この恩は命が続く限り5(セオ視点)
アメリアの村での生活はあっという間だった。
魔物化の治療薬はきっちり五日間飲んで、そしてキノコを除去したら、もう大丈夫だとお墨付きをもらった。
傷も塞がり、体調が悪いところもない。アルフィーが若干キノコの所為で精神的にきていたが、それも時間が経てば落ち着いた。
絶望的だった状況が一転し何もかもが元通りになった所為で、精霊に化かされた気分だ。
でも魔物化なんかしていなかったなんて言うには、傷の治りが早すぎる。だからやっぱり俺らは魔物化していたし、聖女の力を借りずに治ったのだ。
正直、どうしてこの方法が王都では全く広まっていないのか分からない。助けられてからこそ、そのすごさが分かる。しかしクラーク先生は、このまま元の生活に戻るのならば忘れた方がいいと言われた。初日に王都では話さない方がいいと言っていたのと同じ理由だろう。
色々その後もあったが、俺とアルフィーは、当初の予定通り王都に向かって出発した。帰り道、アルフィーはアルフィーの尊敬するクラーク元王宮魔術師と話した上に錬金術師への推薦状も貰って、ぼんやりとしていた。
アルフィーにとっては夢のような状況に興奮し続けるかと思ったが、あまりに予想外のことが起きすぎて、うまく処理ができていない様子だ。
「なあ、アルフィー。王都に着いたら、真っ先に錬金術師のところに行こう」
「えっ。でも、頼まれたはちみつと蜜蝋を早く渡さないと」
「どうせ移動で何か問題があれば一日か二日はずれるんだ。すでに怪我の治療で帰るのが遅くなっているわけだし、自分の用事を一つ優先させたぐらいで変わらないだろ?」
俺がそう提案すれば、アルフィーは頷いた。
危ないなぁ。もしも先に錬金術師のところに行かなかったら、間違いなくアルフィーの夢は、錬金術師に頼み込む前の時点でひねりつぶされるだろう。
孤児出身の神殿の神官は、まるで道具のような扱いだと俺は常々思っている。衣食住はあっても自由はない。誰かが彼を使うために必要な知識は与えるけれど、自立できるような知識は教えない。道具がどっかにいってしまったら困るからだ。
そしてその中でもアルフィーは暁の聖女のお気に入り。持ち物として聖女の名前を書かれているようなものだ。アルフィーが出ていくとなれば全力で止めに入るだろう。聖女の意思と孤児の意思どちらが優先されるかなんて、少し考えれば分かる。
アルフィーは命じられれば、それがどんなに嫌でも、自分の人生よりもその命令を優先させてしまう。だから友として、さっさと神殿から引き離してしまうべきだと思った。別にアルフィーにやりたいことがなく、その生活で満足しているのならば口を出すのは違うけれど、アルフィーは自分の意思で錬金術師になりたいと思っている。ならばアルフィーは神殿に帰ってはいけない。
「気になるなら、俺が先にハチミツと蜜蝋を届けてやるよ。アルフィーは夢を叶えろ」
「……でも。セオが何か言われるかも……。遅くなってしまったから。それに私がそもそも引き受けたものだし」
「安心しろ。第三者だからこそ、相手にありがたく受け取れと強気で言えるんだ。そもそもいつまでに準備しろとも言われてないからな。それに俺は神殿ともめても気にしない。別にそこを首になっても、仕事はあるしな」
神殿で聖女を警護する騎士の仕事は、それなりに人気だ。
騎士の子供や貴族の子供なんかはそれを選びたがって、実力がある者だけが付くことができる。でも仕事はそれだけではないし、俺はそういったことにあまりこだわりがない。ただ、先輩が学生時代にやらないか? と誘ってくれたので、試験を受けて採用されただけだ。
「それに、アメリアのことを思うと、さっさとやめた方がいいかもしれないなと思うしな」
「セオはアメリアさんのことが気に入ったんだね」
「命の恩人だしな」
それだけではないけれど、間違いなく一番の理由はそれだ。命の恩人に迷惑をかけるようなことはするべきじゃない。
文通をして繋がっていたいと思っているならなおさらだ。
「……まあそうでなくても俺は、近いうちに、今の職はやめようと思ってるんだ」
「そうなの?」
「ああ。俺は、恩返しをしたいから、神殿で聖女を守っていたら、いつまでたってもアメリアの近くに行けないだろ?」
一番の問題点。それは距離だ。
文通しようと遠いものは遠い。
「……気に入ったどころじゃないんだね」
「命の恩人だからな。アルフィーも感謝しろよ」
「それはもちろん分かってる。今の自分には何も返せないけど、錬金術師に弟子入りして、絶対恩返しするよ」
「ならやっぱり帰ったら真っ先に錬金術師のところに行こう」
それがアルフィーとアメリアのためになるのならば、その他の思惑が介入できないようにするべきだ。本来騎士というのは、聖女に忠誠を誓うそうだが、俺は聖女だから忠誠を誓うというのにどうも違和感が強くてできなかった。
多分、それは俺が商家の出身だから。忠誠を誓うのならば、相手に忠誠を誓うだけの何かを求める。今のところ俺は聖女にそれを感じていない。ほぼ会話もない相手では、人となりが分からない。だから俺はそんな相手よりアルフィーやアメリアの方が大事だ。
五日ほどかけて王都に戻った時、すでに時刻は夕暮れだった。でも俺は、アルフィーをまっすぐ錬金術師のところに連れて行った。
そして彼をその場に置いて俺は神殿に出向く。錬金術師とのやり取りは俺が口を挟まない方がいいと思ったからだ。アルフィーは聖女の命令には弱いけれど、でも俺がいなければ何もできないような弱い男じゃない。きっとクラーク元魔術師に話したように、自分の想いを伝えられる。
だから俺はアルフィーの懸念を消すためにハチミツと蜜蝋を届けてやる。
「――アルフィーはどうしたんだ?」
「ああ。錬金術師に用事があるので、そちらに行きましたけど?」
それが何か?
神殿所属といっても俺は神官ではなく、金で雇われた騎士だ。相手が俺に対してできることは、俺を解雇するかどうかだけだ。そして解雇された時は解雇された時。蓄えがないわけではないから次の職を探してもいいし、いっそこれを機にアメリアの近くで仕事を探してもいい。
「――お前も仕事を長期に休んでたんだろ? 迷惑をかけたんだから態度というものがあるだろ」
「すみませんでした」
ブツブツとアルフィーに対する理不尽な文句を言った後、俺に対しても文句を言ってきた。まあ確かに無断欠勤をしたのだから謝っておくかと素直に謝罪は口にする。
そもそも、魔物のはちみつと蜜蝋をアルフィーに取りに行かせなければこんなことにもならなかったが、そのあたりの原因の部分は考えないらしい。彼らが見るのは結果だけ。
しかも悪いものほどよく見える。
「謹慎しましょうか? もしくはクビですか?」
「……私は騎士ではないからな。処分については、直属の上司からあるだろう。下がれ」
くっそ偉そうな神官だが、俺をその場で解雇処分にするとは口にしなかった。その権限もないのだろう。やっぱりただ文句を言いたかっただけか。
とりあえず、上司のところに戻ったことを伝えに行き、ついでに辞めていいですか? と聞いたが、辞めないでくれと止められた。先ほどの神官とのやり取りを伝えれば、申し訳ないと謝られる。別に悪いのはこの人ではなく、親族が貴族だからと偉そうな神官だ。
「一応の罰的に、俺、ドアの見張り的な仕事しますよ。そうすれば、彼らの溜飲も下がるんじゃないですか?」
「……本当にすまない。セオにそんな新人の仕事をさせるなんて……」
「いいですよ。ただ、俺。近いうちに別の仕事につこうと思っているので、俺の後釜育てといて下さい」
「えっ? 別の仕事? 辞めるってことか? 本気で?」
「はい。辞めます。まあ、先輩に誘ってもらってこの仕事ついたし、流石にすぐ辞めるのは迷惑かかるって分かってるんで、落ち着いてからにしますけど」
「マジかぁ……」
がっくりと肩を落とし惜しんでくれる先輩には悪いが、俺は聖女よりアメリアの方が大切なのだから仕方がない。
アルフィーは結局あの後一度も神殿には戻って来なかった。たぶん錬金術師も戻ったら最後だと分かったのだろう。交渉は錬金術師が行ったそうだ。
ふらりと錬金術師の店に会いに行けは、アルフィーは生き生きとしながら雑用をやっていた。お金がないから少しでもできる事はしたいと言うアルフィーは、神殿にいたころよりも楽しそうだ。本人がそれでいいのなら、俺はいいと思う。
「セオはアメリアさんに手紙は出したの?」
「出したけど、これから女の子が好きそうな便箋を買おうと思ってる。文箱までもらったし、流石に神殿の便箋はちょっとアレだから」
そもそも一通目だって、いい感じの便箋があればそちらを買って出したかった。でも買いに行く時間よりも、手紙を早く出す方を優先させたかったのだ。あまり文字を書くのが得意ではないから、文章をまとめてから読める字で書こうと思うと時間がかかる。
とりあえずやれなくはない程度に教育をしてくれた兄貴たちには感謝だ。騎士科の中には、俺よりそういったことに壊滅的な奴もいる。
まあでも時間がかかるので、一通目は便箋を買いに行く余裕がなかったのだ。
「知り合いの女子に雑貨屋は教えてもらったから、まあ何とかなるだろ」
「……それ、選ぶの手伝いますとか言われなかった?」
「言われたな。俺としては自分で選んだやつを使いたかったから、断ったけどな」
アメリアに送る手紙を他者に選ばせるのはなんか違うと思うのだ。たとえその方が女性が好きな柄の便箋になったとしても。
それにアメリアの場合、可愛い便箋より研究に役立ちそうなものを贈った方が喜びそうだ。だから便箋は俺が気に入ったものでいいと思う。
「断ったならいいけど、アメリアさんが好きなら女性関係は気を付けなよ」
「何を気を付けろっていうんだよ」
「……うまく回避しているならいいとは思うけど」
アルフィーはため息をついた。回避ねぇ。
多分アメリアに勘違いされないようにということだろうけど、今まで俺、女性と付き合ったことないからなぁ。
告白をされればもちろん断るが、されてもいない相手にはどうしようもない。でも確かにアメリアに意識してもらう前に、俺が選択肢の中かからはじき出されているのは困る。
もう少し気を付けようと思うが、お客様対応しかやり方わかんないんだよなぁ。
商家の息子だからお客様に対して、お引き取り願うやり方は兄貴に教え込まれたが、俺が知っているのはそれか、拳の語り合いだけだ。流石に女性相手に拳は駄目なのは分かっているから、お客様には丁重にお帰り願うようにするだけだけど……はぁ。
女性は難しい。
そんな日々を送っていたある日。
禍の大災害が起こった。
詳しい話は降りてこないが、どうやら各地で禍の災害が起きているらしい。基本的に町は門を閉じ、魔物対策をして聖女を待つそうだが、一か所嫌な話を聞いた。
どうやらその町は、町の中で禍の災害が起きたという。
その名を聞いた瞬間、血の気が引いた。
「アメリア……」
禍の災害が町中で起きたのは、アメリアが住んでいる村の隣の町だった。村と町はそれなりの距離がある。ただ問題はアメリアの住む村はその町を通らなければ別の場所には行けないような立地なのだ。もしかしたら俺が知らないだけで別の道もあるのかもしれない。しかし町中で禍が発生したのならば人が魔物化し、アメリアの村を襲う可能性だってある。いい状況ではない。
「でも幸いだったな。王都から遠い町で」
王都から遠い町で?
そんな言葉が神官から出た瞬間悟った。あの町は切り捨てられる場所なのだと。
王都から見るとあの町から続いている場所は、村だけだ。距離もあり、あそこを治めている貴族も力がある者ではない。間に合わないとして切り捨てて問題がない、優先度の低い場所なのだ。
ふざけるな。
何のためにここに聖女がいるんだ?
そう思うも、分かっている。聖女は貴族や王族を守るために王都の神殿に集められている。だから王族も貴族もいない外れの町は切り捨てられる。
アメリアの村の裏にある、禍のある山。あそこも昔は町だったと聞く。でも間に合わないと切り捨てられ、人が住めない場所となった。
同じことが町で起これば、アメリアの村も同様に人が住めない場所として国から切り捨てられるのだ。
運がよければ落ち着いた頃に聖女が派遣されて、浄化をしてもらえるかもしれない。でもその時にはきっと住人がいなくなった町なのだ。
誰一人、親身になってあの村を助けようとする人はいない。
……なんで俺、ここにいるんだろ?
好きな女の子一人守れずに。そもそも、俺の命は彼女に救ってもらったから今もあるだけで、本当ならばもうなかったのだ。
心残りの友人も助けてもらって、なのになんで俺はこんな遠くに離れ場所にいるんだ?
俺一人の力では村も町も助けられないだろう。でも少なくとも、命の恩人である好きな女の子一人ぐらいは助けられたのに。
いや。……ここにいる理由、あるじゃないか。
何か助ける方法はないかと考えた時、はたりと気が付いた。
起死回生。禍が発生した時唯一救うことができる存在、聖女がここにはいる。
聖女を攫うことは大罪だ。処刑もやむをえない。でもそれがなんだ。恩人を見捨てて、助けられたこの命を大事に抱えて何になる。
幸い、俺は罰として聖女の滞在する扉を守っていたから、一人で部屋に引きこもっている聖女の存在を知っている。
そして引きこもっている異界から来たという聖女は、この神殿にいるどの聖女よりも強い力を持っていると聞く。
すぐに腹は決まった。異世界から来た聖女には悪いが、俺はアメリアを救うために利用させてもらう。
脳裏に家族や親友であるアルフィーの顔が浮かび、悪いな、と心の中で謝る。親族から大罪人が出たとなれば、商家である家族は頭を痛めそうだが、きっと兄貴たちなら何とかしてくれる。後は聖女様を誠心誠意守り、罪が俺だけで終わるよう頼もう。
俺は覚悟を決め、異世界聖女の部屋を目指し走った。
セオ視点だと分かりにくいので一つだけ。
セオはアメリアの村が見捨てられると思っていますが、実際はもう少し複雑で、セオが動かなくても聖女の派遣はありました。
何故ならば、アメリアが住んでいる村には侯爵家の娘である【暁の聖女】が滞在しているからです。セオに話した神官はあまり外に出ないので、地理に弱く【暁の聖女】が滞在してる村が禍の所為で孤立していることに気が付いていません。でも侯爵家から依頼が入るので、確実に派遣はされます。でも派遣までに時間がかかります。
なのでセオが動かなかった場合、助かる人数が減りました。




