二十話
帰れたのはもう八時を過ぎてからだった。
シエナによって俺とルウは騎士団の営舎に連行。それから事情聴取された。とはいえ別に逮捕とかはなかった。相手はいなくなったし、口頭で厳重注意されただけだった。シエナは、自分がやると手心が加わる、別件があるとの理由で、別の騎士に任せた。
帝都の警備や治安維持を担当している騎士団は、その気になれば己の裁量で牢獄送りにすることができる。結果的に魔法士のけんかということで終わらせることになった。相手は被害届を出すことなく消えた。
「明日にはあんた帝都中の有名人だな。噂が広まるのは早いぞ。魔道士(予定)が魔法士を殺しかけたってな。まぁ、魔道士なんてのは変人しかなれないらしいからな」
そんなことを笑いながら言われたのが癪だった。それとは別のことで最悪だったが、さらに気分が悪くなった。
「あの、ご主人様」
そうだ。ルウは怪我をしているじゃないか。こんな遅くになって思い出すなんて。ああ、あざになってる。内出血だってしているかもしれない。血豆も、打撲だって。騎士団のやつら、奴隷だからって手当もしなかったなくそが。税金泥棒め。
そこからは迅速だった。工房にいって湿布薬と飲み薬を取りだして、ルウの手当をする。
「あのご主人様」
気がたっていたから、ルウと会話はしたくなかった。会話すれば、エドガーのことで苛だってルウを傷つけるかもしれない。あらかた治療を終えて、飲み薬を飲ませた。苦くないように作ってあるが、念のために諸々確認をした。
「あのタイプの薬はまだあるから、明日の朝には貼り替えるといい。薬も、朝食のあとにもう一回だ」
「はぁ」
「すまなかったな」
「・・・・・・なにゆえ、ですか」
ルウがいきなり、椅子に座っている俺の腰にすがるみたいに抱きついてきた。後ろに倒れなかったのが奇跡だが、驚きすぎて体を硬直させてしまってなにもできない。
「なにゆえ、ですか」
いやこっちがなにゆえだよ?
「なにゆえ、私にそれほどしてくださるのですか。なにゆえ、あのようなことをなさったのですか。私などのために、危うく逮捕されてしまうところだったのですよ」
「あんなこと、どうでもいいだろう」
それより離れてほしい。ルウの胸がつぶれながら押しつけられていて、それが足に当たっていて感触がやわらかくて。
「どうでもよくございません」
いつもより大きいルウの声に、よこしまなかんがえが吹き飛んだ。こちらを見上げているルウの顔を見て、はっと胸をつかれた。
泣いていた。あのルウが。
「ご主人様には、夢がございます。大魔道士をこえるという御立派な夢が。それが、終わってしまうところでした。犯罪者になってしまうところでした。仕事もできなくなって、そのあとどうなるか――」
好きな子が泣いている。おそらく、俺のせいで。
「私のような奴隷を、道具を、守る対価と釣り合ってございません。むしろ損でございます。なのになにゆえ。今回だけはございません。傷の手当ても、――も」
涙の理由も、俺を責めている理由も、聞けなかった。ただ、胸が張り裂かれるように痛く切なく苦しい。
「私などのために、私なんかにそんな価値ありません。それに、そんなことをしていただいては、割りきれないではありませんか。覚悟が揺らいでしまうではないですか」
割り切り? 覚悟?
「どうかルウにこれ以上優しくなさらないでくださいませ、奴隷でいられなくなるではありませんか・・・・・・」
もう、限界だった。ルウを力いっぱい抱きしめる。壊れてしまうくらい、息ができなくなるほど、ルウの涙をとめられるほど、ぎゅっと。
いろいろ確かめたかった。今の言葉の意味。これまでの変貌っぷり。そして、今どうしてこれほど泣いているのか。わからない。わからないけど、好きな子を泣いているのがつらくて、それだけを今どうのかしたくて。
「駄目な主だな、俺は。ルウを悲しませた」
自然と、抱きしめていた。言葉を紡いでいた。
「違います、調子にのらないでください。ご主人様のせいではございません。ご主人様のような矮小なかたのせいで、なにゆえに私などが、そもそも、ご主人様は頭が悪いのです。なにゆえあそこまでお怒りになられたのですか。どれほどまで愚かなのですか。ばかですあほです」
最後には、幼子が喧嘩ときに言う簡単な悪口しか出てこなくなった。そんなルウを、抱きしめ続けた。




