第10話 上層突破
罠ゾーンを抜けた先に、巨大な扉があった。
石造りの扉だ。
高さは三メートルほど。
幅も広い。
人が三人並んで通れるほどの大きさだった。
上層の荒い岩肌とは違い、表面が滑らかに磨かれている。
明らかに、誰かが——あるいは何かが——意図的に作ったものだ。
「これは……中層への入口か?」
セイが扉に手をかけた。
押した。
引いた。
横にずらそうとした。
びくともしない。
「硬いな。力では無理だ」
「あたしも一緒に押す?」
「ガッツで開く扉なら、とっくに開いてる」
「鍵がかかっているようですね。ですが、物理的な鍵穴は見当たりません」
アリアが扉の表面を丁寧に調べた。
古い文字と模様が刻まれている。
文字は渦を巻くように扉全体に広がり、所々に丸い模様が散りばめられていた。
「これは謎解きです。文字の組み合わせで開錠する仕組みですね」
「謎解き? 力で壊せないのか?」
「石の硬さから見て、物理的な破壊は困難です。魔法でも同様。正しい手順で開けるしかありません」
セイが腕を組んだ。
「つまり正しい順番で文字を押せば開くのか」
「はい。ただし文字の数が多い。組み合わせは膨大です。解読には時間がかかります」
「どれくらいだ?」
「……少なくとも三十分はください」
「三十分!? 長くない!?」
「古代文字の解読を三十分で終わらせようとしている時点で、かなり急いでいます」
「了解だ。アリア、頼んだ。その間、俺たちは周囲を警戒する」
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アリアが扉の前にしゃがみ込み、ノートに文字を書き写しながら解読を始めた。
目が真剣だった。
こういう知的作業の時のアリアは、いつもの記録魔とは違う顔をする。
セイとリーナもそばで考える。
「この文字、見たことあるか?」
「ない。古い時代の文字ね。アリアじゃないと読めないわ」
「ここの模様は対称になっている。左右で同じ形がある気がするんだが」
「いい着眼点です。セイ、右側の模様の形を教えてください。丸か四角か、大きさはどうか。文字は読めなくても形は分かるはずです」
セイが右側の模様の形を一つずつ伝えた。
アリアがノートに書き取りながら、パターンを探っていく。
「……左右で鏡像になっている文字が六組。中央の文字が鍵ですね。この配置だと——」
アリアの目が光った。
「法則が見えてきました。もう少しで——」
三人が扉と向き合っている間、カイトは後ろでぶらぶらしていた。
メルはカイトの少し後ろで、じっと扉を見つめていた。
表情が暗い。
だが、カイトはそんなことに気づかない。
「暇だなー」
「暇なら黙ってて。集中してるんだから」
「でもさー」
「黙って」
「メルも暇だろ?」
「え? あ、はい……でも、皆さんの邪魔はしたくないので……」
「だよなー。暇だよなー」
カイトは黙った。
五秒だけ。
「なあ、この模様、なんかかっこよくない?」
「黙ってって言ったでしょ!」
「いや、ほら。この渦巻きとか、すげー綺麗じゃん」
「綺麗とか今どうでもいいの! 触らないで!」
「メルはどう思う? かっこよくない?」
「え? あ、はい……綺麗、ですね……」
カイトがメルに見せようとして、模様を指でなぞった。
その瞬間、丸い模様の一つが淡く光った。
「お、光った」
「……光った? なぜ?」
アリアが振り返った。
「触っただけで光るのか。なんか押せそうだぞ、これ」
カイトが光った模様を押した。
ぽちっ。
模様が沈み、光が強くなった。
リーナが振り返った。
「何してんのよ!?」
「いや、押せたから……あ、また光った」
ぽちっ。
カイトが二つ目を押した。
次の模様が光った。
セイが天を仰いだ。
「おい……また押したのか」
「だって光るんだもん。光ってるところを押すと、次が光る。面白い」
リーナがカイトの腕を掴もうとした。
「やめなさい! 順番が重要なの! アリアが解読してるのに適当に押したら——」
ぽちっ。ぽちっ。
掴む前にカイトはもう二つ押していた。
「聞いてないし!」
カイトが言う通りだった。
一つ押すと、別の模様が淡く光る。
その光を追って押すと、また次が光る。
まるで道案内のように、光が次の場所を示していた。
カイトはその光を追いかけて、次々に押していった。
「カイト!! やめなさい!! アリアがせっかく解読してるのに——」
「あと一つ! あと一つで法則が完成するのに——」
ガコン。
重い音がした。
地面が微かに振動する。
扉が、ゆっくりと開き始めた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あ、開いた」
カイトが振り返った。
何が起きたか分かっていないが、嫌になるくらいの満面の笑みだった。
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リーナ、セイ、アリアが固まっていた。
メルも固まっていた。
「……なんで開いたのよ」
リーナの声が震えていた。
怒りなのか呆れなのか、自分でも分からないようだった。
「記録します。古代文字の謎解き、解除方法——手当たり次第」
アリアがノートに書き込んだ。
手が少し震えていた。
「アリア、大丈夫か?」
「……大丈夫です。ただ、私の三十分の解析が、カイトの三十秒で無意味になったという事実を、受け入れる時間が必要です」
「……すまん」
「謝るのはセイではなくカイトです」
「俺? 何で? 開けたのに」
「開けたから問題なのよ!」
リーナが叫んだ。
「だってさ、光るんだぞ? 押したら光るの。面白くないか?」
「面白さの問題じゃないの!」
「でも結果的に——」
「結果的って言ったらまた怒るわよ」
「……言わない」
アリアが静かにノートを閉じた。
「論理的に解くべき問題を、偶然で解いたらそれは解いたことになるのか。興味深い哲学的命題です」
「哲学はいいから。結果を受け入れよう」
「受け入れますが、記録には『解法: 不明(カイトが適当に押した)』と記載します」
「正直だな」
「事実は事実です」
セイが苦笑しながら、扉の向こうを覗いた。
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扉の向こうは、上層とは明らかに違う世界だった。
通路だが、上層の荒い岩肌とは違い、滑らかな石造りに変わっている。
壁に苔が生えている。
空気が湿っている。
通路の先に、下り階段が見えた。
「この先に階段がある。降りれば中層か」
「扉の先は上層とは構造が全く違いますね。石の積み方が古い。数百年単位で前の工法です」
「メルの文献にあった通りだな」
「はい。上層とは別の時代に作られた場所です」
「文献にもこの先はモンスターがいるって書いてあったな。罠だけじゃなくて、戦闘もあるかもしれない」
「全員で対応しましょう。カイトは——」
「分かってる。俺が先頭で——」
「先頭は俺だ。お前は真ん中にいろ」
「えー」
「えーじゃない」
いつものやり取りだった。
だが、リーナの目はメルに向いていた。
メルは扉の前に立ったまま、動かなかった。
顔が青白い。
上層にいた時とは違う青白さだった。
罠を恐れる顔ではない。
何かを——失った顔だった。
「メル? どうしたの、入らないの?」
「あ……はい。すみません。ちょっと、ぼうっとしてしまって」
メルが慌てて歩き出した。
だが、足取りが重かった。
上層にいた時の、あの張り詰めた緊張はもうなかった。
代わりに——何かを諦めたような、暗い影が落ちていた。
カイトはとっくに通路の奥まで進んでいた。
階段の手前から手を振っている。
「メルー! 早くこっち来いよー! こっちの通路すげー! 石が全然違う!」
「は、はい! 今行きます!」
メルは笑顔を返した。
だが、目が笑っていなかった。
「よーし、階段降りて中層に行くぞ!」
「はいはい。行きましょ」
リーナがため息をついた。
五人が通路を歩き始めた。
足音が古い石に反響する。
上層の喧騒が嘘のように、静かだった。
「罠がないな。この通路には」
セイが呟いた。
「扉の先は上層と構造が違います」
「油断はしないでおこう。この先の階段を降りれば中層だ」
リーナの目がメルに向いた。
メルは黙って歩いていた。
さっきまでの罠ゾーンでは、メルの体には常にどこか緊張があった。
声は小さくても、体はこわばっていた。
今のメルからは、それが完全に消えていた。
抜け殻のように、ただ歩いているだけだった。
——この先で、はっきりさせる。




