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魔導士志望者と奴隷ウルフ  作者: マサタカ
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十五話

 シエナのおかげで、改めてルウとの生活に臨む覚悟ができた。とはいったものの、やはりルウの心を閉ざしている態度は辛い。泣きたいくらいだ。昼間のアドバイスがなかったら、耐えられていなかっただろう。


 早々に夕食を食べたあと、工房で研究に没頭しようとする。けど、やはりスランプは治っていない。試しに何か作ってみようとしても、集中力が続かない。作業は続けられるが、正直しんどい。


 そもそも、モチベーションが一年前と比べて落ちている。意欲、熱意。欠けてしまっているなんてレベルじゃない。皆無なんだ。仕方なしに戸棚の薬草とか根っことか、羊皮紙とか整理整頓して気分転換を図ってみた。その途中、傷薬が減っていたので補充することにした。


 この傷薬を作るのは慣れたものだ。難しい手順や道具も必要ではない。薬草を潰して、それを擂り鉢でごりごりと粉にする。特殊な液体を加えてどろっとするまで混ぜていく。


 フラスコの中の水を、弱めの火で温めてコポコポと泡ができるまで待つ。日に干して乾いている根っこを軽く刻んで、フラスコの中に入れようとした。


「あっぶねぇ~」


 危ういところだった。慣れすぎていたせいで油断していたんだろう。本来の根っこと隣のを間違えてしまっていた。しかもそれがお湯に触れると爆発してしまう危険なものだったのだから最低だったテンションはもう下落し続ける。


「はぁぁぁぁ~・・・・・・」


 初歩的なミスをしたという事実が、自己嫌悪に走らせる。そのまま傷薬を作るなんて、とてもじゃないができない。一先ず火を消して、椅子に腰掛ける。


 なにもかも上手くいかないのではないか。今だけではない。今後、下手したら一生。ルウのことも、研究も、もしかしたら仕事も。そんな妄想めいた恐怖すら、下手すれば絶対そうだという確信になってしまいかねない。


そもそも自分の夢すら叶えられていない俺が誰かを好きになる権利なんてあったのか。



コンコン。



いや、ルウみたいな最強に可愛い子に一目惚れするのなんて自然の摂理だ。世界の真理だ。真実だ。


「失礼いたします」


 なのにルウのことで、俺はなんて愚かなんだ。この馬鹿野郎。


「ご主人様」

「うわあああああああああああああ!!??」


 調子近距離でいきなり声をかけられたことにびっくりしすぎて、戸棚にぶつかってしまった。


 そのせいで薬品とか材料とかが床にぶちまけられそうになったが、絶妙なバランスと反射神経でキャッチしていく。安堵するのも束の間、いきなり現れていたルウに軽く驚く。


「ど、ど、どうしたんだいきなり! ノックくらいしてくれ!」

「しましたが。それも二度も。入るとき、断りも入れました」

「え? そうなのか?」


 ルウがしたと言うならそれが真実だ。落ち度は俺にある。それよりも耳に触れた吐息が、まだ生々しく残っている。ぞくぞくとした妙な快感も。なんとかして落ち着きを取り戻さないと、ルウの前で平静でいられない。


 しかし、何故ルウは工房に? なにか用件でもあったのだろうか。


「これはなんの研究ですか?」

「研究じゃない。ただ薬が減っていたからそれの補充をしていたんだ」


 ついさっきミスって爆発しかけたが。敢えて教える必要はないだろう。恥ずかしさを誤魔化すために、棚に落としそうになった物達を戻していく。


「ならば私も手伝ってよろしいでしょうか」


 おお、珍しい。ルウのほうからしてくれるなんて。


「ああ頼む。じゃあまずこの根っこを適当に刻んでくれ」

「かしこまりました」


 少し観察してみたが、ルウは普通に指示通りの作業をしてくれている。おかしなところはない。命令を要求することもない。


「こちらも、同様にすればよろしいのでしょうか?」

「ああ。そうなんだけど、急にどうしたんだ?」

「どうした、とは?」


 可愛く小首を傾げ不思議がっているのが・・・・・・もうたまらんくらいいとおしい。それどころじゃない。


「主を手伝うのも奴隷ですので」


 いやいやいや。それもおかしいだろ。命令かどうか一々確かめていて、そして命令されないことには従わなかったのに。もう謎すぎてなにがなんだかわからない。頭がおかしくなりそうだ。


「もしかしたら、私は足手まといでしょうか。迷惑でしょうか」

「そんなわけないだろ!」


 ただこの工房にいてくれているだけで充分役立っている。それだけで手伝いになっている。この世に存在しているだけで俺にとっては奇跡みたいなことだというのに。というか、ルウと一緒に傷薬を作るなんて、初めての共同作業じゃないか。なんだか照れてしまうな。


「しかし、ここは寒いですね」


 肩を摩るルウ。慣れていたけど、そういえばこの工房は大分室温が低い。慣れていないルウには厳しいのか。慌てて魔法を操作する。


「? なんだか少し温かくなって」


 『紫炎』の魔法を応用して、室内の温度を上昇させた。これが実は地味に難しい。ただでさえ高温の紫炎だから、調整を失敗すればここはサウナみたいになるだろう。


「魔法とは便利ですね」

「戦場でいるときに発明した応用だ。なんてことはない」

「・・・・・・戦場でですか?」


 冬、雪が積もっている場所や凍える場所でも寝たり戦ったりしなければいけなかった。だから、そんなところでは普通に過ごすことなんてできない。なんとかできないかっておもいつきからできた魔法だ。


「魔導書には記しておいたけど、なんてことはない。それに、古代の魔法士とか魔道士とかは、もっと難しい魔法をぽんぽんぽんと発明していたからな」

「はぁ、なるほど。さすがは魔道士(予定)であらせられます」


 お前までそれを使うのか! 正直いやだけど、けどそれを伝えたら「ご命令ですか?」って聞き返されるからスルーする。


「そんなことよりも、魔道士(予定)様。あ、間違えましたご主人様。これを使えばいいのでしょうか?」

「・・・・・・その根っこは似ているが傷薬の材料ではない。それをお湯に漬けると爆発してしまうからな」


 きっと言い間違えただけなんだ。うん、そうに違いない。


「はいわかりました」

「見分け方はこっちが曲がっていて、こっちは真っ直ぐで――」


 解説をしようと一瞬ルウから目を離したのが悪かったのか。ぽい、とフラスコの中に持っていた根っこを放り投げた。


 あ、まずい。


 走り出したが、フラスコの中で火花が散ったすぐあとに爆発音と黒い煙が同時に発生して吹き飛ばされた。身体が上下逆さまになった状態であることを把握できたのは、どれくらい経ってからだろう。とにかく立ってみると、黒い煙と焦げ臭さが部屋に充満していた。咳きこみながら、急いですべきことをする。


「怪我はないか?」


 まず一番大切な存在、ルウの安全確認だ。全身煤だらけでボロボロではあるものの、大きな外傷はなさそうだ。


「なんであれを入れた?」

「危険とおっしゃっていたので、効果をじかに試してみたかったのです」

「好奇心は大切だ。なら仕方ないな」


 なんでも体験することで、本当に危険なことであると認識できる。それは糧になる。だからルウは悪くない。


 材料とか薬とか、いくつか駄目になってしまったが、魔導書は無事だし。何よりルウが貴重な体験をできた。それだけで十分だ。


「申し訳ございません。手伝うつもりが逆に迷惑をかけてしまいました。どうぞ罰をお与えください」

「必要ない」


 反省しているみたいだし、可愛いし好きだから許す。


 そんなことよりも、材料とか壊れたやつとか、買い足さないといけない。けど、もうお金が殆どない。まだ給料日は遠い。ここで材料費だとか使ったりしたら、今度こそ破産する。少しの間、研究から離れるしかないな、これは。


 工房を一通り眺めて、呆然となってしまったが、なんとか踏ん切りをつけることにした。スランプもあるし、いい機会だろう。


「じゃあ少し掃除をしよう」

「それはご命令ですか?」


 ・・・・・・淡い希望は、すぐに砕け散った。そして一人で工房を綺麗にすることにした。

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