とっくに壊れてしまっているのに狂ってしまうことは出来ないでいる
5月8日。
何も書けず、オダウエダのYouTubeをアレコレ見ていたら寝ていた。何時ごろに寝ついたのかわからないが、結構な夜中に目が覚める。そこから眠れなくなる。
心配事は尽きない。元気でいてほしい。
辛そうなのは見えている以上に伝わっているのに、声をかける(緑のメッセージを飛ばす)くらいがせいぜいで。そんなものは私なんかから送られたって嬉しくねえだろう、といつもの調子で自虐する。
自分なら嬉しくないだろうか?
いやそんなことはない。でも、自分自身を鑑みて相手の立場になってみれば、しんどい時こんな奴から何か言われたら余計なストレスが増えるだけだと思う。
何時からこんな風に生きている?
いつから壊れている?
たぶん35年ぐらい前には、もう壊れていた。壊れていたけど、何も知らないし明るさまで失いきってなかったから平気だった。いや気づかないで済んでいた。
それがそうもいかなくなり、壊れたままで過ごし続けた日々が取り返しのつかない産廃になる。うずたかく積みあがって白くいがらっぽい煙を吐き出している。
トラックのフィルター燃焼装置みたいなにおいがして、息をするのもイヤになる。
壊れているのに、マトモであろうと取り繕っているから嫌になる。
狂ってしまえればいいのだが、頭のなかほど現実の自分は狂ってくれない。
怖いのだろうか、億劫なのだろうか、それとも狂っていたけど目が覚めてしまい、今もう再び狂ってしまうことは出来ず。
一度溶けた魔法が忘れられないでいるのか。
狂っていたころに戻りたいのか。
もう一度何かに狂ってしまいたいのか。
心配であるというのは、同時に先にどこか遠くへ行ってしまわないかという自分勝手な感情でもある。どこにもいかないで、今まで通りそこに居てほしい。そうすれば会いに行けるから。でも、いつか急に変化がある。その兆しを知ることすら出来ないまま、本人だけが着々と変わってゆく。私にそれを止めたり否定したりするスジは無い。
変わってほしくない。もっと狂ってしまえばいい、もっと壊れてしまえばいい、そうすれば自分も、もっと狂って壊れて、一緒に消えてしまいたい。
身勝手な望みのために狂いを気取り、壊れた人だと他人を決めつけ、好きだの心配だの言っている。傷つけることすら出来ないくせに、守ろうだなんて片腹痛い。
傷つけられるぐらい近づいた人にこそ、本当は守られて愛されたかったはずなのに。
誰だって。
傷つけるつもりで愛し始めることがないように、守るつもりで近づいてくる奴にロクなのは居ない。




