三十六話
昼食を商人の屋敷でいただくことになった。た。まるで祝い事かちょっとしたパーティーかってくらい豪勢な食事だが、俺もルウもテンションがあがっていない。さっきの会話の内容を聞いた直後だったし。ろくに味わえないまま飲み込み助詞不足の可能性あり続けた。ルウも同じだろう。
商人が開けたワインの説明を、愛想笑いで聞くが味がわからない。酒に酔ったからか、そのまま商人は庭を案内すると言いだしたのだ。植えられている木々や草、そして花壇にもこだわりがあるみたいでどこどこから買ってきて取り寄せた、譲ってもらったと延々と話してくれる。
「どうです? いい香りでしょう? 花も見事ですが、この香りが私は好きでしてねぇ」
「ええ。たしかに」
正直俺には花の香りとかは理解できない。たしかにどれも色とりどりで美しい。けど、今はもう帰りたい。
「ご主人様」
ルウが遠慮がちにローブの袖ををちょいちょいと引っ張ってきた。非常にいとおしいしぐさだけど、今の俺には素直に喜べない。
「どうかしたのか?」
「いえ、あの。少しなのです」
ん? と続きを促すけど、ルウは指で示した先、花壇には別にどこも変哲なところはない。
「匂いが変なのです。花の香りではなく、別の匂いも混じっています。その・・・・・・」
ためらっているのか、言いよどむルウに、つい眉間にしわが寄ってしまう。
「死体の匂いがするのです」
死体。さっと血の気が引いた。ルウは鼻が敏感だ。だからそれは間違いようがない事実。ここで嘘をつく理由は無い。
「そうだ。あなた方に一輪プレゼントしましょう」
止めるまもなく、商人は花壇に足を踏み入れた。声を上げようとした瞬間、地面から得体のしれないものが飛びだしてきて、商人に襲いかかった。
まだ酔っていて状況を判断できていないのか、それとも倒れた拍子に頭を打ったからか、とにかく商人が無反応だった。それよりも突如として現れたそれに注視してしまう。
所々肌が剥げて肉が削げ、骨が丸見えの腐敗した人の形をしたもの。それは紛れもなく死体。通常と違うのはそれが動いて、声にならない呻きを発しながら商人の足を引っかいてかみつきだしたことだ。
奴隷達の悲鳴。舞い散る鮮血。とっさに死体に向かって大きく跳躍する。商人と動く死体を引き離そうとしたら、腕がぐちょ、と脆くも取れてしまった。ドロドロとした腐敗した断面、ぞっとする。みみずみたいにはいずってこちらに向かってくる死体の存在に。死体さながらのおぞましさと生者そっくりに動く姿。生きている者なら必ず抱くであろう生理的嫌悪感だ。
死体の頭を、力任せにつかみ、そのまま魔力を流しこんで魔法を発動させる。けたたましい破裂音とともに死体の頭が吹き飛んだ。対象の内側に炎を発動させて爆発させる、『発火』。『紫炎』を使ってしまえば庭に燃え移って被害が出る。延焼をしないで攻撃できる魔法だ。
骨だけでなく、残っている腐った脳みそと眼球、それらに類するしぶきを浴びた顔を拭う間もなく、残った体の部位一つずつにも同じように『発火』の魔法で確実に破壊する。しかし、驚いたことに離れた死者の破片はなおも可動を続けている。欠けてすでに通常の動きができなくなった口は上下の運動を繰り返し、ひびわれて崩れつつある指も芋虫みたいにこちらに這ってくる。徹底的に『発火』で跡形もなくなるほど攻撃しまくる。
それでも安心できなかった。残った細胞すらも、襲ってくるのではないかと恐怖してしまう。いつしか汗まみれで息も絶え絶えになっていた。ルウの呼びかけで、警戒しながらも商人の元へ行った。傷はどれも深いが、命に危険はない。医者にかかればすぐに治るだろう。
「シエナを呼んできてくれ、騎士団のところだ!」
ひとまず応急処置の準備をしながら、指示を出す。ルウと屋敷の奴隷が何人か走って行った。止血と簡単な手当てをしながら、想起していた。さっきまであった死体のほうに視線を。
死霊術。死者を蘇らせて操る禁じられた魔法。今現在この世界で扱える魔法士など存在しない。いや、正確にはその死霊術を別の方法で完成させようとしているやつを、知っている。
「エドガー・・・・・・!」
死霊薬。エドガーの語っていたこと。復讐。今回のことと関連付けるのが、普通だろう。まさか、植物やペットの暴走というのも、あいつの仕業なんだろうか。
これがおまえの復讐なのか? だとしたら、許せない。怒りがこみあげてくる。




