些細な物事を根に持つのは健康にいい
血の巡りが良くなるからね。脳の奥の、普段は仕舞い込んでるけど何かの拍子に思い出して腹立って仕方がないこととか。些細な大失敗でいまだに尾を引いてることとか。車のエンジンにオイルを回しておくのと同じで、たまに思い出して怒ってやるといつまでも新鮮だし。
一度や二度キレたぐらいで怒りも憎悪も収まってやってるわけがねえだろ。
なんか、そういう出来事ってないですか。
私は、そんなことばかりです。
何であの時あんなこと言っちゃったんだろう、書いて送信までしちゃったんだろう、何を図に乗っていたんだろう、正直に言っていいこととそうじゃないことがあるだろう、ずっと頭の中でグルグルとぐろを巻いて居座っている後悔と自己嫌悪の蛇がどす黒い舌をチロチロ出し入れしてはこちらを睥睨して蔑むように冷たい目で笑っている。
取り返しのつかない後悔をずっと抱えているのは健康によくない。
血の巡りが悪くなるからね。首を吊るから。いやほんと死んだほうが早いじゃん、もうなんの望みも無いんだから。
色んなこと話してくれるのも、聞かせてくれるのも吐き出してくれるのもありがたいことだし自分なんかが誰かの、よしんば好きだなと思えるような人の役に立てているのは本当に有難いこと…本来ならばそこに立っているべきでもないようなことも言ったし思っていると白状しているんだもの。それでもそうしてくれている理由こそ、信頼というよりは放置と傍観によるものなのだ。つまり〝どうでもいいから大丈夫〟というだけで。
道端の石ころを、わざわざ拾ってどける人は殆どいない。よほど邪魔か、必要で無ければ石ころなんぞ誰も拾わない。それと同じ。
だってそうじゃん、その人が傷ついたり悲しんだりするのは、そうする奴が他に居るんであって。
自分が横に立つということは差し向かいで付き合うことは金輪際ありえないという宣告に他ならないわけじゃん。本当にそれでよかったのか?と、思わない日などありません。惨めじゃない日はありません(ヨエっ子)
あれ?
なんか、数年前のオフ会の言い出しっぺになったら結果まとまりがつかなくなって、めんどくさい奴が大暴れしたあげく輪をかけて面倒くさい奴らが入って来て散々に言われ、集合場所に指定した駅のレトロな喫茶店に居たら全員スタバ行きやがって
早くおいでよ~
って言われた時の恨み言を書こうと思ってたけど違うこと書いてたな。
まあいいや、その話は、また今度。




