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無自覚主人公がやらかしました ― ダンジョンで殺されるはずだったのに、なぜか攻略してしまう  作者: 智信
第三部

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第28話 勇気の鍵

「弱点は頭部です。禁則事項ではありません。私の観察です」

―― ボスモンスター

 ナビゲーターの案内で、下層の奥へと進んでいく。

 通路は次第に狭くなり、空気がさらに重くなっていた。


「ナビゲーターがいなかったら、ここまで来れなかったわよね」


 リーナが呟いた。


「……案内がなかったら、今ごろまだ鍵の場所も分からずに彷徨ってるわ」


「それはそれで楽しそうだけどな」


「楽しくないわよ!」


『ちなみに、中層の正規ルートを辿ることで情報が手に入る設計です』


「前に言ってた通常のルートか。あっちを通ってたら情報が手に入ったってことか?」


『はい。ただし、中層を隅々まで探索する必要があります。皆さんなら最低で二日はかかります』


「ショートカットしたから情報なしで来てるってことか」


 セイが苦笑した。


『その通りです。不便をおかけしています』


「不便っていうか……ナビゲーターがいなかったら詰んでたわね」


「まあ、いるから大丈夫だろ!」


 カイトが笑った。


『……ナビゲーターとしての仕事ですので。感謝には及びません』


---


 通路の先が開けた。

 目の前に広い空間が広がっていた。

 天井が高い。

 中層や下層の通路とは比べものにならない広さだった。


「……広間か」


 セイが大剣の柄に手をかけた。


 広間の中央に、何かがいた。

 暗がりの中に、巨大な影が蹲っている。

 今まで戦ったモンスターとは桁が違う。

 人型だった。

 だが、人間の三倍はある巨体。

 灰色の体表に覆われた太い腕と脚。

 背中の突起が天井近くまで伸びていた。


「……でかい」


 リーナの声が震えた。


「あれが、勇気の鍵を守ってるモンスターか」


 セイが呟いた。


『はい。勇気の鍵は、あのモンスターが守っています。倒すか、奪うか。どちらにせよ——勇気が必要です』


「あいつ、名前とかあるのか?」


 カイトが聞いた。


『禁則事項です』


「何か分かることはないのか?」


 セイがナビゲーターに尋ねた。


『戦闘になれば、観察はします』


「ま、期待せずにいるよ」


「よし! 行くぞ!」


 カイトが走り出した。


「待ちなさい! 作戦を——」


 リーナが叫んだ。

 が、カイトはもう広間の中に踏み込んでいた。


「……行っちゃった」


「いつものことだ。追うぞ」


 セイが大剣を抜いて走った。

 リーナとアリアが続く。

 メルがナビゲーターを肩に乗せたまま、壁際に退避した。


---


 カイトが広間に足を踏み入れた瞬間——巨大なモンスターが目を開けた。

 赤い目が二つ、暗がりの中で光った。


 唸り声が広間全体を震わせた。


 モンスターが立ち上がった。

 地響きが走った。


「でかすぎる——!」


 セイが正面から斬りかかった。

 大剣が体表に当たり、火花が散った。

 下層のモンスターよりさらに硬い。


「通らない!」


「体表が分厚いんだ! 中層の連中とは段違いだぞ!」


 モンスターが拳を振り下ろした。

 石の床を叩き割るほどの一撃。

 セイが横に跳んで避けた。

 床に亀裂が走る。


「一発でも食らったら終わりだ!」


 リーナが側面に回り込んだ。

 メイスを全力で叩きつける。

 ガン——重い音がした。

 効いてはいる。

 だがモンスターは微動だにしなかった。


「メイスでもこの程度!? 今までで一番硬い!」


 カイトが反対側から剣を振るった。

 体表を擦っただけで、傷にもならなかった。


「俺の剣じゃ全然ダメだ!」


 アリアが後方から魔法を撃ち込んだ。

 炎がモンスターの背中に当たる。

 モンスターが怒りの咆哮を上げた。


「魔法は効きます! でも体が大きすぎて、ダメージが足りません!」


「削っても削っても終わらないぞ!」


 セイが大剣を振るい続ける。

 リーナがメイスを叩きつけ続ける。

 カイトが走り回ってモンスターの注意を引く。

 アリアが魔法を撃ち続ける。

 それでも、モンスターの動きが鈍る気配がない。


 モンスターが腕を薙ぎ払った。

 広間の壁が砕けた。

 破片が飛び散る。


「危ない!」


 セイがリーナを引っ張って避けた。

 アリアが魔法の壁で破片を弾いた。


「このままじゃ広間ごと壊される!」


「あいつ、全然弱ってない!」


 モンスターはカイトに狙いを定めていた。

 周囲をひたすら走り回るカイトに、攻撃を繰り返している。

 だが——モンスターの攻撃は、なぜかカイトには一度も当たらなかった。

 拳が空を切る。

 腕の薙ぎ払いが頭上を通過する。

 突進がすれすれで逸れる。


「なんで当たらないのよ!」


「知らん! 知らんが避けられる!」


「それがラッキーなのよ!」


---


 戦闘が長引いていた。

 全員の消耗が激しい。

 アリアの魔力が底を突きかけている。


「アリア、あとどのくらい保つ?」


「大きな魔法は——あと二、三発が限界です」


「このままじゃジリ貧だ。どこかに弱点があるはずなんだが——」


 セイが歯を食いしばった。


 その時——カイトが足元の瓦礫を拾い上げた。


「もう何でもいい!」


 なりふり構わず、モンスターに向かって投げつけた。

 石はカイトの狙いとは大きく逸れ、モンスターの頭の横を通過した。


 モンスターが——大袈裟に頭を庇った。

 あれだけの巨体が、小さな石一つで身を縮めた。


『……今のを見ましたか』


 ナビゲーターの声がした。

 メルの肩から、戦場をじっと見つめている。


『体への攻撃には微動だにしなかったのに、頭部の近くを石が通っただけで大袈裟に避けました。頭部の体表だけ色が違います。弱点は頭部です』


「頭部!?」


 セイが叫んだ。


『禁則事項ではありません。私の観察です』


「ナビゲーター、よく見てたな!」


『戦闘に参加できない分、観察はできます』


「今それに感動してる場合じゃないわよ! 頭部って、あの高さまでどうやって届くのよ!?」


 リーナが叫んだ。

 モンスターの頭は天井近くにある。

 普通に剣を振っても届かない。


「普通に考えて無理よ! あの高さは!」


「普通じゃないのが一人いるだろ」


 セイがカイトを見た。


「カイトさん! 攻撃の直後に隙があります!」


 メルが叫んだ。

 壁際から戦場を見ていたメルが、モンスターの動きの癖を読んでいた。


「拳を振り下ろした直後に、体が前に傾きます! その時だけ頭が下がります!」


「メル、よく見てるな!」


「叫ぶことしかできませんけど……!」


「それで十分だ!」


 カイトがモンスターの正面に回った。

 モンスターの赤い目がカイトを捉えた。


 モンスターが拳を振り下ろした。

 床が砕けた——その反動で巨体が前のめりに傾いた。

 頭が下がった。


「今!」


 メルの声が響いた。


 セイが走った。

 崩れた瓦礫を足場にして跳んだ。

 下がった頭が、目の前にあった。


 大剣を全力で叩きつけた。


 体表に食い込んだ——が、浅い。

 薄いとはいえ、一撃では仕留められなかった。


「浅い——! でも入った!」


 モンスターが絶叫した。

 暴れ始めた。

 巨体が揺れる。


「離れて!」


 セイが瓦礫から飛び降りた。

 間一髪だった。

 モンスターの腕が、セイがいた場所を薙ぎ払った。


「無事!?」


「なんとかな!」


 モンスターが暴れている。

 だが——頭部の傷口から、血が流れていた。

 今まで何度斬っても、何度殴っても、一滴も流れなかった血だ。

 初めて、このモンスターに確かな傷を負わせた。

 動きが明らかに鈍っていた。


 リーナがメイスを握り直した。

 傷口が開いている。

 今なら——。


「アリア! 最後の一発、あそこに!」


「——了解!」


 アリアが残りの魔力を全て注ぎ込んだ。

 今までで一番大きな炎。

 それが、モンスターの頭部の傷口に直撃した。


 モンスターの動きが止まった。

 巨体がゆっくりと傾き——崩れ落ちた。

 広間の床が、衝撃で震えた。


---


 広間が静まり返った。

 全員が地面に座り込んでいた。


「……倒した、のか?」


「倒した……わよね?」


 リーナがメイスを握ったまま、動けなかった。


「倒しました。モンスターの生体反応はゼロです」


 アリアが息を切らしながら報告した。


「みんな、すげえな」


 カイトが笑った。

 汗だくだったが、笑っていた。


「お前が一番すごいわよ……あれだけ暴れてたのに、なんで攻撃一発も当たってないの」


「分かんない。ラッキーだな」


「……もう突っ込む気力もないわ」


「記録します。下層ボスモンスター、討伐。討伐時間——計測不能。長すぎました」


 アリアが息を切らしながらノートに書き込んだ。


 倒れたモンスターの傍らに、光るものがあった。

 小さな鍵。

 モンスターの体の下に守られていた。


 カイトが拾い上げた。


「三つ目。勇気の鍵だ」


 封印の鍵。探索の鍵。勇気の鍵。

 三つの鍵が、揃った。


「メル。三つ揃ったぞ」


 メルが涙ぐんでいた。


「はい……! ありがとう、ございます……!」


『お見事です。では——最深部へご案内しましょう』


 ナビゲーターの声が、いつもより穏やかだった。

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