送った手紙に既読は付かない
お手紙を書くのが好きだ。
桑田佳祐さんの「私の世紀末カルテ」じゃないけど、こんな時代に手紙を書くのが好きになった…いやもともと文章を書いて読んでもらうのが好きだから、手紙も以前よく書いていた。mixiやってたころは年賀状とか誰かのお誕生日ってなると贈り物に手紙添えてたな。まあ人数増えてお金も手紙も大変になったんで数年で辞めたけど。
でまあ、今んなって手紙を書きたいような人のことは当然よっぽど好きな人なわけで。
で書き終わって出してから必ず後悔する。
自分で書いた文章は何度も読み返したいタチなんだけれども、手紙って出してしまえば終わりじゃん。でログも残らないから読み返せないじゃん。なんか、もっと他に言い方とか書きたいことあったんじゃないか、接続詞おかしくないか、漢字がわからないからひらがなにしたけど単語と単語のつながりがわかりにくいな、みたいに。どんどん書いたものが嫌になる。でもって読み返せない。
もういっそカーボン紙に書くか?青い文字で複写が残るのもイヤだな…領収証じゃあるまいし。
まあそんで幾ら自分で自分を追い込みながら書いたところで向こうにしてみりゃ勝手に書いて送りつけられたものに返事なんか当然こない。向こうは私ほど手紙や文章書くの好きじゃないし多分私のことも好きじゃない。少なくとも望みもしない手紙なんぞを寄越されるたびに苦手な手紙をわざわざ書いて返すほどのことはあるまい。忙しかったり他に楽しみがあれば普段の電子的な返事だって忘れるし、義理の連絡ぐらいは寄越す程度のニンゲンから届く手紙なんか下手すりゃ怖いとか気持ち悪いだろ。
大体へたに手書きで来るもんだから、その時点で気持ちや行動が重たいんだよな。ただでさえ体重が三桁あるのに。最近計ってないから細かい数字は知らないけど。
まあ基本、手紙に限らず自分で書いたものは送信(投稿)ボタンを押した瞬間もう忘れて次を考えるから、書いたものにこだわるというより書くこと自体にこだわっているんだろうな。
で、近年はパソコンで書くことにした。
これで何度でも書き直せる!
と思うもんだから何度でも書き直したくなる。
こないだ書いたのは5回以上直して、ネットプリントしたけどまた直して、それでもまだ直したいところが見つかった。
もぉーー一度、気になると絶対に納得いかない。○○〝で〟○○なのが○○〝で〟みたいに同じ言葉で繋いでて死ぬほどダサいんだよ。ああああもう殺せ!殺してくれ!!
これでよく作家なんぞ名乗ってるな、お前は!
なんでこんなことが起こるかと言えば私は話すにしても書くにしても、言葉や文章にしながらまとめてくせいだ。
やり方が悪い、非効率、長くなる。
そのくせ途中で話を遮られたり話題を変えられると不愉快極まりないのだが、お前の話が長いのが悪いとすら言われる
優しい人は言わない代わりに聞いてない。
返事もしないし、答えたくない部分や返したくないメッセージを避けて返事だけは寄越してくれる。
優しい人に手紙は酷だ。一方的だし、重たいし、返事もしないならしないで気になるというか変な気遣いをしてしまうことだってあるだろう。心の片隅に小さくささくれが出来てしまう。
一生懸命書いたって報われないのは小説も手紙も同じで、つまりまあその程度の自分が悪いので早く死ね、というわけだ。
死刑執行令状でも届かねえかな。
死神にだって返事、ちゃんと書くから。




