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無自覚主人公がやらかしました ― ダンジョンで殺されるはずだったのに、なぜか攻略してしまう  作者: 智信
第三部

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第32話 封印

「触れた者だけが、システムを終わらせることができる」

―― 祭壇

 カイトが祭壇に触れた。


 何も起きなかった。


「……あれ?」


 カイトが首を傾げた。


『あ、すみません。一つ忘れていました』


「……何?」


『祭壇に触れる際に、システムコードを音声入力する必要があります』


「システムコード!?」


 リーナが叫んだ。


「今さらそんなの出てくるの!?」


『駄女神の仕様です。申し訳ありません』


「で、そのシステムコードって何なんだ?」


『——「冒険者はあきらめない」です』


 全員が固まった。


「……それ、本当なのか?」


 セイが聞いた。


『はい。本当です。冗談ではありません』


 ナビゲーターの声は真剣だった。

 いつもの毒舌の気配が一切なかった。


「……分かった」


 カイトが頷いた。

 祭壇に触れた。

 ——大きく息を吸い、そしてその言葉を告げた。


「冒険者はあきらめない!!」


 声が、最深部に響いた。


 ——祭壇が光った。

 蒼い光が溢れた。

 祭壇から、光の柱が天井に向かって立ち上った。

 広間全体が光に包まれた。

 壁面の古代文字が、一斉に輝き始めた。


 そして——世界から声が響いた。

 ナビゲーターの声ではない。

 世界そのものの声だった。


<<触れた者だけが、システムを終わらせることができる——勇者と魔王のシステムを封印します>>


 その声はダンジョン全体にあまねく響き渡った。

 壁が震えた。

 床が震えた。

 天井が震えた。

 最深部から上層まで、全ての階層に響いている。


「始まった……!」


 セイが呟いた。


<<勇者の因子——封印完了>>


 カイトの体が一瞬光った。

 淡い光が体の輪郭に沿って流れ、祭壇に吸い込まれていった。

 何かが体から抜けていくような感覚があった。


「うーん、なんも変わらないなぁ」


「カイト、大丈夫!?」


 リーナが駆け寄ろうとした。


「大丈夫だ。なんともない」


 カイトが手を振った。

 本当に何ともない顔をしていた。


 リーナが小さく息を吐いた。

 ほっとした顔を、慌てて隠した。


『勇者の因子は封印されました。もう勇者ではありません』


「俺、元からただの冒険者だけどな」


 カイトが笑った。

 何も変わっていない顔だった。


「勇者じゃなくなっても、全然変わらないわね……」


「変わるわけないだろ。俺は俺だ」


---


<<対となる魔王の拘束とその存在を——解除します>>


 メルが息を飲んだ。


「お父さん……!」


 ダンジョン全体が震えた。

 最深部だけではない。

 下層も、中層も、上層も——ダンジョンの全ての階層が揺れていた。


<<魔王登録者の拘束を解除、魔王としての存在を解除>>


 一つ一つの言葉が、空気を震わせていた。

 蒼い光が、少しずつ弱くなっていった。

 壁面の古代文字が、一つ、また一つと消えていく。


<<システムを休眠状態に移行します>>


 最後のアナウンスが響いた。

 そして——静寂が訪れた。


 その静寂の中にナビゲーターの声が響いた。


『解除完了。魔王登録者は——自由です』


 メルの膝が崩れた。


「父さんが……解放された……?」


『はい。拘束は解除されました。お父様は、もう魔王城から出られます』


 メルが泣いていた。

 声を上げて泣いていた。

 だが——さっきまでの絶望の涙とは、まるで違った。

 嬉しくて、安堵して、全部が溢れ出したような涙だった。


「よかった……よかった……!」


 何度も何度も繰り返していた。

 床に崩れ落ちたまま、両手で顔を覆って泣いていた。


「お父さん……もう、大丈夫なんだ……!」


「よくわかんねえけど、うまくいったっぽいな!」


「空気読め!」


 リーナが叫んだ。

 でも——目が赤かった。

 泣きそうな顔を、怒った顔で隠していた。


「記録します。勇者と魔王のシステム、封印完了。魔王の拘束、解除完了」


 アリアの声も震えていた。

 ノートに書き込む手が震えている。

 それでも記録を止めなかった。


「……終わったのか」


 セイが呟いた。

 大剣を背に負い直した。

 戦う相手は、もういなかった。

 ダンジョンに入ってから——ずっと、何かと戦い続けてきた。

 それが、終わった。


---


『……ありがとうございます』


 ナビゲーターの声がした。

 祭壇の上に立っていた小さな妖精が、全員を見下ろしていた。


『勇者様。いえ——冒険者様』


「冒険者でいいよ。そっちの方がしっくりくる」


『はい。冒険者様。長い間、お待たせしました——ずっと、この時を待っていました』


「ペットにされてた期間も含めて?」


 リーナが聞いた。


『……やめてください、最後くらい格好をつけさせてください』


「最後?」


『はい。システムの封印が完了しましたので——私も、封印と共に元に戻ります』


 全員が黙った。


「元に戻るって……消えるのか?」


 カイトが聞いた。


『消滅ではありません。封印の管理者として、またその管理に戻るだけです』


「じゃあ、また封印が解けたら会えるのか?」


『理論上は。ですが、今度こそ封印を解く方がいないことを祈ります。また魔王という被害者を生み出したくありませんからね。それに——駄女神の仕様にはもう付き合いたくありませんので』


 全員が少しだけ笑った。

 笑いたくないのに、笑ってしまった。


「でも……それは、もう会えないってことだろ」


『はい。おそらく』


 静寂が落ちた。


「ナビゲーター……」


 メルが涙を拭きながら呼んだ。


「ありがとうございます。あなたがいなかったら、ここまで来れませんでした」


『……ナビゲーターとしての仕事ですので。感謝には及びません』


「それ、仕事じゃないですよね。前にも言いましたけど」


『……前にも言われましたね。気のせいです。前も、今も』


「気のせいじゃないですよ。ナビゲーターさんは——優しい方です」


『……そういうことを言われると、別れにくくなります』


 最後まで、毒舌で、抑揚がない、いつものナビゲーターだった。


「ナビゲーター」


 カイトが言った。


「お前、いい奴だったな」


「禁則事項だらけで面倒だったけどね」


 リーナが笑った。


「データを取りきれなかったのが心残りです」


 アリアが呟いた。


「短い間だったが……頼りになった」


 セイが言った。


「ナビゲーターさん……ありがとうございました」


 メルが頭を下げた。


『……皆さんも。いい冒険者でした』


 ナビゲーターの体が、蒼い光に包まれた。

 その姿がゆっくりと薄れていく。


『最後に一つだけ——』


 薄れていく声が言った。


『皆さんと一緒に冒険できて、楽しかったです。これは禁則事項ではありません。私の——本音です』


 カイトが笑った。

 メルが泣いた。

 リーナが唇を噛んだ。

 セイが目を閉じた。

 アリアがノートを握りしめた。


『さようなら。冒険者様』


 光が消えた。

 祭壇の上には、もう誰もいなかった。

 小さな妖精がいた場所に、蒼い光の粒だけが漂っていた。

 それも、ゆっくりと消えていった。

 最後の一粒が消えるまで、誰も動かなかった。


「……行っちまったな」


 カイトが呟いた。

 祭壇の上を見つめていた。

 さっきまでナビゲーターが立っていた場所を。


「ああ。……いい奴だったな」


 セイが空になった祭壇を見上げた。


「毒舌で、禁則事項だらけで、ペットにされてて——でも、あいつがいなかったらここまで来れなかった」


 リーナが言った。


「眠っただけよ。消えたんじゃない。だから——泣かない」


 自分に言い聞かせるような声だった。

 目は赤かったが、涙は流さなかった。


「記録します。ナビゲーター——封印と共に、眠りにつく」


 アリアがノートに最後の一行を書き込んだ。

 その手が震えていた。


「……そうですね。きっと、また」


 メルが微笑んだ。

 涙で濡れた顔で、微笑んでいた。


<<システムの休眠状態への移行が完了しました>>


 その時——足元から、低い振動が伝わってきた。

 ダンジョンが揺れた。

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