十四話
昼下がりの公園には、遊びに来ている子供連れの女性や俺みたいに昼食休憩をしに来ている人たちがけっこういて、そこそこ賑わっていた。
研究所で昼食をしていると、ゆううつが加速してしまう。そのためここに移動したわけだが、どうやら選択をミスったらしい。静けさを求めていたのに、少し騒々しい。それに、楽しそうな親子とか談笑している連中がいるのに、俺は一人。明らかに浮いている。
いたたまれなくなって空を見上げるが、痛いくらいの青空とちぎれたような雲が、今の俺には眩しすぎて泣きそうになった。
「あれ? ユーグか。 奇遇だな」
「げ・・・・・・」
こんなときにできれば会いたくなかったやつ、シエナがぶんぶんと手を振って豪快に笑って現れた。正直、シエナ嫌いじゃないけど、今の状態でシエナのテンションとか勘弁してほしい。
「ん? なんだいその牢獄につながれている犯罪者に出されるような粗末なものは。どこで買ったの?」
「俺の食事ってそれほど情けないのか!」
奴隷になったやつが食べる物とか牢獄にいるやつが食べるのと比べられて、もうメンタルがボロボロただでさえギリギリなのに。
「珍しいね。君がこんなところで食事なんて」
シエナは俺が座っているベンチの隣に腰掛けると、包み紙をほどいて骨が飛び出している分厚い肉とバゲットにかみついた。豪快だが、所作が一々美しいので、決して下品にならない。もう一種の才能じゃないだろうか。こいつにはこんなところがある。見た目と行動にギャップがあってもなぜか似合ってしまう。
「騎士様が、こんなところでのんきにしてていいのかよ」
「見回り兼休憩さ。歩き回りながら食べるなんてさすがにできないからね」
スパイシーな香りと白いふわふわの生地が、食欲を刺激する。落ちかけるよだれを拭いながら、致し方なしにあごが痛いほど固い干し肉のわずかな甘味で耐える。
「なんだかしょぼくれているね。ずっと室内で閉じこもって研究ばかりしているからじゃない?」
「好きでやってるんだほっとけ」
「友人の親切は素直に聞いときなって。そんなんじゃ夢にも悪影響が及ぶよ?」
悪気はないんだろうが、くすくすと笑うシエナは、俺にとっては毒でしかない。魔道士を志していることは教えている。というか酒を飲んでいるとき、酔ったときの流れで知っただけだが。
「どう? 研究のほうは。好調?」
二個目の肉を出すシエナに苛立つ。無言で食事を続ける俺に、シエナはなんとなく察したらしい。
「不調なんだね?」
「・・・・・・それだけじゃないがな」
研究のこと。ルウのこと。今の生活のこと。挙げてもキリがない。
「そうか。まぁそんなこともあるだろうね~」
うんうんと安易にうなずくシエナの脳天気さが羨ましくなる。こいつはきっと悩みとかとは無縁なんだろうなぁ。イケメンだし騎士だし、仕事できるし。
「たく、こっちの事情も知らないで・・・・・・」
「戦争に行ったんだろう? なら仕方ないさ」
「それとなんの関係がある?」
「僕も詳しくは知らない。けど、戦争に行った兵士や軍人、騎士団の者がおかしくなっているんだよ。日常生活で戦争中に体験したことを突然思い出して叫びだしたり夜眠れなくなったり。あと普通の生活に違和感を覚えるようになったとか。どうも心の病というものらしいね」
「心の・・・・・・」
「人を殺してまともにしていられるほうがどうかしている。だから、君のスランプもそういう戦争体験が原因じゃないかってね」
たしかにそうかもしれない。研究へ熱意と楽しさが持てなくなったのは戦争に行った後、それと同時に戦争中のことの悪夢にもうなされるようになった。
「まぁ、せっかくだ。しばらくは研究も中断して恋にうつつを抜かせばいいんじゃない? 今まで研究ばっかりだったんでしょ?」
「人ごとだからって好き勝手を・・・・・・ん? おまえ今恋って?」
「ん? ほら、この間の奴隷の子。ルウちゃん。好きなんでしょ?」
「なんで知ってる!?」
「なんとなく」
「なんとなくで友人の恋愛事情を知られてたまるか!」
「あれでしょ。きっと知り合いに奴隷市場に誘われて、なんとなく一緒に行ってそれで一目ぼれしたとかでしょ?」
「なにおまえ、あのときいたの!?」
「勘だよ」
「勘で友人の過去の行動を言い当てられるとか恐怖でしかねぇよ!」
なにこいつ。何者?
「騎士だからね」
「それ理由になってないからな」
「それで? どうなの? あの子とどこまでいった?」
友人の恋バナだからだろうか。それとも下世話な野次馬根性からか。とにかくシエナは面白そうだ、というかんじでワクワクしながら顔をずいずいと寄せてくる。
「・・・・・・いや実はな?」
顔が近かったのが嫌なので、距離をとってからシエナに説明した。ルウの状態のことを。それに関連して研究も生活もうまくいっていないこと。
「ふぅ~ん。不思議だねーそれは」
「それで、どうしたらいい?」
「そうだなぁ。まぁ確かなことが一つだけ言える」
「なんだ?」
もしかしたら、何がしか解決につながるかもしれないから、前のめりになってしまった。
「どんまい!」
「おまえに期待した俺が馬鹿注意だったわ!」
いい顔でサムズアップしているシエナに、魔法をぶち込ましてやりたいくらいがっかりした。
「普通なにかしらのアドバイスくれるもんだろ」
「頑張れ」
「燃やすぞてめぇ!」
魔法は発動しているから、いつでも放つことは可能なんだぞ。
そういえば、こいつルウの手の甲にキスしてたよな。その落とし前まだだったよな。
「人間皆、結局決断は己でしなければならないのさ。誰かのアドバイスに従うなどというのは責任転嫁でしかない。僕が死ねと言ったら死ぬのかい?」
「もっともらしいことほざくな!」
「僕にできるのは、これが精一杯だ」
「おいいい加減そのサムズアップやめろ親指へし折るぞ!」
「あっはっはっは! 楽しいなぁ!」
「馬鹿にしてんのか?」
大笑いするこいつに、いい加減殺意がやばい。本気で燃やしてしまおうか。
「まぁ冗談はここまでにして」
なんの意味があったんだ。真剣になったシエナに、一瞬呆れてしまった。
「『隷属の首輪』を使ってしゃべらせればいいんじゃない? その子がそうなったきっかけを」
「・・・・・・それは嫌だ」
あれには頼りたくない。強制したくはない。
「まぁそうだろうなって。予想はしていた。君にはできないってね。それに、きっかけを知ったとしても根本的問題を解決しないと。無理やりしゃべらせることで関係が悪化する可能性もあるからね。今何かしようとするのは、やめておいたほうがいいよ」
先程と打って変わって、的確すぎる指摘で唖然とするくらいだった。
「少しの間は、現状維持しかないんじゃない? これから一緒に暮らすうちに、知ったとき、またどうすればいいのか悩めばいいのさ。研究についても同じだね」
悠長すぎではないか。それでも、何か他にできることも代替案が浮かぶわけではないし文句を垂れる立場でもない。寧ろ用字むしろシエナのアドバイスが一番いいのではないか?
「どうするか、最終的に選択するのは君。けど、いざというときのために優先順位をきちんと決めておきなよ」
「なんのだ?」
「ユーグの気持ちを一番にするか。それともあの子の気持ちを優先するかだよ」
「?」
「まぁ、案外つまらんことでへそを曲げているんじゃないかなぁ。山の天気と女心は移ろいやすいしね。しかし、ユーグが恋かぁ。よかったよかった」
「? どういうことだ?」
うんうんと嬉しそうなシエナが疑問で、尋ねずにはいられなかった。
「以前より心配していたんだ。君には仕事と夢しかなかった。たまに食事やお酒を一緒にしても、話題はそれだけ。悪いわけではないけどさ。心配だったんだよ友達として。それだけで果たして本物の幸せを手に入れられるのか、ってね。恋人とか恋愛とか体験すればより豊かな人生となるんじゃないか、とか」
「・・・・・・」
「だから、君がそうやって好きになった女の子のことで相談してくれて、嬉しいんだよ僕は。ユーグにもまだ人間味というものが残っていたんだから」
「失礼な。俺をまるで人でなしみたいに」
「なんだい。スライムに風魔法が当たった場面を目撃したみたいな顔は」
「どんな顔だ。まぁ、少し意外だっただけだ」
こいつが俺のことを案じているなんて露ほども知らなかった。いつも元気すぎるほどで、遠慮がなくてめちゃくちゃで、自分の仕事の協力をさせてくる勝手さがある。正直、俺とは違う意味で自分のことしかないやつだって印象しかなかった。
余計なお世話だとか、偉そうな、とか。あと人のことよりまず自分はどうなんだって煩わしさがあるが、それ以上に照れくさい嬉しさがある。
「ありがとな」
正直、照れくさかったが、一応礼を述べておいた。
「気にするな。僕と君の仲だろう? まぁ、しかし礼を述べるくらいなら今僕が担当させられている任務に協力しないか?」
「友情を盾にするな! お前用メリットがでかいだろうが!」
「まぁまぁ。どうせ魔道士(予定)の君は大して忙しくないでしょ?」
「なにその呼び名はやってんの!? 広まってんの!?」
「あ、この呼び方内緒だった。ごめん」
「謝るなぁ! 余計悲しくなるわ! 俺周りからどんな風に見られてるんだ!」
「騎士団と素材屋とその他諸々のお店でしか通じない呼び名だった。ごめん」
「けっこう広まってんじゃねぇかぁあああ! 皆俺のこと馬鹿にしてんだろおおお! ちくしょおおおお!」
そうやって騒がしくも久しぶりにすっきりとした昼食時間を過ごした。




