☆7話:剣術馬鹿を攻略せよ! 麗しの裏庭作戦
翌日、学園に復学して二日目。
登校する馬車の中であたし、デリール・インノクトは、早くも次なる一手に向けて頭をフル回転させていた。
(初日で恋愛対象候補のバリー様を見つけられるなんて、なかなかの成果だわ。しかも、あの圧倒的な強さと無駄のない剣さばき……! インノクト家に来ても申し分ない逸材だわ!)
「ごきげんよう、皆さま」
あたしが教室に入ると、取り巻きたちが笑顔で迎えてくれる。
昨日の今日ですぐに情報収集に取り掛かるあたり、あたしのこのフットワークの軽さは褒められていいはずだ。
「ねぇ、ミッシェル。レオパタルク伯爵家のことだけど、バリー様の噂を知らないかしら」
貴族社会の情報通でもあるミッシェルに、扇子の裏でそっと聞いてみた。
ミッシェルは勝ち気な吊り目を細め、ジトッとした視線を向けてくる。
「バリー様? あんた、昨日は修練場を覗き見してたって聞いたけど……もう次の相手を探しているの?」
「色々事情があるのよ。乙女心ってやつよ、察してちょうだい!」
ミッシェルにも、当然『命に関わる病気』のことは伝えていない。適当にごまかす。
「……まぁいいわ。バリー様は私たちの一つ年上の十七歳ね。伯爵家の次男で長子じゃないから、騎士団入りを目指しているそうよ。それに、レオパタルク伯爵家は代々騎士団に人材を出していて、今の副騎士団長がレオパタルク伯爵よ。あとは本人の意向により、女性からの婚約の打診があってもすべてお断りしているって噂ね」
「ふ~ん。ありがとう、ミッシェル!」
(最後の情報以外は、事前に聞いていた話と同じね。でも、婚約を断るってどうしてかしら? もしかして、まだ運命の女性に出会っていないから……つまり、今のあたしならワンチャンスあるってことじゃない!)
◇
その日の放課後。
あたしは今日も元気に修練場へと通っていた。
周囲には、熱心にあたしを慕うリリーたち取り巻きが従っている。
「……皆さん、バリー様と接触するアイデアはないかしら?」
修練場の隅のベンチに陣取り、取り巻きたちを従えて緊急作戦会議を開く。
しかし、皆で頭を悩ませながらアイデアを出し合うが、良い案が思い浮かばない。
婚約者を作らないという噂がある以上、その理由が分からなければアプローチのしようがないためだ。
「刺繍入りのハンカチを差し入れするのはいかがでしょう!」
「ダメよリリー! デリール様の高貴で独創的な刺繍を渡してしまうと、困らせてしまうわ!」
(……今、さり気なくディスられた気がしたわ)
あーでもないこーでもないとガヤガヤ話し合っていると、自然と声も大きくなっていた。
すると、激しい木刀の音と砂埃を立てて稽古をしていたバリー様の一団から、視線を感じた。
いや、視線どころではない。ものすごい殺気を纏った赤い髪の巨体が、まっすぐこちらに向かって歩いてくる影に気づいた。
「デリール様っ! 後ろに!」
リリーが青ざめた顔で叫ぶ。
振り返ると、そこには噂をしていたバリー様がいた。
至近距離で見上げる彼は、汗に濡れた額と引き締まった体躯が野性味に溢れていて、最高にカッコいい。
(昨日差し入れしたお礼かしら? それとも、あたしの美しさにいよいよ耐えきれなくなったのね!)
と、あたしが呑気に「ごきげんよう、バリー様」と薔薇色の妄想を膨らませていた、その時。とんでもない言葉が飛んできた。
「お嬢様方。ここは真面目に稽古をする、汗と泥の修練場ですよ。茶飲み話をするなら他所で行ってもらえますか? よろしければ、今すぐ出口まで案内しましょうか?」
低く響く、容赦のない声。
要は、『さっさと帰れ!』と言われてしまったのだ。
「…………は?」
あまりのストレートな塩対応に、あたしの口はポカンと開いたまま塞がらない。
周囲の取り巻きたちも「キャッ!」と悲鳴を上げて青ざめている。
「け、けっこうですわ!」
プライドを傷つけられたあたしは、顔を真っ赤に怒らせてその場を後にした。
修練場の外に出て、あたしを心配する取り巻きたちが慰めの言葉をかけてくれる。
「デリール様、あんな無神経な男、もう忘れましょう……!」
しかし、あたしの瞳の奥では、別の意味の炎がメラメラと燃え上がっていた。
「……ふざけないで。あの程度の塩対応で、このデリール・インノクトが折れるとでも思ったのかしら?」
あたしの脳内で、なぜか『ツンデレ攻略法』のスイッチが盛大にカチリと音を立てて入った。
「……燃えてきたわ!! こうなったら、是が非でもあの木偶の坊に興味を持たせて、平伏させてやるわ! 全員、教室に戻るわよ!」
こうして、剣術馬鹿という噂のバリーを攻略するための、前代未聞のガチ作戦会議が始まったのであった。
◇
――その頃。
デリールたちが去った後の修練場。
僕、ミハイル・ソキュぺは、少し離れた日陰から、その一部始終を冷めた目で眺めていた。
(……あのバカ男、デリールを怒らせるなんていい度胸だな)
普段は温和なはずの僕の心の中で、どす黒い感情がフツフツと沸き上がる。
だが、ふと思い返す。
デリールは、男から追いかけられるより、自分から追いかける性分だ。
「……僕を追いかけさせる方法は、無いだろうか……」
誰に聞かせるでもなく、日陰の中で寂しそうに呟いた。




