第20話 リーナの戦い(1)
リーナ、セイ、アリアの三人で中層の通路を進み始めた。
カイトとメルは瓦礫の向こう。
リーナが一度だけ振り返った。
瓦礫の壁は、もう見えなかった。
「……行くわよ。立ち止まってても始まらない」
セイが少し驚いた顔をした。
「……カイトみたいなことを言うな」
「言わないで。自分でも分かってるから」
リーナが苦笑いした。
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三人で中層の通路を歩き始めた。
静かだった。
異様なほど、静かだった。
「……カイトがいないと静かね」
リーナが呟いた。
自分でも驚くほど、小さな声だった。
「カイトがいると、あっちこっち触ろうとするし、走り出すし、転ぶし。それを止めるのにいつも大声出してたから」
「確かに、騒がしさの八割はカイト由来だったな」
「あたしの声も入ってるわよ。止めてたのあたしだもの」
「自覚あるのか」
「うるさいわね」
「……メルは大丈夫かしら。あの子、戦えないのに」
「カイトが一緒だ。なんとかなるだろ」
「なんとかなるって、あいつのラッキー頼みじゃない」
「それがあるからこそ大丈夫だろ」
「……確かに、嫌なことに、あのラッキーだけは本物なのよね」
リーナがため息をついた。
心配しても仕方がない。
今は自分たちのことを考えなければ。
アリアがノートを開いた。
「カイト不在時の行動パターンを記録しておきます。比較データとして有用です」
「今それ取る必要ある?」
アリアの目が光った。
「あります。カイトがいる時といない時の差異を分析すれば、カイトのラッキーの影響範囲を推定できます」
「……本当にあんたはブレないわね」
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分岐が見つかった。
中層の通路が二手に分かれている。
「どっちだ?」
「データ不足です。どちらがカイトたちに繋がるか分かりません」
「勘でいいか?」
セイがリーナを見た。
「あたしに聞くの?」
「カイトがいれば、あいつの勘で当たるんだが」
「あいつの勘じゃなくてラッキーでしょ……」
リーナが左の通路を覗き込んだ。
暗い。
右の通路を覗き込んだ。
同じくらい暗い。
「アリア、何か違いはある?」
「空気の流れは左の方がわずかに強いです。ただ、それが正しい道かどうかは分かりません」
「セイは?」
「俺もどっちか分からん。お前に任せる」
「あたしに任せるの!?」
「お前の勘は、カイトの次に当たるからな」
「それ全然褒めてないわよ……」
リーナが腕を組んだ。
左を見て、右を見て、もう一度左を見た。
「……左。空気が動いてる方」
「根拠は?」
「アリアのデータと、あたしのガッツ」
「ガッツって……カイトと同じ理由じゃないか……」
セイが苦笑した。
「カイトなら迷わず右に行って、右が行き止まりで、でもそこに宝箱が落ちてるんだろうな」
「想像できすぎて悔しいわ……」
「カイトの場合、選択の正否は結果論です。どちらを選んでもラッキーで正解になりますので、比較自体が無意味です」
「アリア、慰めになってない」
「慰めてません。分析です。むしろカイト不在のデータが取れる貴重な機会です」
アリアの目がまた光っていた。
「……この状況を楽しんでない?」
「楽しんでいるのではなく、有効活用しています」
「もういいわ……」
三人で左の通路に入った。
カイトがいないと、こんな普通の選択すら重く感じる。
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しばらく歩いたところで、壁の溝を見つけた。
「これ、さっきの石板の罠と同じやつじゃない?」
リーナが壁の縦溝を指差した。
「同じ構造ですね。左右の壁に向かい合う溝。天井から石板が降りるタイプです」
「床のスイッチを踏まなければ大丈夫か?」
「はい。ただ、どこにスイッチがあるか——」
ガチン。
「…………」
「…………」
「…………」
セイの足が、床の段差を踏んでいた。
天井から石板が降りてきた。
「全員後ろに!」
三人が後退した。
石板が通路を塞いだ。
「…………」
「……セイが踏んだわね」
「……ああ。まさか自分が踏むとは思わなかった」
「カイトの専売特許だと思ってたのに」
「……否定できん」
「カイトがいれば避けてたのかしら」
「カイトなら罠を踏む前に転んで、転んだ先に別の通路が見つかって、結果的に罠を避けていた可能性はある」
「想像できすぎるのが本当に悔しい……」
「データ的には、カイトの罠回避率は100%です。本人に回避の意思はありませんが」
「意思がないのに100%って何なのよ……」
通路の奥から——唸り声が聞こえた。
「……まさか」
石板の反対側から、モンスターが現れた。
退路は石板で塞がれている。
前方にはモンスター。
「やっぱりこうなるのか……」
セイが大剣を構えた。
「アリアが言ってたな。中層の罠はモンスターと連携する設計だって。通路を塞いで、その間にモンスターが来る」
「理論通りの展開ですね。データとしては完璧です」
「データはいいから援護してくれ!」
「はい」
逃げ場はない。
石板が戻るまで、ここで戦うしかなかった。
灰色の体表。
四つ足で這い、背中に鋭い突起。
中層のモンスターだ。
「リーナ、右から回り込め。アリア、援護を」
「了解!」
「はい」
セイが正面から斬り込んだ。
大剣が体表に叩きつけられる。
火花が散った。
傷が入ったが、浅い。
「硬い……!」
斬撃が通らない。
「弱点は腹部ですが、セイ一人ではモンスターを押さえられません」
「カイトみたいに腹の下に滑り込むか?」
「やらないわよ! あんな技!」
リーナが右から回り込んだ。
メイスを振り上げ、モンスターの側面に叩きつける。
ガン、と重い音がした。
モンスターがよろめいた。
斬撃よりも明らかに効いている。
「メイスの方が効くぞ!」
「打撃武器は硬い相手に有効です。斬撃より衝撃が通ります」
「あたしの出番ってこと? いいじゃない!」
「はい。ただし接近しすぎると——」
モンスターが尻尾を振った。
リーナがぎりぎりで屈んで避けた。
頭の上を尻尾が通過した。
髪が揺れた。
「危なっ!」
「接近しすぎると尻尾が来ます」
「先に言って!」
「言おうとしている途中でした」
セイが大剣で正面からモンスターの注意を引く。
アリアが魔法で側面から攻撃し、動きを止める。
リーナが隙を見てメイスを叩き込む。
三人の連携が噛み合い始めた。
カイトがいなくても、三人で戦える。
ただ——時間がかかった。
カイトのラッキーによる一撃必殺がない。
たった一体を倒すのに、これだけの時間と労力が必要だった。
モンスターが倒れた瞬間——背後でゴゴゴ、と音がした。
石板が上がっていく。
「……ちょうど五分か」
「罠とモンスターの連携。完璧な設計ですね。石板が戻る頃に倒せなければ、次のモンスターが来ていたかもしれません」
「ぞっとするわね……」
三人とも息が上がっていた。
セイが壁に手をついている。
アリアが膝に手をついている。
リーナはメイスを杖代わりにして立っていた。
「……倒したな」
「倒したけど……一体でこれ?」
「カイトがいたら半分の時間もかからずに終わってたな。ラッキーで腹の下に滑り込んで」
「あの戦法は真似できないし、真似したくもないわ」
「同感だ」
リーナがメイスを下ろした。
腕がじんじんする。
硬い体表にメイスを叩きつけた反動が残っていた。
「回復手段は?」
「アリアの回復魔法がありますが、使える回数は限られています。温存した方がいいです」
「つまり、ぶっつけ本番の連戦ってことか」
「はい。カイトのラッキーがない分、すべて自分たちの実力で突破する必要があります。これが本来の冒険者の戦い方です」
「……本来の戦い方が、こんなにきついとは思わなかったわ」
「カイトのラッキーがどれだけ異常だったかが分かりますね」
「分かりたくなかった……」
通路の奥から——また、唸り声が聞こえた。
一体ではない。
複数の足音が、こちらに近づいてくる。
「…………」
「……来るわね」
「来るな。しかも複数だ」
「もしもカイトがいたら——」
「いない。いないんだから、自分たちで何とかする」
リーナがメイスを握り直した。
腕は痺れている。
でも、止まるわけにはいかない。
「あいつに追いつくまで、絶対にやられるわけにはいかないのよ」
リーナの目が、決意で光った。
カイトがいなくても。
ラッキーがなくても。
自分たちの力だけで、進む。
三人が武器を構えた。




