この恩は命が続く限り3(セオ視点)
「失礼します」
そう言って俺の病室に入ってきた少女は、少しびっくりするぐらいの美人だった。
薄い水色の髪を後ろで結んだだけで、しゃれっ気はない。化粧もしていないのではないだろうか? しかしアメジストのような瞳はキラキラと輝き、しゅとした鼻筋に形の良い唇。肌は健康的な程度の白さで、血色もいい。
人の美醜などあまり気にしない質だが、そんな俺でも知的な美人だと思った。
「セオさん起きていますか?」
名を呼ばれ心臓が跳ねる。
医師……クラーク先生に名前を聞いたのか? いや、待て。この声、なんとなく聞き覚えがあるし、俺の名がセオだとちゃんと分かって呼びかけている。
知り合いか?
「ああ。君は……えっと、アメリアか?」
顔の知らない知り合いで、セオと名を呼ぶ人物を思い出し、たずねれば目の前の美女は頷いた。
「そうです。先程はどうも」
「そういう顔をしていたのか」
ゴーグルとマスクで隠された下にこんな美人が隠れているとか、大衆小説かよと思う。まあ、俺もそんな大衆小説もそれほど読む方ではないのだけれど、でもこういう設定は絶対あると思う。美人は三日で飽きると言われるけれど、それでも三日はなれないということで、どうにもやりにくい。
本人自分が美人だという自覚が皆無なのか、それとも俺以上に美醜に興味がないのか、はたまたこんな顔をしているからこそゴーグルとマスクで完全に隠していたのか。
「綺麗な紫の目をしていたんだな」
「ありがとうございます。早速ですが、私、セオさん達を助けましたよね? だから、報酬が欲しいんです」
思わずナンパのような言葉を言ってしまったが、アメリアは普通にスルーした。聞きなれているのか、それとも【報酬】の方に意識が行ってしまっているのか。
褒め言葉で全く喜ばなかったことに若干の残念さを感じつつも、アメリアは俺の命の恩人だ。お返しが何かできると言うのならばしたい。
「そうだな。確かに俺たちは命を救われた。だから払うべきだと分かっているが、今はあまり持ち合わせがないんだ。王都に戻ればある程度は出せるが……」
「いえ、欲しいのはお金ではありません」
アメリアは手を前に出し、きっぱりと断った。
それほどお金が有り余っているわけではないからありがたいが、だとすると何をお願いされるんだ? 逆に読めなくて身構える。叶えられるものだといいのだが……。
「セオさんお願いします。私への報酬として、今すぐぱぱっと服を脱いで体を見せてくださ――」
「この馬鹿娘!!」
意味を理解する前に、紙の束でクラーク先生がアメリアの頭を叩いた。アメリアが美人だから余計にギョッとする。
あの顔の持ち主を遠慮なく叩くのか。……いや、孫だしな。
「じいちゃん、酷い」
そしてアメリアも叩かれ慣れしているようで酷いと言いつつあっさりとした反応だ。
なんというか、ギャップが酷い。
というか、……孫なんだよな。クラーク先生は頑固爺と言った顔つきで、アメリアのようなはっとする美人とは違う。まあ、祖父と孫なので、似てないことは普通にあるだろう。
顔立ちは似ていないが、二人の会話は間違いなく近親者のそれだ。
とりあえずその後の会話で、魔物化している状態の身体を研究の一環として見たいから服を脱いで欲しいというという意味で言った言葉なのだということは分かった。
アメリアは美人だけれど、彼女の研究意欲の方が強烈に感じた。俺のことも【人間の男性】ではなく【人科・オス】と認識してるんじゃないだろうか。美女に裸を見られて赤くなっている俺の方が間違っていると思うぐらい顔色を変えずに観察して、ポンポンと専門用語や仮説を出していく。
彼女とは生きている場所も見ている場所も感じていることもまったく違うように思える。
そして彼女は俺の裸を見るだけ見て、そのまま帰っていった。いや、うん。彼女は助けたお礼に見せてほしいと言っただけだし、それで間違っていない。間違っていないけれど、俺はもう少しアメリアが何を考えてどう思っているのか話してみたかった。
クラーク先生と一緒に出て行ったけれど、しばらくして先生だけ再び病室に入ってきた。何かまだ治療があっただろうか?
「うちの孫は可愛いだろ? 絶対やらんがな」
ニヤッと笑いながら、そう一言言い残し、再び病室を出て行った。
……はずっ。バレてる。俺が話したかったと残念に思っていることがバレてる。
俺は色々辛くて枕に顔をうずめた。だって、命の恩人で、すごい親切で……しかも美人とか、興味持って当たり前だろ? 話したいって皆思うよな?
……思うか?
ふと冷静になって、再び仰向きになる。
今まで、こんな風に自分から女性と話したいと思ったことってあったか?
考えるが、そもそも【ああ、死んだな】と思ったところで救われて、なおかつ色々気を配ってもらったことなどなかった。いつもは、俺が誰かを助ける側なのだ。
「また来るよな……」
俺は研究対象のようだし。
だったら、その時に話せばいいだろう。それにちょっと裸を見せたぐらいで、恩返しができたとは思えない。
何か他にできることはないだろうか? そう思いならも、俺の体は疲れていたようで、そのまま夢の世界に旅立った。
◆◇◆◇◆◇
翌朝。
隣でアルフィーが木に縛られるのを見て、色々ぞっとした。……本当に、これ治療だよな?
アルフィーが縛られて幸せそうな顔をしたのを見て、俺はそっと目をそらす。確かキノコを除去するのは魔物化の治療が終わってからとか言っていたけれど……それはいつだ? いつか俺もアレなのか?
朝食を食べながら、恐怖心を飲み込む。助かるにはこれしかないのだから俺たちに選択肢はない。ここまでしたんだからどうか治ってくれよ、神様。俺はそう祈るしかなかった。
そうこうしていると再びアメリアが病室を訪れた。しかもアルフィーが必要としているはちみつと蜜蝋を分けてくれるという。
元気になったとしても、アルフィーはどうにかして聖女からの指令をこなさなければならないので本当に助かる。命を救ってもらっただけでなくこっちの困りごとも解決してもらってしまい、頭が上がらないというのはまさにこれだ。
裸を見せたぐらいじゃ、全然恩返しにならない。
「だったら、アメリアちゃんの仕事を手伝わせてあげればいいじゃないの」
アメリアが昨日できなかった分の素材採取に行くと言った時、朝食の準備をして下さった女性が援護射撃してくれた。
素材採取の手伝いをしたところで恩返しには全然足りないけれど、恩が積み重なっていくばかりの状態なのでとにかく彼女に何かしたい。それに、もう少しアメリアとゆっくり話したいというのもあった。
どうやら孫馬鹿なところがあるクラーク先生は苦虫をかじったような顔をしている。
俺とアメリアの二人っきりで採取をするというのが気に入らないのだろう。
「そうは言うが、アメリアはああいう性格だが、女だし」
「女性だからこそよ。ハリー。貴方は、ちょっと過保護すぎるわ。孫がかわいいのは分かるけれど、ちゃんと異性と交流させてあげなければ、異性を見る目も育たないのよ?」
異性と交流。
その言葉にドキリとする。いや、別に俺はアメリアとお付き合いしたいとかそういったことは考えていない。ただちょっと気になるというだけの話だ。
同じようにアメリアも慌てているが、たぶん俺を意識してではなく、年齢的にもそういったことを身内に話されるのが恥ずかしいのだろう。
いたたまれないような顔をしている。
しかし俺としては、手伝いができるのは万々歳だ。なのであえて口出しはしなかった。
アメリアも付き合うつもりはないといっているのだからおかしなことにはならないはずだ。
うまいこと素材採取の手伝いをすることになった後も、しきりにアメリアは謝っていた。
アメリアからゴーグルやマスク、手袋をかり、俺は再び山の中に入る。昨日死にかけたばかりだ。油断しないように今回は警戒を怠らない。でもアルフィーと登った時よりも、安心感が違った。アメリアは登り慣れている上に、彼女が魔術師だからだ。アルフィーは山に登るのさえ初めてだった。
完全防備しているアメリアを見て、俺は初めからこういった人を雇えばよかったと思う。必要なものはすべてアメリアが用意してくれていて、俺は全然採取について知らなかったんだなと思う。ただどこに行けばこの手の人と会えるのかが分からないけれど。俺が知っている魔術師は採取には興味がない人ばかりだった。
俺が聖女の護衛の仕事をしているから余計に知り合いは護衛に特化した魔術師となる。しかしそういった人は採取の仕事には興味がない。採取の仕事は錬金術師の仕事と若干の被りがあり、力が強く特別な才能を持つ魔術師ほど嫌う大変な仕事なのだ。
だから素材採取を縄張りとする魔術師は、あまり能力が高くない魔術師がなると聞いており、知り合いにはいなかった。でもアメリアは学校でも主席だったはずだし、助けてもらった時のことを思い返してもかなり強い魔術師だと思う。理由あってこの仕事をしているんだろうけど……なんだか変な感じだ。
とりとめのない会話をしながら採取し、俺はあることに気が付いた。
「もしかして、アメリアって虫が苦手?」
俺の直感は正しく、アメリアは虫が苦手らしい。あれだけすごい魔法が使えるのに、虫が苦手だと聞くと、可愛らしい感じで親近感がわく。
なんというか出会った時は、命を助けられたことと魔法を連発されたことで神様感が強く、その後の会話では変わっているけれどすごい頭のいい美女という感じだったけれど、ここに来て普通の女の子なんだと思う。
一緒に採取して、さらにアメリアは努力だけで身体強化まで会得した頑張り屋な女の子なのだと知った。その上夢のためにまっすぐに努力していて、キラキラしている女の子。
アメリアはどこを見るかで、すごい印象の変わる宝石のようで、外見がどんなでも、目が離せないぐらい綺麗だと俺はこの時感じた。




