第07話 罠の洗礼
「罠の密度が異常です。記録が追いつきません」
―― 仕掛けだらけの通路
矢の罠を抜けた先、通路の雰囲気が変わった。
壁が荒い岩肌から、滑らかな石に変わっている。
天井も高くなった。
明らかに、さっきまでの通路とは作りが違う。
「ここから先、通路の構造が変わりましたね」
アリアが壁に触れた。
「さっきまでより新しい。石の加工が丁寧だ」
セイが先を見通した。
「ここから先は罠の質も変わるかもしれない。足元に注意しろ。特にカイト」
「なんで俺だけ名指し?」
「お前以外は注意してるからだ」
「ひどくないか?」
「ひどくないわよ」
リーナとセイが声を揃えた。
慎重に進む。
十歩ほど歩いたところで、カイトが足を止めた。
「ちょっと休憩。鞄重い」
「まだ十歩だぞ」
「いいじゃん。ちょっとだけ」
カイトが肩から鞄を下ろして、足元に置いた。
その上に座った。
ガチン。
鞄の下の床石が沈んだ。
床から針が飛び出した。
だが鞄の中に入っていたガラクタ——途中でカイトが通路の隅で「なんかある!」と拾った鉄の塊——が針を受け止めた。
針は鉄に当たって折れた。
カイトには届かなかった。
「…………」
「…………」
「……今なんか音しなかった?」
「カイト、立て。鞄を見せろ」
セイに促されてカイトが立ち上がった。
鞄をひっくり返すと、折れた針と鉄の塊が転がり出た。
「……針が鞄の底から突き上げてる。この鉄の塊が受け止めたんだな」
「鉄の塊? ああ、さっき拾ったやつか」
「あたしたち全員に『いらないだろ』って言われたやつね!!」
「でも役に立ったじゃん」
「結果論で話すなって何度言えば——!」
リーナが天を仰いだ。
「しかもなんであんたは要らないものを拾うのよ。で、それがなんで命を救うのよ」
「ラッキーだな」
「ラッキーで片付けないで!」
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次の通路に入った瞬間、奥からゴゴゴゴと音がした。
「……何の音だ?」
通路の奥から、巨大な岩が転がってきた。
通路の幅いっぱいの大岩。
逃げ場がない。
「戻れ! 全員戻——」
カイトが真横に走った。
全力で壁に肩からぶつかった。
肩が壁の出っ張りを押し込んだ。
床が開いた。
カイトの目の前に、大きな落とし穴が出現した。
転がってきた大岩が、その穴にすっぽりハマった。
ぴったりだった。
岩が穴を塞ぎ、通路が静かになった。
「…………」
「え? 止まった?」
「お前が壁のスイッチを押して、落とし穴を開けて、岩がそこにハマった」
「スイッチ? 押した?」
「肩で」
「肩かよ……」
セイが額を押さえた。
「しかも穴のサイズがぴったりって何よ……」
「岩の罠と落とし穴の罠が、カイトのおかげで相殺されました。罠同士が打ち消し合うのは初めて見ます」
「こいつの周りでは罠すら味方になるのね……」
「いいじゃんいいじゃん! これで先に進めるんだし!」
「よくない! そもそもなんで横に逃げたのよ! 通路いっぱいの岩が来てるのに横って何!?」
「でも死んでないだろ?」
「その返しやめて!!」
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さらに奥へ。
罠は止まらなかった。
「あ、靴紐ほどけてる」
カイトが靴紐を結び直そうとしゃがんだ瞬間、壁から刃が飛び出した。
刃はカイトの頭上を通過した。
「今なんか来なかった?」
セイが頬を引き攣らせた。
「来た。お前の頭があった場所を通過した」
「マジ? 全然気づかなかった」
「気づけ!! というか頭、絶対にあげるなよ!」
「記録します。刃の罠、回避一件。回避方法——靴紐」
「靴紐で命が助かった冒険者って、歴史上いるのかしら」
「いないと思います。記録的にも初の事例ですね」
「新記録!? すげえ!」
リーナが深いため息をついた。
「……新記録って喜ぶところじゃないのよ。あんたの頭が飛んでたかもしれないのに」
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次の通路。
床から火柱が上がった。
等間隔に、通路を塞ぐように噴き出す。
「止まれ! アリア、火柱のパターンを読めるか?」
「了解です。まずは噴出パターンを分析して、そこから法則性を——」
カイトはもう走っていた。
「おい!? アリアの分析を——」
カイトが走った場所だけ、火柱が出なかった。
カイトの通り道だけ、床石が壊れていて火が噴き出さなかったのだ。
「……なんで分かった?」
「え? 走っただけだけど」
「分かってないのに避けてるのか……」
「……私の分析が完了する前に、カイトが正解ルートを走り抜けました」
「アリア、すまん。せっかく頼んだのに」
アリアが小さく首を振った。
「いえ、分析自体は有意義でした。問題はカイトが分析を待たないことです」
「それは俺のせいじゃないだろ」
「どう考えてもあんたのせいよ!」
リーナが怒鳴った。
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メルは、次第に無言になっていた。
最初の針の罠では「大丈夫ですか!?」と駆け寄った。
転がる岩の時は「危ない!」と叫んだ。
刃の時は小さく悲鳴を上げた。
火柱の時には、もう何も言わなくなった。
罠を一つ越えるたびに、メルの顔から色が消えていった。
まるで自分が罠にかかっているかのように、追い詰められていく表情だった。
「ねえ、メル。大丈夫? 顔色悪いよ」
リーナが声をかけた。
「だ、大丈夫です……」
「本当に? 休む?」
「いえ……大丈夫です。先に、進みましょう」
メルの声は小さかった。
視線が落ち着きなく泳いでいた。
カイトが振り返った。
「メル、疲れたか? 俺の背中に乗るか?」
「の、乗りません!」
「遠慮すんなよ」
「遠慮じゃなくて——!」
メルが少しだけ笑った。
ほんの一瞬だけ。
すぐに表情が曇った。
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さらに壁から飛び出す丸太、天井から砂が降り注ぐ部屋、床が回転する通路を抜けて——ようやく少し広い空間に出た。
壁にも床にも天井にも、穴も怪しい仕掛けもない。
しばらく罠はなさそうだった。
「いやぁ〜、しかし、疲れた疲れた」
カイトが大きく伸びをした。
涼しい顔だった。
汗一つかいていない。
他の四人は壁に寄りかかって息を切らしていた。
セイは肩で息をしている。
リーナは膝に手をついている。
アリアは壁にもたれてノートを抱えている。
メルは座り込んでいた。
「……あんたが一番疲れてないでしょ」
リーナが睨んだ。
「え? そうか?」
「そうよ。罠を全部避けたのはあんたなのに、疲れてるのはあたしたちなの。肉体的にも精神的にも」
「俺だって走ったり屈んだりしたぞ?」
「あんたのは全部偶然でしょ! あたしたちは必死に避けてるのよ!」
「偶然で避けるのと必死で避けるの、どっちが疲れるかは明白ですね」
「アリア、そういう正論はいらない」
「アリア、疲れてないか?」
セイが聞いた。
「罠の密度が異常です。記録が追いつきません。ですが精神的には大丈夫です。むしろ興奮しています」
「興奮するところがおかしいのよ……」
「いや、分かるぞ。俺も最初は確かめたくてパーティーに入ったからな」
「セイまで研究者側に行かないでよ。まともなのあたしだけじゃない」
「データ上では、リーナのツッコミ頻度が初日の三分の一に減少しています。慣れの兆候です」
「測るな!!」
「ちなみにセイのため息の回数も記録しています。本日十二回目です」
「それも測るな」
リーナがふと、メルの方を見た。
メルは壁に背をつけて座り込んでいた。
膝を抱えている。
その手が、震えていた。
——恐怖ではない。
リーナは直感した。
あの震えは、怖がっている人間のものではない。
罠に怯えているなら、カイトの近くにいたがるはずだ。
でもメルは、罠が発動するたびに——カイトから少し離れていた。
何か、別のものだ。
まだ言葉にできない。
確実に何かがおかしい。
——明日も、この先も。
リーナはメルから目を離さないと決めた。




