十七話
全身びっしょりで気持ち悪かった。どうやら寝汗らしい。喉もカラカラだ。また戦場の夢だ。
同じ部隊の奴らと他愛ない話で盛り上がっているときのこと。帰ったら女房と暮らす、仕事を探す、故郷の料理が食べたい好きな子に告白する。皆生きて帰れたときのことを語っていたっけ。皆死んでしまった。
「くそ」
俺は生き残った。生きて帰れたんだ。あいつらと違って恵まれている。生き残っても五体満足なやつなんて珍しいほど。
心臓の鼓動が早いのは夢のせいだろうか。生き苦しいのは戦争を思い出したからだろうか。昔から抱えていた苦悩か。
もしかしたら、俺は――
「くそ・・・・・・」
頑張らないと。
スランプだとか資金とか関係ない。
こうしちゃいられない。今からでも起きて魔導書作りを、研究を――
もふっ。
ん? なんだ今の。
手になにか懐かしくて気持ちいいのに触れたような・・・・・・。
ゆっくり探る。そうすると何度かもふっ、もふっとしたものに触れることができた。それの感触が本当に気持ちよすぎて撫でてみたり優しく握ってみたり。
きっと半分くらい俺は寝惚けている状態だったんだろう。普通だったらこれはなんだ、こんなものベッドにあるはずないってすぐに気付いたはずだから。
もふもふしたものを触り続ける行為に、没入する。触れば触るほど癒やされていく。やがて辛抱できなくなって抱きしめてしまう。
ああああああああ、ヤバい。これヤバい。ついやってしまったが、全身でもふっとしたものを味わうのは、もうヤバい。死んでしまいそうなくらい気持ちいい。頬ずりをして顔を埋める。匂いもいい。安らぐ。全力で深呼吸を繰り返す。あ、たまらない。
「まるで天国だな・・・・・・」
「ご主人様は天国がどのようなところか知っているのですか?」
「いや、知らないがきっとこんな最高なものがいっぱいある場所なんだろう」
「奴隷の尻尾だけがいっぱいある場所が天国だなんて、異常ですね。ご主人様のような特殊な性癖の持ち主でなければ辿り着けないでしょう」
ルウは辛辣だなぁ。しかしルウの尻尾がいっぱいある場所だったら一生過ごしていられる。右も左も上下も前後もとにかくもふもふし放題じゃないか。最高だ。起きているときも寝ているときも、ずっともふもふにもふもふされてもふもふできて。
というかルウの尻尾をこんな風にできるなんて久しぶりすぎて、いつまでももふもふを終えられない。いっそのこと口に入れてみたい衝動が――
「って待てえええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
一気に意識が覚醒して、そのままの体勢で飛び起きて明かりをつける。ベッドにはやはりルウがいた。
「なんでこっちにいるんだぁ!」
ちゃんとルウ専用のベッドがあるというのに。そのまままたルウはベッドに横たわった。
「答えてくれ! 頼む! そしてあっちのベッドに移動してくれ!」
黙り込んだまま答えようとしない。あれだろうか。命令じゃないから答えないのか?
「主の疑問にちゃんと答えるのは命令関係なく奴隷の義務だろ・・・・・・」
致し方なく、ずるい言い方をした。
「ちっ・・・・・・」
今舌打ちした?
「暗かったですし眠かったので間違えてしまいました」
間違えたのなら仕方ない。誰にでも間違えることはある。大切なのは次に活かせるかどうかだ。
「それよりも、すまん。寝惚けていたとはいえ、あんなことを」
「謝る必要はございません。それよりも睡姦がしたいのでしたらどうぞ」
「すいかんってなんだ! 人聞きが悪いことはやめろ!」
「睡姦をご存じでないのですか? ご存じないまま本能のままできてしまったということですね。一つの才能でしょうか」
「んな才能いるか!」
「睡姦というのは、つまり――」
「説明しなくていい!」
冷静になったことで床に両手両膝をつけてしまうくらい深い後悔が俺を苛まれはじめる。
「しかし寝ている女の子を無理矢理触り続けて発散させるという最低最悪な行為をしているご主人様は今までにないくらい恍惚としてらっしゃいました。鼻息も荒く気持ちが悪かったです。そういうのがお好きなのでしょう?」
「誤解だああ!」
「ですから、どうぞ」
「しなくていい! いいから! そんな気分じゃないから!」
「・・・・・・どうぞ」
「だからいいって! 拒否してるのになんで勧めてくるんだ!」
「そんな気分ではないと仰ったので。少しでも元気になっていただきたいと」
なんて優しいんだろう。いとおしい。
「ってなにときめいてんだ俺ええ! そうじゃねぇだろお!」
自ら尻尾を差し出してくる彼女に少しほんわかさせられたが、すぐに我に戻る。
「やめてくれ! これ以上俺を虐めないでくれ!」
「奴隷である私がご主人様を虐める? おかしなことを。私はただご主人様を満足させたいだけです。それがご主人様の要求ならばどんなことにでも奴隷である私は従うだけです。勿論、それ以外のことも」
「そうじゃねぇんだわあああああああああ!!」
ずっと『もふもふタイム』ができなかった反動でそうなってしまっただけだ。
というか、もうルウが不可解すぎる。命令がなければ意思表示さえしなかった。なのに今は奴隷ということに拘って自分を犠牲にするような献身をぐいぐいやろうとしてくる。嬉しいし正直したいけど。どういうつもりなんだ? もう短期間に繰り返されるルウの変貌っぷりにメンタルとか限界だ。
「もう頼むからこの件には触れないでくれ・・・・・・」
もう疲れた。寝たい。そして忘れてしまおう。なかったことにしてしまおう。
「それはご命令ですか?」
「もういいからそれはあ!」




