4.夫婦、探索する
頑張っております!
応援、よろしくお願いいたします!
鳥の声が増え始めたころ、千尋は簡易シェルターの中で目が覚めた。夜半に真琴と見張りを交代してから横になったものの、眠りは浅い。身体を起こして外へ出ると、焚火のそばに真琴が座っていた。石斧を手の届く場所に置き、薄明るくなった森を眺めている。
「おはよ。目が覚めた?」
「今起きたよ。何か来た?」
真琴は首を横に振り、火の崩れた端を枝で寄せた。
「音はしてたけど、こっちまでは来なかった。千尋は?寝られた?」
「一応ね。やっぱり疲れてたみたいだな」
真琴は話をしながら、欠伸を嚙み殺した。千尋は火の様子を確かめてから、その隣へ腰を下ろす。昨夜残しておいたお菓子を小型バッグから取り出し、二人で分けた。おなかを満たすには足りない。それでも、これを食べれば持ち込んだ食料は終わりだった。
「今日こそ何か見つけたいよね~」
「見つけるだけじゃなくて、食べられるものがどうか確認できればな」
真琴は最後の一口を名残惜しそうに飲み込み、水を飲んだ。また、今日の分の水を隣で千尋が作り始めていた。のんびりと水の準備をして、ゆったりとした時間を過ごしていると、新しいこの状況でも、これはこれで楽しくなってきた。
水をボトルへ詰め終え、千尋がバックを閉じると、真琴は勢いよく立ち上がった。
「よぉし!今日の目標は食料!!」
「見つけてすぐに食べないでね」
「おおよ!報告する!!では、いざ出発!」
火を消さないように薪を整え、二人は昨日より広い範囲を調べることにした。行動範囲は、草地が目で確認できる場所まで。それでも千尋は曲がった木や白い岩を目印として覚え、必要な場所には折った枝などを置いていく。似たような景色が続く森では、きちんと見ているつもりでも、振り返ると違う景色のように見えた。
「思ったより迷いそうね。森に入ってみるのと、外から見るのでは大違い」
「まっすぐ歩いているつもりでもずれるからな。戻るときも目印を逆から確認しながら帰ろう」
真琴は近くの特徴のある木を振り返り、枝の置き方を確かめた。
「じゃぁ、この辺からちょっと分かれて探そうか」
「位置がわかる範囲でな。何かあったらすぐ戻るよ」
真琴は「はいよ」と返し、二人はお互いの位置を意識できる距離を保ったまま、少し離れて採取を始めた。
千尋は葉や茎、樹皮、蔓、石をひとつずつ手に取った。昨日は道具の材料になりそうかという基準で見ていたが、今日は似たものを二つ並べて見比べたり、食べられるかどうかを基準にした。
葉の厚み、茎を折った時の感触、樹皮のはがれ方。蔦を割いたときに現れる繊維。見た目が近くても触ると違いがある。
細い蔓を割き、指先で繊維を撚る。一本では弱いが、何本かまとめれば使えそうだった。別の蔓は同じ太さでも簡単にちぎれてしまう。千尋は二つを見比べ、何が違うのかを順番に拾っていった。
ふいに、それまでばらばらだった情報が頭の中で整理された。名称を教えられたわけではない。ただ、強さや裂け方、加工のしやすさといった自分の確かめた特徴が一つの情報としてまとまっていった。
【技能が成立しました】
《自然物解析・初歩》
「出た……」
千尋は表示が消えた後、もう一度手元の蔓を見た。知らない植物の名前が分かるわけでも、食べられるかどうかが表示される訳でもない。観察して得たものを整理しやすくなった。一度自分で得た知識は確実に記憶に残る感覚がある。
「鑑定って感じではないな」
ひとりごちて、その後も石や枝をいくつか拾った。使えそうなものだけを小型バッグへ入れ、真琴のところへ戻った。
二人で草地へ戻ると、足元へ素材を並べてみた。丸い赤い色の実と、殻の硬そうな木の実、形の違う石がいくつかある。真琴はその中の赤い実を持ち上げ、言った。
「自然物解析、できるようになったんだね!こっちにも通知が来たよ」
「へぇ、そっちにも行くんだ。鑑定スキルとは違うみたいなんだけどね」
「私にも出来るんじゃないかな~とか思って、葉っぱとか石とかめちゃくちゃ見たよ」
「どうだった?」
「ぜーんぜん。何も起きなかった。ま、見るだけじゃダメなんだろうね」
「その赤い実は?どうしたの」
真琴は「どっからどう見てもリンゴでしょ?」と千尋に渡した。表面の硬さや匂いを確かめても、食用かどうかまでは分からない。もちろん《自然物解析》もそこに答えを出してはくれなかった。とりあえず、この実が食べられるかどうかは後々検証することにした。
採取したものを全てシェルターへ置き、二人は一緒に今度は小川のほうへ進んだ。昨日より少し先を調べるつもりで、進んでいく。木の実や草、小さな虫の姿がある。やわらかい土には小さな足跡も残っていた。
千尋は歩みを緩め、地面へと視線を落とした。小動物らしいあとは幾つもあるのに、大きな獣が頻繁に通ったような踏み跡は見当たらない。昨夜は森のあちこちから鳴き声が聞こえていた。それにしてはこの周辺は妙に静かだった。
「どうしたの?」
「いやぁ、このあたり大きい足跡が少ないなって思って」
真琴も足元を見回し、それから森の奥へ視線を移した。
「いないわけじゃないよね。昨日、声してたし」
「そうだね。なんでここが安全なのかは謎のままだね」
真琴は「なんでだろ」と肩をすくめたところで、少し先の茂みが揺れた。
真琴の手がすぐに石斧へ伸びる。千尋も足を止めた。葉の隙間から現れたのは、灰色がかった小さな動物だった。長い耳と丸い身体だけなら地球のウサギによく似ている。ただし、額の中央には短い角が一本生えていた。
「……ウサギ?」
「角が生えてるね……」
真琴は石斧を持ったまま、前には出ない。角のあるウサギも二人を見て動きを止めた。数秒、お互いに様子を窺うような時間が続く。
「来るかな?」
「分からない……でもこっちからは行かないで欲しい」
真琴は小さく頷いた。構えを解きはしないが、武器も抜かない。
やがて、角のあるウサギは視線を外し、足元の草をかじり始めた。真琴の肩から少しだけ力が抜ける。
「襲ってこなさそう」
「今のところね。」
「めっちゃ草食べてるけど、あの草はいけるのかね」
「少なくとも彼らには安全なんだろうね」
「そう来るか……」
角のあるウサギは二人を気にする様子もなく、また草を食み始めた。
千尋は少し距離をとったまま、その姿を観察した。ウサギ、食べている草。足元の石。流れている水。対象を変えるたび、何かの違いが引っかかる。《自然物解析》で拾う手触りや形とは別のものだった。
昨日、火を出そうとしても分からなかった時のことを思い出す。魔力があるといわれても、その感覚自体が分からなかった。なら、今引っかかっているこの違いは何だろうか。
角のあるウサギへ意識を戻す。草、石、と順番に意識を移していく。何度かその感覚を意識したその時だった。
【技能が成立しました】
《魔力感知・初歩》
「おおっ!今度は魔力感知!」
「昨日は魔力が何かも分からなかったけど、多分このことかな?ってものは感じた」
もう一度角ウサギへ意識を向ける。技能スキルが成立しても急に詳しいことまで分かるわけではない。ただ、さっきまで曖昧だった違いを意識して拾えるようになったという感じだった。
「じゃあ、魔法一歩前進?」
「まぁ、入り口に立った感じだね」
大きいタンクを持ってるだけじゃ、もったいないもんねと真琴が言って笑った。その間に角ウサギは食事を終え、茂みの奥へ向きを変えた。
「ウサギのお肉は……」
「追わないよ?」
真琴は名残惜しそうに、食事候補だったのにと名残惜しそうにウサギの背中を見送った。千尋の考え方として、襲ってこなかった生き物を倒す事はしない、というものがあり、それに真琴も同意している。ゲームでの一番の決まりだった。必要な時以外に殲滅するような戦い方はしない、というものだ。
ウサギを見送った後、二人はリンゴもどきや木の実、草を見つけるたびに観察したが、人間が安全に食べられるものかどうか判断できるものはなかった。空腹は強くなっている。それでも、安全かどうかわからないものを腹へ入れる気にはならない。
昼を過ぎて草地へ戻ると、朝に拾った赤い実、リンゴもどきが目についた。真琴が一つ持ち上げ、手のひらで転がす。
「これ、割って中だけ見てみようか」
「まだ食べられるかわからないからね。食べないでよ?」
真琴は「大丈夫だって」と言いながら、両手で実を持ち、親指を掛けた。少し力を入れたその瞬間、ぱきりと乾いた音がする。
実は真ん中からきれいに二つに割れていた。真琴が左右の手を見比べる。
「すごい、漫画みたい。こんなに簡単に行く?」
「今、どのくらい力を入れた?」
真琴は割れた実を見下ろし、首を傾げる。
「普通のリンゴなら、これくらいじゃ割れないだろうなってくらいの力」
千尋は割れた実を受け取り、断面を確認した。昨日から真琴の力が強いことは分かっているつもりだった。それでも、日常生活に近い動作ほど、以前との違いが分かりやすかった。
「なんだか加減が難しそうだね」
「う~ん、自分では軽くやってるつもりなんだけどな」
真琴は少し考え、足元から一つ小石を拾った。にやりと笑って少し先の倒木を指さした。
「ちょっと思いっきりやってみてもよろしいかしら」
「何しようとしてるのかな?」
「あの倒木を狙って投げてみる。おもいっきりね」
千尋は示された方向を確認した。人影どころか動物の姿もない。
「真琴の本気がどれくらいか見せてみせてよ」
「おうよ、まあ見てて」
真琴は倒木のほうへ身体を向け、軽く腕を振った。
石は倒木へ当たらず、その上を越え、そのまま木々の間へ消えた。しばらくして、ずっと奥の方から枝の折れる音が返ってきた。二人ともその方向を見たまま顔を見合わせた。
「……ばこーんって飛んでったね」
「本当だね。倒木に当てるんじゃなかったの?」
「いやいや、ちょっとまって、もう一回当てるからやり直させて」
もう一つ石を手に取り、改めて倒木へ向かって投げた。ひゅんっと音を立て石が飛んでゆく。千尋には飛んでいく石を見ることはできなかった。瞬間、倒木からドカンと大きな音がした。白い煙を出して、真っ二つに割れていた。
「ありゃりゃ、これはやってしまった。人とか触るときは気をつけよ」
「そこは最優先事項だね」
「二十五歳の身体の取扱説明書が欲しいよう」
「《自己照覧》は説明書じゃなかったね」
軽口をかわしながら、二人は集めたものを分けていった。繊維に使えそうな植物。加工しやすそうな枝。性質の違う石。食べられるかどうかわからない実や木の実。収穫はある。だが、腹を満たすものは一つも確定していない。
「今日もご飯なしかぁ……」
「明日は見つけたいね。さすがにお腹すいた」
小川の流れる音が妙に腹へ響いた。千尋は残った薪へ目を向け、夜に必要な分を確かめた。
日が傾く前に薪を足し、夜に備えよう。二日目も交代で見張り、安全を確保するしかない。千尋は草地の端まで歩き、昼間に見て回った森へ目を向けた。
小動物はいる。角ウサギを確認した。夜になれば鳴き声も聞こえる。それなのに、この草地と小川のそばには、大きな生き物が通った形跡がほとんどなかった。
「どうしたの?なんか考え事?」
「少しね。この周りに生き物の痕跡がほとんどないのはなんでだろうってね」
薪を山ほど抱えた真琴が、千尋の考え込む様子を見て聞いた。
「答えは出ていなそうな顔だね」
千尋が「検討するには材料不足だ」と答えるとまあそうだよね~と薪を火の横へ置いた。千尋は草地の周りを観察していたのを切り上げて、一緒にシェルターのほうへ歩いてきた。
今日も素材を集めて一日が終わろうとしていた。
暗くなり始めた森の奥から、低い鳴き声が聞こえた。少し離れた場所では、相変わらず別の何かが枝を揺らしている。
それでも、二人がいる草地の近くまで来るものは、その夜も不思議なくらい何もいなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
異世界にどっぷり浸っております。
楽しんでいただけたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




