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無自覚主人公がやらかしました ― ダンジョンで殺されるはずだったのに、なぜか攻略してしまう  作者: 智信
第三部

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第34話 空の下で

 ヒーホー。


 鳴き声が聞こえた。


 カイトが仰向けのまま顔を横に向けると——ロバがいた。

 ダンジョンの入口で待っていたロバが、駆け寄ってきていた。

 尻尾を振って、カイトの顔をぺろぺろと舐めた。


「うわっ、くすぐったい!」


 カイトが笑った。


「お前、待っててくれたのか!」


 ロバがカイトにすり寄った。

 ダンジョンが崩壊しても、ここで待ち続けていたのだ。


「よしよし。もう大丈夫だ」


 カイトがロバの首を撫でた。

 ロバが嬉しそうに鳴いた。


「……ロバだけは本当に変わらないわね」


 リーナが寝転がったまま笑った。


「カイトにだけ懐くのも相変わらずだな」


 セイが起き上がりながら言った。


「記録します。ロバ、健在。ダンジョン崩壊にも動じず」


 アリアがノートを開いた。

 脱出直後でもう記録を再開している。


「もう記録してる……」


 メルが呆れた声を出した。


「カイトのラッキーも変わらなかったわね。勇者の因子が封印されたのに、ダンジョン崩壊を全部避けるって何なのよ」


「知らん。生まれつきだ」


「……もう突っ込む気力もないわ」


 リーナが空を見上げた。

 ダンジョンの中では見られなかった、当たり前の空だった。


「記録します。勇者の因子封印後もラッキーは健在。勇者の因子との相関は——なし。結論は後日」


 アリアが満足気にノートに書き込んだ。


「その結論、たぶん永遠に出ないぞ」


 セイが呟いた。


---


 しばらくして、全員がなんとか起き上がった。

 ダンジョンの跡地の前に座り込んでいる。


 ダンジョンの入口は瓦礫で完全に塞がれていた。

 もう中に入ることはできない。

 ナビゲーターが眠りについた場所も、祭壇も、なにもかもが——全て、瓦礫の下だ。

 あれだけ苦労したダンジョンが、跡形もない。


「なんか……不思議な感じだな。あんなに大変だったのに」


 カイトが瓦礫の山を見つめていた。


「大変だったのはこっちよ。あんたはラッキーで全部乗り切ったじゃない」


「そうだっけ?」


「そうよ!」


 リーナが拳を振り上げた。

 だが——すぐに力が抜けた。


「……終わったのね」


 リーナが呟いた。


「終わったな」


 セイが頷いた。


 メルが静かに泣いていた。

 声を上げない涙だった。

 安堵の涙だった。


 リーナが水筒を差し出した。


「……泣き虫ね」


「すみません……」


「泣くなとは言わないわよ。ただ、水飲みなさい。脱水で倒れたら意味ないでしょ」


 メルが水筒を受け取った。

 一口飲んで、また泣いた。


「……ありがとうございます、リーナさん」


「どういたしまして。あたしだって泣きたいわよ。あの脱出は心臓に悪すぎた」


---


「で、これからどうするんだ?」


 セイが話を切り出した。


「依頼は完了……なのか?」


「メルの父ちゃんが助かったなら、依頼完了だろ!」


 カイトが即答した。


「依頼内容は『呪いを解く力を持つ伝説のアイテムの回収』でした。アイテムは存在しませんでしたが——呪い自体は解けています。依頼の本質的な目的は達成されています」


 アリアが冷静に分析した。


「本質的な目的って……メルの父ちゃんの呪いを解くことか」


「はい。呪いは解けました。それが依頼の真の目的でした」


「じゃあ完了だな!」


「カイト、あんたほんと単純ね……」


 リーナがため息をついた。

 でも——口元が笑っていた。


「問題はギルドへの報告だな」


 セイが腕を組んだ。


「勇者と魔王のシステムとか——信じてもらえると思うか?」


「無理だろうな」


「無理ですね」


「無理ですよね……」


「無理だな!」


 四人同時だった。

 カイトだけが最後に、明るく同意した。


「普通に『ダンジョンが崩壊したので撤退した』でいいんじゃないか。事実だし」


 セイが提案した。


「アイテムは見つからなかった。ダンジョンは崩壊した。依頼は失敗。それでどうだ」


「失敗かぁ。そうすると報酬はなしになるなぁ」


 カイトが呑気に言った。


「報酬は……あたしがお支払いします! 依頼主ですから!」


 メルが言った。


「いいよ、報酬なんて」


「ダメです! 依頼を受けていただいたんですから!」


「メルさんの言う通りです。報酬はいただくべきです。依頼の本質的な目的は達成されていますから。……個人的には、データの価値だけでも相当ですが」


 アリアが頷いた。


「アリアはやっぱりアリアなのね……」


 リーナがため息をついた。


「ま、報酬の話は帰ってからでいいだろ。それよりギルドへの報告だ。嘘は言ってないわよね……省略してるだけで」


「省略が八割くらいあるけどな」


 セイが苦笑した。


「勇者とか魔王とか駄女神とか……言ったところでな」


「信じる人がいたら、その人の方が心配です」


 アリアが真顔で言った。


「ナビゲーターのことも言えないの?」


 メルが聞いた。


「言わない方がいいだろう。あいつの存在を証明する手段がない」


「……そうですね。でも、あたしたちは覚えてますから」


 メルが微笑んだ。


「ああ。忘れるわけないだろ」


 カイトが言った。


---


 メルが立ち上がった。

 全員の前に立った。


 そして——深く、お辞儀をした。


「本当に……ありがとうございました」


 声が震えていた。


「あたしは皆さんを殺そうとしました。罠を仕掛けて、騙して、嘘をついて。それなのに——皆さんは、あたしを許してくれました。仲間にしてくれました。ここまで連れてきてくれました」


 メルが顔を上げた。

 涙で濡れた顔だったが——笑っていた。


「お父さんが助かったのは、皆さんのおかげです。カイトさんが祭壇に触れてくれなかったら。リーナさんがあたしの嘘に気づいてくれなかったら。セイさんが冷静に判断してくれなかったら。アリアさんが分析してくれなかったら。そしてナビゲーターさんが案内してくれなかったら——」


「メル」


 カイトが遮った。


「長い」


「え!?でも——」


「仲間だからな」


「……はい」


「おう! また困ったことがあったら言えよ!」


 カイトが笑った。

 いつもの笑顔だった。

 勇者でも何でもない、ただの冒険者の笑顔だった。


「…………はい!!」


 メルが笑った。

 今度は、泣いていなかった。


「よかったわね、メル」


 リーナが隣に来た。


「リーナさん……」


「あんたのお父さんは助かった。嘘は全部終わった。もう泣かなくていいのよ」


「……はい。もう、泣きません」


「まあ、あんたの場合すぐ泣くだろうけどね」


「ひどいです!」


 メルが笑いながら抗議した。

 リーナも笑った。


---


「さて、帰る——」


 セイが立ち上がろうとして、膝が笑った。


「……無理だ。体が動かない」


「あたしも……もう一歩も歩けないわ」


 リーナがその場に座り込んだ。


「魔力も体力も記録用以外はゼロです。今動いたら倒れます」


 アリアが冷静に自己診断した。


「じゃあ今日はここで野営だな!」


 カイトだけが元気だった。


「あんただけよ、元気なのは……」


「ラッキーだからな!」


「それ関係ないわよ!」


 ロバがカイトの隣で座り込んだ。

 ロバも疲れているようだった。

 いや——カイトの隣が居心地いいだけかもしれない。


 カイトが手際よく焚き火の準備を始めた。

 マジックバッグから残りの食料を取り出す。


「なあ、メル」


 カイトが焚き火に薪をくべながら言った。


「お前の父ちゃんに、一回会ってみたいな」


「え? お父さんに会いたいんですか?」


「だって、メルの父ちゃんだろ。どんな人か気になるじゃん」


 メルが目を丸くした。

 そして——嬉しそうに笑った。


「はい! きっとお父さんも喜びます!」


「……魔族の村長に会いたいって、普通言う?」


 リーナが呟いた。


「カイトに普通を求めるのはもうやめた方がいいぞ」


 セイが苦笑した。


 焚き火の炎が揺れていた。

 五人とロバ一頭。

 ダンジョンの跡地の前で、最後の夜を過ごしている。


「あの」


 メルが声を上げた。


 全員が振り返った。


「一つ、お願いがあるんですけど」


「何だ?」


 カイトが聞いた。


 メルが、深呼吸をした。

 顔が赤かった。

 でも、目はまっすぐだった。


「あたしは戦えません。魔法も使えません。罠を仕掛けるのはもうしません」


「当たり前よ」


「でも——声で援護することはできます。皆さんの役に立ちたいんです」


 メルが、全員の顔を見た。


「あたしも——皆さんのパーティーに、入れてもらえませんか」

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