれ」
「こくっちまえ」
・・・・・・なにいってんだこいつは?
「そのほうがすっきりするだろう。上手くいけば恋仲になれるかもしれないし、失敗すれば失恋して一緒にいられないし、いたくないとなる。解放するしかなくなる。どっちに転んでも解決だ。よかったねわっはっは」
「そう簡単にできるかよ」
ジョッキを一気に空にして、得意げに語るシエナに、鼻白んだ視線を投げかける。
「なにをこのとんちき。ひっく」
あ・・・・・・やばい。この流れは。
「おいシエナ? もうやめたほうがいいんじゃ――」
「だいたいきしゃみゃはいちゅもいちゅも~。ぼきゅらってちごとでたいへんなんらぞぉ~」
・・・・・・遅かったか・・・・・・。
「それをきしゃみゃは~。ぼきゅをいたわりももせずにぃ~。きしだってなぁ~。いろいろたまってんだぞぉ~。ぼきゅたち~、きしがていとのちあんをまもっているんだぞ~」
呂律が回ってない。焦点もぐるぐるしているし身体がふらふら揺れてる。真ん中の芯がぐにゃぐにゃになってるのかってくらい。酔ってる。酔っているこいつにはいつも以上に良い思い出がない。
「うぉ~い、きしゃみゃあ、きいてんろかぁ~。ゆーぐよぉ~。ひっく」
駄目だ。早くなんとかしないと。
「おいシエナ。水を――」
「だいたいなぁ~。ぼきゅにいろいろやらせすぎなんだよきしだんちょぉ~はぁ~。きみにしかまかせられないとかひとでがたりないとかぁ~。しょくぶつのいじょうせいちょうだとかはかあらしだとかまでぼきゅにやらせんなくそがぁ~」
「あ~、ああ。そうだな」。ほら水
「まわりのやつらはそれでやっかみやがるし~。ぼきゅがきしだんちょぉにだかれてそれでしごとさせてもらってるなんてうわさながれてるしぃ~。あ、そうだ。うわさながしたやつきるか~ってしるかぁ! ぼきゅがなんであんなくそじょうしにだかれないといけないんだこっちからねがいさげだこのやろぉ!」
「うんうん。そうだな」
「ぼきゅだって、ぼきゅだってなぁ~うわあああああああああああああああああああん!」
絡み酒に泣き上戸。こうなったらどうしようもない。まともにこちらの話を聞いてもらえない状態だ。こういうときは素直に相槌を打ったり適当に褒めたりしていえばいい。
「大変だな。辛いな」
「ああ。もうきょうはとことんのんでわすれるぞ! ゆーぐ、きしゃまだってのめ!」
「いや、俺もう帰ろうかと」
「だああああああまあああああああれええええええええ! ぼきゅのさけがのめないんかああああああああああああ!? ああああああああああん!?」
「あ、はい」
巻き舌で凄むシエナに負けてしまい、仕方なく付き合うことに。俺、今夜帰れるんだろうか。
「よおおおし! きょうはとことんのむぞおお! ぜんぶぼきゅのおごりだあああい! いえええええええええええい!」
鬱憤が溜まっていたのだろうか。シエナはそれからも愚痴や不平不満を喚き続ける。




