第21話 リーナの戦い(2)
次にやってきたモンスターは二体だった。
灰色の体表が二つ、通路の奥から這い出してくる。
さっき一体倒すのに五分かかった。
それが二体同時。
「……やるしかない」
セイが大剣を構えた。
「分担だ。俺が右、リーナが左。アリアは両方の援護を」
「了解!」
「はい」
二体のモンスターが同時に突進してきた。
通路が振動する。
さっきの一体でもきつかったのに。
セイが右のモンスターを大剣で受け止める。
腕に衝撃が走った。
重い。
一体だけでも力で負けているのに、もう一体がリーナに向かっていく。
「来なさい!」
リーナがメイスを構えた。
モンスターの突進を横に跳んで避ける。
着地で足がふらついた。
足が疲れている。
だが体勢を崩したまま、すれ違いざまにメイスを側面に叩きつけた。
ガン。
モンスターがよろめいた。
だが倒れない。
一発では足りない。
「硬い……! でも、効いてる! まだ行ける!」
アリアの魔法がセイ側のモンスターに命中した。
続けてリーナ側にも一発。
二体同時の援護。
魔力の消費が倍になる。
「アリア、魔力は保つか?」
「……正直、厳しいです。あと数発で限界です」
「数発!?」
「温存していた分を使い切ります。回復魔法に回す余裕はもうありません」
回復の手段がなくなる。
ここからは、怪我をしたら治せない。
「セイ!」
「分かってる! 短期決着だ!」
セイが大剣を振り上げ、モンスターの頭部に叩きつけた。
よろめいた隙に、側面に斬りつける。
浅いが、何度も。
力ではなく、手数で削っていく。
セイの戦い方が変わっていた。
カイトがいた時は一撃で決める余裕があった。
今は一人で押さえなければならない。
リーナはメイスを振り続けた。
腕が悲鳴を上げている。
さっきの一体目で既に限界に近かったのに、休む暇もなく二体目だ。
振るたびに腕が重くなる。
でも、振るたびにメイスの当たる感覚は確かになっていた。
体が覚えている。
どこに当てれば効く。
どのタイミングで振れば当たる。
「いつもは——」
メイスを振る。
「あいつが——」
避ける。
「ラッキーで——」
また振る。
「なんとかしてくれてたのよね……!」
渾身の一撃がモンスターの腹部に入った。
モンスターが悲鳴を上げた。
「でも……あたしだって——やれるのよ!」
アリアが最後の魔法をリーナ側に撃ち込んだ。
モンスターが崩れ落ちた。
セイ側も——大剣の連撃でモンスターが膝をついた。
最後の一太刀が、首筋に入った。
二体目が倒れた。
通路が揺れるほどの重さで、地面に沈んだ。
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「…………」
三人とも、地面に座り込んだ。
セイが大剣を地面に突き刺し、柄にもたれかかっている。
アリアがノートを抱えたまま壁にもたれている。
リーナがメイスを手放して、天井を仰いでいた。
「……きつい」
セイが呟いた。
「……きつい……きつい……」
リーナが繰り返した。
「データを取る余裕がありませんでした」
アリアが——初めて、データを取り損ねていた。
「……アリアがデータを取れないほどきつかったってことね」
「はい。これは初めてのことです。記録します。——後で」
三人が同時に笑った。
疲労で笑うしかなかった。
「カイトがいたら、今ごろ『やったー!』って叫んでるわね。一人だけ元気に」
「で、リーナが『うるさい!』って叫ぶ。いつものパターンだ」
「……叫びたい。あいつに向かって『うるさい!』って叫びたい。叫ぶ相手がいないのが辛い」
また三人で同時に笑った。
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「……なあ、リーナ」
セイが息を整えながら言った。
「何よ」
「メルとカイト、今ごろどうしてると思う?」
「……あの二人? あいつのことだから、のんきに歩いてるんじゃないの。メルを『仲間だ』とか言って」
「ありそうだな」
「メルも最初は気まずそうにしてるだろうけど……あいつのペースに巻き込まれてるわよ、きっと」
「カイトのペースに巻き込まれない人間を見たことがない」
「……あたしが一番巻き込まれてるわよ。幼馴染だもの。村にいた頃からずっと」
「村にいた頃から、こんな感じだったのか?」
「もっとひどかったわよ。崖から落ちて無傷で帰ってくるし、森で迷って伝説の薬草を見つけてくるし。あたしの胃が持たないから冒険者についてきたのよ」
「……胃が持たないからって、それが理由か?」
「……それだけなわけないでしょ! 心配だからに決まってるじゃない!」
リーナの声が大きくなった。
静まり返った通路に、声が反響した。
「……ごめん。大声出した」
「いや、久しぶりにリーナの大声を聞いた気がする。いつもはカイトに怒鳴ってるからな」
「怒鳴る相手がいないって、こんなに静かなのね……」
リーナが膝を抱えた。
「メルのことなんだけど」
「ん?」
「あの子、カイトのこと好きになってるわよ。絶対」
「……そうか?」
「女の勘。殺そうとしてた相手に手を伸ばした時点で、もう決まりよ」
「壁が崩れた時の話か」
「ええ。あの子、咄嗟にカイトの腕を掴んだでしょ。あれは——もう、敵じゃない」
「リーナは、それでいいのか?」
「…………」
リーナが黙った。
しばらくして、小さく笑った。
「いいとか悪いとか、今考えることじゃないわ。まずは合流よ」
「……逃げたな」
「うるさい。あんたまでカイトみたいなこと言わないでよ」
リーナが黙った。
少しだけ間があった。
「……寂しい、とか言ったら笑う?」
「笑わない」
「あいつがいないと——戦えないわけじゃない。でも、なんか、足りないの。騒がしいのが一人いないだけで、こんなに違う」
「……ああ。分かるよ」
「いつもは『うるさい』『黙れ』『触るな』って言ってるくせに。いざいなくなると——」
リーナが言葉を切った。
「あいつがいると、あたしはいつも怒ってるの。でもそれって、あいつがいるからなの。怒る相手がいるってことは、そこにいるってことだから」
「……リーナ」
「ごめん。変なこと言った。忘れて」
「忘れないが、笑いもしない」
「……ありがと」
「……早く合流しないとね」
「ああ」
アリアが立ち上がった。
「休憩は十分です。魔力は全快ではないですが、それなりまでには戻りました。……行きましょう」
「もう?」
「はい。カイトなら、とっくに走り出しています」
「……また出た。カイトなら」
「事実です」
リーナが立ち上がった。
体がまだ少しだけ重い。
メイスを持つ腕の痺れも少し残っている。
でも——あいつは今ごろ、のんきに歩いてるはずだ。
そう思うだけで、少しだけ足が軽くなった。
負けてたまるか。
「行くわよ。あいつより先にくたばるわけにはいかないの」
セイが立ち上がった。
大剣を持ち上げる。
いつもより重く感じた。
「……腕にきてるな」
「セイ、大丈夫?」
「剣は大丈夫だ。俺の腕の方が先に限界かもしれないがな」
アリアがノートを開いた。
「現在の戦闘記録。一体目: 五分。二体目と三体目: 同時戦闘で約八分。合計三体。消費魔力はそれなりに回復。セイの腕に疲労。リーナの腕に痺れ。全員消耗中」
「……それ、聞いてて元気出ないんだけど」
「事実の把握は重要です。ここから先は、一戦ごとに判断が必要になります」
「つまり、下手すれば次で終わるってことか」
「可能性としては、はい」
「……はっきり言うわね」
「曖昧にしても、目の前の状況は変わりません」
通路の奥から——三度目の唸り声が響いた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……来るわね」
「あぁ、来るな」
「データを取ります。今度こそ」
三人が武器を構えた。
三人ともボロボロだった。
でも、まだ立っている。
立っている限り、負けるわけにはいかない。




