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答えは、ふたりで〜四十歳夫婦、若返って異世界転生。クラフト&ミステリな暮らし〜  作者: 翠川しおり


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8.夫婦、確認する

 朝食を終えた真琴は、木皿を膝の上に置いたまま、満足そうに長く息を吐いた。


 爽やかな朝を迎え、二人で火を熾して、先日戦った灰牙狼の肉を使ったスープを作ろうということになった。幸い、出来上がったものは《安全》ということだったので、満喫したのだった。

 小屋の開口部から差し込む朝日は、すでに昨日までより少し高い位置にある。薄暗い室内の床へ斜めに光が落ち、舞い上がった細かなほこりがその中をゆっくりと漂っていた。

 焚き火の残り香と、肉のスープの匂いがほんのりと残っている。


「普通にご飯が食べられるって、すごいね。とってもおいしかった」

「五日前までは当たり前だったけどな」

「失って初めて気づくありがたみってやつですよ」


 昨日手に入れた灰牙狼の肉は、チェストに入れておいたので、新鮮なままだった。

 それと他に食べられそうな野草などを入れ、今回は《灰牙狼肉の野草スープ》という名称で安全な食べ物となった。ただ煮ただけのものだったが、それでも久しぶりに食事らしい食事をしたという満足感は大きい。


 味だけではなかった。口へ運ぶ前に、本当にこれを食べていいのかと迷わなくて済む。水を飲むたび、肉を食べるたび、未知の何かが体へ悪さするのではないかと考える必要がない。


 それだけで、この森での生活はずいぶん違う。


 生き延びるための作業だったものが、ほんの少しだけ「暮らす」という形へ近づいた気がした。真琴は木皿を脇へ置き、両手を組んで頭上へ伸ばした。


「ん~……」


 背中を大きく反らす。ぱき、ぱき、と小さな音が鳴った。そのまま左右へ身体を倒してから、真琴は顔をしかめる。


「疲労回復バフがついてるとはいえ、身体は疲れてるなぁ……」

「そりゃあそうだろ、一般的な動きとは違うからね。規格外だし」


 千尋は木皿についた食べ残しを木匙で落としながら、ちらりと妻へ視線を向けた。食欲はある。顔色も悪くない。動きも普段と大きく変わらない。


 だがここ数日の運動量を考えれば、疲れていないはずはなかった。森を歩き、素材を拾い、木を運び、灰牙狼とも戦った。

 特に真琴は、千尋より明らかに身体を使っている。若返った身体は丈夫だった。以前より力もある。だからと言って、無限に動けるわけではない。


「昨日よりはまし?」

「うん、寝たら結構戻った。でも完全ではない感じ……かな」


 真琴は右肩を左手で揉んだ。首を傾け、肩甲骨を動かすように腕を回してみる。


「そういえばさ、俺ちょっと考えたんだけど」

「どうした急に?」

「ステータスって見られるでしょ?《自己照覧》。それでさ、怪我ってわからないのかなって」

「おお、確かに。見てみよう!なんだか久しぶりな気がするね」


 言われてみれば、この数日はほとんど使っていない。転生直後には自分が何者なのかを確認するために何度も見た。


 名前。

 身体年齢。

 能力。

 技能。

 称号。


 見知らぬ世界へ放り出された直後の二人にとって、《自己照覧》は最初に得られた、数少ない情報だった。だが、暮らし始めてからは《双創》を使うことの方が圧倒的に多くなった。

 必要な物を作る。素材を確認する。目の前の問題を一つずつ片付ける。そうしているうちに、《自己照覧》は、いつの間にか確認する必要のないものになっていた。


「疲れてるとか、怪我してるとか、詳しくは表示されなくても、何かありそうよね」


 真琴は自分の肩をもう一度揉む。


 千尋はそう言いながら少し考えた。千尋が提案したことに対する、真琴の直観的な一言は無視しないほうがいい。真琴が気にかかったことを口に出し、それを一つずつ確かめるのは千尋。気づけば昔から、何かを一緒に調べるときはそんな形になっていた。


「自己照覧」


 千尋が意識を向ける。視界の中へ半透明の情報が浮かび上がった。

 初めて見た時はゲーム画面そのものに見えたが、慣れてくると、むしろそこには説明しにくい違和感があった。いわゆるゲームのステータスだとしたら、絶対にあるものがない。最初に開いた時と大きく変化したようには見えない。


 隣では真琴も黙って自分の表示を見ていた。しばらくすると眉間へ小さなしわが寄る。


「ねぇ、HPの表示がないね」

「そんなにばっちりゲームのステータス画面みたいな感じ?」

「でも、すでにステータス画面みたいなものだし、魔力があるって感覚は確かじゃない?」

「似てるだけっていうのも、もう無理が出てきたよな……」


 確かに、魔力の概念があれば、体力もあるだろう。概念として存在するものが、情報として表示されないとは限らない。千尋は改めて《自己照覧》へ意識を向けた。


 今までは表示された情報を読むだけだった。だが、《双創》には選択するという操作がある。ならば、《自己照覧》にも同じように見る以外の操作が存在する可能性はある。


 能力の項目へ意識を向ける。わずかに表示の感触が変わった。視線を動かすのとは違う。指で触れるわけでもない。それでも選んだという感覚だけが返ってくる。千尋の目が細くなる。


「ねぇ、真琴?この項目……選べない?」

「え?まじで?ちょっと待って、意識する」


 二人とも、それぞれの表示に意識を集中する。小屋の中がしん……とする。外から聞こえる鳥の声と、開けてあったドアの向こうの調理場で、焚き火が小さく崩れる音が聞こえた。

 数秒後、真琴が小さく息を吸う。


「本当だ。確かに『能力』のところが開く感じだね」

「でしょ?最初に試さなかったもんな。UIの確認はまず最初にするはずなのに」

「チュートリアルがないんだから仕方ないよ」

「それにしてもいろいろ触るもんなのに、俺としたことが……」

「あはは、確かに千尋にしては……だね」


 改めて表示へ向き直った真琴は、今度は先ほどより慎重に項目を探し始める。千尋も同じだった。一つ選び、また戻って確認を進める。

 最初は単純な情報だと思っていた《自己照覧》が、少しづつ別の顔を見せ始めていた。やがて真琴の口から声が漏れる。


「あった」

「あった?表示項目?」


 千尋も同じものを見つけた。普段表示する情報を選べるらしい。名前や技能といった詳細情報とは別に、簡易的に状態を確認するための項目が並んでいる。その中へ探していたものがあった。


《体力》

《魔力》


 千尋は直ぐに選ばなかった。ただその二文字を見つめる。言葉としては単純だ。しかし、そこへ自分の状態が数字ではなくとも明確な情報として存在するということは、今までとは意味が違う。


「あったね、HP」

「あったな、MP。使いたくはないんだがね、その言い方」

「そうなの?完全にHPとMPなのに」

「そうなんだけどさ、ゲーム寄りに考えちゃうでしょ?危険もモニター越しのように感じちゃう気がしてね」

「ああ、それは確かに……」


 ゲームと似ている。危険感もそうだが、似ているからこそ同じものと決めつけるのは危険だった。HPがあと少し表示としてはあるから安全。まだ平気。そうは思ってはいけない気がするからだ。

 この世界で魔物に襲われたとき、ゲームの知識が助けになったことはある。同時に、これはゲームではないと痛感する瞬間もあった。

 千尋は二つの項目を簡易表示へ追加した。視界の端に、ごく小さな情報が現れる。邪魔にはならない。意識を向けなければ気にならない程度なのに、見ようと思えば直ぐに確認できる。


「おぉ!凄い……」


 真琴も同じ設定にしたらしい。視線が何度か宙を動く。


「私、体力ちょっと減ってるわ~」

「昨日あれだけ大活躍したからね」

「千尋は?あ、千尋は魔力かな」

「うん、体力はそれほどではないけど、魔力は確かに減ってるね」


 体力ほど大きく減っている感じではないが、満ちている状態でもない。

 二人とも黙った。休んだり、眠ったりすれば疲れは取れる、それが今までの生き方だった。だが、今は減ったものがはっきり存在している。真琴が自分の表示を見たまま、首を傾げる。


「これ……どうやったら戻るんだろ」


 千尋も同じことを考えていた。体力の回復については何とか想像はつくのだが、魔力はどうなのか、食事の内容が関係するのか。睡眠なのか、時間なのか。検証することはまだ山のようにあった。


「体力は寝たら治りそう。何一つ根拠はないけど」

「まぁ、そんな気がするけど、昨日の状態を表示してないからね。比較はできないなぁ」

「あ、そっか。じゃあ、今日見ておけば答えは分かるね」


 千尋は立ち上がると、足を伸ばした。自分でも改めて身体の状態を確かめる。強い痛みはない。ただ、森を歩き続けた疲れは、確実に残っている。


「魔力も自然に戻るのかな?」

「う~ん、魔力に関しては全く分からないね」


 千尋は自分の手のひらを見る。魔法を使った時には、確かに体の中から何かが抜けていく感覚があった。大量に水を汲み上げた時のような、身体の中が少し軽くなる感覚。今までなら、それを単なる疲れ、と呼んで済ませていたかもしれない。

 だが、それが《魔力》という状態で別に存在するなら、話は変わる。


「使い切ったらどうなるんだろうね。この辺に関しては、ゲームによってずいぶんと

変わるからね」


 真琴の声から、さっきまでの冗談っぽさが消えた。

 確かに分からない。話によっては気絶したり、最悪意識が戻らなかったり、死んだりする話もある。

 キセマホに関しては、そう厳しいペナルティではなかった。魔力がゼロになっても即、死亡にはならなかった。魔法が使用できない、いったんゼロになってしまうと、自然回復速度が低下するので、基本的には使い切らないように気を付ける、その程度だった。


 とはいえ、ここがキセマホと同じだという保証はない。魔力がゼロになったところで、単に魔法が使えなくなるだけならまだいいが、もし体調に何かしらの影響が出るのだとしたら、好奇心だけで試すにはリスクが高すぎる。


「こっちでもキセマホと同じなら楽なんだけどね」

「そうだね。でも、だからって確認するために使い切ってみる、なんてのは無しだよ」

「さすがにそこまで無茶しないよ。ただ、私は規格外の魔力は持ってないし、脳筋なら魔力量はそう多くないはずだよね。今後使い切る可能性もあるし、確認できるなら、早い方がいいと思って」

「まぁね。でも今回はいつもの『やってみればわかる』は無しの方向ね」

「へいへい。分かってます~」


 少し不貞腐れたように言いながらも、真琴自身、魔力を使い切る実験をするつもりはないらしい。千尋も心配そうではあるけれど、それ以上は言わず、視界の端へ追加した《体力》と《魔力》の表示をもう一度確認した。


 どちらも今すぐ危険を感じるような状態ではない。


「とりあえず、今日はこのまま表示を出しておこうか」

「減り方と戻り方を見るってこと?」

「そうだね。何をしたときに減るのかと、どのくらい休めば戻るのか、それだけでも分かればかなり違うと思う」

「じゃあ、今日から観察開始ね。忘れる自信ありだけど」

「あはは、気にかけるくらいでいいよ」


 真琴は納得したように頷いた。


 新しい能力を見つけた、というほどではないが、今の状態を可視化できるようになったというのは大きな意味があった。この表示とは長い付き合いになりそうだ。


「さて、今日はどうする?」

「昨日より食べ物の心配は減ったし、少し遠くまで探索に行きたいな」

「俺もそのつもりだった。そろそろ、本格的に人がいる場所を探したいね」


 昨日までと比べて、二人の生活に少しだけ余裕が生まれている。

 簡易干し台にも、干し魚と干し肉が出来上がってきていた。この家もある。少し遠くまで探索しても、戻ってくる場所があるのは気持ちとしてはとても大きかった。


「人、会えるかなぁ……?」

「いるとは思うんだよね。あれだけ人為的な場所もあったし」

「昨日の鍋のところね。確かに」

「あの辺をもうちょっと詳しく見てみたいよね。どれくらい前の話なのか……いろいろ考え合わせると、あの辺は人がキャンプを張るには条件がいい場所だからね」

「よし、じゃああの辺を重点的に、川沿いに歩いてみようか」

「OK。いいと思う。戻れる程度の範囲になるけど」

「了解!」


 二人で食事の後片付けを済ませ、探索へ出るための準備を始めた。


 水と少量の食料。簡単な採取道具と武器代わりに使っているものも持っていく。何があるか分からない以上軽装で散歩というわけにいかなかった。

 真琴が必要な物をチェストから取り出している間、千尋は今日持っていく道具を一つずつ確認していた。

 簡易ナイフや縄など、これまでに作ったものも少しずつ増えている。最初は何も持ってなかったことを考えれば、随分とそれらしくなってきた。

 とはいえ、どれも《双創》で作成したものばかりだ。千尋は手にしていた簡易ナイフを眺めながら、ふと手を止めた。


「……そういえば」

「ん?どうした?」


 荷物をまとめていた真琴が振り返る。


「俺たちって、作業台作ってなくない?」

「おおう!確かに!サバクラの基本中の基本!作業台ね」

「どのゲームやるにしても、まず最初に作ってたのにな」

「……確かに」


 二人の動きが止まった。

 サバイバルクラフトゲームであれば、素材を集めた後にまず用意するものの一つだ。作業台から斧、鶴嘴、スコップ、武器だと剣や槍、弓などを作り出していくのが定石だった。少しずつ製作できるものを増やしていき、さらに新しい設備へ繋げていく。


「石斧がいきなり作れちゃったからね。作業台へ意識が行かなかった」

「それだ……」


 最初に素材を集めた時に、《双創》で作業台がなくても、石斧を作り出してしまった。

石を削る場所も、石を加工する場所も必要なかった。


「完全に《双創》に甘えてたなぁ」

「便利すぎるんだよ。材料さえあれば完成品になるんだもん」

「今更ながら、作業台、確認して作れるなら作ってみようか」


 千尋は《双創》の一覧を開いた。今までに手に入れた材料が増えたこともあり、最初に見た時より作れるものはかなり増えている。

 その中を探していくと、案の定それらしい項目があった。


《作業台》


「あった。基本のキ」

「ほんとだね。何が作れるんだろう。ワクワクしますね」


 今ここにある材料で作成できるようだった。探索についてはひとまず置いておき、千尋は部屋の中に作業台の配置を決めた。


 さっそく二人で承認ボタンを押した。


 素材が淡く光り、少しずつ形を変えていく。しばらくすると、腰の高さほどの簡素な木製の台が出来上がった。見た目は本当にただの作業台だった。


「地味……」

「作業台に何を求めてるんだよ」

「いや、もっとこう……いろんな引き出しとか、皮とかごてごてと飾られててさ……」

「あはは、作業台に夢見すぎだって」


 真琴が地味な作業台の周りを一周回って確認している間に、千尋はレシピの確認をしていた。完成したことで、レシピが解禁になっている。


 切断板

 穴あけ

 接合

 細密加工


 なるほど、この作業台は素材の加工ができる、ということらしい。


「何が作れるって?」

「完成品ではなくて、加工そのものが出来る台みたいだよ」

「加工?」


 千尋は近くにあった枝を一本手に取った。作業台へ置いてみると、長さ指定、先端を削る、溝を作る、といった選択肢が出てくる。試しに先端を削ることを選んでみると、《双創》ほど一瞬ではないが、枝の先が少しずつ整えられていった。


「おぉ、これって結構重要なんじゃない?」

「うん、俺たち今まで順番が逆だったね」

「順番?こっちが先だったってことだよね」

「そうだね。《双創》でのレシピは結構限られたものだったよね。ここからどう広がっていくんだろうって思ってたんだけど」

「確かに、発展するにはどうするのかって思った」

「ここで、自分たちで広げていくんじゃないかな……試作とかしてさ」

「最初のヒントは《双創》からってことか」


 《双創》で作成できるものは、即完成形だ。

 一方で作業台は一から作るも、完成したものへ手を入れるも自由だ。ならば今まで《双創》の一覧に存在しなかったものでも、ここで加工し、構造を理解することができれば、新しいレシピへ繋がる可能性がある。


「じゃあ、千尋が何か考えて作ったら、それが《双創》にも追加されたりするのかな?」

「そこは試してみないと分からないね。でも、可能性はあるね」

「いいじゃん、クラフトっぽくなってきた」

「ほんとうなら、ここからなんだけどね」


 千尋は苦笑した。便利だから使う、それ自体悪いことではないと思う。だが《双創》に表示されたものの中から選んだ物だけを作っていれば、どうしても考え方が受け身になってしまう。

 けれど、この世界でこれから何が必要になるのかは分からない。《双創》の一覧に都合よく必要な物が現れるとは限らない。


 自分たちで考え、試し、作る手段があるということは、思っていた以上に大きな事だった。


「もっと早く気付いてもよかったのにね」

「ほんとだよ。キセマホではまず作業台なんて当たり前だったのにな」

「まあ、逆に《双創》スキルがチートすぎるってことでしょ」

「作業台を忘れさせるんだからな、間違いない」


 千尋は一通り作業台を確認した後、今日の探索前にあれこれ試し始めそうになる自分を止めた。今ここで加工を始めれば一日が終わる。


「後ろ髪惹かれるけど、これは帰ってからにしよう」

「おおっ!凄い!よく探索忘れなかったね!」

「あはは、すごい頑張りましたよ」

「探索行ったらまた、新しい素材をゲットできるかもしれないから、帰ってきたらね」

「そうする」


 千尋は作業台を後にして、探索の準備へ戻った。

 必要な物を持ち、今度こそ探索の準備を終えた。小屋を出る前に、真琴が簡易干し台を覗き込む。完全に乾ききってはいなかったが、いい出来のものをいくつかバッグへ入れた。


「これ、ちゃんと干物になりそうだね」

「うん、今日帰ってきたらまた状態を観よう。それと新しく干物になりそうなものを取ってこれたらいいね」


 二人は小屋を離れ、川沿いへ向かった。


 森の中はまだ朝の空気を少し残していた。木々が密集している場所まで入ると、足元にはまだ夜の湿気が残っている。草へ触れるたびに露が落ち、土と植物の匂いが強くなった。

 こんなにも自然がたくさんあふれている場所は、大人になってから近づくことはなかなか無かった。


 昨日、釜を見つけた場所までは、それほど遠くない。川沿いに進みながら、二人は周囲を確認していった。


「この辺だったよね」

「うん、もうちょっと先だったかな」


 水音を聞きながら進むと、やがて昨日見つけた場所が見えてきた。焚き火があった形跡。そこに置き去りにされていた鉄釜。釜のあった場所がぽっかりと口を開けている。

 二人は改めて周囲を見渡した。


「昨日は釜しか見てなかった。釜があれば料理ができる!としか考えてなかったわ」

「そうだね、塩を見つけたり、魚を釣ったり、結構忙しかったしね」


 真琴はそう言いながら、川とは反対側へ視線を向ける。


「人がここにいたなら、どっから来て、どっかへ帰っていったってことかな?」

「普通に考えればね。ここには村はなさそうだし」

「魔法があるから、飛んできて飛んで帰った……がありえるしね」


 二人は笑ったが、直ぐに周囲の確認へ戻った。古い焚き火跡があるということは、少なくとも誰かがここで火を使った可能性が高いということだ。ただ、それがどれくらい前のことなのかは詳しくは分からない。

 鉄釜の状態を見る限り、昨日今日の話ではなさそうだった。


「千尋、こっち」


 少し離れた場所を見ていた真琴が声を上げる。千尋が近づくと、真琴は低い位置にある枝を指さしていた。


「これ、今私たちが通って折ったんじゃない」


 枝の先が、折れて曲がっているのではなく、無くなっていた。千尋はしゃがんで断面を確認した。

 風や動物によって折れたのであれば、もっと繊維が裂けたようになるはずだった。だが、そこには何かで切られたような、比較的平らな面が見えた。


「ナイフや刃物で切ったように見えるね……」

「ひと?」

「可能性はあると思う。ただ、断定するにはまだ早い気がするよ」


 すると、もう少し先にも似た枝が見つかった。

 さらに地面へ目を向けると、草の生え方が周囲より薄い場所がある。道と呼べるほど明確ではないが、何かが何度も同じ場所を通ったように見えた。


「こっちに向かってる気がするんだけど、どうかな」


 真琴の声に、期待が混じる。千尋も、こっちと言われた方を見てみる。切断された枝は、どう考えても新しい。


「もう少し先まで見てみようか……」

「うん!」

「ただし、今日は戻ってこられるところまでね」

「分かってるって~」


 真琴が笑いながら先へ進む。千尋もその後を追いながら、《体力》と《魔力》の表示へ一度だけ意識を向けた。

 朝から出したままにしている表示は、今のところ大きな変化を見せていない。体力は歩いた分だけほんの少し減っているように見える。魔力には変化はない。

 今日一日、この二つがどう動くのか。その確認を忘れないようにすることにしよう。


 とはいえ、人工的な痕跡を見つけた喜びに興奮しながら、ふたりはこれまでより少しだけ深い森へ足を踏み入れていった。


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