第11話 強制転移
セイが先頭で慎重に進む。
アリアが周囲を探知している。
リーナがメルの近くにいた。
カイトは——相変わらず、きょろきょろと辺りを見回していた。
「この壁の模様、さっきの扉と似てるな」
「触るなよ」
「触らないって。見てるだけ」
「あんたの『見てるだけ』は信用できないのよ」
しばらく歩いた。
モンスターにも遭遇しない。
罠もない。
拍子抜けするほど平穏だった。
「この通路、何もないな」
「上層にあれだけ罠があったのに、扉の先は何もないってのは逆に不気味だな」
「構造が違うんです。上層の罠は新しかった。ここの石は古い。作った時代が違うと思います」
「じゃあ、ここには罠を仕掛けた人がいなかっただけってこと?」
「その可能性はあります。ただ——」
「ただ?」
「嵐の前の静けさじゃないといいですけど……」
下り階段が近づいてきた。
石造りの階段が、暗い奥へと続いている。
「いよいよだな。降りれば中層だ」
セイが階段の先を覗き込んだ。
---
階段を降り始めた。
一段目。二段目。
三段目を踏んだ瞬間——
視界が白く弾けた。
「——!?」
何が起きたか分からなかった。
目の前が真っ白になった。
音が消えた。
体が浮いた気がした。
一瞬だった。
永遠にも感じた。
次の瞬間、カイトは立っていた。
石の壁ではない場所に。
湿った空気ではない場所に。
暗闇ではなく、日差しがあった。
外だった。
眩しかった。
風が肌に当たった。
草の匂いがした。
そして目の前に——ダンジョンの入口があった。
「……は?」
カイトが呟いた。
隣にリーナがいた。
セイがいた。
アリアがいた。
メルがいた。
全員が、ダンジョンの入口の前に立っていた。
装備もそのまま。怪我もない。
ただ、場所だけが変わっている。
ロバが嬉しそうにカイトに鼻を押し付けてきた。
どうやら、しばらく会えなかったと思って寂しかったらしい。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
誰も動けなかった。
何が起きたのか、理解が追いつかない。
「……なんで外にいるんだ?」
カイトが最初に口を開いた。
「強制転移の魔法です」
アリアの声が震えていた。
記録魔のアリアが、ノートを開くことすら忘れていた。
「階段を降りようとした瞬間に、全員がダンジョンの入口まで転移させられました」
「転移って……あの一瞬で?」
「一瞬でした。詠唱も魔法陣もなかった。抵抗も対処もできませんでした」
「こんな魔法、見たことあるか?」
「ありません。理論上はありえますが、これだけの規模の空間転移を無詠唱や魔法陣なしで行うには——想像を超えた魔力が必要です」
セイが剣の柄を握りしめた。
「上層の罠とは次元が違う。これはダンジョンそのものの防壁だ」
メルが一番驚いていた。
顔が真っ白だった。
唇が震えている。
「メル? 大丈夫か?」
「こ、こんなもの……聞いてない……」
「聞いてない?」
「あ、いえ! 文献にはこんな罠のことは書いてなかったので……」
メルが慌てて言い直した。
だがリーナは、最初の言葉を聞き逃さなかった。
——「聞いてない」。
文献に「書いてなかった」ではなく、「聞いてない」。
誰かから情報を得ていた。
そして、その情報にはこの罠がなかった。
リーナは黙って、その言葉を記憶に刻んだ。
上層の罠に対する、あの「がっかり」とは全く違う反応だった。
純粋な驚愕。
メルは本当に、この罠のことを知らなかった。
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「もう一回行くぞ!」
カイトが拳を握った。
「待ちなさい! まずは状況を整理するべきでしょ!」
リーナがカイトの襟を掴んだ。
「でも行かないと——」
「行っても同じことになるかもしれないでしょ!」
「リーナの言う通りだ。闇雲に突っ込んでも意味がない」
セイが腕を組んだ。
「ただ、一つだけ確認したいことがある。同じ場所で同じように転移されるのか、それとも条件が変わるのか。それを見極めないと対策の立てようがない」
「……それなら、もう一度行く意味はあるわね」
「上層の罠は発動済みだ。二回目なら通過も早い」
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全員で二度目の突入を試みた。
上層は予想通り、罠がほとんど発動しなかった。
すでに壊れているもの、一度きりのもの。
あれだけ苦しめられた上層を、今度は一時間ほどで通過した。
罠に怯えながら進んだ上層が、今日はただの通り道だった。
「上層の罠がなくなってると、あっという間ね。あの苦労は何だったのかしら」
「カイトのラッキーがなくても問題ないレベルだな」
「それ、複雑な気持ちになるわ……」
「記録上、上層の残存罠率は5%未満です。もはや脅威ではありません」
扉を通過し、通路を抜けて、下り階段の前まで辿り着いた。
「ここからだ。全員、構えろ」
セイが慎重に階段を降り始めた。
一段目。二段目。
「ここまでは大丈夫です」
アリアが記録している。
三段目。
視界が白く弾けた。
——また、入口に立っていた。
同じ日差し。
同じ風。
同じ草の匂い。
そして同じロバが、また嬉しそうにカイトに寄ってきた。
「…………」
リーナが天を仰いだ。
青空が恨めしかった。
「二回連続……」
「今度は構えてたのに、何もできなかった。一回目と全く同じだ」
セイが剣の柄から手を離した。
構えていたことすら無意味だった。
「ロバだけは俺たちの帰還を喜んでるな」
「……喜んでる場合じゃないんですけどね」
アリアが気持ちを切り替えた。
「やはり、階段の三段目を踏んだ瞬間に発動する仕組みです。一度目と全く同じタイミング、同じ結果でした」
アリアがノートに書き込んだ。
今度は手が震えていなかった。
分析する対象を見つけた時の、アリアの目だった。
「転移の発動地点は、階段の三段目です。一段目と二段目は問題ありません。三段目を踏んだ瞬間に発動しています」
「三段目か。じゃあ二段目で止まったら——」
「先に進めないだけですね。三段目を踏まない限り中層には入れません」
「飛び越えたら?」
セイが少し考え込んだ。
「……それ、意外と悪くないかもしれない」
アリアが首を振った。
「おそらく転移の範囲は階段の三段目だけではなく、通路全体に設定されていると思います」
「じゃあ本当に詰みか?」
「このままでは、そうなります」
カイトが腕を組んだ。
「もう一回——」
「行っても同じよ! 三回目で変わるわけないでしょ!」
「でもさ——」
「でもじゃない!」
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リーナが正しかった。
対策なしに突っ込んでも意味がない。
「一旦、ここで休もう。作戦を立て直す」
セイが判断した。
ダンジョン入口付近で野営することにした。
荷物をロバから降ろし、焚き火の準備を始めた。
カイトはロバの隣に座って頭を撫でている。
ロバが尻尾を振っていた。
二回もダンジョンの入口に戻されたのに、まるで気にしていない。
「なあ、お前はいいよな。ずっとここで待ってるだけで」
ロバが鼻を鳴らした。
「でもさ、俺が帰ってくるたびに喜んでくれるの、ちょっと嬉しいぞ」
「……あんた、ロバと会話してるの?」
リーナが呆れた声を出した。
「してるぞ。こいつ、結構話聞いてくれるんだ」
「聞いてくれてるんじゃなくて、あんたの声に反応してるだけよ……」
「諦めないのはカイトの強みだ。こういう状況では、あいつの楽観が助かるよ」
セイが焚き火に薪をくべた。
リーナはメルの方を見た。
メルは焚き火の傍で、黙っていた。
強制転移に驚いていた。
それは本物だった。
上層の罠に対する反応とは、明らかに違った。
上層の罠では、メルは怯えていなかった。
安全な場所に移動し、発動するたびにがっかりしていた。
でも強制転移には、本当に驚いていた。
知らなかった——としか思えない反応だった。
上層の罠は知っていて、中層の罠は知らない。
上層では安全な位置にいて、中層では本気で驚いていた。
文献に上層の罠は書いてあって、強制転移は書いてなかった。
——それは、どういうことだ?
リーナは焚き火を見つめた。
パチパチと薪が爆ぜる音だけが響いている。
答えはまだ出なかった。
だが、一つだけ確かなことがある。
メルは、何かを知っている。
全部ではない。
でも、何かを。
——明日。
明日、ダンジョンに入る前に、はっきりさせなければならない。
これにて第一部は終了です。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
第一部は上層突破までとなっていました。
明日からは第二部となります。
引き続き、第二部もよろしくお願いします。




