第31話 勇者と魔王のシステム
「さあ勇者よ! ——って、え、俺が?」
―― 勇者覚醒
「誰かが悲しむ勇者なんてもんは、いらねえよ」
―― システムの封印
ナビゲーターが床から飛び上がった。
小さな羽が蒼い光を受けて輝いている。
そして、祭壇の上に、ふわりと降り立った。
「え——飛べたの!?」
リーナが叫んだ。
「飛べないって言ってたじゃない! 羽は飾りだって!」
『はい。今まではそうでした。ですが——祭壇の封印が解けた今、能力の制限が外れました』
ナビゲーターが祭壇の上に立ち、全員を見下ろした。
小さな体だが、蒼い光を背負ったその姿には——威厳があった。
『改めて、自己紹介をさせてください』
ナビゲーターの声が、最深部に響いた。
『私は——勇者と魔王のシステムの、封印を管理する者です』
「……封印の管理者?」
セイが聞き返した。
「ナビゲーターって名前じゃなかったの?」
『あれは仮の名前です。正式な名称は——長すぎるので、引き続きナビゲーターとお呼びください』
「結局ナビゲーターなのね……」
リーナが呆れた声を出した。
『では、お話しします。遥か昔——この世界を作った女神が、お遊びで一つのシステムを作りました』
「女神が?」
セイが眉をひそめた。
『はい。女神はJRPGというものにハマったらしく——勇者と魔王のシステムを作りました。勇者の因子を持つ者が現れると、対になる存在として魔王が覚醒する。魔王は人類を脅かし、勇者は魔王を倒す——そういう仕組みです』
「JRPG? 何だそれ」
カイトが首を傾げた。
『私にも分かりません。女神の記録にそう書いてありました。ともあれ、女神はこのシステムで何度か「勇者と魔王の物語」を楽しみました。ですが——飽きたのです』
「飽きた!?」
『はい。飽きて、封印しました。私はその封印を管理するために設置されました。そして、システムと一緒に、このダンジョンに封じられたのです』
「それが数百年前?」
『はい。数百年間、誰も来ませんでした。ところが——ある日、何者かが封印を解いてしまいました』
「何者かって……誰が?」
『分かりません。私はモンスターに捕まっていましたので……確認できませんでした』
「封印を管理する存在が、ペットにされてたの?」
リーナが呆れた。
『……否定できません』
「でも、誰かが封印を解いたのは確かなのよね。心当たりは——」
「メルさんが言ってた、洞窟の情報をくれた冒険者かもしれませんね」
アリアが呟いた。
『いずれにせよ、封印が解け、システムが再起動しました。勇者の因子が発現し——対になる魔王が覚醒しました』
メルが体を震わせた。
「お父さん……」
『はい。メルさんのお父様が、魔王として覚醒しました。システムによって魔王城に拘束されています』
「拘束って……解放する方法はあるのか?」
セイが聞いた。
『あります。ただし——順を追って説明させてください』
『本来なら魔王には人類を侵略する本能が植え付けられるはずでした。しかしシステムは数百年間メンテナンスされていなかったため、その機能が壊れています。お父様が温厚なままなのは、そのためです』
「メンテナンスもせずに放置って……」
「駄女神だな」
セイとカイトが同時に呟いた。
『全くその通りです』
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『そして——もう一つ。お伝えしなければならないことがあります』
ナビゲーターがカイトを見た。
『祭壇は、勇者にしか反応しません。先ほど祭壇に触れて光が灯ったということは——この方が、勇者の因子を持つ者です』
静寂が落ちた。
「……え?」
カイトが自分の顔を指差した。
「俺が?」
『はい。あなたが勇者です』
「勇者って……あの、勇者?」
『あの、勇者です』
「いや、俺ただの冒険者なんだけど……」
「……本当に、勇者だったの……」
メルが呆然とした顔でカイトを見ていた。
「カイトが勇者……」
リーナが呟いた。
「あの壁を壊して隠し通路に落ちた奴が、勇者?」
「上層の扉も適当に触って開けた奴が?」
セイが続けた。
「統計的にありえない幸運の持ち主が、勇者の因子を持っていた。……なるほど。因子の影響だったのですか」
アリアがノートに書き込みながら呟いた。
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『では——こほん』
ナビゲーターの声が、突然変わった。
抑揚のない声が、芝居がかったトーンに一変した。
『さあ勇者よ! 今こそ立ち上がる時です!』
「さあ勇者よって——え、俺が?」
『魔王は世界を脅かす存在! 勇者の使命は魔王の討伐! 剣を取り、旅立つのです! 世界を救うために!』
「……なんか急にノリが変わったな」
セイが呟いた。
「テンプレートですね。古典的な」
アリアが眼鏡を押し上げた。
『……すみません。本来なら勇者の因子が発現した時に、世界から自動でアナウンスされる仕様なのですが。メンテナンス放置の影響で機能しておらず、仕方なく私が代読しました。私の趣味ではありません』
「駄女神の趣味か……」
『はい。駄女神の趣味です』
「ナビゲーター、もう駄女神って隠さないのね」
『禁則事項が解除されましたので。遠慮する理由がありません。ちなみに、このシステムの仕様では——勇者が魔王を倒すか、魔王が勇者を倒すか。どちらかが起きない限り、魔王は拘束から解放されません』
「……つまり、どっちかが死なないと終わらないってことか?」
セイが聞いた。
『本来の仕様では、そうです』
だが——メルの顔から血の気が引いていた。
「魔王の……討伐……?」
メルの声が震えていた。
「お父さんを……殺す……?」
広間が静まった。
メルの父は魔王だ。
温厚で、ポンコツで、娘の家出を反抗期だと思って嘆いている、あの父だ。
それを——勇者が討伐する。
「そんなの——」
メルが立ち上がった。
「そんなのダメ!!」
叫んだ。
涙が止まらなかった。
「お父さんは悪い人じゃない! ただ閉じ込められてるだけなの! 殺さないで!」
全員が黙った。
ナビゲーターも黙った。
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「……誰かが悲しむ勇者なんてもんは、いらねえよ」
カイトが言った。
静かに。
はっきりと。
「俺は魔王なんか倒さない。そんなシステム、ぶっ壊す」
メルが顔を上げた。
リーナが目を見開いた。
セイが息を吐いた。
アリアがノートに書き込んだ。
ナビゲーターが——笑った。
抑揚のない声に、初めて明確な感情が滲んだ。
『……待ってました。その言葉を』
「は?」
『実はですね——このシステム、再封印できるんですよねぇ』
「……は!?」
「最初から言えよ!!」
リーナが叫んだ。
『禁則事項で——と言いたいところですが。正確には、勇者自身が討伐を拒否しない限り、再封印の選択肢はお伝えできない仕様なんです。勇者が「討伐しない」と宣言して初めて、別の道が開かれます』
「なんだその仕様……」
セイが天を仰いだ。
『駄女神の設計ですので。ツッコミは受け付けておりません』
「なあ、その駄女神ってどこにいるんだ? ぶっ飛ばしてやりたいんだけど」
『禁則事項により——というのは冗談です。私もぶっ飛ばしたいです』
「ナビゲーターが冗談言った……!」
メルが涙を流しながら、驚いていた。
『冗談ではなく本音です』
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『勇者がもう一度祭壇に触れれば、システムを再封印できます。勇者の因子も、魔王の拘束も——全て解除されます』
「全て……解除?」
『はい。メルさんのお父様も、解放されます』
メルの目から、新しい涙がこぼれた。
さっきまでの絶望の涙とは違う。
「お父さんが……助かるの……?」
『はい。再封印が完了すれば、魔王の拘束は解除されます。お父様は自由になります』
「じゃあ、やる」
カイトが即答した。
「カイト、ちょっと待って——」
「何を?」
「因子を封印するって……あんたの力がなくなるかもしれないのよ?」
「ラッキーのことか? 別にいいだろ。そんなもんなくても俺は俺だ」
「……あんたって奴は」
リーナが額を押さえた。
でも——笑っていた。
「やれ。カイト」
セイが短く言った。
それだけで十分だった。
「記録します。歴史的瞬間です」
アリアがノートを構えた。
「カイトさん……!」
メルが涙を拭いた。
何度目かの涙だった。
だが、今度の涙は——さっきとは違った。
カイトが祭壇に向き直った。
蒼い光がカイトの顔を照らしていた。
いつもと同じ顔だった。
勇者だと言われても、何も変わらない。
ただの冒険者の顔で、まっすぐに祭壇の前に立っていた。
祭壇に、手を伸ばす。
「行くぞ」




