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答えは、ふたりで〜四十歳夫婦、若返って異世界転生。クラフト&ミステリな暮らし〜  作者: 翠川しおり


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6.夫婦、戦う

自分で作った設定にやっつけられそうです…。

頑張ります!

 四日目の朝。見張りを交代して夜を超えた二人は、小屋の外で簡単な食事を済ませていた。食事と言ってはいるが、いくつか拾ってきたリンゴもどきだ。


 昨日、千尋の指導の下、慎重に試食を行い、このリンゴもどき(味もまさにリンゴだった)は安心して食べられるものに格上げになった。もちろん、量は少量から徐々に増やしていこうということになっている。


「昨日よりは眠れたけど、ちょっとこのリンゴを食べたら、余計おなかすいたな~。今日はちゃんと食べ物を探したい。できれば、噛み応えのあるやつ。」


 真琴は最後のひとくちをがぶりと齧り、名残惜しそうに手元を眺めた。千尋も否定しない。水と火、寝床まではどうにかなったが、食料だけはまだ安定していなかった。


「俺も同意。昨日の小川のほうも見たいけど、まずは草地の周りをもう少し広く調べよう。戻る方向を見失わない範囲でね」

「了解。魚がいたら捕まえたいと本気で思ってたんだけど。りんご生活も長くはもたないでしょう?」

「魚もいいな。釣り道具とか網もないけどね。あぁ、あれだ!熊の置物みたいに」

「手でざっぱーんってね!いやいや、さすがにそれはさ」


 あはは!と笑いながら、昨日の夜に双創で作成した、簡易槍を担いだ。千尋も石斧を持ち、いざという時に備ええた。昨夜も何も近づいては来なかった。だが、この森そのものが安全だと決まったわけではない。

 二人は昨日より少しだけ探索範囲を広げた。

 木々は相変わらず高く、枝葉の隙間から落ちる光は細い。明るさは十分あるが、影も十分あるので、暑くもなく寒くもない、ちょうどいい温度になっている。湿った土を踏むたびに、靴底から柔らかな感触が返ってくる。


「こうして歩いていると、最初の日より森の音とか鳴き声とか、落ちてるものに足を取られたりすることが減った気がするよね。何か鳴くたびに立ち止まらなくなったし」

「慣れたというよりは、反応しなくていい音が少しわかってきたということじゃないかな?知らない音がしたら、まだ気を許さず立ち止まった方がいいからね」

「OK。そういうところは相変わらず慎重だね。でも今はそのくらいがいいんだよね。私はすぐに気を許しちゃうから、ありがたし、ありがたし」


 軽口を交わしながら進んでいた真琴が、不意に足を止めた。表情から笑みが消え、槍を持つ手が静かに下がる。


「千尋、ちょっと待って。右前の茂み、今、風と違う動きした」

「うん……一つじゃないな。左にもいる」


 二人の声が自然に低くなる。右前方の葉が揺れ、その奥から灰色の獣が姿を現した。

 狼に似ているが、地球で見るものより一回り大きい。細身の身体に長い脚、口元からは鋭い牙がのぞいている。

 さらに左の木陰から一頭。少し遅れて、正面奥からもう一頭が現れた。


「三頭か……。こっちから仕掛ける必要はないよね。ゆっくり下がる?」

「そうしよう。背中を向けないようにね。走るのもダメ。向こうが追わないのなら、そのまま離れるよ」

「分かった。来たらその時はやるよ」


 真琴は簡易槍を両手で持ち直し、千尋と歩幅を合わせて一歩ずつ後退した。獣たちは直ぐには飛び掛かってこない。正面の一等がこちらを見据えたまま進み、残る二頭が左右へ散った。


「あ~、見逃さない動きだよこれは」

「同意。左右から回りこんでくるね。真琴、前を頼む。俺は横を見る。」

「了解、なんか急に、ゲーム感が強くなったね」

「ずいぶん余裕あるね。前見てて」

「大丈夫よ~任せて~」


 口では軽く返しているが、真琴の目は獣から離されていない。足の位置、肩の向き、踏み込める距離。ゲームの画面越しに見てきたものとは違う。けれど、次にどこが動くかを読む癖、視線の置き所などは身体に残っていた。

 正面の一頭が低く身を沈めた。


「来る!!」


 真琴の声とほぼ同時に、灰色の身体が地面を蹴った。真琴も前へ出て槍を突き出す。速い。だが、獣は穂先が届く直前で身体を捻った。

 石の穂先が肩口の毛を浅く裂くだけで抜ける。真琴は舌打ちこそしなかったが、眉が僅かに寄った。


「千尋!思ったより速い!しかも、こっちの槍をちゃんと見て避けた!」

「真琴、左!」


 返事をする暇はなかった。二頭目が横から飛び込んでくる。真琴は身体を捻って牙を避けたが、伸びた前足まではかわし切れない。


「っ!」


 布が裂け、左腕に三本の赤い線が走った。真琴の顔が痛みに歪む。その傷を見た瞬間、千尋の中で何かが切り替わった。

 術式も分からない、魔法の使い方も分からない。ただ、身体の奥に大きな何かがあることだけは、ここ数日で感じ始めていた。


 それを前へ押し出す。


「真琴から離れろ!!」


 空気が歪んだ。


 真琴へもう一度飛び掛かろうとしていた獣の身体が、見えない壁に正面から殴られたように跳ね上がる。そのまま地面から足が離れ、数メートル先まで、ばちーーんと勢いよく吹き飛んだ。


「……え、ちょっと待って。今の千尋?」

「多分、俺。でも、どうやったのかは俺にもよくわかんないな」

「この前、私が投げた石みたいに派手な攻撃だったけど」


 千尋自身も呆然と仕掛けたが、残りはまだいる。正面の一頭が低く唸り、再び地面を蹴った。


「真琴、まだ来る!」

「分かってる!今度は外さないよ~!」


 真琴は真正面から力をぶつけなかった。飛び込んでくる軌道を見て半歩ずれ、その先へ槍を置くように突き出す。

 硬いものを抜け、その奥へ沈む感触が両手に伝わった。獣の域を伊賀槍を通して真琴の腕へぶつかる。生きたものの重さだった。

 獣が暴れ、血が穂先から柄に伝わる。真琴は歯を食いしばって槍を支えた。やがて脚の力が抜け、灰色の身体が地面へ沈んだ。

 真琴は動かなかった。

 自分が刺した場所を見つめたまま、槍を握る指にだけ力が残っている。血の匂いが湿った土のにおいへ混じった。


「真琴、大丈夫か?腕も見せてほしいけど、その前に……無理して平気な振りはしなくていいんだよ」

「うん、平気じゃないって程じゃないよ。でも、ゲームとは全然違うね。分かっていたけど、刺した感触も、重さも、手に残ってる」


 真琴は一度息を吐き、倒れた獣を見た。目を逸らさなかった。


「私が倒したんだね。向こうが襲ってきたし、やらなかったら、こっちが危なかった。それは分かってる。でも、だからといって、なんとも思わないってわけにはいかないな。」

「それでいいと思う。必要だったことと、軽く扱っていいこととは別だからね」

「うん……慣れるとしても、雑にはなりたくないね」

「俺もそう思うよ」


 短い沈黙の間に、吹き飛ばされた一頭が身を起こした。もう一頭も少し離れた場所からこちらを窺っている。真琴が槍を構えなおすと、二頭はそれ以上近づかず、低く唸って森の奥へ退いていった。


「追わないよ。さすがに今ので充分。強い相手ならなんでも追いかけるほど、戦闘狂ではないしね。」

「うん、引くならひかせよう。それより、腕大丈夫?」

「結構いたいんだよ~。どうにかして~」


 いつもの調子が少し戻った声に、千尋もようやく息を吐いた。裂けた袖を上げてもらうと、爪の跡は浅い。血は出ているが、深くえぐられてはいなかった。


「洗って消毒しよう。浅くても何が付いてるか分からない。傷が熱を持ったり、腫れたりしたらすぐ言ってくれ」

「分かってるよ~。千尋がその顔してるときに、大丈夫ってごまかしても無駄なのは長い付き合いで知ってるから」

「それなら話は早い。頼むよ」


 二人はいったん安全を確認できる場所まで下がり、持ってきた水で傷を洗った。真琴は持っていたバッグから、地球産衛生キットを初めて開いた。消毒が染みるたび顔をしかめたが、騒ぐほどの傷ではなかった。


 処置を終えると、倒した獣のところへ戻る。


「さて。これ、どうしようかね。倒したまま置いていくのも、なんか嫌なんだよね」

「俺も同じ。食べられるかどうかは、今の俺達には判断できないから、肉を食うのは保留。ただ、使えるものがあるなら無駄にはしたくないよね」

「うん、倒したなら尚更そうしたい。牙とか皮とか、何かに使えるかもしれないし」


 真琴はまだ少し複雑そうな顔をしていたが、獣から目を背けなかった。千尋は簡易ナイフを手に取り、身体のつくりを確かめながら、慎重に刃を入れる。

 二人ともさすがに獣の解体経験はない。魚を捌くのとはまるで違い、どこへ刃を入れればいいのかも手探りになる。何度も止まり、位置を変え、使えそうな部位を少しずつ確認していく。


「こういう時、持って帰るための収納があったら便利なのにね。できれば入れたものが傷まないやつがいいな~」

「そりゃ、喉から手が出るほど欲しいよな。あるかどうかも分からないものを当てにはできないけど、もしこの世界にそういう道具があるなら、優先して探したい」

「鞄に入れられれば、在庫管理もしやすいしね」


 真琴が小さく笑う。在庫管理は千尋がゲームをする場合には一番こだわりのある部分だった。その笑い声に、張りつめていた空気が少しだけほぐれた。

 やがて千尋の刃先が、胸の奥で硬いものに触れた。骨とは感触が違った。周囲を傷つけないように少しずつ開くと、肉の奥から半透明の塊が現れた。


「真琴、ちょっとこれ見て。骨でも臓器でもないよな」

「何これ。石……じゃないよね。中が光ってるように見える」

 

 取り出した塊は手のひらに収まる大きさだった。表面は硬く、奥には淡い光がにじんでいる。千尋が指先で触れた瞬間、角ウサギの近くで感じたものより濃い何かが伝わった。


「たぶん、魔力に関係してるな。触ると感じるんだ。でもキセマホにはいわゆる魔石みたいなアイテムはなかったよな」

「魔石か……うん、キセマホには無かったね。でも、ここで調べるのは無しね。私も万全ではないし、灰色狼が戻ってくるかもしれない」

「うん、家持って帰る。ゆっくり考えないとおかしなことになるからね」


 千尋が塊を包んだ。その時だった。意識の中へ見慣れ始めた文字が浮かぶ。


【技能を取得しました】

《魔力操作・初歩》


「……出た。魔力操作が初歩になった。」

「じゃあ、さっきのばこーんはやっぱり魔法だったんだ。第1号にしては派手だったね」

「派手にするつもりはなかったんだよ。たぶん真琴が石を投げた時と同じで、出す量を加減できてない」

「夫婦そろって出力調整が課題かぁ……。力があるのはありがたいけど、扱えないと普通に危ないね」


 真琴が自分の手を開いてみたところで、今度は彼女の表情が止まった。


【技能を取得しました】

《武器適応・初歩》


「おっと、私も出た!武器適応が初歩だって。さっきの槍で認識されたのかな?」

「たぶんね。身体能力が高いのと、武器を使えることは別ってことだろうな。今日はそれをかなり実感した」

「ほんとそれ。強く動けるのに、思ったとおりに動けない。なんか変な感じ」

「今は強いというよりは、力が強い、ということだと思うんだよね。俺も同じ。もう一回さっきのをやれって言われたら、できる自信はないよ」

「じゃあ、練習しかないよね。私は力加減。千尋は魔力加減。似たような課題ができたね」

「そうだな、ただし今日はもう終わり。怪我した状態で試すことはない」

「異議なし!今日は素直に帰るよ」


 二人は持ち帰れるものは全部まとめた。この後どう役に立つか分からないから、無駄にするつもりは毛頭なかった。食べられるかわからないが、念のためすべてのものを持って帰ることにした。

 小屋へ戻る道すがら、真琴は何度か左腕を気にした。そのたびに千尋の視線がこちらへ向くので、三度目には苦笑して肩をすくめる。


「大丈夫だよ。ちゃんと痛かったら言うからさ。さすがの私も無茶はしないって」

「ゲームじゃないからさ。回復魔法がまだ使えないし。ポーションないし。」

「それはそうだね。でも、とっても確証はないんだけど、自己治癒力も上がってる気がする。うふふ。でも、さっき千尋が吹っ飛ばしてくれてなかったら、もう一回凄く嚙まれてたかもしれない。ありがとうね」

「間に合ってよかったよ。次は偶然じゃなく止められるようにする」


 真琴は一瞬だけ千尋を見て、それ以上は何も言わずに笑った。

 木々の隙間から、四角い小屋が見えてくる。扉もない簡素な建物なのに、二人ともその建物を見たとたんに自然と足取りが軽くなった。


「あ~!帰ってきた!って感じするね。まだ作ったばっかりなのに」

「寝る場所を決めるだけでも、拠点って感覚になるよね」

「今日はゆっくりしたい。できれば明日はもう少し平和な食料探しがしたいな」

「魚とかね。熊並みの活躍を楽しみにしてるよ」

「うふふ、頑張る。少なくとも魚は包囲してこないと思うしね」


 真琴の言葉に、千尋も笑った。


 四日目。二人は初めて、この森で自分たちを獲物としてみる存在と戦った。

 

 命を奪う重さも、持っている力の危うさも、もうゲームの出来事ではなく、現実世界のものであると再確認した一日であった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


楽しんでいただけたら幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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