第05話 出発前夜
出発前日。
四人はギルドの書庫で、ダンジョンの情報を探していた。
「やっぱり見当たらないですね。昨日言った通りです」
アリアが棚を見回して首を振った。
「念のためだ。もう少し探そう」
セイが書庫の奥の、埃をかぶった棚を漁った。
古い記録の束の間に、一枚だけ薄い報告書が挟まっていた。
「あった。これだ」
「『王都南方の洞窟。入口は確認済み。内部は未踏。洞窟からのモンスターの出現も確認されないため、現時点では放置とする』——以上だ」
「それだけ?」
「それだけだ。情報がほとんどない」
アリアが報告書を覗き込んで、ノートに書き写した。
「ギルドの情報はこれだけですね。メルの文献には上層に罠、中層にモンスターとありましたが、裏付けは取れません」
「文献を信じるしかないな」
セイが腕を組んだ。
「とにかく慎重に行こう。先頭は俺が務める」
「うん、なんとかなるだろ!」
カイトが腕を組んで、うんうんと何度も頷いていた。
一人だけ緊張感がない。
リーナがため息をついた。
「……根拠は?」
「勘!」
「……あんたの勘ほど当てにならないものはないわよ」
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午後は装備の買い出しに出た。
王都の商業区画を四人で回る。
「食料は一週間分。回復薬も追加だ」
セイが買い物リストを読み上げる。
「荷物、結構な量になるな」
リーナが使い込まれたマジックバッグの口を広げて中を確認した。
「これがあるから大丈夫でしょ。おかげでだいぶ楽になったし」
以前の護衛依頼で、商人が「お礼に」と譲ってくれた古いマジックバッグだ。
型が古くて重量軽減は半分程度だが、ないよりは遥かにマシだった。
もちろん、そのお礼の経緯もカイトのラッキーだった。
「入りきらない分は私の収納魔法で補えます」
「それでも一週間分の食料と装備だろ。五人分は厳しくないか?」
セイが腕を組んだ。
「荷運び用にロバでも借りるか。往復の街道なら使えるだろう」
問題は、カイトだった。
「あ、この剣かっこいい!」
「お前の戦闘スタイルには合わないだろ。戻せ」
「えー」
渋々、カイトが剣を棚に戻した。
が、手が滑り、剣が隣の棚に落ちた。
と思ったら棚が揺れ、棚の上に積まれていた鎧が落ちてきた。
「危ねっ!?」
カイトが咄嗟に避けた。
鎧が地面に落ちて、中に隠されていた革袋が飛び出した。
そして革袋の中身が散らばった。
「……なんだこれ」
店主が駆け寄ってきた。
「大丈夫か!? 怪我は——」
店主の目が、地面に散らばった革袋の中身に吸い寄せられた。
「これは……先代が隠してた売れ残りの回復薬じゃないか! ずっと探してたんだ! まだ使えるぞ!」
「マジですか?」
「すまない、棚の整理が甘くて迷惑をかけたな。お詫びにこの回復薬、タダでつけるよ。あと買い物全部一割引きだ」
「やった!」
「…………」
セイとリーナが同時に遠い目をした。
「記録します。落下物による隠し在庫発見、一件。値引き率、一割」
アリアだけがノートに書き込んでいた。
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夕方。
ギルドの酒場で、メルと合流した。
「お待たせしました!」
メルが小走りに駆け寄ってきた。
昨日より少し表情が柔らかい。
「おう! こっちこっち!」
カイトが手を振った。
メルが席につき、五人でテーブルを囲む。
そして、料理が運ばれてきた。
「食べろ食べろ! 明日からダンジョンだからな!」
「い、いただきます」
メルは最初、緊張していた。
だが——カイトの隣にいると、緊張が解けていく。
「メルは普段何してるんだ?」
「え? えっと……家の手伝いとか……」
「家の手伝いって何してんの?」
「料理とか、掃除とか……」
「料理できるのか! いいな! リーナは料理できないもんな!」
「できるわよ!!」
「え、でも前に作ってくれた飯——」
「それ以上言ったら殴る」
メルが小さく笑った。
カイトとリーナの掛け合いを見て、少しだけ肩の力が抜けたようだった。
「メルのお父さんって、どんな人?」
カイトが聞いた。
何の意図もない、ただの好奇心だった。
メルの手が一瞬止まった。
でもすぐに、穏やかな表情になった。
「……優しい人です。ちょっとおっちょこちょいで、よく転ぶんですけど」
「カイトと一緒じゃん」
「一緒にするな!」
「いや、転ぶのはお前も一緒だろ」
「俺のは転んでも得するから違う」
「それが一番おかしいのよ!」
メルがまた笑った。
今度は声を出して。
「お父さんの料理も好きなんです」
「お父さんが料理するの?」
「はい。最初は母が作ってたんですけど……その、母は何を作っても焦がすか生煮えで。しかも本人はそれで『あらまぁ、できたわ』って満足してしまうんです」
「味見しないのか?」
「しても『あらまぁ、美味しいわねぇ』で終わるんです」
「味覚が……」
「それを見かねた父が『メルに美味しいものを食べさせてやりたい』って、覚え始めたんです」
「いい父ちゃんだな」
「はい。でも最初は父もひどくて……焦がしたり、塩と砂糖を間違えたり」
「大変だったんだな」
「はい。でも毎日練習して、少しずつ上手になっていって」
メルが目を細めた。
「今では父の煮込み料理が一番好きです。……母は相変わらず『あらまぁ』しか言いませんけど」
「お母さん、それはそれでブレないわね……」
メルの表情が少し緩んだ。
家族の話をしている時だけ、あの緊張が消える。
「父は……いつも私のことを心配してくれました。今も、きっと心配してくれていると思います」
メルの声が少し震えた。
「絶対助けるから! 任せろ!」
「……はい」
メルが俯いた。
涙を堪えているようだった。
アリアが静かに聞いた。
「メルさんは、カイトの運を見たことはありますか? 噂だけですか?」
「噂だけです。でも昨日、皆さんから話を聞いて……想像以上でした」
「今日の買い物でも、剣を棚に戻したら鎧が落ちてきて、その中から回復薬が出てきました。あれが日常です」
「……それ、本当なんですか?」
「本当よ。こいつの周りではそれが普通なの。そしてそれが問題なのよ」
リーナが溜息をついた。
メルはカイトをちらりと見た。
その目を、リーナは見逃さなかった。
依頼人が冒険者を見る目ではなかった。
もっと——切迫した何かだった。
カイトがメルにもう一杯のスープを勧めた。
「遠慮すんなよ! 食え食え!」
「あ、ありがとうございます……」
メルはスープを受け取った。
その手が、微かに震えていた。
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食事が終わり、メルが宿に帰った後、リーナは小声でセイに言った。
「ねえ」
「なんだ?」
「あの子、何か隠してる」
「……勘か?」
「勘じゃないわよ。見てたでしょ、あの子がカイトを見る目。泣いていたのは本物。父親を救いたいのも本物。でも、それだけじゃない何かがある」
「具体的には?」
「分からない。分からないから気持ち悪いのよ。でも——あの子、カイトのことを測ってた。運がどの程度なのか、確かめるみたいに」
「冒険者の実力を確認してるだけじゃないのか? 依頼人なら当然だろ」
「実力じゃないのよ。運よ。運を確かめてた」
「カイトの場合、運を確かめるのは普通の反応じゃないか? 俺だって最初そうだった」
「……それはそうだけど」
リーナは言葉に詰まった。
セイの言う通りだ。
カイトの運は誰だって確かめたくなる。
「……考えすぎじゃないか?」
「……かもね」
リーナは答えた。
でも、引っかかりは消えなかった。
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翌朝。
まだ日が昇りきらない時刻に、ギルドの前に五人が集まった。
ギルドの裏手から、厩務員がロバを一頭連れてきた。
「こちら、貸し出し用のロバです。ただ……この子、ちょっと気難しくて。知らない人の言うことは聞かないんですよねぇ」
ロバがカイトに向かって歩き出した。
鼻先をカイトの手に押し付けた。
尻尾を振っている。
「……え?」
厩務員が固まった。
「この子、今まで冒険者に懐いたことないんですけど……」
「おお、俺のこと好きなのか? よしよし」
カイトがロバの首を撫でた。
ロバがカイトの服の裾を噛んで離さなくなった。
「……あんたのラッキーは動物にも効くのね」
「よし、全員揃った! 出発だ!」
カイトが勢いよく宣言した。
ロバが同調するように鳴いた。
「待て。まず荷物の確認だ」
セイが止めた。
「食料一週間分、野営の道具にその他必要なもの、っで、回復薬——おまけの分も含めて十分だ。ロバに積めるな」
「準備万端ですね」
アリアがノートを閉じた。
「南に二日。途中で野営が一回入る。街道沿いなら危険は少ないが、油断はするなよ」
「分かってるわよ。問題はこいつが油断しっぱなしなことよ」
リーナがカイトを指差した。
当のカイトはロバの頭を撫でていた。
「行くぞー!」
カイトが拳を突き上げた。
完全に聞いていなかった。
「……ほら。これよ」
リーナがため息をついた。
セイが肩をすくめた。
メルは少し離れた場所で、鞄の紐を直していた。
——直すふりをして、小さな革袋を荷物の奥深くに押し込んでいた。
手早く、慣れた手つきで。
誰にも見えないように。
誰にも気づかれないように。
「メルー! 行くぞー!」
「は、はい! 今行きます!」
メルは笑顔で駆け寄った。
五人は南の街道を歩き出した。
朝日が背中から差し込み、五つの長い影が街道に伸びていた。
その影の一つが、他の四つとは違う方向を見ていたことに、誰も気づかなかった。
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