和哉くんは抱え込む
どうにもならないときに限って人に相談出来ない、どうにもならなくなるまで他人に悩みや問題を打ち明けられないってことないですか?
でもそうやって諸々を自分で抱え込むのは、結局自分で自分を信用出来ないからなのかもしれない。
「こんなこと言ったらもう付き合ってもらえないんじゃないか?」
「あの人にもとうとう愛想尽かされるんじゃないか?」
と思うのは、自分で自分が〝そういう奴〟だと分かっているから。
自分ならこんな奴とっくに愛想尽かしてるってことだもんな。
自分で自分に嘘をついて生きているから、その嘘に他人まで巻き込んでかぶせることに抵抗がある…というとちょっとなんか自己弁護とか反省とか自虐とか同情を誘うような言い回しになりそうだけど、そもそもの発端は自分が悪いってことだし小さな嘘が大きな影になっているだけだ。
それでも聞いてくれたり助けてくれた人のことは絶対忘れないし、とても好きだからこそ言えないんだけど、相手からしたら言われても言えないと思われてても余計な重荷が増えるだけ。マイナス感情の多重債務みたいになっている。
そしてそれがまた怖くなる。際限のない落ち込みから抜け出せない。
誰もがどこかで、いつかは、と自分から自分の愛想を尽かしにかかってしまう。
助けてほしいのは山々なのに、助けてもらえるのが怖くて、助けてくれたはずの人を自分で振り払っている。
それでも生かされていると思えたら、明日は少し良き日になるかな。
それともジリ貧の良き日が少しずつ削れていって、いつか剥き出しになって干からびてゆく途中なのかな。




