キアロスクーロ
私小説とも、創作とも、妄想ともつかない言葉の連なりたち。
2026.8.10
和哉くんの頭の中には、こんなものが渦巻いていました。
今回のサブタイトルには元ネタがありますが、まあわかる人だけわかってくれれば。
8月の陽射しは強く眩しく、濃密に黒ずんだ青空は音を立てそうなほど晴れ渡る、そこに浮かぶ雲に陰影が刻まれて光る。
最近ろくに雨も降らなくて、敵意と悪意と殺意の三原色がプリズムになって溶け合って螺旋を描いて突き刺さって心の奥まで焼き付いた影が消えなくて。
見上げた坂道だけがぼんやり伸びて、足元の漣が踝まで洗って、このままどこまでも引き摺って行ってくれそうな気がして。
神経の砂浜。近づきながら遠ざかり膨らんでまた縮む茫洋たる記憶の貝殻が陽射しを浴びて色あせて砕けてゆく。散らばった欠片たちが波にさらわれて、また無意識の奥底で眠りについて夢を見る。
毎月、毎週、毎日、毎分。
憂鬱の秒針が休む間もなく急き立てる。
生きてるうちから二度と会わなかった奴等なんか死んだところで来るものか。頼むから死ぬ時ぐらいは一人にしてくれ。死んでまで孤独を噛み締めさせないでくれ。
白い花、紺色のパイプ椅子の腹、喪服で俯く白髪の母。死ぬまで責めを負うべき人間らしい最期と言えば、まあそう言える。
俺には指一本触れさせなかったのに、どこの馬の骨になら何でもさせたし、何でもしてやったんだろう。何処と何処と何処で咥え込んだか聞くまでもない。薄くて頑丈な境界線が隔てた馬の骨と君の粘膜よりも近くて遠い友情という名の独居房に俺は背中向けて正座して小さな四角い空だけを見上げている。俯くことすら許されない長い長い沈黙のなかで、青空に浮かぶ笑顔が次第に醜悪に歪んで泣き叫ぶさまを止めることもせず。
髪の毛を引っ掴んで夜具に押し倒して衣服を剥ぎ取って下着は引き千切って、顔も腹もあらん限りの力で打ち据えて、思い付くだけの狼藉を働いたら一体どんな顔をしてくれるだろうか。
誰かがやってたから自分もやりたくなった。それだけのことなんじゃないのか。好きだから欲しくて仕方がないなんて、後付けで幾らでも言えるじゃないか。
自分だけがダメなのが悔しいから、愛だの好きだの持ち出してダダをこねてる。
汗が垂れて地面に落ちる。
すぐに乾く。
拭っても流れてくる汗なのに地面に落ちたら一瞬で消える。
自分の中に、あとどれだけの水が入っているのだろうか。
あとどれだけ流しきったら干からびてしまえるのだろうか。
真新しい濃紺の舗装路に白い線が伸びて、上り坂は大きく右にカーブして、その向こうは海。何も見えない。まだ、海鳴りだけがかすかに聞こえる。
俯きながら歩く。古い青春映画のオープニングよろしく色とりどりの靴だけが踊るように通り過ぎてく。僕だけが俯き、裸足で歩いている。
まるで悪い夢のような好天の真夏日。
はしゃぐ子供たち、急ぐ大人たち。嬌声、音楽、エンジンのついた乗り物の群れ。
背中に翼の生えた子供たち。胸に希望を抱えた大人たち。日常、青春、思い出作りの真っ最中。僕だけが死神に憑りつかれて、空っぽの顔をして歩いている。
上り坂はいつの間にか緩慢な下り坂に変わり、冷たい潮風が雨の気配を運んで吹き抜け、行き交う人々も消え失せ、空に浮かぶ顔も無表情のまま、ああ気が付けばまた一人なんだな。さみしくて、くやしくて、かなしくて、だけど少し安心した。
海は鈍く重たい灰色に変わり、まるで溶けた重金属のようにうねりを増して迫って来る。
これでいい。こよなく晴れた夏の空なんて悲しいと思うから切ないんだ。
もうどこにも行きたくない。
もうどこかに消えてしまいたい。
もう誰にも会いたくない。
もう誰にも愛されない。
だからこんな鈍色の海と低い空でいいんだ。
だってそんな綺麗な海と青い空なんていらないんだ。




