第28話 勇気の鍵
「弱点は頭部です。禁則事項ではありません。私の観察です」
―― ボスモンスター
ナビゲーターの案内で、下層の奥へと進んでいく。
通路は次第に狭くなり、空気がさらに重くなっていた。
「ナビゲーターがいなかったら、ここまで来れなかったわよね」
リーナが呟いた。
「……案内がなかったら、今ごろまだ鍵の場所も分からずに彷徨ってるわ」
「それはそれで楽しそうだけどな」
「楽しくないわよ!」
『ちなみに、中層の正規ルートを辿ることで情報が手に入る設計です』
「前に言ってた通常のルートか。あっちを通ってたら情報が手に入ったってことか?」
『はい。ただし、中層を隅々まで探索する必要があります。皆さんなら最低で二日はかかります』
「ショートカットしたから情報なしで来てるってことか」
セイが苦笑した。
『その通りです。不便をおかけしています』
「不便っていうか……ナビゲーターがいなかったら詰んでたわね」
「まあ、いるから大丈夫だろ!」
カイトが笑った。
『……ナビゲーターとしての仕事ですので。感謝には及びません』
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通路の先が開けた。
目の前に広い空間が広がっていた。
天井が高い。
中層や下層の通路とは比べものにならない広さだった。
「……広間か」
セイが大剣の柄に手をかけた。
広間の中央に、何かがいた。
暗がりの中に、巨大な影が蹲っている。
今まで戦ったモンスターとは桁が違う。
人型だった。
だが、人間の三倍はある巨体。
灰色の体表に覆われた太い腕と脚。
背中の突起が天井近くまで伸びていた。
「……でかい」
リーナの声が震えた。
「あれが、勇気の鍵を守ってるモンスターか」
セイが呟いた。
『はい。勇気の鍵は、あのモンスターが守っています。倒すか、奪うか。どちらにせよ——勇気が必要です』
「あいつ、名前とかあるのか?」
カイトが聞いた。
『禁則事項です』
「何か分かることはないのか?」
セイがナビゲーターに尋ねた。
『戦闘になれば、観察はします』
「ま、期待せずにいるよ」
「よし! 行くぞ!」
カイトが走り出した。
「待ちなさい! 作戦を——」
リーナが叫んだ。
が、カイトはもう広間の中に踏み込んでいた。
「……行っちゃった」
「いつものことだ。追うぞ」
セイが大剣を抜いて走った。
リーナとアリアが続く。
メルがナビゲーターを肩に乗せたまま、壁際に退避した。
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カイトが広間に足を踏み入れた瞬間——巨大なモンスターが目を開けた。
赤い目が二つ、暗がりの中で光った。
唸り声が広間全体を震わせた。
モンスターが立ち上がった。
地響きが走った。
「でかすぎる——!」
セイが正面から斬りかかった。
大剣が体表に当たり、火花が散った。
下層のモンスターよりさらに硬い。
「通らない!」
「体表が分厚いんだ! 中層の連中とは段違いだぞ!」
モンスターが拳を振り下ろした。
石の床を叩き割るほどの一撃。
セイが横に跳んで避けた。
床に亀裂が走る。
「一発でも食らったら終わりだ!」
リーナが側面に回り込んだ。
メイスを全力で叩きつける。
ガン——重い音がした。
効いてはいる。
だがモンスターは微動だにしなかった。
「メイスでもこの程度!? 今までで一番硬い!」
カイトが反対側から剣を振るった。
体表を擦っただけで、傷にもならなかった。
「俺の剣じゃ全然ダメだ!」
アリアが後方から魔法を撃ち込んだ。
炎がモンスターの背中に当たる。
モンスターが怒りの咆哮を上げた。
「魔法は効きます! でも体が大きすぎて、ダメージが足りません!」
「削っても削っても終わらないぞ!」
セイが大剣を振るい続ける。
リーナがメイスを叩きつけ続ける。
カイトが走り回ってモンスターの注意を引く。
アリアが魔法を撃ち続ける。
それでも、モンスターの動きが鈍る気配がない。
モンスターが腕を薙ぎ払った。
広間の壁が砕けた。
破片が飛び散る。
「危ない!」
セイがリーナを引っ張って避けた。
アリアが魔法の壁で破片を弾いた。
「このままじゃ広間ごと壊される!」
「あいつ、全然弱ってない!」
モンスターはカイトに狙いを定めていた。
周囲をひたすら走り回るカイトに、攻撃を繰り返している。
だが——モンスターの攻撃は、なぜかカイトには一度も当たらなかった。
拳が空を切る。
腕の薙ぎ払いが頭上を通過する。
突進がすれすれで逸れる。
「なんで当たらないのよ!」
「知らん! 知らんが避けられる!」
「それがラッキーなのよ!」
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戦闘が長引いていた。
全員の消耗が激しい。
アリアの魔力が底を突きかけている。
「アリア、あとどのくらい保つ?」
「大きな魔法は——あと二、三発が限界です」
「このままじゃジリ貧だ。どこかに弱点があるはずなんだが——」
セイが歯を食いしばった。
その時——カイトが足元の瓦礫を拾い上げた。
「もう何でもいい!」
なりふり構わず、モンスターに向かって投げつけた。
石はカイトの狙いとは大きく逸れ、モンスターの頭の横を通過した。
モンスターが——大袈裟に頭を庇った。
あれだけの巨体が、小さな石一つで身を縮めた。
『……今のを見ましたか』
ナビゲーターの声がした。
メルの肩から、戦場をじっと見つめている。
『体への攻撃には微動だにしなかったのに、頭部の近くを石が通っただけで大袈裟に避けました。頭部の体表だけ色が違います。弱点は頭部です』
「頭部!?」
セイが叫んだ。
『禁則事項ではありません。私の観察です』
「ナビゲーター、よく見てたな!」
『戦闘に参加できない分、観察はできます』
「今それに感動してる場合じゃないわよ! 頭部って、あの高さまでどうやって届くのよ!?」
リーナが叫んだ。
モンスターの頭は天井近くにある。
普通に剣を振っても届かない。
「普通に考えて無理よ! あの高さは!」
「普通じゃないのが一人いるだろ」
セイがカイトを見た。
「カイトさん! 攻撃の直後に隙があります!」
メルが叫んだ。
壁際から戦場を見ていたメルが、モンスターの動きの癖を読んでいた。
「拳を振り下ろした直後に、体が前に傾きます! その時だけ頭が下がります!」
「メル、よく見てるな!」
「叫ぶことしかできませんけど……!」
「それで十分だ!」
カイトがモンスターの正面に回った。
モンスターの赤い目がカイトを捉えた。
モンスターが拳を振り下ろした。
床が砕けた——その反動で巨体が前のめりに傾いた。
頭が下がった。
「今!」
メルの声が響いた。
セイが走った。
崩れた瓦礫を足場にして跳んだ。
下がった頭が、目の前にあった。
大剣を全力で叩きつけた。
体表に食い込んだ——が、浅い。
薄いとはいえ、一撃では仕留められなかった。
「浅い——! でも入った!」
モンスターが絶叫した。
暴れ始めた。
巨体が揺れる。
「離れて!」
セイが瓦礫から飛び降りた。
間一髪だった。
モンスターの腕が、セイがいた場所を薙ぎ払った。
「無事!?」
「なんとかな!」
モンスターが暴れている。
だが——頭部の傷口から、血が流れていた。
今まで何度斬っても、何度殴っても、一滴も流れなかった血だ。
初めて、このモンスターに確かな傷を負わせた。
動きが明らかに鈍っていた。
リーナがメイスを握り直した。
傷口が開いている。
今なら——。
「アリア! 最後の一発、あそこに!」
「——了解!」
アリアが残りの魔力を全て注ぎ込んだ。
今までで一番大きな炎。
それが、モンスターの頭部の傷口に直撃した。
モンスターの動きが止まった。
巨体がゆっくりと傾き——崩れ落ちた。
広間の床が、衝撃で震えた。
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広間が静まり返った。
全員が地面に座り込んでいた。
「……倒した、のか?」
「倒した……わよね?」
リーナがメイスを握ったまま、動けなかった。
「倒しました。モンスターの生体反応はゼロです」
アリアが息を切らしながら報告した。
「みんな、すげえな」
カイトが笑った。
汗だくだったが、笑っていた。
「お前が一番すごいわよ……あれだけ暴れてたのに、なんで攻撃一発も当たってないの」
「分かんない。ラッキーだな」
「……もう突っ込む気力もないわ」
「記録します。下層ボスモンスター、討伐。討伐時間——計測不能。長すぎました」
アリアが息を切らしながらノートに書き込んだ。
倒れたモンスターの傍らに、光るものがあった。
小さな鍵。
モンスターの体の下に守られていた。
カイトが拾い上げた。
「三つ目。勇気の鍵だ」
封印の鍵。探索の鍵。勇気の鍵。
三つの鍵が、揃った。
「メル。三つ揃ったぞ」
メルが涙ぐんでいた。
「はい……! ありがとう、ございます……!」
『お見事です。では——最深部へご案内しましょう』
ナビゲーターの声が、いつもより穏やかだった。




