第15話 魔族の娘
メルが話し始めた。
まだ涙が止まっていなかった。
声が途切れるたびに、しゃくり上げていた。
それでも、話した。
「私は……魔族です」
通路に、その言葉が落ちた。
「…………魔族?」
セイが呟いた。
「はい……人間じゃ、ありません……」
メルが顔を伏せた。
嫌われる。
軽蔑される。
そう思っているようだった。
「……で?」
カイトが言った。
「……え?」
「魔族って何?」
「…………」
メルが目を見開いた。
覚悟を決めて告白したのだろう。
しかし、返ってきたのが質問だった。
「え……魔族を、知らないんですか?」
「知らん。強いのか?」
「強いとかそういう問題じゃなくて……人間とは違う種族で……見た目は人間と変わらないですけど、人間とは別々に暮らしていて……」
「別々?」
「昔の勇者と魔王の戦いで……魔族は魔王の仲間だって思われていて。今でも人間には偏見があって、だから私も正体を隠して……」
メルの声が震えた。
魔族だと知られたら嫌われる。
それがこの世界では当たり前だった。
「ふーん。で?」
「……え?」
「それと父ちゃんの話、何の関係があるんだ?」
「…………」
メルが絶句した。
偏見も差別も、この人の前では意味をなさなかった。
「……こいつ、本気で気にしてないわね」
リーナが頭を抱えた。
「いえ、これがカイトです」
アリアが淡々と言った。
「カイトにとっては人間も魔族も同じなんだと思います」
「まあ、そういう奴よね……」
セイが腕を組んだ。
「魔族か。まあ、驚くけどな。ただ今は、そっちより事情を聞きたい」
「……はい」
メルが涙を拭いた。
袖がびしょびしょだった。
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「お父さんは……ある魔族の村の村長です」
「村長?」
「はい。でもお父さんが……魔王になってしまったんです」
「魔王!?」
リーナが叫んだ。
「お前の親父が魔王!?」
「……魔王って何だ?」
カイトが首を傾げた。
「あんた、魔王も知らないの!?」
「知らん。強いのか?」
「強いとかそういう……! セイ、説明して!」
「……魔王は、世界を脅かすとされる伝説の存在だ。おとぎ話にしか出てこないと思っていたが」
「古い文献には記録があります。魔王は勇者と対になる存在で、魔族の中から覚醒すると言われています。ただ、なぜ覚醒するのか、詳しいことは分かっていません」
アリアがノートに書き込みながら補足した。
「ふーん。で、メルの父ちゃんがその魔王になっちゃったのか」
「……ものすごい要約ね」
「ある日突然、お父さんが消えました。目の前で光に包まれて……気がついたら、いなくなっていました」
メルの声が震えた。
「数日後にお父さんから手紙が届きました。魔王になってしまった、魔王城に閉じ込められている、と」
「魔王城!?」
リーナが叫んだ。
「魔王城って、あの伝説の——」
「あ、でも今は怖い場所じゃないんです。中には入れないので、外から見るだけの観光地みたいになっていて……」
「魔王城が観光地って……」
「ただ、お父さんが覚醒した頃から中に入れるようになっていたみたいで。お父さんは城の中から出られなくなっていました」
「それで手紙で家族を呼んだのか」
セイが聞いた。
「はい。お母さんと一緒に魔王城に行きました。それから私たちも一緒に暮らし始めました。でも、お父さんはずっと苦しそうで……ある日、お父さんの日記を見つけてしまったんです」
「日記か」
カイトが口を開いた。
「そんで、何が書いてあったんだ?」
「——勇者を殺すか、勇者に殺されない限り、私は解放されない」
通路が静まり返った。
「それを読んで……お父さんを助けるために、勇者を探しました。そしたら酒場で『あのラッキーな冒険者、何をしても死なない。あれは絶対勇者だ』って噂を聞いて……」
「……それ、酒場の与太話だろ」
セイが天を仰いだ。
「でも気になって、ギルドでそのラッキーな冒険者を調べました。そしたらカイトさんの記録が出てきて」
「え、俺!?」
「崖崩れでレアモンスターを討伐。転んだ拍子に盗賊を全滅。落とし穴に落ちて宝箱を発見……」
「あー……」
リーナが遠い目をした。
「全部読んで、確信しました。この人は普通じゃない。勇者に違いないって」
「否定しづらいのが悔しいわね……」
「それで、カイトさんを殺す方法を考えはじめました。そしたらある日、酒場で、冒険者が『南に面白い洞窟がある』って話してて……直接聞きに行きました。その人が教えてくれたんです。『上層は空っぽだ。罠なんて設置し放題だ。奥の扉は開けないけど』って」
「……それで上層に罠を仕掛けたのか」
セイが呟いた。
「魔王城の文献に罠の作り方が載っていて……」
メルが鞄から小さな革袋を取り出した。
見覚えがあった。
出発前の夜、メルが鞄の中でそっと触れていた革袋だ。
メルが革袋の口を開き、中から手のひらほどの石を取り出した。
「このマジックアイテムで、上層に罠を設置しました」
アリアが目を細めた。
「それで上層の罠だけ構造が違ったんですね。文献を参考に作ったから、ダンジョンの罠に似てはいるけど別物だった」
「はい……本物とは違って……」
「依頼の内容は全部嘘だったの?」
リーナの声が低かった。
「お父さんが閉じ込められてるのは本当です! ……伝説のアイテムは……嘘です。そんなものはありません。カイトさんを殺すために、指名依頼で呼び出しました」
メルがまた泣きそうになった。
「お父さんを助けたかっただけなんです。でも方法が分からなくて……勇者を殺せば助かるって、それしか知らなくて……」
「それで罠を仕掛けたのに、全部失敗した」
「はい……何を仕掛けても、カイトさんが避けて……壊して……すり抜けて……」
「ラッキーで」
リーナが呆れたように呟いた。
「ラッキーで……!」
メルが泣き笑いのような顔をした。
そして、カイトの方を見た。
「もう、どうしていいか分からなくなって……でもカイトさんが優しくしてくれて……余計に辛くて……殺そうとしてるのに、心配してくれて……水筒まで……」
「水筒?」
「上層で、水飲めよって……」
「ああ、あれか。顔色悪かったからな」
「殺そうとしてる相手に気遣われるの、どんな気持ちか分かりますか!?」
「分からん」
「ですよね!?」
メルが声を上げた。
泣いてるのか笑ってるのか、もう自分でも分からないようだった。
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全員が沈黙した。
メルの告白が終わった。
通路の空気が重い。
メルはゆっくりと視線を落とした。
全部話した。
もう隠すものは何もない。
だからこそ、誰の顔も見られなかった。
「……整理させてくれ」
セイが口を開いた。
「メルは魔族。父親が魔王として覚醒して魔王城に閉じ込められた。勇者を殺せば父が解放されると思って、カイトを勇者だと思い込み、罠で殺そうとした。全部失敗した」
「……はい」
「で、伝説のアイテムは存在しない。依頼自体が罠だった」
「…………はい」
「カイトのラッキーで全部無駄になった」
「………………はい」
セイが深くため息をついた。
「……マジか」
「興味深いです」
アリアがノートを開き直した。
「今それ言う!?」
リーナが叫んだ。
「いえ、魔族の中から魔王が覚醒する、勇者と対になる存在——先ほど私が話した文献の内容と、メルの話は一致しています。嘘をついているようには見えません」
「嘘かどうかじゃなくて!」
「データとして真実である可能性が高い、と言っています」
「……そういう意味ね」
リーナが息を吐いた。
さっきまでの険しい表情が、少しだけ緩んでいた。
リーナが黙って、メルを見ていた。
さっきまでの怒りが、まだある。
カイトを殺そうとしていた。
それは事実だ。
許せることじゃない。
でも——父親を助けたかった。
たった一人で、罠を仕掛けて、指名依頼を出して、殺そうとして。
全部一人でやっていた。
リーナは何も言わなかった。
まだ、言葉が見つからなかった。
カイトが立ち上がった。
「なあ、メル」
メルが顔を上げた。
涙で目が腫れていた。
「お前の父ちゃん、助けたいんだろ?」
「……はい」
「じゃあ、別の方法を探そう」
メルが固まった。




