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#対人依存症。和哉くんは生きづらい!  作者: 佐野和哉


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そんな簡単に死ぬなよなんて言うけど、じゃあどうしてそんな簡単に生きてられるんだみんな

ずっとうっすら死にたいというか、死んだほうが早い…いや、なんかもういっそ「きっかけを待ってるだけ」な感じの日々を少なくとも四半世紀ぐらい続けている。幼稚園とかそのぐらいの頃は、まあ家庭内暴力はあったけどまだ子供なりの明るさを失ってなかったと思う。最初に死のうと思ったのは小学生の頃だけど、その時は別に希死念慮とか自虐とかじゃなく、もう死んじゃおう!と発作的に思っただけだった気がする。それでもやっぱりその時期ものすごく辛くて。

学校のバルコニーに理科室から持ち出したマッチ使って、教室のごみ箱…頑丈な樹脂製の、モーターオイルのバケツみたいやつだったんだけどそいつに火をつけてバルコニーから身を乗り出してボーっとしてたら三人ぐらい教員が来て取り押さえられた。

教室は3階だったんだけど、そっからバルコニーの手すりの分だけ目線が上がっただけでも遠くまで見渡せるようになるんだなーって。

いつもは見えない新幹線の高架の内側の線路が見えた。気がする。


今までも問題ばかり起こしてたし、当時まだちょっと残ってた不良の上級生と殴り合い取っ組み合いの喧嘩もしょうっちゅうしてた。それでも職員室で済んでたし教員が三人がかりなんてことはなかった。

でもその時は捕まったスパイみたいに三人で囲まれて校長室に入った。

その時点でどうだったか覚えてないけど、学年の担任(自分とこと、隣と)の教員二名とは死ぬほどそりが合わなくて、4年生と2年生のときに受け持ってくれて自分に合ってた好きな先生はもういなくて。

その時の校長に洗いざらい、家庭のことも学校のことも吐き出した。

あれが最初の自殺願望だったと思う。そして助かってしまったのが運の尽き。


あとはずっと楽しいことはあっても、嬉しいことがあっても、好きな人が出来ても、夢中で柔道や少林寺拳法に打ち込んでも、どっかでずっと死にたいというか、死んじゃったほうがいっそ、という基本理念みてえなもんがへばりついて剥がれないでいる。

基本理念ね。

企業のホームページみたいだな。基本理念。

あとシーツと枕カバーな。それはリネン。

昔、好きだった人が良く似てると言われてた沖縄の歌手か。

それは知念。

知念里奈さん可愛かったよな。夜もヒッパレ毎週見てたけどサーカスが出てくると全部シャバダバになるんだよな。


何の話だっけ。

そう死んだほうが早いの云々。

今こうやってボンクラなりにカイシャだのセケンだのに触れていると、みんなどうやって普通に生きてるんだろうと思う。

豊橋は工場も田畑も多いので外国の人も沢山来て働いている。

私が子供の頃はブラジルやペルー、その後は中国とか韓国、さらに今はベトナムの人が増えた。フィリピンの人も結構いる。

別に何の変哲もない田舎町で工場や畑に出て働いてくれるってすごいことだ。

自分もメキシコ行ったけど、大層な夢があったからであって、働いてお金を稼ごうって心持なんか無かった。あそこでもし現地に定着することがあれば、それはルチャドールになって売れる以外の答えはないわけで。

普通に働いて、普通に故郷があって、言葉も常識も生活習慣も天気も何もかも違う世界で生活するなんて自分には絶対ムリだ。すごいよ。


そうまでして生きるって、いったいどうしてなんだ。

生きるってなんだ。

生きてるってナンダロウ?

生キテルッテナアニ?

あれ?今どっかで笑う犬の生活やってなかった?


前まで「自分じゃ自分が普通だと思ってお金と野球と会社の誰かの悪口ばかり言ってる奴」ってのが居たけど、アイツなんか絶対そんな死にたいとか思ったことないもんな。入社してしばらく一緒に仕事しなきゃならなくて、その間ムカつきながらもじっと観察してた。

他の人もそう。

家のこと、他人のこと、仕事のこと、老後のことまで話している。

俺に老後なんか来るのか、と思うし、来てほしくもない。

そうこうしてるうちに40になって…ホントは7月なんだけど、まあもう一緒だろうと思って40だと思ってるんだけど、手や顔に皺が増えたり髪の毛が薄くなったりしてきたのをずっとじわじわ老いてるから気が付かなくて。やっぱり十何年前の写真を見返すと、なんとなくまだ子供みたいな顔してて。


とりあえず性格やメンタル以外なければ可視化されないっていうか問題にされないんだろうな。ぱっと見じゃ分からない人も多いから、意外とみんな悩んだり苦しんだり迷ったり…なんかそういうのあるんだろうけど。

でも死にたがりながら生きるような疲れる自己矛盾に陥ってるぐらいなら、そんなの無駄だなと思ってとりあえず考えるのやめちゃえるんじゃないか。

やめられない自分がカワイソウってんじゃないけど、なんでだ?って思い始めちゃうと予後が悪い。

だって四半世紀以上かかって、まだ答えも出てないし死に切れてない。




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― 新着の感想 ―
胸が痛くなったよ。 幼い頃に限界を迎えて問題化して、大人にいろんなことを打ち明けて、好きなことを見つけて打ち込んでもみて。 頑張ってきたんだなって思いました。
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