世の中でいちばん面白くないのはどこかに送って没だったネタを供養と称して見せびらかす奴
あっ言いたいこと全部サブタイトルに入っちゃった。
入っちゃったんじゃねえ、拡げたんだろサブタイトルを。
座ったら偶然極太ディルドが入って抜けなくなりました、っつってるアナルフィスト愛好家と言ってること一緒じゃねえのかそれは。
開始数行で下品極まりないな。
案外サブタイトルでこんな偏見ぶちまけてることに対して多少の後ろめたさがあるのかもな。
コッチではダメだったけどアッチでは受けるもの、って確かにある。
でもそういうのって自分がダメだったの知ってて持ち込むんじゃなく、コッチでダメだったものをアッチの人が拾い上げてくれるものだと思ってる。
東京ではダメだったけど地元を盛り上げたい!
みたいな奴いるじゃん。
自分でダメでした!っていうのも変だし、ダメだったと知ってて持ち込むのも違う気がする。なんかもっと無我夢中で、自分で自分の生み出したものを信じられている間にだけ通用する魔法みたいなものが、在るんじゃないかと思う。
あると思いたい。
結局は夢中で居られることこそが才能というか、努力を努力と思いもせず、苦労も苦労と感じもせず突き進んでいられるものこそが生き甲斐とかいうもので。
青春ってそういうことなんかなとも思う。
小橋建太さんが今でも青春というキーワードを掲げているのは、小橋さんにとってのプロレスも小橋さんのファンにとってのプロレスも青春だったから…いや今もまだ青春が終わってないからであって。
小橋建太さんが〝小橋建太〟を全うする限り青春は続くし、それを私たちファンは追いかけているわけで。
私たちも自分にとっての青春を探して、大事に抱えて、時々は重荷に感じたり手放してしまったりしながら生きていくのだろう。
手放したものは、どうするか。
後で拾いに行けばいいじゃない、と私の大好きな人が教えてくれた。
一旦ちょこっと置いて、また余裕が出来たら拾い上げてあげようよ。って。
もうその生き方がステキ。大好き。




