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強制☆恋愛体質〜私をドキドキさせてくれる殿方募集中!  作者: 毛布 繰丸


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10/16

☆10話:私が求める王子様の中には、本物の王子様は含まれません

 誰も気にも留めていないけれど、この世界には『魔法』というものが存在する。

 正確には、魔法が『あった』ということだ。


 古い文献や歴史書によると、大昔の貴族たちは嵐を自由に操り、天に届く炎を撒き散らし、まさに『天災』と呼んで差し支えないほどの力で戦場を支配していたそうだ。

 今でも、その血統の名残だけはほんの僅かに残っている。


「……デリール、これで涼しいかい?」


 次の『婚約者探し計画』を立てるべく、机の上で手帳を開いているあたしの傍らで、ミハイルが本を片手にパタパタと手をかざしていた。

 彼の指先から、そよそよと小さな風が巻き起こり、あたしの前髪を揺らす。


 そう――『そよ風』だ。


 しかも発動時間は三分と持たず、ミハイルの額にはうっすらと汗が浮かんでいる。なんなら、あたしが自分で扇子で扇ぐか、横の窓を開けた方が遥かに涼しくて心地よい風を受けることができるレベルである。


(見たことはないけれど、元婚約者のタール様も小さな『火種』を起こせるらしいわね)


 厳格で完璧主義なタール様が、眉間に深いシワを寄せながら、一生懸命に暖炉の薪へ小さな火種をくべようと息を吹きかけている姿を想像してしまい、あたしは思わず「ふふっ」と口元を緩めてしまった。


 そんな感じなので、あたし――デリール・インノクトの頭の中では、魔法なんてものは完全に『おとぎ話の夢物語』として片付けている。


「……ねえ、デリール? 急に笑ったりして、どうしたの?」

「なんでもないわ。ごくごくくだらないことを考えていただけよ」


 ミハイルの差し出してくれた生ぬるい風を感じながら、あたしは手帳にペンを滑らせる。

 だが、今日も今日とて、バリー様事件に代わる画期的な『ドキドキ恋愛作戦』は思い浮かばないまま、虚しく時間だけが過ぎていった。


 ふと、あたしは隣で健気に風を送り続けてくれているミハイルの横顔をじっと見つめてみた。


(そう言えば……最近はミハイルと一緒にいると、あの心臓を絞り上げられるような不快な発作が滅多に起きないのよね)


 なんだかんだ文句を言いながらも、あたしを最優先にしてフォローしてくれる幼馴染。

 タール様との婚約が破棄され、完全なフリーとなった今、彼を『ただの幼馴染』から、色眼鏡なしでフラットに観察できてしまうため、ごく稀に……本当にごく稀にだが、胸がキュンとドキドキすることがあった。


(このままミハイルと一緒に居続けたら……あたし、いつかもっと彼のことを好きになるのかな?)


 一瞬、そんな甘い思考が脳裏をかすめた。

 だが、あたしは即座に頭を大きく振ってその考えを打ち消した。


(ダメよ、ダメダメ! このカメの歩みのようなスローペースで好きになっていくのだとしたら、体内のドキミン不足が解消されて病気の影響が完全に消えるまで、何年もかかってしまうわ! あたしの命が先に尽きちゃうわよ!)


 命懸けの恋活に、悠長な時間など残されていないのだ。


 ◇


 翌日。学園に到着するやいなや、廊下の向こうから顔色を恐ろしいほど真っ青にさせたミッシェルが、激しい足取りで駆け寄ってきた。


「あんた……! とうとう『あいつ』にまで粉をかけたの!?」

「えっ? 何のことかしら……?」


 詳しく聞き返す間すら与えられなかった。

 バァァァン!! と、爆音を立てて教室の分厚い木製ドアが力任せに叩き開けられたからだ。


「デリール嬢! おぉ、僕の愛しのデリール嬢!!」


 朗々と響き渡る無駄に通りが良い美声とともに、その男は眩いばかりの輝き(ちょっとだけ光る魔法らしい)を纏って室内へ颯爽と滑り込んできた。


「病気だと聞いていたけれど、無事に回復したんだね!? ああ、神に感謝を! それと風の噂で聞いたよ! 君は僕のために、とうとうタールと別れてくれたんだって!?」


「げぇっ……!!」


 侯爵家の長女として、決して人前で口にしてはならない汚い悲鳴が、あたしの口から突発的に漏れ出てしまった。


 そこに立っていたのは、アラガント・アレンジャー・パトリ様。

 このパトリ王国の『本物の王族』である。

 もっとも、第五王子であり、王位継承権は下から数えた方が早いという、ギリギリ王族の端っこに引っかかっている位置付けなのだが。

 そして何より――救いようのない超絶ナルシストであった。


 黄金の髪をこれでもかと光らせ、天から与えられた極上の造形美を誇る顔立ち。

 彼はタール様と幼少期から仲が良く、昔からあたしと会うたびに意地悪な冗談を言ってはからかってくる、嫌な思い出しか存在しない相手だ。


(今回の『僕のために別れた』云々のセリフだって、どうせあたしをからかって面白がっているだけでしょうけれど……!)


 万が一、億が一にでも本気だったとしたら、それこそタール様どころではない大惨事である。

 なぜなら、彼をインノクト侯爵家の『婿』として迎えるには、政治的に致命的な問題がありすぎるからだ。


 一応は王族の身である彼を、もし我が家に引き込んでしまえば、他の貴族派閥とのパワーバランスが崩壊し、パパの立場や領地の運営に甚大な悪影響が出てしまう。だから、どれほど魅力的な条件を提示されたとしても『絶対に候補から外すべきNG人物』なのだ。


(……でも。悔しいことに、顔だけはすっごくあたしの好みなのよねぇ!!)


「アラガント様、ご冗談を。星の周期と運命の歯車がほんの少し合わなかっただけでございますわ」


 あたしは扇子をパッと広げて口元を隠し、淑女の微笑みで適当にごまかした。

 しかし、アラガント様は自慢の黄金の髪をサッと手ぐしでかき上げ、ウインクを飛ばしてくる。


「ハハハ! 相変わらず素直じゃないなぁ! デリール嬢、昔約束しただろう? 『タールと別れたら、僕の妃にしてやる』ってねぇ!」


(それはあたしが十歳の頃のテキトーなやり取りでしょうが!! しかも『もし万が一別れたら考えてあげてもよろしくてよ』って、あたしが上から目線で断ったやつじゃないの!!)


 内心でメラメラと猛烈な怒りの炎を燃やしながらも、あたしは優雅に首を横に振った。


「おほほほっ。あいにく、わたくしの記憶の引き出しには存在しない過去ですわ」


 あたしのすげない対応にも、アラガント様は余裕の笑みを崩さない。


「相変わらず僕になびかない子女は、学園広しといえども君くらいのものさ。フフっ、まあ今はいい。続きはまた後でね!」


 言いたいことだけをマシンガンのようにぶちまけると、アラガント様は取り巻きの生徒たちを引き連れて、風のように去っていった。嵐のような男である。


「……デリール。アラガント様だけは、絶対に止めておいた方がいいわよ」


 ミッシェルがあたしの肩にぽんと手を置き、憐れむような目で見つめてくる。


「分かってるわよ! 誰が選ぶかい、あんな歩くハザードスピーカー!」


 あたしは頭を抱えて深いため息をついた。

 よりによって、一番関わりたくないアラガント様に見つかってしまうなんて。下手したら今後の『真剣な婚約者探し』に重大な支障が出かねないわ!

 どこかで王族に対する不敬にならないよう注意しつつ、キッパリハッキリとお断りの言葉を叩きつけなければ!


 あたしは静かに燃える瞳で、控えていた取り巻きのリリーに告げた。


「リリー……今日も放課後、緊急作戦会議よ!」


 ◇


 放課後。

 いつもの『作戦本部』である空き教室で待機していたのだが……どうにも生徒たちの集まりが悪い。

 いつもなら真っ先になだれ込んでくるアンや他の令嬢たちの姿がなく、静まり返っている。


「……リリー。みんな、何か急用でもあって忙しいのかしら?」


 あたしが尋ねると、隣に立つリリーは冷や汗をダラダラと流しながら、必死に手を振った。


「と、とんでもございませんわデリール様! 皆さん、デリール様のお力になりたくて、来たくて来たくて仕方がなかったはずですの! ……ですが、その……相手が一応、王族のアラガント様ですので……」


 あたしはガクリと肩を落とした。


 そうだった。我がインノクト侯爵家に連なる下位貴族の令嬢たちにとって、『王族との恋愛トラブルに巻き込まれる』というのは、最悪の場合、お家断絶に繋がりかねない禁忌なのだ。彼女たちが怯えて逃げ出すのも無理はない。


「……一応聞くけれど、リリーの家は大丈夫なの?」


 あたしが申し訳なさそうに尋ねると、リリーはパッと表情を明るくして、胸を張った。


「もちろんでございますわ! 我がフィデル男爵家は、王族にお仕えするよりも遥か昔から、インノクト侯爵家に代々命を捧げてきた忠義の家系! デリール様のためなら、王族だろうと何だろうと一歩も引きませんわ!」


「リリー……! あなたって子は……!」


 うるうると瞳を潤ませるあたし。

 結局、アラガント様の本気とも冗談とも取れないウザいアプローチを波風立てずに躱し、今後の婚約者探しに悪影響を出さないための作戦会議は、あたしとリリーの二人だけで行われることとなった。


「少し思ったのですが……タール様に直接ご相談されてみるのはいかがでしょう? あのお二人は昔から仲が良く、何でも腹を割って話せるご友人だと伺っておりますが」


 リリーの提案に、あたしは食い気味に叫んだ。


「やめてちょうだい!!」


 被せるように拒絶したあたしに、リリーは驚いて目を丸くする。


「わ、わたくしにも……プライドというものがあるのよ……!」


 元婚約者のタール様に『他の男に言い寄られて困っているから助けて』なんて泣きつくなんて、口が裂けても言えるわけがない。そんな情けない姿を見せるくらいなら、発作で死んだ方がマシだわ!


 あたしの悲痛な叫びを聞き、リリーは悲しそうな顔をして静かに身を引いた。


 結局、二人だけでは名案など浮かぶはずもなく、本日の作戦会議は不発のままお開きとなった。

 学園の敷地内であれば危険もないため、あたしは一人で校門前に停めてある我が家の馬車へと向かった。


(明日こそは……! 新しい素敵な恋を見つけて、アラガント様を完全に撃退してみせるわ!)


 固い決意を胸に抱き、あたしは自慢のインノクト家の紋章が入った豪華な馬車の扉を開け、中に乗り込んだ。


 ――すると。そこには、すでに『先客』がいた。


「遅かったじゃないか、デリール嬢!」


「げぇぇぇっ!?」


 ふかふかの革張りシートにドカッと深く腰掛け、我が家の高級クッションを抱えながら、優雅に寛いでいるアラガント様の姿があった。


(人の馬車で勝手に寛ぐんじゃないわよー!!)


 あたしの悲痛な声にならない悲鳴が、夕暮れの学園の駐車場に虚しく響き渡るのだった。

お読みいただきありがとうございます!

現在3作品を同時連載しているため、更新ペースにバラつきが出てしまうかもしれません。

ですが、皆様からの評価やレビューなどの応援が、作者の創作意欲と更新スピードを劇的にアップさせる最大の栄養になります! ぜひ、応援よろしくお願いいたします!

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