第06話 ダンジョン突入
「ここから先は、普通じゃない」
―― 洞窟の入口
王都から南へ二日。
街道を歩き続けた。
初日は平坦な道だった。
商人の馬車や旅人とすれ違いながら、のんびりとした道中だ。
隊列はセイが先頭で、カイトとリーナが中央、アリアとメルが後方。
ロバはカイトの後ろをついて歩いた。
手綱を引く必要もなかった。
カイトが歩けば歩き、カイトが止まれば止まる。
「ロバの管理、リーナに代わってもらえないか? カイトが後ろにいると隊列が——」
「無理よ。こいつ、あたしが手綱を持った途端に動かなくなるもの」
セイがため息をついた。
「……隊列もへったくれもないな」
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二日目に入ると、街道の人通りが減った。
南に進むほど、町や村が少なくなる。
景色は草原から丘陵地帯に変わり、木々がまばらに生え始めた。
「この辺り、静かですね。人の気配がありません」
「南はダンジョンも少ないからな。冒険者が来る理由がない」
「だからこそ、未踏のダンジョンが放置されてたんだろう」
日が傾き始めた頃、街道沿いの開けた場所で野営することにした。
焚き火を囲んで食事を取った。
メルが少し離れた場所に座っていた。
そんなメルの隣にカイトが座った。
「眠れないのか?」
「いえ……ちょっと、考え事を」
「考え事? 何の?」
「……明日のことです。ダンジョン、怖くて」
「大丈夫だろ! 俺たちがいるし!」
「……はい」
メルは微笑んだ。
遠くの焚き火に照らされた横顔は、穏やかに見えた。
だが、その手は膝の上で固く握りしめられていた。
そんな二人を、リーナが少し離れた場所から見つめていた。
リーナは何も言わなかった。
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三日目の昼。
街道を外れ、南の丘陵地帯に入った。
「この辺りのはずだ。メル、文献にはもっと詳しい場所は書いてあったか?」
「はい。丘を越えた先の崖の下に、入口があると」
丘を越えると、切り立った崖が見えた。
崖の下に、暗い穴がぽっかりと口を開けている。
まるで何かが待ち構えているような、不気味な口だった。
洞窟、ダンジョンの入口だ。
入口の周囲に草が生い茂っていた。
踏み固められた跡もない。
人の手が入った形跡はない。
空気が冷たい。
中から微かに、冷たく湿った風が吹き出している。
「……ここか」
セイが剣の柄に手をかけた。
「ここから先は、普通じゃない。全員、気を引き締めろ」
「はい」
「了解」
「おう!」
カイトだけ返事が軽い。
「ロバはここで待たせるしかないな」
ロバがカイトの背中を見て、寂しそうに一声鳴いた。
「大丈夫だって。すぐ戻るから」
カイトがロバの鼻を撫でた。
ロバがもう一度鳴いた。
「……あんた、ロバの方が心配なの?」
「だって寂しそうじゃん」
「ダンジョンの方を心配しなさいよ!」
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ダンジョンの中に足を踏み入れた。
明かりが壁を照らす。
通路は思ったより広かった。
大人が三人並んで歩けるほどの幅がある。
壁は自然の岩肌だが、床だけが妙に平らだった。
「床が整地されてますね。自然の洞窟ではありません」
アリアが壁に触れた。
「ダンジョンとして機能している証拠だ。気をつけろ」
セイが先頭を歩く。
その後ろにリーナとカイト。
メルは中央。
アリアが最後尾で周囲を警戒している。
しばらく進んだ。
何もなかった。
足音だけが反響する。
静かすぎるほど静かだった。
「モンスターの気配もない。報告書通りだな」
「罠もないですね。今のところは」
「メル。文献には、上層のどの辺りに罠があるか書いてあったか?」
「え? あ……具体的な場所までは……」
メルの声が少し上ずった。
リーナがちらりとメルを見た。
さらに奥へ進んだ。
通路が緩やかに下っている。
空気が湿り気を帯びてきた。
「そろそろ注意した方が——」
セイが言いかけた瞬間……カイトの足元が抜けた。
「うおっ!?」
落とし穴だった。
カイトだけが、綺麗に穴に落ちた。
他の四人は無事だった。
「カイト!!」
リーナが穴の縁に駆け寄った。
下を覗き込む。
深さは三メートルほど。
暗い。
「大丈夫かー!?」
「大丈夫ー! 全然平気!」
下からカイトの声が響いた。
妙に明るい。
「……怪我は?」
「ないない! それよりさ、下に横穴がある! なんか奥に光ってるものがあるぞ!」
「光ってる?」
「ちょっと見てくる!」
「待て! 勝手に——」
しかし、遅かった。
穴の底からガサガサと音がして、しばらく沈黙があった。
「おーい! 宝箱あったぞ!」
「…………」
セイが黙って縄を下ろした。
カイトが縄を登ってくる。
片手に小さな箱を抱えていた。
満面の笑みだ。
「見ろ! 宝箱!」
箱を開けると、中には古い短剣が入っていた。
刃に淡い光を帯びている。
「魔法の付与がされた短剣ですね。それなりの価値があります」
アリアが目を細めた。
「落とし穴に落ちて宝を見つけるって、どういうこと……?」
リーナが頭を抱えた。
「ラッキーだな!」
「ラッキーじゃないわよ! 落とし穴に落ちたのよ!?」
「でも宝箱あったし」
「結果論で話すなって何度言えば——!」
「まあまあ。得したんだからいいだろ」
「よくない! 手順がおかしいの! まず落とし穴に落ちた時点で反省しなさい!」
「反省? 何を?」
「…………もういい」
リーナは額を押さえた。
しかし……メルの顔は青ざめていた。
「メルさん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
アリアが声をかけた。
「だ、大丈夫です……ちょっと、びっくりしちゃって……」
「落とし穴は怖いよな。でも大丈夫、俺がいるから!」
カイトが振り返って笑った。
メルは小さく頷いた。
笑い返す余裕は、なかった。
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さらに奥に進んだ。
通路が二手に分かれている。
「左右どちらかだな。アリア、何か分かるか?」
「空気の流れからすると、左の方が奥に繋がっているようです。右は行き止まりかもしれません」
「じゃあ左だ——」
「待って。右の壁に何か引っかき傷がある」
リーナが壁を指差した。
よく見ると、爪で引っかいたような細い線が壁面に刻まれている。
「モンスターの痕跡のようだな。ただし古い。最近のものじゃなさそうだ」
「右にモンスターの痕跡があるなら、左の方が安全ですね」
アリアが言った。
「だな。左に行こう。隊列を崩すなよ」
左の通路を進んだ。
天井が低くなった。
明かりが届く範囲が狭まる。
空気が変わった。
重い。
「嫌な感じですね。空気の流れが止まっています」
「行き止まりか?」
「いえ。何かが空気を遮っているような……」
セイが足を止めた。
「止まれ」
全員が立ち止まった。
セイが壁に近づいた。
「壁に穴が空いてる。等間隔に。左右両方だ。これは——」
カイトが一歩前に出た。
「おい! まだ——」
壁の穴から矢が飛んだ。
一斉に。
左右の壁から、通路を完全に塞ぐように矢の雨が降り注いだ。
普通なら、避けられない。
だが、カイトはその一歩で何かに躓いていた。
膝をついた。
壁に刺さる音。
反対側の壁にも刺さる音。
膝をついたカイトの上だけを、矢が通り過ぎていった。
「…………」
「…………」
「…………」
三人が固まった。
メルも固まった。
「いてて。何かに躓いた」
カイトが膝を擦りながら立ち上がった。
周囲の壁に刺さった矢を見て、首を傾げた。
「なにこれ?」
「お前が避けた矢だ」
「避けた? 俺、転んだだけだけど」
「転んだから避けたんだ。立っていたら全部刺さっていた」
セイの声が平坦だった。
怒りを通り越して、もう何も感じなくなっている。
「ラッキーだな!」
「……もう何も言わないわ」
リーナは壁に背を預けた。
「記録します。落下による宝箱発見一件、転倒による矢回避一件」
アリアが淡々とノートに書き込んだ。
「二件目にして、すでにデータの傾向が見えます。カイトの幸運は身体の動作と連動している。転倒、落下、躓き——本人の失敗が、結果的に最善手になる」
「最善手って言うな。ただの事故だろ」
「事故が最善手になること自体が異常なんです」
メルは壁に手をついて、通路の奥を見つめていた。
唇を噛んでいた。
拳が白くなるほど握りしめられている。
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