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この恩は命が続く限り4(セオ視点)

 いいことと悪いことは人生の中で同程度あると聞く。

 とうとう魔物化の治療が開始できるのはいいことだろう。そして、悪いこと。その治療薬が、悶絶するぐらい不味いのだ。

 正直、クラーク先生が孫娘可愛さに嫌がらせをしているのかと思った。本当に嫌がらせとしか思えない不味さで、体が飲み込むのを拒絶する。えぐみとも苦みと何とも言えない青臭さ。必死に飲み込んだが、本当にこれ治療薬だよな? と不安になる。舌がこれは毒だと訴えるのだ。

 そしてこれを五日間飲むと……。

 一度飲んだだけで体が拒絶反応を起こしそうなこれを?

 これは本当にいいことなのか? どう考えても悪夢だ。


 ただ治療が続くのは悪いことばかりではない。アメリアが俺の状態観察をするために毎日通ってくれるのだ。たとえその観察が【人科・オス】状態だとしても。

「よく考えれば、アルフィーさんって既に半裸だよね? 私が魔力の流れを確認してもよくない?」

 そして観察対象が俺だけではないとしても。

 アルフィーは現在半裸で木に縛られ幸せそうにしている。……正直この未来が俺にも来るのかもしれないと思うと、夜しか眠れないぐらい怖い。病人なので、まあ夜はちゃんと寝る。でもたまに怖すぎて筋トレをして考えないようにしているぐらいだ。

 まあそんなキノコになりきっているアルフィーはすでに半裸だし、アメリアの診察を拒否しないだろう。正気だったとしても、アルフィーならば理由を言えば拒否しないとは思う。

「……できればあまり見ないでやってほしい。知った後のアルフィーの精神が心配だ」

 でも俺が、アルフィーに触れるアメリアを見るのが嫌で、クラーク先生が拒否していることをいいことに、一緒に反対する。しょんぼりとするアメリアには申し訳ないと思う。でもやっぱりなんか嫌なのだ。


 そんな中俺が筋トレするぐらい暇している為、禍がある山に登るアメリアの護衛をすることが決まった。これはとても嬉しい。

 驚いたのはクラーク先生も節度を守れと念押ししつつも許可してくれたことだ。

 後で理由を聞いたが、クラーク先生的にもアメリアの研究熱心なところは頭が痛いそうで、あまりに集中しすぎて魔物に襲われたり無茶して体調を崩すといけないと思ったらしい。確かにアメリアは何かを思いつくとブツブツと独り言を話し、周りが見えなくなる傾向がある。そういうところ、なんか抜けていて可愛いなと思うけれど、実際魔物の前でそれをやられたら洒落にならない。


 そしてクラーク先生の予感は当たり、アメリアは研究に夢中になりすぎて体調不良を起こした。目を酷使して気分が悪くなってしまったアメリアに膝を貸してやりながら、マジでほうっておけないなと思う。色々しっかりしているし、魔術師としてもかなりすごいのに、アメリアはどこか抜けている。

 とはいっても俺が付き合ってやれるのは、この村にいる間だけだ。

 と、思っていたが、まさかのアメリアは俺が護衛するのはこの一回きりだと思っていたと知り衝撃を受ける。なんでそうなる?


「この研究を進める為には、この山に何度も入らないといけないんだろう? 今回みたいに慣れないことをするわけだから、俺が手伝えるなら、手伝った方が役立つと思ったけど?」

「そりゃ役立つけど、給料を渡しているわけでもないのに……」

 いやいやいや。給料もらったら恩返しにならない。

「恩返しなのにお金をもらったらいつまでも恩が返せないじゃないか」

「いや。もう、十分よくしてもらっているから。むしろ私が恩返ししなければいけなくなってくるから」

「えっ?」

「ん?」

 何を言っているんだ?

 どう考えても返し足りないだろう?


 理解できずに首を傾げれば、アメリアも首を傾げた。きょとんと言った様子は小動物っぽくて可愛いけれど、俺は流されないぞ。どこをどう見ても、全然恩返しが足りていない。

「いや。だって。素材採取を手伝ってくれたし、研究の為に裸を見せてくれてるし、その上今回もでしょ? どう考えても私がもらいすぎだよ」

「こっちだって、命を助けられて、アメリアのおかげで魔物にならずにすんで、しかもなかなか手に入らない魔物の蜂蜜と蜜蝋を譲ってもらって、どう考えても恩返しが足りないと思うけど」

「でもこれで三個と三個で相殺でいいんじゃない? それに蜂蜜と蜜蝋はお金をもらって売っているわけだし」

「いや。たった一回素材採取を手伝うことと命を助けてもらったことが同列なわけがないだろ。本当なら、治ってもここに通いに来て、時折手伝いたいくらいだ」

 個数の問題じゃないだろ。

 俺とアルフィー二人の命を救ってもらったんだ。重さが違う。本当はずっと手伝いつづけなければ返しきれないんじゃないかと思っているぐらいだ。

「いやいやいや。そこまで恩に感じなくていいから。ああいうのはお互い様だよ。セオだって、赤色のろしが上がれば助けに行くでしょ?」

「行くけど、それと恩返しがいらないのは違うと思う。俺はあの時、本当に死を覚悟したんだ。……俺ならアルフィーを守れると思ったのに、実際は二人とも倒れる結果になって……本当に後悔した」


 当たり前のようにアメリアは言うけれど、俺たちが助かったのは当たり前ではない。たぶん。ちょっと何かがずれていれば、俺は後悔しながら命を失っていた。

 親友を巻き込んでしまって、もう神に祈るしかやれることもない絶望的な状態だったのに、俺たちはまだ生きていて、魔物にもなっていない。それは全部アメリアのおかげだ。

 そして俺ら二人分の命が、ちょっと素材採取を手伝ったぐらいの価値しかないわけがない。

 それに俺は恩だからだけではなくて、頑張るアメリアを助けたいと思ったし、ちょっと抜けたところがあるアメリアを放っておけないとも思っているのだ。だから村にいる間だけでも手助けしたいし、王都に戻ってからも何か手伝えないかと思う。


 そんな会話をしていると、アメリアが研究を始めた理由を気まずい様子で教えてくれた。

 これを始めることになったのは【私怨】だと。

 話を聞けば確かに始めたきっかけは私怨ではあるけれど、その方法は相手に対して悪意をやり返すわけではない。アメリアがやっていることは、みんなが幸せになることで、これのどこが悪いのだろう。

 そもそもだ。

「今でも元彼のことは好きなのか?」

「まったく。これっぽっちも。もちろん、いいところがなかったわけではないし、嫌いなわけではないの。でも思い出すと腹が立つし、嫌な気分になるから、好きではないわ」

「よかった。俺はそいつが嫌いだから、好きだったら悪口を言われたら嫌だろ?」

 アメリアに対してやったことが非道すぎるだろう。

 なんの非もないのに、どうしてアメリアだけが我慢して泣きを見なければいけないんだ。俺だったらぶん殴っている。今からでも殴っていいと言われたら、代わりにしっかり落とし前をつけてやるぐらいだ。


「へ? 会ったことあるの?」

「ないよ。でも話を聞く限り、嫌いだ」

「いや。待って。えっと、全部私の主観でしかなくて、彼には彼の理由があったと思うの。だから私の一方的な恨み辛みで嫌うのも違うというか……」

 どれだけぼろくそにののしってもいいことをされたのに、好きでもない相手を思いやれるアメリアがいい子過ぎる。元彼は死んで詫びろ。

 元カレの所為で自分に対する自信が壊れてしまったアメリアに、そいつらがどれだけ非道で、アメリアは気にする必要がないかを伝えてやる。本当に今すぐ殴って謝らせたいぐらいだ。いや、謝ってすっきりするのは相手だけだな。アメリアはずっと許さなくていい。でもずっとアメリアがそいつらを気にし続けるのも、なんか腹立つな。


「私にも問題がないわけではないと思うよ。そんなに人に好かれる性格はしてないと思うし、研究のことになると視野が狭くなってしまうし」

「でも嫌なことがあったら言ってとアメリアが先に伝えてくれるのは、視野が狭くなることを自分で理解して、その上で相手を気づかうからだ。俺はその元彼より断然アメリアの方が好きだ」

 特に深い意味で言ったつもりはなかったが、アメリアが固まった。そして白い肌が瞬時に赤く染まる。耳まで真っ赤な彼女を見て、俺は慌てて首を振った。


「いや。違う!」

 違うのが違う。待て。今のはなし。

 そう思っても口から出た言葉は消えない。

「わ、分かってる。人間性としての話だよね。うん。分かってるんだけどね」

「いや、えっと間違ってないけど、恋愛的な面でアメリアが好きじゃないという意味でもなくて、そのだな。俺は、男に振られて傷ついている所につけ込むような人間にはなりたくないんだ。ちゃんと、傷が癒やされて、正常な判断ができるようになってから……その、えっと」

 俺はアメリアが好きだ。

 それは間違いない。そこにあるのが友愛なのか恋愛なのかが問題で。

 今ポロっと漏れたのは友愛という意味でだ。でもそれだけではないものが、もう俺の中に育っているのも分かる。

 

 でもつけ込むのは違うだろ?

 だって、アメリアはこんなに傷ついているんだ。ちょっと優しくされれば、絶対簡単にクラっとくると思う。でもアメリアはそんなことして付き合っても、同情で付き合ってくれたとか思いそうだ。

 俺はアメリアに同情しているから好きなわけじゃない。だから、ちゃんと好きになってもらいたい。傷も癒えたアメリアに、ちゃんと選んでもらいたい。セオでもいいじゃなくて、セオがいいと思ってもらいたい。

 だからアメリアの傷が癒えるまでは、俺は友人としていよう。

 たぶんこの治療期間だけで、彼女の傷が癒えることはないだろう。だから長期戦覚悟で、でもアメリアに他の男が近寄れないよう、一番近い位置で彼女を見守りたい。


 俺は彼女に恋をしている自覚をした。

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