第29話 道が開く
『では、あちらが……』
「ちょっと待った!」
リーナが叫んだ。
「休憩! 休憩させて! あたしたち今ボスと死闘を繰り広げたばっかりなのよ!?」
『……失礼しました。疲労という概念がありませんので、配慮が足りませんでした』
「配慮が足りないどころじゃないわよ!」
「まあまあ。俺は元気だけど——」
「あんただけよ!」
広間の隅に腰を下ろした。
全員がへたり込むように座った。
カイトだけが平然としていたが、リーナに睨まれて大人しく座った。
ボス戦の疲労が残っていた。
全員が体を引きずるような状態だった。
「アリア、魔力は?」
「ほぼ空です。回復魔法も無理です。すみません」
「謝ることじゃないわよ。あの最後の一発がなかったら倒せなかった」
リーナが言った。
「セイは? 腕、大丈夫?」
「問題ない。大剣は振れる」
「メルは?」
「私は戦ってないので……水を配りますね」
メルが水筒を差し出し、それを全員で回し飲みした。
広間の壁にもたれたり、床に座ったり、しばらく誰も喋らなかった。
「……考えてみたら、結構、すごいことやってきたわよね、あたしたち」
リーナがぽつりと言った。
「上層の罠を全部抜けて、強制転移で何回も飛ばされて、中層でモンスターと戦って、壁壊して分断されて——」
「上層の罠は私の罠ですけどね……」
メルが小さく手を挙げた。
「それは忘れてないわよ」
「合流して、下層に降りて」
「あ、ナビゲーターも助けました」
セイが続けた。
「ゴーレムを四体倒して、壁画から鍵を取り出して、ボスを倒して」
アリアが指折り数えた。
「……よくここまで来ましたね」
メルが小さく呟いた。
「カイトのラッキーがなかったら、半分も来れてないわよ」
「ラッキーだけじゃないだろ。みんながいたからだ」
カイトが笑った。
珍しく、まともなことを言った。
「……たまにいいこと言うわね」
「たまにって何だよ」
「記録します。カイトがまともな発言をした件。これも珍しいケースです」
「アリア、それも記録するの!?」
「珍しいことは記録する主義です」
『同意します。珍しいので』
「ナビゲーターまで……」
全員が笑った。
広間にしばらく笑い声が響いていた。
しばらく休んで、息が整った。
「……よし。行けるわ」
リーナが立ち上がった。
「よし、行くか!」
カイトが立ち上がった。
ナビゲーターの案内で、下層の最奥に向かった。
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下層の最奥には巨大な扉があった。
中層の封印の扉よりもさらに大きい。
天井いっぱいに広がる石の扉。
その表面に、三つの鍵穴が刻まれていた。
「これが最深部への扉か」
セイが見上げた。
「でかいな……」
カイトも見上げた。
「でかいしか言えないの?」
「でかいものはでかいだろ」
リーナがため息をついた。
『三つの鍵穴に、それぞれの鍵をかざしてください。順番は問いません』
「順番がないのは助かるわね。カイトのラッキーに頼らなくても大丈夫ってことだし」
「俺のラッキー、そんなに嫌なのかよ……」
「嫌よ」
「嫌だな」
「嫌です」
「嫌ですね」
四人同時だった。
カイトが肩を落とした。
『私も同意見です』
「ナビゲーターまで!?」
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カイトが三つの鍵を取り出した。
封印の鍵。探索の鍵。勇気の鍵。
それぞれが淡く光っている。
「よし。入れるぞ」
一つ目の鍵穴に、封印の鍵をかざした。
鍵が吸い込まれるように穴に入った。
扉の表面に、光の筋が一本走った。
二つ目。探索の鍵。
光の筋がもう一本。
三つ目。勇気の鍵。
三本の光の筋が扉の表面で交わった。
扉全体が光に包まれた。
ゴゴゴゴゴ——
重く、深い音が下層全体に響いた。
扉がゆっくりと左右に開いていく。
扉の向こうに——長い、長い下り階段が見えた。
「開いた……!」
メルが声を上げた。
「最深部への道だ」
セイが呟いた。
「記録します。三つの鍵による大扉の開錠に成功。ここまでの道のり——長すぎて、正直もう分かりません」
「アリア、記録することは忘れないのね……」
「記録は記録です。疲労とは関係ありません」
アリアの手はまだ震えていた。
魔力を使い切った後遺症だった。
だがノートを持つ手は止まらない。
開いた扉の向こうから、冷たい風が吹き上がってきた。
長い下り階段が、暗闇の中に続いている。
今までのどの通路とも違う。
空気の重さが、桁違いだった。
「……いよいよね」
リーナが扉の先を見つめた。
「ああ。行こう」
セイが頷いた。
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『ここから先は、私にも分かりません』
ナビゲーターが言った。
「禁則事項?」
『いいえ。禁則事項ではなく——本当に分かりません。最深部に入るのは、私も初めてです』
「ナビゲーターでも初めてなのか」
『はい。最深部にはこの扉を開かなければ入れません。そして三つの鍵を揃えた方は——おそらく、皆さんが初めてなはずです』
「おそらく?」
『私はほとんどの期間、モンスターに捕まっていましたので……確認はできていません』
「ペット時代が長すぎるわよね……」
リーナが呟いた。
『……その呼び方はやめていただきたい。事実ですが、傷つきます』
「ごめんって……」
全員が少し笑った。
緊張がほぐれた。
「……さて」
セイが階段の先を見た。
「ここまで来たんだ。立ち止まる理由はない。行こう」
「うん。行くぞ!」
カイトが先頭に立った。
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長い階段を降りていく。
「なんか……ピリピリする」
『鋭いですね』
「ナビゲーター、それって——」
『禁則事項です』
「もう、そのパターンばっか」
『ナビゲーターですので、申し訳ありません』
リーナが苦笑した。
「しかし、長いな……どこまで続くんだ?」
セイが歩きながら呟いた。
「深さから推測すると、下層のさらに倍は下っています」
「倍!?」
アリアが記録を続けている。
疲れていても手が止まらないのは、学者の性だった。
「……カイトさん」
メルが小さな声で呼んだ。
カイトの隣を歩きながら、前を見たまま。
「ん?」
「お父さんを……本当に助けられるんでしょうか」
メルの声が揺れていた。
「最深部に行けば分かるって、ナビゲーターは言ってくれました。でも……本当に方法があるのか、分からなくて……」
カイトは前を向いたまま答えた。
「助けるさ。俺たちが来たのは、そのためだろ」
「……でも、もし何もなかったら?」
「そん時はまた別の方法を探す。冒険者はあきらめないからな」
メルが黙った。
しばらく、足音だけが続いた。
「……あの」
「ん?」
「……ありがとうございます。あなたを殺そうとしたのに」
「まだ気にしてたのか?」
「一生気にしますよ。当然です」
「大袈裟だな。もう仲間だろ。仲間のことはいちいち気にしないもんだ」
メルが小さく笑った。
泣きそうな、でも笑っている顔だった。
「お前の父ちゃん、絶対助けるから。任せとけ」
「……はい」
リーナが後ろから見ていた。
何も言わなかった。
ただ——少しだけ、歩く速度を落としていた。
「あの子、笑えるようになったわね」
リーナが小声で呟いた。
その目は、カイトの隣で笑うメルと——いつもと同じ背中のカイトを、交互に見ていた。
「……まったく」
呆れたような、でも嬉しそうな声だった。
「リーナ、わざと遅れてるだろ」
セイが小声で言った。
「うるさい。黙ってなさいよ」
「了解」
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階段の先に——蒼い光が見えた。
微かな、しかし確かな光。
最深部からの光だった。
『……見えますか』
ナビゲーターの声が、かすかに震えているように聞こえた。
「蒼い光?」
『はい。あの光の先が——最深部です』
カイトが立ち止まった。
振り返って、全員を見た。
全員が並んだ。
「行くか」
「行くわよ」
「行きましょう」
「行きます」
「行く!」
蒼い光に向かって、最後の階段を降りていった。
五人の足音が、一つになっていた。




