十九話
帰宅中の道すがら、なんだか感傷的になってしまうのは心にゆとりがあるからなんだろうか。早くルウに会いたい。朝のことがあったから希望を抱く。いってらっしゃいませ、と言ってくれた。だったらお帰りなさいませ、と言ってくれるかもしれない。我ながらなんて単純なやつだって呆れてしまう。
「あれ?」
「よぉシエナ。どうしたんだ?」
だから偶然帰り道が一緒になったシエナとも、和やかに接せられた。シエナにしては予想外だったのか、目をぱちくりさせて驚いている。
「どうだ調子は?」
「まぁ、よくはないかな。今日もこれから着替えを持ってきて、合間に食事をして、それからまた詰所に戻らなければならないから」
「そうか。大変なんだな」
「致し方ないよ。最近問題が頻発しているし」
「どんななんだ?」
「貴族とか裕福な商人の飼っているペットがいきなり凶暴になるんだ。それと自宅の庭にある植物が異常発達して攻撃する、とかね」
「それは・・・・・・おかしいな。それって魔法士の仕業なのか?」
「そうだろうね。けど、皆共通点がない。誰も心当たりがないし。ただ一つたしかなのは魔法薬に相当詳しいやつが犯人だろうってことだけさ」
「・・・・・・ほぉ?」
「採取した植物とペットの死骸から、同じ魔法薬の成分が検出された。だから同一犯だろうけど、目的が不明なのが不気味なんだ。今後、被害は増えるかもしれないって僕は危惧してる。それに、その植物と動物を凶暴化させるなんて魔法薬、完全には解析できていないんだ。複雑な製法で創られているのかだから、魔法薬に相当詳しい魔法士を探そうってね」
魔法薬に詳しいやつか。嫌な奴を思い出してしまった。無意識に、顔に巻かれている布を押さえてしまう。
「どうしたんだい?」
「いや、ただどんまいってな。はっはっは」
笑い事じゃないよ、と口を膨らませるシエナにごまかせたようだと一安心する。
「そうだ。今度ユーグに会ったとき、渡そうとしていたものだ。はい」
膨れた袋を投げて渡された。ごつごつとした感触に眉をひそめながら中身を確認すると金貨だった。それも結構多め。
「シエナ、これなんだ?!」
「ユーグが戦争に行く前、ちょっと犯人逮捕を手伝ったことがあっただろう。その犯人に懸けられていた賞金、渡しそびれてたんだ」
「あ・・・・・・ああ~!」
ぽん、と手を打つ。そうだ、そういえばそんなことがあった。そのせいで研究に支障が出たから、嫌々手伝ってたっけ。
「助かった」
予想外の収入だ。これだけあれば、給料日まで生きていける。ルウにも美味しいのを食べさせられる。
「しかし律義なやつだなぁ。普通だったらネコババするだろ」
「騎士がそんなまねするわけないだろう。それに、君に渡すのが筋じゃないか」
「はっはっは。たしかに。持つべきものは友だな。お前は本当、立派な騎士だな」
シエナは、少し曖昧なかんじで愛想笑いを浮かべた。それがすこし変だなっておもったけど、シエナはそのまま歩きだす。
「ユーグ、なにかいいことでもあったのかい? 微妙にテンションが高いじゃない」
「鋭いなぁシエナは。いや実はな?」
朝のルウとのことを話し始めた。最初は納得したようにうんうんと。時々笑いながら、そして最後には神妙になっている。
「ふぅん。ユーグにとってはいいんだろうけど、でもどういうことなんだろうね。そのルウちゃんの変わりようは。君の説明を聞いても、まったくちんぷんかんぷんさ」
「そんなことはどうでもいいさ。それよりありがとうなシエナ。君のアドバイス、役にたったぜ」
「今まで君のそんな笑顔、拝んりだことはなかったよ?」
「はっはっは。人生って、薔薇色だよなっ」
「単純だなぁ。ところでどう? 眠れてないんじゃない? 目元のくまけっこうすごいし」
つま先立ちで俺の目元を覗きこんでこられて、のけぞった。
シエナみたいな美少年だから流せるが、普通男友達にこんなことしない。
「なぁ、シエナ。前言ってたよな? 兵士とか軍人が戦争のせいで日常生活に支障をきたしてるって」
「うん。それがどうしたんだい?」
「どうやって改善してるんだ?」
「・・・・・・正直、全員改善の気配がないんだ。昔からあるものらしんだけど、絶対にこれをすればよくなるっていう治療法は確立されていない。原因もさまざまだしね」
う~ん、と腕を組みながら唸るシエナは、申し訳なさそうにそれだけ教えてくれた。
「そうかぁ」
俺のスランプの原因、もしかしたら戦争のせいかもしれない。だったらシエナの話を聞けば元に戻せるきっかけになるんじゃないかって気がしたけど。
「まぁそのせいで騎士団でも欠員とか休んだりする人とか多くて僕に仕事が集中してるんだけどね・・・・・・はは」
死んだ顔のシエナが、力なく笑った。
「ただ、よくなったっていう話に共通のことがあったらしんだけど、それはまだ未確定のことだから」
「なんだ? それは」
「癒やされることさ」
・・・・・・ざっくばらんすぎて参考にできねぇ。
「誰かと一緒に過ごしたり、静かな時間を過ごしたり。あとペットと一緒に過ごすことで改善されたとか誰かと一緒に寝るとか。あとは好きな人と過ごしたり好きな人と一緒に出かけたり好きな人と一緒にお風呂に入ったり」
「まったく参考にできねぇじゃねぇか!」
まさにその好きな人とは別件で問題抱えてんだぞこっちは。
「じゃあまずはルウちゃんとの問題を解決しないと。もしかしたらさ、女の子的の可能性あり事情かもしれないよ」
「どういうことだよ」
「ほら、年頃になって父親が生理的に嫌いになったり、臭いとかウザいとか、お父様の下着と私のを一緒に洗わないで! となりやすい年頃でしょ? あの子くらいには」
「だとしても間隔が短すぎるだろ。出会ってまだ数日だぞ」
仮にそうだとしても、そんなすぐに思春期的助な問題解決しないだろう。というか俺たち親子じゃねぇし。
「もしくは女の子特有の日がくるようになったとか。あれ凄いつらいらしいよ。僕の知り合いには――」
「やめろ生々しくて気持ち悪いわ!」
真面目すぎるからか、それともデリカシーがないからなのか。たまにとんでもないことをぶっこまれる。
「う~ん。となると種族的な風習であったり習性的問題かなぁ」
「種族間ので、そんなに違ったり問題になるのか?」
この国は、基本的に人間だけじゃなくて亜人、他種族も住んでいる。今まで習性・風習的な問題なんて聞いたことないぞ。
「それはユーグが今まで他の人たちに興味を持たなすぎたからじゃない? 小さいことから大きなことまで、帝都じゃ日常茶飯事さ。例えばリザードマンは卵を産んだら地面に埋める。隠して守るためにね。けど、他の種族はそのことを知らないし理解できない。埋めた場所や時期によって、それでトラブルの元になるよ」
騎士ということで、多種多様な事件や任務を担当しているから、詳しいのだろう。「こんな話があってねー」と更にに続ける。
「ある貴族に仕えている御者のリザードマンが自分の卵を屋敷の庭に埋めた。しかし貴族はそれを知らなかったから花壇を作るために地面を掘りおこし、卵を割ってしまった。それでリザードマンが怒り狂って貴族を殺そうとしたとか」
「悲しい事件だなそれは」
「それからエルフ。あるとき森で暮らしているエルフの要人を大臣が招いた。食事はエルフが好む野菜や小麦を中心にした。しかし、歓談の最中にエルフは激怒してしまった」
「酒に酔って失礼なことをし――」
「不正解。使っていた食器がドワーフによって作られたから」
なんじゃそりゃ。エルフとドワーフが昔から嫌いあって対立していることは有名でも、そこまで?
「実際なんじゃそりゃ、でしょ? 僕もそうだった。けど、エルフにとっては重要だったんだよ。そのせいでエルフは侮辱されたと認識してしまい里に帰ろうとした。そのせいで政治家達は慌てふためいてなだめようとしたけど、最終的には騎士団が出動して力ずくで鎮圧する事態になったよ」
「そんなことで出動させられた騎士団が哀れだよ」
「エルフの弓の腕はすごかったよ」
「当事者かよ!」
「他にもあるよ~たとえばねぇ――」
シエナはそれからも、たくさんのトラブルを教えてくれた。話のほとんどはなんじゃそりゃ! 的な内容だったけど聞いているうちに、深刻になっていった。
「けど、実際はそんなものだよ。なんじゃそりゃって。え、そんなことで? なんで? ってことが原因って。理解できないことだらけさ。そりゃあ生まれとか価値観とか育ちとか教えられたこととか育った環境とか。それから体質習性全然違うんだもんそんなことで事件に発展するから、騎士団としてはね」
「・・・・・・おまえも苦労してたんだな・・・・・・」
「なんだい? 尊敬したかい?」
そこまではいかない。ただ、ルウの状態も、それが原因なんじゃないかっておもえた。種族の問題。育った環境。体質。俺がなにか種族的な間違いをしてしまったんじゃないか? だとしたら、どうすればいいのか。
「いや。でもシエナって十七歳だったよな?」
「その割には身長小さいとか子供っぽいとほざくなら舌斬り落とよ?」
「どんだけ被害妄想たくましいんだ! 違うわ!」
身長が小さいとか子供みたいとか、よく言われるらしい。コンプレックスになってるのか。けどそうじゃない。そんな年齢でよくそんな体験して、そんな朗らかすぎる性格でいられるなってだけだ。
というかそんなことどうでもいい。ルウのことだ。ウェアウルフは比較的、人間に近い。五感が発達しているだけでなく、身体能力ははるかに優れている。今まで種族のことを調べるのは専門外だったけど、これを機に調べてみるか?
「あ、おい。噂さをすれば君の愛しの奴隷じゃないか?」
「なに?!」
つい勢いがついてシエナを突き飛ばした。そのせいでシエナが悲鳴をあげながら樽とか木材だかに盛大に突っ込んでいったがどうでもいい。
確かにそうだ。遠目からでもすぐにわかる黄金の毛並みの尻尾と耳。いとおしいルウ。俺の好きな子。
「ですから、申し訳ありません」
「ふざけたことを抜かすな! 字おまえ、俺にぶつかっておいてどういうつもりだ!」
男と何かもめているようだった。乱暴な身ぶりで、つばを飛ばす勢いで怒鳴っている。奴隷であるルウと同じくらい粗末で汚い服装だった。髪の毛も顔も不潔で、少し距離があるとはいえ、まともじゃない。
「おいお前、ルウに――」
ばきっ!
「口答えするな奴隷風情が! 貴様らのようなのは私と対等でいるんじゃない! かしずけ! 土下座しろぉ!」
なにしてるんだって言葉は、続かなかった。
ルウが殴られた。倒れているルウの頭が踏みしだかれて、罵倒されている。頭が真っ白になった。
「うるああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
魔法を発動させたまま、男の顔を殴り抜いていた。
全体重が乗っていたからか、盛大に吹き飛んでいく。火力を最大にして、もう片方にも同様の魔法をまとい、突進していく。よろよろと立ち上がった男を押し倒したままそのまま殴り続ける。拳が直撃するたびに、『紫炎』が男を焼いていく。悲鳴と肉が焼ける匂い。鮮血はすぐに蒸発し消失していく。
「てめぇええええええ!! 俺のをををををををををを!! 俺のルウになにしてぶりゅがさかちゃごるぶるるぁ!!」
自分がまともな言語を発していようがいまいがどうでもいい。許せない。殺してやる。
突き飛ばしながら立ち上がった男が水魔法を発動して、小さい薄い板を形成する。高速回転しながら、三つばかし俺に放れる。なんとか避けた。そして、瞬時に後悔した。後ろにいたルウに魔法が。今から魔法で防ごうとしても間に合わない。もしあの魔法がルウに当たったら。首に当たったら。
戦場での光景が思い浮かぶ。簡単に死んでいく姿が。迷う暇はなかった。顔に巻かれている布を素早く外す。右目の戒めを強引に引きちぎって、右の眼孔を魔法に固定する。
「え?」
おそらく、自分に直撃するというのがわかったからとっさだったんだろう。ルウは腕で自分を守るような体勢でいて、そしていつまでも想像した衝撃がこないから、ゆっくりとたしかめるように目を開けた。
男が放った魔法が、空中に固定されていた。
「くそ、なんなんだ!」
後ろにいた男は、自分が発動した魔法の異常に声をあげた。そして、諦めたらしい。水魔法が消えた。ほっとしてもいられず、新たに発動された水の球が、俺に迫ってくる。水とはいえ、魔法。攻撃のために発動されたそれは石や木など簡単に砕いてしまうだろう。
到達する寸前、その水の球が細切れになって、そしてしぶきとなって弾けた。俺の体がいきなり道に沈んでいく。対処することもできず、石畳の中は固く冷たく身動きができない。あっという間に頭だけ残した状態で地面に埋められていた。
「大人しくして。そうじゃないと、君を逮捕するしかなくなる」
首筋に、すらりと伸びた細い剣、レイピアの刃が当てられる。誰か――おそらくシエナだろう――が、冷たく見下ろしている。
動けなくなったからか、平静さが戻ってくる。それでも、やけどだらけの男をにらみつける。シエナは呆れながら顔を隠すように布を顔にかけてきた。その後、ルウに手を伸ばす。ためらうようにしていたルウを強引につかんで立ち上がらせた。
「大丈夫かい? これを使うといい」
ハンカチを差し出す。戸惑っているルウに、無理矢理用字無理やり握らせて手ごと誘導して頬や頭に当ててやっている。
「君も災難だね。こんな男の奴隷になってしまうなんて」
「はぁ、あの」
「それに、君の美しい顔と肌に傷ができてしまった。いたわしい。こんなことしかできない僕を許しておくれ」
警戒にウインクをした後、ぜぇぜぇと疲れている男に肩を貸そうと近づいていった。
「大丈夫か? ひどくやられたね」
「触るな・・・・・・! 騎士風情が、どいつもこいつも馬鹿にして!」
シエナを乱暴に押しのけたあと、よろよろとふらついた。腹いせかそれとも別の思惑か、とにかくシエナにすら怒りをぶつけたいらしい。シエナは慣れているのか、おっとっと、と余裕のあるリアクションで返した。
「なにしている! 早くその男を逮捕しろ! こんなけがをさせられたんだぞ!」
ふざけるな。おまえはなにをした。ええ? ルウを、傷つけたんだぞ。非難したかったが、咳払いしたシエナににらまれた。それで、俺たちを見物してざわついているやじ馬達の手前もあって、我慢した。
「けがさせられた! 治療費そして慰謝料だ! 十万は払ってもらうぞ!」
「ああ、もちろん。彼のみに一方的に非があるならば。しかし、僕は一部始終を目撃していてね。君は彼の奴隷に暴力を振っただろう」
「それがなんだ! 誰だってしてることだろ! 奴隷を好きに扱ってなにが悪いってんだ!」
ルウがおびえたように大きくびくついた。それだけで、男への殺意がめらめらと燃えあがる。
「そのとおりだ。皆自分の奴隷を好きに扱っている。物だからな。人権なんてない。わかるかい? じ・ぶ・ん・の・だ」
シエナは男の剣幕に怯えることなく、淡々と無表情で冷たく事実を告げている。それは友人としての姿ではなく、公平に裁き、戦う騎士の姿だった。
「君が自分の奴隷をどう扱っても文句はないさ。しかし、君は彼の持ち物を、勝手に、連れていこうとした。あまつさえ傷つけた。これは一般的な罪に該当させるなら、器物損壊、窃盗ってところかな」
「なにふざけたことを! そいつはぶつかってきたんだぞ! 奴隷の分際で、不愉快にさせたんだ!」
「あっはっは。他人の奴隷が不愉快にさせたら所有者の了解を得ずに好きにしていい、なんて法律ないんじゃなかったかな」
「魔法士だぞ俺は!」
「彼だってそうさ。それでも、君がこの男、ユーグを訴えるというならそれ相応の対処をしよう。ユーグだって、君を訴えるかもしれない。それでもいいのかな? いっそのこと裁判をして争ったらどうだい?」
「ユーグだと?」
男が俺の名前に反応した。おもむろにシエナをどけてこちらに来て、つぶさに観察しだす。こちらも男の顔を深く見る形になったが、イライラが増していく。けど、途中でおや、と思った。男の顔に既視感があったからだ。
「ユーグか? ユーグだろ?」
輪郭が、過去に知っていたやつと重なる。ぼやけたそいつの顔が明細になっていく。
「エドガーなのか?」
口角がけいれんしながら持ち上がって、唾液を引きながら口が開いて――おそらく笑ったつもりなのだろう――エドガーは、けけけ、と懐かしい笑い声を発した。それだけで、ルウに対して行ったこととは別の憤怒が目覚める。
「それで? 一緒に来るかい? どうする?」
遮られたからか、忌々しげにシエナを一瞥、なにかぶつぶつつぶやきながらそのままシエナを押し退けて、最後にルウをじぃっと見つめながら去って行った。
「ご主人様、ご主人様」
シエナの拘束がとかれて、体が地面から完全に脱出する。布を素早く巻くと、駆け寄ってくるルウが服についた土を払ってくれる。
「どうして、あんなことを………」
「どうしてって………」
「ご主人様。どうなさったのですか。なんで、違います。ありがたく、ああ、違う。大丈夫ですか?」
動揺しているからか、支離滅裂だ。けど、それは俺も同じだった。どうしてあいつが。なんでここに。まともにルウの相手ができない。
「ご主人様、私は………」
「あ、う、うん」
動揺していることにも関心が持てず、間抜けな反応しかしてやれない。
「騎士団として、ユーグには然るべき対応をしたいんだけど」
かつて友にこんな冷たい目を向けられたことが過去あっただろうか。どうやら仕事とプライベートはきっちり別らしい。
「いえ、ご主人様は悪くありません。私がいけないのでございます。私を罰してくださいませ」
ルウが賢明にシエナに食い下がって、頼みこんでいる。シエナは、俺との話を聞いていたからか困惑しているのか曖昧な微笑で応える。
「困ったなぁ。君は被害者なんだけど。君を罰することはできないし必要はないんだよ」
「お願いです」
ルウとシエナの遣り取りも、どこか遠くのこととしてしかかんじられない。やじ馬達は少なくなって、ざわめきは収りつつある。それと比例するように、心がざわついてしょうがない。
エドガーが、なんでここにいるのか。それが一番気懸りだった。




