怒りの種類と基礎体温の変化を実感している
私わりと子供の頃から、怒るとうるさいタイプだった。暴れたり怒鳴ったり、口より先に手が出るんで随分と迷惑をかけたり友達をなくしたり、そうじゃなくても損ばかりしてきた。センセー方には先入観を持たれるんで揉め事があると無関係でも私が疑われるし、相手が悪くても「どうせまた佐野君が」と言われたことも一度や二度じゃないし、そういう言い方をした奴も一人や二人じゃない。今ここで名前を出したいぐらい、まだ覚えている。小学校3年と5年のときの担任である。
でまあ、それじゃよくないので、時間は掛ったけどそこまでのことは近年殆どなくなった。と思う。でもまだ怖いというか、そりゃそうなんだけど170センチ100キロの豆タンクなんか不機嫌そうにムスっとしてるだけでも威圧感があるだろうし…怖くなくても気分良くないじゃん。
だけど、上に書いたようにドカーンと怒らないためには押し殺すしかないわけで。だって別に性格が変わったわけじゃなくて、怒りの発露や蓄積度合いが変わっただけだから…これ以上はダメだな、と思ったらリミッターが働いて今までなら暴れてたところが黙り込むようになった。
これが良くないと言われても困る。
これ以上の最悪なことにしかならないからだ。
まあ、死にゃいいもんをいつまでも生きてケツカルから良くないんだけれども、それは一旦ちょっと置いといて。
他人に対して本当に、生まれつき思いやりのない奴ってのが最近いて。
いやずっといるんだけど、コイツに対して私こんなに静かに心の中から去っていこうと出来るんだな、と自分で驚いたので今日これを書いている。
んだよバカヤロー!オメェいい加減にしろよ!!
とか怒鳴り散らすこともせず、そういう言い方はちょっと…とか諫めることも、もうない。ああダメだコレは。もう口きくのヤだな。早く死んでくれないかな。お金が入る方向で。とか、なんかそんぐらいで…凪とも違う。しかし心は波打つどころか静まり返っている。
怒りや嘆きが生まれるときって、まだそこにエネルギーを費やしているし、自分の思う通りになってほしいとか気に食わないものを正したいとか、なんかそういう反駁みたいなもんが多分あるんだろう。
でもコイツに関しては、なんかずっといるけど最近ホントに心が死んだというか、なんもエネルギーを使わなくなってる…使わないで対処しようとしてる自分がいる。
あえて嫌うとか、わざと冷たくする、とかじゃなく。
対人関係における基礎体温が下がり切ってる、って感じ。自分の体温が死体だから、もう何の反応もないのか。なるほどそうか。
しかし冷え切った体では動かすのも億劫だ。
そういう意味では冷めた感情を抱えたまま接するというのは、怒りが爆発するよりも私にとって辛い…ケツの座りが悪いものだな。
そこには堪えるほどの怒りもない、沸き立つイラつきも、あふれる喜びも、楽しさも愛しさも切なさも心強さもない。
ん?いま篠原涼子いなかった!?




