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無自覚主人公がやらかしました ― ダンジョンで殺されるはずだったのに、なぜか攻略してしまう  作者: 智信
第二部

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第13話 中層の本気

「今、ここで、聞くわ」


 リーナの声が、中層の通路に響いた。

 メルの顔が強張った。


「リーナさん……何を——」


「あんたのことよ。上層の——」


 言いかけた瞬間。


 通路の奥から、低い唸り声が響いた。


 全員が凍りついた。

 唸り声ではない。

 地面を引きずるような、重い足音だった。


「……何の音だ?」


 セイが剣に手をかけた。

 明かりが揺れている。

 通路の奥の闇が、動いた。


「来ます!」


 アリアが叫んだ。


 暗闇の中から、巨大な影が這い出してきた。

 石造りの壁と同じ灰色の体表。

 四つ足で這い、背中に鋭い突起が並んでいる。

 目は赤く光っていた。

 上層にはいなかった——ダンジョン本来のモンスターだ。


「でけぇ!」


 カイトが叫んだ。


「後ろに下がれ! 前衛は俺が——」


 セイが剣を抜いた。


「メル、壁際に!」


 リーナがメルの腕を引っ張り、壁に押しつけた。

 メルは声も出せず、壁にへばりついた。


 モンスターがこちらに突進してくる。

 体が大きいぶん、通路いっぱいに迫ってきた。


「通路が狭い! 横に避けられません!」


「正面から受ける!」


 セイがモンスターの突進を剣で受け止めた。

 足が滑る。

 押されている。


「重い……! こいつ、力が段違いだ!」


「援護します!」


 アリアが杖を構えた。

 魔法の光がモンスターの側面に命中した。

 モンスターが一瞬ひるむ。


「今だ! 押し返せ!」


 セイが剣を振り上げ、モンスターの頭部に叩きつけた。

 金属がぶつかるような音がした。

 皮膚が硬い。

 傷がほとんど入っていない。


「硬すぎる! 剣が通らない!」


「体表の硬度が異常です。通常の攻撃では——」


「じゃあどうすんのよ!」


 リーナが叫んだ。

 問い詰めどころではなくなっていた。


「弱点を探す! アリア、どこか柔らかい部分はないか!?」


「観察中です! ——腹部! 背中の突起がない腹部だけ色が違います!」


「腹の下か……近づかないと届かない」


「俺が行く!」


 カイトが飛び出した。


「待て! 作戦を——」


「考えてる暇ねぇだろ!」


 カイトがモンスターに向かって走った。

 モンスターが前足を振り上げた。

 カイトの頭上めがけて叩きつける。


 カイトが足を滑らせた。


 転んだ。

 前足がカイトの頭上を通過した。

 そのまま滑り込むように、モンスターの腹の下に入り込んだ。


「……え?」


 カイトが仰向けで目を開けた。

 目の前に、灰色の腹部があった。


「あ、ここか!」


 手にしていた剣を突き上げた。

 腹部に刺さった。

 モンスターが絶叫した。


「やった!」


「やったじゃなくて、転んで滑り込んだだけでしょ!?」


 リーナが叫んだ。


 モンスターが暴れ始めた。

 カイトが腹の下から転がり出る。

 セイが追撃の斬撃を腹部に叩き込んだ。

 アリアの魔法が傷口に直撃した。


 モンスターが崩れ落ちた。

 石畳に倒れた巨体が、通路全体を揺らした。


「…………」


「…………」


「…………」


「やったー!」


 カイトだけが叫んだ。

 他の三人は息が上がっていた。

 メルは壁際で座り込んでいた。


「全員無事か?」


 セイが確認した。


「無事……無事だけど、心臓が保たないわ……」


「体力の消耗が大きいです。上層の罠とは疲労度が段違い」


 アリアがノートを開いた。


「記録します。中層モンスター、初遭遇。討伐方法——転倒からの腹部滑り込み」


「もうちょっとマシな書き方してくれない!?」


「事実は事実です」


 セイが剣を鞘に収めた。


「……強かったな。上層にはこんなのいなかった」


「体表の硬度、突進の速度、どれも普通のモンスターとは比較になりません。中層に棲むだけのことはあります」


「上層は罠だけだったもんね。モンスターはいなかった」


「はい。上層にモンスターがいなかったのは不自然です。通常のダンジョンなら、上層にも小型のモンスターがいるはず」


 セイが首を傾げた。


「つまり、ここからが本来のこのダンジョンということか?」


「その可能性が高いです。上層は本来はダンジョンではなかった。そう考えると、あの扉やモンスターについても納得ができます」


---


 モンスターを倒して先に進んだ。

 中層の通路は上層よりも幅が広い。

 天井も高く、石造りの壁には苔が厚く張り付いている。

 空気が冷たい。

 明かりが届く範囲の外には、何がいるか分からなかった。


「また来るかもしれない。警戒しながら進もう」


 セイが先頭に立った。

 再び剣を抜き、抜き身のまま歩いている。

 上層では必要なかった警戒だった。


 しばらく歩くと、通路の左右の壁に不自然な溝が走っていた。

 同じ高さに、細い縦の切れ目が向かい合うように入っている。


「ここ、何かおかしいわね。壁に溝がある」


 リーナが壁を指差した。


「お、ほんとだ。ちょっと見てくる!」


 カイトが壁に駆け寄ろうとした。


「触るな! 上層で学んだだろ!」


 セイがカイトの襟を掴んで止めた。


「えー、見るだけだって」


「あんたの『見るだけ』は信用できないって、何回言わせるのよ」


 リーナがため息をつきながら壁に近づいた。

 カイトの代わりに確認するつもりだった。

 その足が、床の微かな段差を踏んだ。


 ガチン。


 床が僅かに沈んだ。

 通路の天井から、石の板がゆっくりと降りてきた。


「うわ!? 罠!?」


「全員後ろに!」


 石板が通路を塞ぐように降りてくる。

 だがゆっくりだった。

 余裕を持って全員が後退できた。


 石板が床まで降りきった。

 通路が完全に塞がれた。


「塞がった!? 先に進めない!」


「落ち着いてください。観察しましょう」


 セイが石板を押してみたが、びくともしない。


「硬い。力では無理だ」


「魔法で壊せますか?」


「やってみます」


 アリアが攻撃魔法を石板にぶつけた。

 光が弾けたが、傷一つつかない。


「……ダメですね。硬度が高すぎます」


「戻るか?」


「少し待ちましょう。この罠がどういう仕組みなのか、観察したいです」


 一分が過ぎた。

 二分が過ぎた。

 アリアが石板に手を当てて調べている。

 セイとリーナは周囲を警戒していた。

 カイトだけが壁にもたれて欠伸をしていた。


「……あんた、この状況で欠伸できるの?」


「だってさ、待つしかないだろ?」


「それはそうだけど……!」


 五分が過ぎた頃。

 石板の内部から、低い振動音が聞こえ始めた。


「何か音がする」


「石板の内部ですね。機構が動いている音です」


 石板がゆっくりと上がり始めた。

 重い石が天井に吸い込まれるように戻っていく。

 元の位置に収まった。


「……勝手に開いた?」


「一定時間で解除される仕組みですね。足止めは一時的です」


「……今の、罠よね? 上層の罠みたいに殺しに来なかったけど」


「床に圧力式のスイッチがありました。リーナが踏んだんだと思います」


「……カイトのこと言えないじゃない」


 アリアがノートに書き込んだ。

 石板を調べていた間に、もう分析を終えていたらしい。


「罠です。ただし上層の罠とは全く違います。上層の罠は殺傷が目的でした。落とし穴、矢の雨、毒沼——どれも致命的です。でもこの石板は通路を塞ぐだけで、五分後には自動で解除されました」


「殺す気がない罠って、何のためにあるんだ?」


「侵入者の足止めです。通路を塞いで逃げ場をなくす。その間にモンスターが来れば——」


「退路を断たれて戦うしかないってことか。さっきのモンスターと組み合わせたら厄介だな」


「はい。モンスターと罠の連携。これがダンジョン本来の防衛システムですね。中層の罠は古く、モンスターと組み合わせて機能するように設計されています」


「でも上層にはモンスターがいなかった。罠だけだった」


「そうです。上層の罠にはモンスターとの連携がない。ダンジョンの罠に似せてはいますが、誰かが後から作ったものだと思います」


 その言葉が、通路に響いた。


 メルが黙り込んだ。

 さっきまでの戦闘では、メルは壁際で震えていただけだった。

 それは自然な反応だ。

 戦闘力のない依頼人が、モンスターを前に動けないのは当たり前だった。


 だが今、メルが黙っているのは恐怖からではなかった。

 アリアの言葉を聞いて、顔色が変わっていた。


 ——上層の罠は新しい。中層の罠は古い。作り手が違う。


 カイトがメルに声をかけた。


「メル、大丈夫か? さっきの戦闘、怖かったよな」


「あ……はい。大丈夫、です……」


「次はもうちょっとうまくやるから! 安心しろ!」


「……ありがとうございます」


 メルが小さく笑った。

 だが、その笑顔はすぐに消えた。


---


 石板が戻った通路を抜けて、先に進んだ。

 カイトが先頭で元気よく歩いている。

 セイが苦笑しながら続く。

 アリアはノートに書き込みながら歩いていた。


「あのモンスター、もう一体来たらどうする?」


「同じ戦法で。腹部が弱点だと分かったから、次はもっと早く倒せる」


「カイトがまた転ぶ前提の作戦はどうなのよ……」


「転ぶんじゃなくて滑り込むんだ!」


「どっちも同じよ!」


「違う! 今回は攻撃的な転倒だ!」


「攻撃的な転倒って何!?」


 セイが笑った。


「新しいジャンルだな。カイト流戦術、攻撃的転倒」


「記録しておきます。新戦術カテゴリーとして」


「やめて!」


 リーナが叫んだが、アリアはもう書き込んでいた。


 メルは——一番後ろを歩いていた。

 俯いて、黙って。

 さっきの戦闘で、メルは何もできなかった。

 それが当然だ。

 依頼人は戦闘員ではない。


 だが、リーナの目がメルを見ていた。

 何かに気づいたような目だった。


 リーナは足を緩めた。

 メルの隣に並ぶ。


「…………」


 メルが顔を上げた。

 リーナと目が合った。


 リーナの目は、笑っていなかった。


「ねえ。一つ聞いていい?」


 メルの唇が震えた。

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