第35話 冒険者はあきらめない
王都のギルド。
「フォーチュン・カイト」のメンバーが酒場のテーブルを囲んでいた。
ダンジョンから帰還し、ギルドへの報告も終わり、すでに数日が過ぎていた。
「依頼失敗、ダンジョン崩壊により撤退……か」
セイがエールを傾けながら呟いた。
「嘘は言ってないわよね」
「省略が八割だけどな」
「まあ、信じてもらえる範囲で」
アリアがお茶を飲みながら言った。
「受付嬢さん、変な顔してたわよね。『ダンジョンが崩壊?』って」
「まあ普通は崩壊しないからな」
「呆れたように、カイトさんのパーティーですもんね……と言って受理してくれましたけど」
メルがワインを一口飲んで苦笑した。
「あたしたちの評判、どうなってるのかしら」
リーナがエールのジョッキを置いた。
「『あのラッキーな奴のパーティー、ダンジョンを崩壊させて帰ってきた』って噂が広まってますよ」
「……もう普通じゃないことしかしてないわね、あたしたち」
リーナがため息をついた。
「普通だったことがあったか?」
「ないわね」
「ないな」
「ないですね」
「……ないなぁ」
カイトがエールを飲みながら最後に呟いた。
自覚はあるらしかった。
---
「ところで——勇者の因子がなくなったら、さすがにラッキーも減るでしょ?」
リーナが期待を込めて言った。
「因子がなくなったんだから、多少は変わるんじゃない?」
「そうだといいがな」
セイが呟いた。
「残念ですが、データは期待に応えてくれません」
アリアがノートをめくった。
「帰り道の記録です。転んだ先に薬草の群生地。蹴った石で蜂の巣が落ちてきて蜂蜜。寝返りで転がり落ちていった先に天然の温泉。帰り道だけで三件。頻度も内容も封印前と同等です」
「あの蜂蜜は美味しかったけどな」
「そういう問題じゃないのよ!」
リーナが叫んだ。
「変わんないの!? 全っ然変わんないの!?」
リーナが頭を抱えた。
「あたしたちの苦労は何だったのかしら……」
「苦労したのは事実ですが、ラッキーに助けられたのも事実です」
「それが一番腹立つのよ!」
「変わるわけないだろ。俺は俺だ」
カイトが笑った。
勇者の因子が封印された後も何も変わっていない。
ラッキーも、性格も、周囲の胃痛も。
---
「じゃあ、今日の依頼に行くか!」
カイトが立ち上がった。
「今日の依頼?」
「掲示板に面白そうなのがあったぞ。森の奥のモンスター討伐!」
リーナがため息をついた。
何度目かのため息だった。
だが——立ち上がった。
「……行くわよ。あんた一人にしたら、今度は何を掘り当てるか分かったもんじゃない」
「セイは?」
「行くしかないだろ。こいつ一人で行かせたら世界が変わる」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃない。実績がありすぎる」
「アリアは?」
「もちろんです。新しいデータが取れますから」
カイトが全員を見回した。
リーナ、セイ、アリア。
いつもの四人だ。
だが——テーブルにはもう一人、座っている。
「メルは?」
メルの顔が、ぱっと明るくなった。
「もちろん行きます!」
---
五人が掲示板の前に集まった。
五人——だ。
「改めまして……よろしくお願いします!」
メルが頭を下げた。
照れくさそうに笑っていた。
パーティーに一人、増えていた。
「メル、もう魔族のこと隠してないのか?」
「はい。もう隠しません。皆さんが受け入れてくれましたから」
「ギルドの受付嬢さんも、特に問題ないって言ってたわよね」
「冒険者に種族制限はありませんので、と」
アリアが補足した。
「父は無事に帰ってきました。魔王城から解放されて、今は村に戻っています」
「よかったな、メル」
「はい! お父さん、泣いてました。『メル! 反抗期は終わったのか!?』って」
「……反抗期?」
「あたし、魔王城を出る時に書き置きを残したんです。『旅に行ってきます』って。でもお父さんはそれを読んで——」
「反抗期の家出だと思ったのか!?」
「はい。『娘が家出してしまった!』って嘆いてたそうです」
「ポンコツは父親譲りだな……」
セイが呟いた。
「お母さんは?」
「『あらまぁ、おかえり』って言ってました。お母さんはいつも通りでした」
「……お母さんもなかなかだな」
「母は天然なんです。お父さんがポンコツで、お母さんが天然で——」
「あんたはポンコツの方ね」
「ひどいです!」
---
森の奥のモンスター討伐に向かった。
依頼自体は簡単なもので、すぐに終わるはずだった。
五人とロバ一頭。
「そういえばカイト、あのロバ買い取ったんだって?」
「おう! 一回ギルドに返したんだけど、やっぱり俺以外には懐かなかったらしくてな」
「懐かないって、どのくらい?」
「テコでも動かなかったらしいぞ。あ、でも餌だけはたらふく食べてたって」
「図太いわね……」
「で、俺が様子を見に行ったら飛び出すように駆け寄ってきてさ。ギルドの人が『もう格安でいいので買い取ってください』って」
「……結局あんたのところに来るのね」
「名前もつけたぞ! なあ、ラッキー!」
ロバが嬉しそうに鳴いた。
「……ラッキー?」
「だって、ラッキーで手に入れたからな!」
「ロバにラッキーって名前つけたの!?」
「パーティーの六人目だ!」
「ロバはパーティーメンバーに数えないわよ! しかもその名前!」
「記録します。パーティー構成——人間四名、魔族一名、ロバ一頭」
「アリア、それ正式な記録にしないで!?」
カイトが先頭を歩いていた。
いつも通り、根拠のない自信で。
メルがその隣を歩き、リーナがその後ろで目を光らせている。
そして、カイトがいつも通り道端の石に躓いて、草むらに転がり込んだ。
「いってぇ」
転んだまま前を見ると、なぜか地面から剣の柄が突き出ていた。
「……え」
カイトが剣を掘り返した。
古い剣だが——刀身が光を放っている。
「なんか出てきた」
「……は?」
全員が固まった。
カイトが剣を持ち上げた。
刀身が日の光を受けて、白く輝いた。
「え、何これ。きれいだな」
「……カイトさん、それ」
メルが目を見開いた。
「魔族の文献に載ってた剣に似てます。伝説の——」
「記録します」
アリアの声が震えていた。
「カイトが道端で転倒。地面から——伝説の剣を発掘。刀身の光り方と魔力量から推測すると、相当な年代物です。博物館に収められるレベルかもしれません」
「伝説の剣!? 転んだだけで!?」
「はい。転んだだけです」
「……勇者の因子が封印されたのに」
リーナが無言で拳を握りしめた。
握りしめて、握りしめて——力なく開いた。
「もう慣れた」
セイが天を仰いだ。
「勇者の因子との相関なし。これは天性の才能と結論します」
アリアがノートを閉じた。
「勇者の因子があってもなくても、カイトはカイトでした。世界の法則から外れた存在——それが結論です」
長い長いデータの蓄積が、ようやく一つの結論に辿り着いた。
「勇者って何だ? 俺はただの冒険者だぞ」
カイトが首を傾げていた。
伝説の剣を片手に、本気で不思議そうな顔をしていた。
「勇者じゃなくても、あんたは十分おかしいわよ」
「おかしいって何だよ」
「褒めてるのよ。たぶん」
---
「カイトさん!」
メルがカイトの腕にしがみついた。
「すごいですね! 転んだだけで伝説の剣が!」
「あ、ああ……近いな、メル」
「え? だって、パーティーの一員ですし! 父の恩人ですし!」
メルが顔を赤くしながら、離れなかった。
リーナの目が据わった。
「……ちょっと。距離近くない?」
「え? 近いですか?」
「近いわよ!」
「あたしは幼馴染よ。あんたよりずっと前からこいつの隣にいるの」
「でも、あたしもパーティーの一員ですから!」
「だからって腕にしがみつく必要ある!?」
「……恩人ですので!」
「恩人は関係ないでしょ!」
火花が散った。
恋のバトルのゴングが、静かに鳴った。
「……ん? なんか怒ってる?」
カイトが二人を見た。
カイトだけが何も気づいていなかった。
「「怒ってない!」」
二人同時だった。
カイトが首を傾げた。
セイがため息をつき、アリアがノートに書き込んだ。
いつもの光景が、そこにあった。
勇者の因子はもうない。
魔王もいない。
ナビゲーターは眠りについた。
でも——この少年は、何も変わらなかった。
冒険者は、あきらめなかった。
あきらめるのは——周りの方、かもしれない。
なんだかんだで、この少年と一緒にいると退屈しない。
胃は痛いが、退屈だけはしない。
それだけは——全員と一頭が認めていた。
これにて第三部、そして本編はこれにて終了となり、
カイトとパーティー「フォーチュン・カイト」の物語も終演となります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
……っが、実はまだあと1話あります。
よろしければ、ぜひそこまでお付き合いいただければ幸いです。
そして、「冒険者はあきらめない」シリーズの第4弾として新作の連載をはじめました。
「悪役令嬢が断罪されそうだったので観察していたら、国家レベルの陰謀だった ― 二つの婚約破棄」
https://ncode.syosetu.com/n7332mf/
新作の方も引き続き応援していただけると、とても嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。




