死ぬ寸前になんて思うのかな
⇧このサブタイトルで何か書こうと思い立ったのは2026年8月のいつだったか。メモ代わりにメールだけ入れて、そのまま放っておいてた。
GmailからHotmailに自分で自分にメールを出して、思いついたネタやフレーズなんかを残しておく。
いつもならそれを家に帰って見返して書き始めるんだけど、多分この時期ヤバいくらい腰が痛くて死んでいたんだと思う。それで、それどころじゃなくって送らず下書きに入ったまま忘れてた。
これを送ったときは、きっと死んだほうが早いと思ってた時期で。
これを掘り返して記事にしようとしたときは、それよりは少しマシな状態で。
今日またこれを書きだしている自分は、いつもどおり死んでしまった方が早いのになーと思っていて。
どういう風に死ぬことになったら、どういう風に満足して死ねるのだろうか。
大金持ちで一生なんにも不自由しないで豪奢な老人ホームで秘密基地みてえな機械に繋がれて大往生、みたいな時でも多分それはそれで名残惜しいと思うんだよな。
ボケて何も分からないまま衰弱してくのかな。老人ホームに入ったら、なんてみんなよくTwitterとかに書いてるけどさ、んな贅沢出来るかもわからねえじゃん。
どっか場末でボケて野垂れ死にがせいぜいかもよ?
ピンピンコロリなんていい言葉もあるけど、そうとはいわずとも満足な往生を迎えたいものだ。満足してコロリだからビンビンコロリの可能性もある。
それは腹上死って美しい日本語があるんだけどな。
腹上死ってどうよ?
どうもこうもねえよ。
もういいか、死んじゃえ。
って思って踏み切った場合、自分のことだから振り切っちゃってそのまま行くと思うんだよな。だから何も考えないんじゃないかなあ。
考え込んで、あれこれ準備して、さあ!ってなったら、どうなんだろうか。
そこで引き返そうと思うのか、これでヨシって指差呼称のち取り掛かるのか。
なんか書かないでいるうちにわからなくなっちゃった。
分からないままの方がいいんだろうな。わかったからって、取りやめるとは限らないけどさ。




